綾タカペーパーたち春コミペーパー
友達に「行こう」と誘われて、地元のお祭りを見物しにきた。毎年、三月になると祭り囃子と獅子舞が舞う、小さな春祭りだ。
これが来ると春が来る。
そんな気にさせられるが、いかんせん規模が小さい。
出店もなく、地元の住民たちだけで行われる祭りはそれほど面白いものではなかった。それでも行ってしまうのは小さい頃からの習慣だろうか。
「喜八郎。向こうで獅子舞が舞っているぞ」
「そうだねぇ」
「今年は久々知先輩が舞い手だそうだ」
「もの好きもいたもんだ」
「こら!」
年配者が多い祭りに、若者が好んで参加するなんて珍しい。
お囃子の面子に誘われたこともあったが、つまらなそうなので断った事をぼんやり思い出す。
「あれ?」
「なに、滝」
「いや。若い人がいるから珍しいと思ったのだが。あれは他の所からの見物人だろうか」
「まさか。ここの祭りを知っているのは地元だけだよ」
どの人?と聞くと、あそこにいる背の高い人、と返事がきた。
滝夜叉丸の見ている方を見て、喜八郎はへぇと声を出した。
確かに見たことのない若い人がいた。熱心に見ているのかとおもいきや、視線が遠くを見ているような気がして首をひねる。獅子舞が珍しいのだろうか。確かに最近は獅子舞を見たことのない人もいるから、珍しいのかもしれないが。
わっと上がった歓声に視線を獅子舞に戻せば、獅子頭を外している姿が見えて、喜八郎もパチパチと拍手をする。
「帰ろうか」
「そうだね」
「ああ。階段が込んでいるから、もう少しまつか」
狭い階段に沢山の人が並んでいるのをみて、滝夜叉丸は首をすくめた。
「なかなかだったな。久々知先輩の獅子舞」
「うん…」
視線がどうしてもその人から外せなかった。
獅子頭を外した兵助に駆け寄って何かを話した後、貰ったらしい手ぬぐいで目を拭っていた。
泣いているのだろうか、と思った瞬間、胸がかっとなった。
「あれ?」
「なんだ?どうかしたのか?」
「…なんでもない」
泣いていると思った。
何となくだ。そう思ったかはわからないが、何となく、泣いている姿は見たくなかった。
「お囃子の誘い、受けてみようかな」
「喜八郎?」
こういう勘はよく当たるのだ。あの人はきっと喜八郎にとって関わっておいた方がいい人物になる。だから、もう一度会ってみたいし、話してみたい。
SCCペーパー
ざくりと土を掘ると、湿った独特の匂いがした。
今日はどこまで掘ろうかな、と考えながら掘る手を休めて顔をあげる。すでに穴の深さは喜八郎の背をすっぽりと隠してしまうぐらいの深さだ。
「もうちょっと…」
ざく、と底の土に踏鋤を突き立てて、ふと思い出した。同室の滝夜叉丸が「新入生が入ってきてまだ間もないから、そんなに深い穴はほるな」と言っていたことを。ぐだぐだうるさい話しは聞き流してしまったが、確かに学園に来てまだ間がない一年生が蛸壺に落ちたら怪我をしてしまう。
「少し埋めるか」
せっかくここまで掘ったのに、なんだかもったいないような気もするが、一年生が落ちるのは少し可哀想かもしれない。罠の見分け方も習っていないだろうし。夏前になれば教科の先生方が教えるだろうから、それまでは長屋の周りは浅い穴にするか、と息をついた。
「うあっ?」
間抜けな悲鳴がするな、と思って顔をあげたら、喜八郎の上に人が落ちてきた。寸での所で体を引いたので、頭に直撃は避けられたが狭い穴で圧し掛かるような体勢で落ちてきた人物に喜八郎は「重い」と文句を言う。
まだ完成していない蛸壺に落ちてくる一年にしては、やけに体が大きい。そして制服が自分の着ているものと同じ色で、喜八郎は首を傾げた。
「はて」
目をまわして喜八郎の上にいる人物を眺めて、誰だろうか、と考える。言動も見た目も派手な友人たちの中にいただろうか。目立つ色の薄い髪に、四年生にしては大柄な体つき。それに何だか体が柔らかいような気がする。鍛えてあれば細く見えても筋肉がついているので硬いのに、この人は細くてなんだか柔らかい。
「しかし重い」
うんしょ、と抱きかかえて座り直す。
目をまわしたまま起きそうにない人物の顔をじっと覗き込んで、喜八郎はふむ、と頷いて。どうにもいい匂いがするような気がして、髪に鼻を近づける。忍者は匂いなんてしないのに、髪につけた油だろうか、やけにいい匂いがしてフンフン嗅いでいると、腕の中でもそりと動いて「ううん」と唸る声がした。
「あれ…?」
ここどこだろう?と言って体を起こそうとするのが、なんだか嫌で喜八郎は腕を引っ張った。
「うあっ?」
「間抜けな声」
「うえ?ええと…誰?」
「それはこちらの台詞です。あなたは誰ですか?」
腰に手をまわして抱きつきながら聞くと、困った顔のままふにゃりと笑った。
「斉藤タカ丸です。先日、四年生に編入したんだ、よろしくね」
「編入」
「そう。君は?その服は四年生だよね?」
「はい。四年い組の綾部喜八郎です」
「喜八郎君」
「はい」
もう一度よろしく、と言って笑ったタカ丸が妙に可愛くてぎゅっと抱きついた。
それが初対面で初恋の始まりだった。