ほかほかダーリン「ううん……」
まどろみの中、エイトは微かな肌寒さを感じて身を震わせた。瞼は閉じたまま、手探りで毛布を探す。……ない。
そうしている間にもまた強い眠気が押し寄せ、エイトは毛布を諦めて身を縮めた。膝を抱くような形になり、先程より少し強まった寒さを堪え、再び睡魔に身を委ねる。
「ダーリン……」
囁くような声が、自分を呼んでいる。それでも眠気には勝てず、重い瞼は張りついたまま開かない。やがて眠りに落ちる寸前、あたたかい何かに身体を包まれた。柔らかなぬくもりは心地がいい。エイトは安心して意識を手放した。
「……あ」
(俺、寝てたのか……)
昨夜、ブレイドと過ごしたことは覚えている。何度も果て、二人で風呂に入り、また……。その後の記憶はあやふやだった。エイトが顔をあげると、自身を包みこむ腕の主がエイトを見つめていた。重い前髪ごしに、きらきらと輝く大きな瞳が透けている。
「おはよーっダーリン♡」
ちゅ、と額に口づけを落とされ、エイトは気恥ずかしさに笑みをこぼす。
「……おはよう。もしかして、ずっと抱きしめてくれてたのか?」
エイトは軽く身を起こし、視線で毛布の行方を追う。薄手の毛布はベッドの下に落ち、くしゃくしゃの塊となっていた。
「だって、ダーリンがさむーい!っていうから毛布をかけたのに、今度はあつーい!って蹴っ飛ばしちゃって、風邪を引いちゃいそうだからぎゅーってしてたんだよ〜」
「わ、悪かった……」
まだ毛布を着込むような季節ではないとはいえ、朝方は急激に冷え込むことも珍しくない。裸で一夜を明かせば、きっと風邪を引くだろう。ブレイドの心遣いが嬉しかった。エイトは、にこにこと微笑むブレイドへ腕を伸ばす。
……くしゅん。
ブレイドの頭を撫でながら、エイトがくしゃみをひとつ。次いで、微かな悪寒に身を震わせた。
それを見たブレイドの瞳が、みるみる内に潤んでいく。
「わ〜っほらダーリン! やっぱり風邪を引いちゃったのかな!? 僕が無茶したから……」
ブレイドはぽろぽろと涙をこぼしながらも、落ちていた毛布をエイトに巻きつける。それだけではなく、目にも止まらぬ速さでクローゼットからあらゆる衣服を引っ張り出し、エイトの上に覆いかぶせはじめた。くしゃみから数秒後には、ベッドの上に大きな布の塊ができあがり、もはやエイトの顔すら見えない。
「わっ、ブレイド、落ち着け! 大丈夫だから!」
エイトは慌てて幾層にも重なる布を掻き分け、顔だけを覗かせて叫ぶ。どこから引っ張り出したのか、こんもりと毛布を抱えるブレイドが、動きを止めた。
「でもぉ……」
彼は、しゅん、とうなだれつつ、重量感たっぷりの毛布を地面へ下ろす。助かった、とエイトは密かに安堵した。
「……ブレイドのせいじゃないよ。裸のまま寝ちゃった俺が悪いんだし」
苦笑しながらも布を剥ぎ取り、ブレイドに向けて両腕を拡げる。落ち込んでいる時は、抱き締めてやるのが一番だ。
ところが、うなだれていたブレイドが突然大きな声をあげた。
「そうだ〜!!」
「わっ!?」
ブレイドは両手を胸の前で握り、ふんふんと興奮したように振る。エイトは訳が分からず、ひとまず布の塊から一枚シャツを取り出して羽織った。ボタンをとめるエイトに、ブレイドが勢いよく駆け寄る。
「イイコト思いついた〜! ダーリンッ♡待っててね!」
いつになく嬉しそうなブレイドは、エイトをむぎゅうと抱きしめると、両手で彼の頬を挟みこんだ。押しつぶされて飛び出したエイトの唇に、軽いキスを落とす。それから、今度はすごい勢いで部屋を飛び出していった。
「……な、なんだ……?」
部屋に取り残されたエイトは、その背中を呆然と見送るしかなかった。
