Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    にしはら

    @nshr_nk

    好きなものを好きなようにかいてます。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 44

    にしはら

    ☆quiet follow

    耀玲お花見話。くっつく寸前のもだもだした期間

    #耀玲
    yewLing
    #ドラマト
    dramatist
    #スタマイ
    stamae

    融けない淡いあまやかさ 警視庁捜査一課へ捜査関連資料を届けに行くのは、専らマトリの下っ端である私の役目だった。
     今日も仕事の昼休憩をいただく際に、関さんから申し訳なさそうに頼まれて二つ返事で了承する。最近はデスクに齧りついている時間が多く、運動不足になりがちな身体を動かすには丁度いい。戻りは遅くなっても構わないからと、課員への寛大すぎる気配りをしてくれる上司に深く頭を下げて、庁舎から警視庁への道を徒歩で向かう。

    「耀さん? 朝から見てないなー」
    「昨晩から明朝にかけてはいましたよ、恐らく仮眠を取りに行ったのでしょう」
     服部班のメンバーたちは事もなげに激務の片鱗を口にするので、思わず苦笑してしまう。
    「そうですか、関さんから頼まれていたものだったので本人に直接渡したかったのですが……。思い当たる場所を知りませんか?」
     朝霧さんが眼鏡のフレームを直しながら淡々と答えてくれる。
    「『今この時だけの目の保養』。そう言いながら出ていきましたよ」
    「……なるほど。分かりました、ありがとうございます」
     緩急つけながらも寒さが徐々に薄れ、春本番を迎えてまだ日の浅い今日この頃。言わずもがなの風物詩に頭の電球がパッとひらめく。
    「えー、耀さんにしては随分ヒントがやっさしーい」
    「マトリの情報待ちだからな、そういうことなんだろ」
     囃し立てる班の皆に礼を言い、思い当たる場所へ足を向けた。

