一日目雨が降っている。家から飛び出してとりあえず山に入ったはいいものの、このままでは餓死してしまう。持ってきた食料も数日持つかどうかもわからない。万が一持ったとしても、山に住む魔物に殺される可能性が高い。どちらにしろ、このまま何もしなければ生き延びられる確率など絶望的だった。木に寄りかかり、今後のことを考える。
「...はぁ、どうすんだよこんなん」
お先真っ暗の未来に思わず舌打ちしてしまう。家から飛び出した原因は十中八九あのクソ親なのだが。何が「育てられないから家から出て行ってくれるか」だ。思い出すだけで腹が立ってくる。今すぐに戻って顔面を殴り飛ばしたいが、身体能力しかない自分が親の使う魔法にかなうわけがない。無謀にもほどがある。
そうとなれば、やはり山で暮らすしかない。魔法のない自分に、家に泊めてもらえるような友達などそもそもいないのだから、仕方がない。身体能力で注目を浴びれたら多少はそういう温情を得られたのかもしれないが。
体を起こし、今後山で生き延びるための道具を作ることにした。暇なときにサバイバル知識を色々と読み漁っていたのが功を制した。まあ、こうして本をずっと読んでいたせいで周りに触れることがなかったのもあるのだが。
近くにある大き目の木の枝を取り、それを細い一本の棒にするために小枝をパキパキと折っていく。持ってきたリュックの中にはサバイバルナイフがあるが、今ここで使って刃が欠けたりでもしたら後で後悔する。あくまで、このナイフは魔物に対抗する用に取っておくことにした。
「...こんなものか」
先の細い部分を最後にパキリと折って、まっすぐで太い棒が完成した。全長はおよそ50cm太さは4cmといったところだろうか。高いところにある物を回収したり、魔物への牽制として槍にも使えそうである。今頃学校の奴らが見ていたらきっと驚くだろう。もう二度と会うことはないとは思うが...
次に、川の方へと向かって先の尖った石と大きめの石を回収する。そしたらなるべく平らな岩を探して...大き目の石を置いて、尖った石でガン、ガンと削る。時々滑って自分の手が石に当たったりして痛いが、血が出るほどではない。ある程度削り終えて、今度は近くにあるツタをむしり取る。このツタは本では頑丈であると書いてあったはずなので、切れないことを祈る。
先ほど作った棒を削った石に当て、それをツタでずれないようにしっかりと巻き付けて固定する。これで...ようやく、斧が出来上がった。一つの道具を作るだけで、かなり体力を使ってしまう。
ただ、このまま寝るわけにはいかない。日没までに、寝床ぐらいは作らねば。いくら寝袋があるとはいえ、そのまま地で寝るのは魔物にどうぞ殺してくださいと言っているようなものだ。街に戻ろうにも、もうすでにかなり奥へと行ってしまった。そもそも戻りたくない。
「...だりぃ」
斧を右手に、山の奥へと進む。なるべく平らな岩や切り株でもあれば、かなり楽なのだが。あとは洞窟か...そう思った時。急に視界が切り開け、主輪時足を止めてしまう。その先に見えるのは、緑と灰。どうやら、崖に来たらしい。
よく下を見てみれば、そこには滝つぼが見える。そして、その滝の裏にはちょっとした空間も見えた。あそこなら、寝床としてはちょうど良いかもしれない。あそこなら、たとえ滝つぼが溢れたとしても飲み込まれることはなさそうだった。
そうと決まれば、と周りを見渡して滝つぼまでのルートを調べる。周りはまあまあな崖であり、そう易々と下りられなさそうだが...少し離れた場所にツタが見えた。自分の体重を支えられるかはわからないが、あれを命綱にして崖を降りるのが最善策だろう。そう思い、少し遠回りしながらその方角へと向かった。少しずつ、周りが暗くなりつつある。これ以上時間を浪費してしまうと、本格的に周りが見えなくなってしまう。
十数分経過して、ようやくその場所へとたどり着いた。改めて下を見れば、その高さは想像よりもかなり高い。ツタの長さが足りるかどうかが不安になるが、多分大丈夫...な、はずだ。
ツタをしっかりと木の幹と自分の腰に縛り付けて、持っていた斧をリュックに仕舞い、崖をゆっくりと降りていく。雨で多少は滑りやすくなっているが、この程度であれば安全に降りられそう、そう思った直後だった。
バキッ、とした音と共に片足が宙を舞う。慌てて片方の手で崖を掴もうとするも、それは叶わなかった。そのまま体はバランスを崩し、やがてまっすぐに落ち始めた。脳裏によぎる"死"の文字。腰に縛り付けていたツタを掴み、耐えられるようにするも...グッ、と引っ張られるとともにブチッと音を立てて切れた。頭の中で走馬灯が流れ出す。まだ死にたくないがゆえに、今までの知識をフルに活用して今できる最善策を調べる。そして、導き出された答えは...
「...らぁっ!!!!」
空中で体をひねり、崖を蹴り飛ばした。横方向への速度が付与されたことで、落下地点は少しだけ、ほんの少しだけずれて...
大きな水しぶきを上げて、滝つぼへと着水した。
滝つぼは意外にも深く、なんとか底に衝突することなく済んだ。水面から顔を出せば、いつの間にか空はすでに黒に染まり、雨も止んでいた。どうやら、助かったらしい。しかも、五体満足で。
「...あっぶねぇ...死ぬかと思った...」
水から抜けようとすると、背中側にずしりとした重みを感じる。リュックの中身に水が入ってしまったらしい。リュックだけ上にあげて、それから自分も上がる。じゃばーとリュックから水を抜いて中を確認するが、大体のものは無事だった。防水にしていた甲斐があった。
改めてリュックを背負い、滝の裏の方へと歩き出す。水に落ちて助かったとはいえ、今度はその水が徐々に体温を奪い取ってきてとても寒い。今の季節は春であるとはいえ、やはり夜は寒いままだ。急いで、火をつけなければ。
近くの枝と葉っぱを斧でかき集め、リュックにある魔術式ライターで火をつける。あとは太めの枝で火を徐々に大きくしていき...
「...ふう...」
なんとか、これで今日はしのげそうだ。リュックの中にあるバーの形をした食料を開け、口に含む。ぱさぱさとしていて口の中の水分が失われていくのを感じるが、幸いにも水は近くにある。透き通っている、無色透明な水。飲み水は大丈夫そうだが、やはり問題は食料だ。山の中を探索して果実やらを探すか、虫を捕まえてそれを焼くか。いや、一番は...魔物を殺すことだろう。はっきり言って戦ったことなど一度もないが、おそらくはどうにかなる、はず。
いや、食糧問題も大事だが、まずはさっさと寝よう。かなり体を酷使した以上、休息を取らなければ明日の行動に支障が生じる。リュックからビニール袋を取り出し、さらにその中から寝袋を取り出す。幸いにも、水には浸かっていない。
残っていた枝と自身に巻き付いていたツタで物干し竿のようなものを作りだし、脱いだ服をそこに立てかけておく。近くの焚火に引火して全部燃えなければよいのだが。多少の不安を抱えながら、寝袋の中へと入る。
...滝のザアアーッという音と、焚火のパチパチとした音が、疲れた意識を少しずつ夢の世界へと連れて行こうとする。ここなら、魔物は寄ってこないはずだ。ようやく、安心して寝られる。
「...はぁ...疲れた...」
ただ一言、誰にも聞こえない一日の感想を漏らして。
意識は、深く、深く落ちて行った。