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    Nu_oishii_ne

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    Nu_oishii_ne

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    玖エイ / 全年齢 / 転生したショ夕エイトくんを異世界で見つけた玖夜くんの話

    狐の神様 茜空は、今や紺青に飲まれ始めていた。吹きつける寒気が、木にしがみつく葉を揺り落とす。根負けして地に落ちたひとひらの葉を見下ろし、エイトはその小さな背を大木にぎゅうと押しつけた。寄り添う木肌は冷たいが、それ以上に冷たい風を少しでも防ぎたかった。
     おそらく、門限はとっくに過ぎている。それでも、今は帰る気になれない。
     エイトを養う孤児院は、決して悪い場所ではなかった。しかし、見知らぬ子どものひと言が、エイトの反抗心を駆り立てる。
    「孤児院が家でもいいだろ……」
     目の端ににじむ涙を擦り、うつむく。ぽたり。枯葉の隙間からのぞく土が、色を変えた。エイトは慌ててもう一度目を擦ったが、次いでもう一滴雫が落ちる。
    「……あ」
     次々と滴る雫はみるみるうちに勢いを増し、やがてざあざあと音をたて始めた。
     寒い。木の下にいたところで、枯れ枝では雨など防げるはずもない。
     のしかかる不安に、エイトの心がぐらりと揺れる。自然と帰り道へと足先が向き、一歩踏み出した瞬間だった。

    「エイトさん」
     突然背後から名を呼ばれ、エイトの身体がこわばる。大人の声だった。孤児院の職員だろうか。こわごわと振り返った彼は、予想外の景色に大きく目を見開いた。
     ……きれいだ。初めに思い浮かんだ言葉はそれだった。
     先ほどまで萎れていた枝が今は若々しく、満開の花々を纏っている。枝先にほころぶ鮮やかな紫色の花は、それ自身が光を放っているらしい。薄闇の中で、その木だけがやけに鮮明に見えた。
     降り注ぐ雨は光を反射して、キラキラと眩く輝く。光の雫を纏う花房は、エイトの好奇心をくすぐった。その花にむけて、そっと指先を伸ばす。触れる寸前、花の中から声が聞こえた。
    「こんなところにいたんですか。ずいぶん探しましたよ」
     気づけば、枝垂れた花の下に男がいる。男は涼やかな目元をしていて、鮮やかな花も霞むほど整った顔立ちだった。古めかしい服を身に纏う彼は、親しげな笑みを浮かべてエイトを見つめている。彼の頭上で、獣の耳がぴょこりと揺れた。
     孤児院の職員ではない。おまけに、人間でもなさそうだ。エイトは戸惑いを悟られないよう、極力平静を装って言う。
    「……あんた、誰」
     それを聞いた男の笑みが、ほんの一瞬歪んだ。しかしすぐに元の笑みへと戻る。
    「……貴方は本当に面白い人ですね」
     男は笑いながらそう言うと、エイトの小さな手をとった。温かい。そのぬくもりは、不思議と懐かしい気がする。男はきっと、恐ろしい存在ではない。エイトはそう直感した。
    「さあ、いつまでもこんなところにいないで、僕と行きましょう」
     男に手を引かれ、エイトは歩き出す。普段は決して立ち入ることのない、深い森の奥へ。


     あたりは真っ暗で、街灯のない森の中では一歩先さえ見えない。それでも迷うことなく歩き続ける男について、暗い森を進む。気づけば、ずぶ濡れだった衣服も乾いていた。
    「……オレ、家族とかいないから。誘拐しても、あんたになんの得もないよ」
     エイトには、不思議と恐怖心などなかった。ただ、どうして自分が選ばれたのか知りたい。何故だか、男をがっかりさせたくなかった。
    「そうですか、それは好都合です。私が欲しいのは、貴方ですから」
     男が穏やかな声音で言う。その言葉の意味が分からず、エイトは小首を傾げた。分からないが、悪い意味ではなさそうだ。エイトはこっそり胸を撫で下ろした。
     雨音は確かに聞こえるが、決して濡れることはない。雨粒が二人のまわりを避けているようだった。
     だが、地面は確かにぬかるんでいて、エイトの足を絡めとる。男は転ぶ寸前の彼を容易く支え、再び手を引いて歩き出した。それから、もう片方の手のひらに紫色の炎を灯す。
    「足元にお気をつけなさい」
     ゆらゆらと揺れる炎が、足元を照らし出す。ほっとしたのもつかの間、明るくなってようやく周囲の様子に気づき、エイトの足が止まった。その背筋は粟立ち、指先まで冷たくなっていく。
     たくさんの動物が、木々の隙間からこちらを見ているのだ。彼らの無感情な目は紫焔を映し、ぎらつきながら瞬く。
     まだ子供とはいえ、エイトは野生の動物がどれほど危険な存在か、充分理解していた。二人を取り囲む無数の目は、今にも飛びかかってきそうなほど獰猛に見える。エイトの全身は凍てついたかのように動かない。
     しかし、男は動揺することなく、ただそちらを一瞥しただけだった。その瞬間、ぴり、と空気が震える。
     ……食べられる。エイトが身構えるより先に、動物たちが瞼を閉じた。それから、男に向かい、うやうやしく頭を垂れる。まるで、敬意を払っているかのようだった。
     彼らがうしろへ下がり、二人に道を譲ると、男は再び歩き出した。もちろん、エイトの手を引いて。
    「……あんたって、カミサマ?」
     思い浮かんだ言葉を、そのまま口にする。神の存在をさほど信じてはいないが、男が頷くのならきっとそうなんだろう。
    「さあ、どうでしょうね」
     男はエイトを試すような口ぶりで言う。小馬鹿にするような、突き放すような冷たい声音だった。しかし、エイトには何故かそれが嬉しく思えた。
     先を歩く男の顔は見えない。それでも、エイトの脳裏には、懐かしい笑みが浮かんでいた。
    「……オレ、あんたと会ったことある?」
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