その日から、ブレイドはなにかに熱中しはじめたらしい。ある日は図書館にこもり、またある日は八雲の部屋にこもり……。エイトが様子を見に行くと、決まって追い出されてしまう。
「だめだよっ! ダーリンにはナイショ〜!」
……などと言いながら。
隠されるとますます気になるもので、エイトは何度も乱入してみたが、ブレイドの察知能力には敵わない。エイトが部屋に入る頃には、なんの痕跡も残されていなかった。事情を知っているらしい八雲やメイド達に聞いても、皆くすくす笑うだけで教えてくれない。
それから数日経ったある日。エイトが自室で読書をしていると、誰かがドアを叩いた。次いで、弾むようなブレイドの声が響く。
「ダーリン~! 開けてもいい?」
「ん? ブレイド?」
このところ、まともに話もしてくれなかったブレイドの突然の来訪に、エイトは首を傾げた。がちゃりとドアを開けると、後ろ手になにかを隠し持ったブレイドが、にこにこしながら部屋へ入ってくる。
「もう用事は済んだのか?」
「うん!」
ブレイドは嬉しそうに頷くと、背中に隠していたものを取り出してエイトの前に掲げた。
「じゃーんっ! ダーリンにプレゼントだよ~♡」
取り出したのは、一着のセーターだった。胸には見覚えのある『ダーリン』の模様がでかでかと編み込まれている。しかし、それ以上に奇妙な点がひとつあった。エイトは言葉に迷いながらもセーターを受け取る。
「う、うん……色合いとか、柄とか、やっぱりブレイドのセンスは……すごい、な……」
着てみて、と急かされ、エイトはシャツの上からセーターに袖を通す。もたつきながらももぞもぞと顔を出したエイトを見て、ブレイドの表情が更に輝いた。
「うんうん、やっぱりかわいい〜! ダーリン、似合ってるよ♡」
「あの、さ……なんで袖が四本あるんだ?」
奇妙な点とは、まさにそれである。エイトが腕を通す袖の下、左右の脇のあたりからも袖が伸びていた。その袖の先をつまみあげ、エイトが戸惑いつつ尋ねる。
「これはねぇ、こうやって……」
ブレイドは、にこにこしたまま余った袖を受け取った。それから、その袖に腕を通し、エイトの胸のあたりをさわさわ撫でる。
「うわっ……ブ、ブレイド!?」
突然の愛撫はくすぐったさの方が勝り、思わずエイトが身を捩る。その反応にブレイドは満面の笑みを浮かべ、エイトを抱き寄せた。
「こうやって僕も腕を入れたら、ダーリンがほかほかなまま気持ちよ〜くできるでしょ?」
そう言いながら、エイトの眦にちゅ、と唇を落とす。
「……お前、そのために……?」
あまりにも突飛な発想に、エイトがぽかんと口を開けた。こくこく頷くブレイドは、褒めて欲しいのか瞳を輝かせてエイトを見つめている。
「ぷっ……あははははは! こ、これを着て、セックスするのか? ブレイド、お前すごいな……!」
その突き抜けた健気さと、驚くまでの実行力と、その結果できあがったもののすべてがおかしくて、エイトはブレイドの腕の中で大きな声をあげて笑いだした。笑い過ぎてぐらつく彼を、ブレイドの両腕がしっかりと支える。腕の中で笑い泣くエイトを見て、ブレイドはきょとんとした表情を浮かべていた。
「ダーリン、嬉しい? ……ダーリンが嬉しいなら、僕も嬉しい!」
ブレイドはそう言うと、再びにこにこと微笑んだ。それから、エイトの顔じゅうに何度も口づける。
ようやく笑いが落ち着いたエイトは、今度は少し照れくさそうな表情を浮かべながらも、まっすぐにブレイドを見上げた。
「……うん、嬉しいよ。俺のために考えてくれたんだろ? ありがとうな」
「うんっ!」
一着のセーターで繋がったまま、口づけを交わす。毛糸よりあたたかいなにかが、二人を優しく包み込んでいた。