     道中でコンビニに立ち寄り、昼食の入った袋を手に提げて柔らかな陽光の下を歩く。少し強めの風に煽られるが、身を切るような寒さはすでに遠い。
     目的地は、警視庁の目と鼻の先にある大きな公園の、角っこにこじんまりとある噴水広場。
     噴水を囲うようにして立ち並ぶのは、淡い陽気で綻ぶ桜の木々。その真下に設置された二人掛けのベンチ。そこを、巨大な美しい猫が陣取っている――いや、猫というよりネコ科の大型動物、もしくは鵺といった伝説上のおっかない生き物と言った方が正しいのか。本人には絶対聞かせられない喩えをつい頭に浮かべつつ、桜の下で眠る御仁を確認して胸を撫で下ろす。探す手間がかからないのは大変にありがたい。
     右腕を枕代わりにし、仰向けになった状態で零れ桜をぼんやりと、けれど視線を外さず見上げている。移ろう季節に一瞬だけの晴れ姿を、少しでも焼きつけられるようにと。
     遠目からでも分かる特徴的な深紅の髪に、淡い花びらがひとひら触れてから下に落ちていく。よくよく見れば大きな体躯にも積もるようにしてある。集積具合から、彼が早朝からずっとここで見上げたままなのだと知れる。カラーシャツとスラックスに折り重なる春の痕跡は、どこか新雪のようにも見えた。
     ――綺麗だな、と一本調子な感想を覚え、まるで桜そのものを愛でるような気持ちで私の胸をくすぐっていく。
     ベンチからはみ出る長い脚、その果ての革靴の爪先が、緩慢なリズムで敷き詰められた床タイルをコツコツ鳴らしている。けれど不意に、その足拍子が止まった。
    「いつまで珍獣観察しているつもり」
     視線は俄然上向いたままの呼びかけである。常人離れの生き物という自覚がおありのようだと胸内でこぼすに留め、ようやく傍らへと歩を進める。
    「珍獣だなんて、そんな滅多なことは」
    「じゃあ希少動物なのかねえ、おっかなびっくり見守っちゃってまあ」
    「いえ、服部さんのうららかなお花見日和に水をさすのは、多少気が引けるなあと……」
    「こっちはマトリちゃん待ち。さっさとおいで」
     服部さんは寝転がった身体をもたげ、空いたベンチの一人分スペースを手でぺちぺち叩く。お邪魔します、と一言添えてから、服部さんの隣にそろそろと腰を落ち着ける。
     石製のベンチは冷たいかと思いきや、横たわっていた服部さんの体温が移っていたのか存外やわらかな居心地だ。
     頼まれていた資料を服部さんに手渡すと、服部さんはクリアファイルに収まった一部を数秒だけ目に通す。間もなく「ご苦労さん」と、受領の意味を込めた言葉が送られた。
    「では、確かにお渡し致しましたので。あとこれは差し入れです」
     コンビニで調達した一つを服部さんに差し出した。期間限定、桜ホイップ入り抹茶ラテ。底の知れない眼の端がごく僅かに緩む。
    「ほーん、悪くない」
    「お昼休憩も兼ねているので、私もここで昼食とっていいですか?」
    「お好きにどーぞ」
     許可をもらい、早速いそいそと袋から昼食の焼きそばを取り出す。色濃いソースの麺に紅生姜、青のりが散りばめられ、中央には目玉焼きが一つ。店内で温めてもらったから、湯気と共にソースの香りがふんわり漂う。いっそ熱いほどの容器を手のひらに添えて食べ始める。
    「……はぁ、お花見しながらの焼きそばは最高ですねえ……」
    「なるほど、それで焼きそば」
     愉快そうに納得の声を寄せる服部さんは、俺はイカ焼きがいいねえとのんびり口零す。
    「この公園にもお祭り屋台があれば良かったんですけどね、あの味がたまに恋しくなります」
    「お家じゃ作れないの」
    「屋台にしか出せない味というのはありますので」
     晴れ渡った平日の昼下がり、満開に咲き誇る桜を見上げながら、あの服部さんと他愛のないやりとりを交わしている――これはなかなかに贅沢で貴重な機会ではないだろうか。一年に一度の、瞬く間に終わってしまう限られた憩いの場だと思えば思うほど、このひと時を大切にしたいと強く噛み締める。食事を済ませば呆気なく訪れる終わりを憂いて、寂しさすら募っていく。
     ――少しでも、長くいられたらなあ。
     穏やかな気配を横目に、焼きそばをなるべくゆっくり食べる。鮮やかな紅生姜のかけらも丁寧に手繰り寄せて、一粒ずつ口に入れる。内に広がる酸味としょっぱさが、どうしてだか胸奥をやわらかに締めつける。
     服部さんはとっくに抹茶ラテを飲み終えていたが、私の食事にだけは付き合ってくれるつもりのようで、薄白の花弁がひらひら舞うのを眠たげな薄目で追っている。私と同様に些細なひと時を惜しんでくれていると考えるのは、少し都合が良すぎるだろうか。
    「――あ」
     空のトレイに、ひとひら舞い落ちたのをきっかけに上向いた。梢にとまる一羽の小鳥が、桜の花弁の奥を啄んでいる。その拍子でまた一つ落ちてくる。タイミング良く手のひらでキャッチして、やわらかな五つの花弁を指先で弄ぶ。
    「綺麗……」
    「そうだねえ、随分と」
     注がれる静やかな声が近く、ふと走った苦い香りが服部さんの密接を伝える。思わず身を固くすると、くすりと安心させるように笑われる。
    「そのままおすわり」
    「へ?」
    「頭のてっぺん、雪やこんこんになってるから」
     そう言って、服部さんの長い指が私の頭を幾筋も辿る。花びらを払う手つきのくすぐったさと優しさで、頬がじわじわと滾った熱に満たされていく。雪と表す融けないものは、生真面目すぎるくらいにせっせと取り除かれていくが、それでも花盛りを迎えた桜は際限なくひとひらを降り積もらせる。
    「……あの、これでは終わりが見えないのでは?」
    「終わってほしくないんでないの」
    「え……」
     心中の的を射た発言に目を瞠る。私の狼狽に呼応するかのように、ざっと突風が吹き荒れる。視界が埋め尽くされるほどの桜吹雪が、私と服部さんを容赦なく包み込む。
    「ぷは……っ」
     唇に貼りつく花びらの多さに慌てふためいたところに、ひやりとしたものが更に触れた。春雪だと思い違いするぐらいには、しっとりと低い温度。その切っ先が唇の感触を味わうかのように撫でていき、左右に辿って吹雪いた花弁を摘まんでいく。
     拭い取られたそれらを、服部さんの薄い唇がぺろりと食んだ。
    「……ん、かろうじて食べられないもんでもない」
    「そっ……なっ……」
     そんなわけないじゃないですか、なにをやってるんですか。
     直接触れられた訳でもないというのに、花びら越しに重ねられたような錯覚に襲われる。手の甲で口元を覆い、声なき声を上げる私に向けて、服部さんは肩を小刻みに揺らして艶やかに咲き笑った。
    「そこにちゃあんと触る許可は、まだまだ出してもらえないようだからねえ」
     
     おもむろに立ち上がった服部さんは、書類を片手に一人勝手に歩き出した。警視庁へ戻るその後ろ姿を呆然と見送ることしか出来ない私は、口元を覆う手をゆっくり下ろして胸元を掴む。
     内幕の春嵐が止まらない。縦横無尽に翻弄し尽くして、憂う暇すら与えてくれない。なんて困った人。
     散りゆく桜花を仰ぎ見ながら、許可なんて、と歯痒く独りごちる。

     許されたいのは私の方だ――そう言えたら、あの冷えた手は融けてくれただろうか。
     次に桜が綻ぶ頃には、遠目からでなく綺麗だと告げても良いのだろうか。
     私たちだけの春を手招いたら、一体どれだけのことを分かち合えるだろうか。

     遠くに感じるはずだった春望はひたすらに眩くて、甘く吹雪いた私の心を何処までも攫っていくのだった。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤😭🙏🙏😍😍😍😍☺☺😭😭💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works