天使×悪魔パロなセシウスのお話「セシウス様、天使長様のお話しはまだ終わっておりませんが…」
「この前の巡回の報告書の件だろ?"事実を述べただけ"、そう伝えておいてくれ」
「セシウス様!貴方様は、次期補佐官候補なのです!お願いですから」
「…何度も言ってるが、俺は補佐官にはならねぇよ。んじゃ、この伝令書は貰ってく」
そう言って踵を返し歩き出すと、それ以上神官が追ってくる様な気配は無かった。
ここは天界。
数多の天使達が暮らす楽園都市。
中央には学園も存在し、皆が天使長の補佐官等の上級職に就く為に日々勉学に勤しんでいる。
俺、『セシウス・リベラ』もその学生の一人だ。
俺達には階級制度が存在する。
大きく分けて四ランク。
低い順番から、赤、オレンジ、黄色、白。
階級が上がるにつれ、白に近づくといった仕組みだ。
互いの階級を判別する為に、普段はリボンを身に付けている。
俺の階級は"白色"。
最上位の階級だが、最初からこの階級だったわけではない。
数々の努力の成果だ。そう自負できるほど、勉学や鍛錬に勤しみ、ようやくこの階級に有り付くことが出来た。
俺が"白色"を目指した理由は、将来の出世の為ではない。
悪魔共と街を崩壊させ俺の母親を見殺しにし、堕天使へと堕ちた父親を殺す力を身に付ける為だ。
そして、上級職に就いた者しか開示されない過去の悪魔との戦争の歴史などの情報を手に入れる為でもある。
この学園生活で手に入れられる知恵や力、全てを吸収するつもりだ。
悲しみの連鎖を繰り返す事が無いよう、終わらないこの攻防に終止符を打つ為に。
そして、"悪魔達を殺すため"に。
「お兄ちゃん…?」
聞き慣れたその声にハッとし、その声の方向へ視線を向ける。
「大丈夫?ずっと話し掛けても聞こえてなかったみたいだったけど…」
そこには妹の『シャロン・リベラ』が居た。
妹は俺より三つ歳下で、階級は黄色。上から二番目の階級だ。
シャロンの歳でその上位階級である事は誇るべき事なのだが、本人はいつも謙遜している。
シャロンは、天使の力も極めて高い素質を持った逸材だと言われている。
現に、純粋で清らかな優しい心の持ち主だと俺自身も思う。
「悪ぃな、心配させて。神官の小言を聞いてたら疲れちまったんだ」
「また何かしたの?」
ジトっとした顔で俺を見上げるシャロン。
シャロンは俺と違ってとても真面目な天使だ。
しっかりした子に育って俺も誇らしい。
「何にもしてねぇよ。ちゃんと報告書も書いてる。それに今から俺は巡回に行くしな。な、働き者のお兄ちゃんだろ?」
「…その巡回って、"人間界への"でしょう。知らないよ、天使長様にお咎めをくらっても」
幼い頃に母親を亡くし父親にも棄てられた俺達は、孤児院で共に暮らしていた。
その時から天使長様にはよく目を掛けて貰っていて、俺達兄妹は大変世話になっている。
そんなシャロンは天使長様のことを尊敬し本当の親の様に慕っている。
なので、天使長様関連で俺が何かをやらかすとこの様に冷ややかな目を向けるのだ。
「実はこれは正式な巡回なんだなー、シャロンちゃん。これに伴ってちょうどお前にも伝えに行こうと思ってた所だったんだ」
どう言う事?と言わんばかりの表情でじっと見られているが気にせず俺は伝令書を取り出す。
「『人間界ヘノ巡回ヲ、セシウス・リベラニ命ズ』、ってな。ほら、伝令書」
「天使長様に無理を言ったの?」
「違ぇよ。最近悪魔が人間界に降りて悪さを働く様になったって聞いてるだろ?人間界の巡回役の為に配置された天使も何人かやられてる。
そこで天使長様から直々に俺が推薦された。大方、俺が趣味でよく人間界を視察してたことが上層部にバレてたってことだろうな。事実上は、今までのことを不問にするための脅しみたいなもんだが、元から断る気は無ぇから何でもいいさ。
まあ、良くも悪くも人間界に詳しい、白階級の俺が適任だと思ってくれたって訳だ」
「……戦うの?お兄ちゃん。いつもみたいに、人間界へ遊びに行く感じじゃ、無いんだよね……」
心配そうな顔を向ける妹。
…どこまでも優しい子だ。こんな奔放な兄の身をいつでも案じてくれているのだから。
俺はシャロンの頭に手を置き、そっと撫でた。
「大丈夫だ、シャロン。お兄ちゃんは絶対に生きて帰ってくる。だからそんな顔すんな」
「うん。でも、心配……」
今にも泣き出しそうな顔をするシャロン。
母さんが亡くなった日、シャロンはまだ幼かったが、どれだけ宥めても何日も泣き止まなかった事があった。
今や、シャロンの肉親は俺一人だけだ。
そんな妹を残して戦線に向かうのは、俺も気が引ける。
どうしたものかと考えていると、柱の影の方から二人の天使がこちらへやって来た。
「あのっごめんなさい。勝手に会話を聞いてしまって…」
そう言いぺこりと頭を下げる赤色のリボンの天使。彼女の名前は、『シャーロット・アイザックス』。少しドジっ子らしいが一生懸命で頑張り屋で、どこかシャロンと波長が合う子だ。
「シャロンの事は任せてください!私達が一緒に居るから。ね、シャロン」
シャロンの手を握り微笑みかけるオレンジ色のリボンの天使。
彼女は、『エステル・ランズベリー』。
愛嬌があり、その持ち前の明るさと笑顔に救われる天使達も多い。そして、シャロンの親友だ。
そんなエステルの言葉に賛同する様にコクコクと頷き、もう片方のシャロンの手を握るシャーロット。
「エステル…シャル…ありがとう」
まだ悲しい表情を浮かべながらも少しだけ微笑んでみせるシャロンに、笑いかけるエステルとシャーロット。
内気な妹を気に掛け、自分が守ってやらねばと思っていた時期もあったが、今はこうやって友達がシャロンの側に居る。
兄でありながら親代わりの様に妹の面倒を見てきたためか、心に込み上げてくるものがあった。
「ありがとな。エステル、シャーロット。
俺が居ない間、シャロンを頼む」
そう伝えると、エステルとシャーロットは、
「はい!」と元気よく返事をした。
頼もしい友人達だ。
「じゃあ行ってくる」
「気をつけてね、お兄ちゃん」
「おう」
シャロンの言葉を背に、俺は人間界へ繋がる扉の方へと歩みを進めた。
人間界への進軍、それを庇う天使達への虐殺。
これは悪魔達からの宣戦布告だ。
そう遠くない未来に、また天使と悪魔の戦争が始まるのだろう。
天界のみでなく、今度は人間界をも巻き込んで。
「させねぇよ」
人間も天使も、もう誰一人の生命を奪わせない。
必ず俺が護ってみせる。
決意を胸に、扉を開いた。
眩くどこまでも白い光が俺を包み込む。
ーとある悪魔との出逢いが全てを変える。
天界の暗い真実、悪魔界の過去、そして天使と悪魔とは何なのか。"誰かを愛する"ということ。
それらを全て知った俺は、やがてひとつの答えに有り付く。
そんな日が来るとも知らずに、俺は扉の奥へと歩みを進めた。