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    Traveler_Bone

    骨。

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    Traveler_Bone

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    ちょっとだけ。

    静かに揺られし旅人ざざーん、ざざーん。波の音が辺りで響き、自分の足場がゆっくり、ゆっくりと揺れ動く。隣にいる人は何も口にすることなく、船渡のように小舟を漕ぎ続けている。魔法という者がありながら、己の手で漕ぐその姿は、いつもの姿とは少し違って見えた。

    「...それで、どうして海に?」

    「...」

    その人は何も答えない。表情は...読み取れない。それは虚無に満ちているのか、それとも取り繕っているのか、ただ単に抜け落ちているのか。数年間一緒に居たのにもかかわらず、表情を読むことはできない。帽子さえ外せれば、多少はわかるかもしれないが、そんなことをするのは億劫だった。

    「...これじゃあ、もう散歩ですらありませんよ。船旅じゃないですか」

    「...」

    声をいくらかけても、反応すらしない。どこに行くかもわからぬままに、船は動き続けている。決して早いわけではない。むしろ、その速度は亀よりも遅いかもしれない。小気味よくぱちゃんとオールを入れては、動いたかもわからない速度で前へと押し倒し、持ち上げて、また入れて。それを何度繰り返していたか。いつの間にか、港近くだったはずの周りは、一面海になっていた。

    「...寝てますか?」

    「...」

    時刻はもうすでに深夜の二時。今から戻るにしても、恐らく一時間ぐらいはかかるだろう。転移で帰ればすぐなのだが、なぜだかそんなことをする気持ちにもなれなかった。そもそも、この船旅が嫌という訳でもなかった。なぜだか、現実から切り離されているような気持になって、このままずっと揺られていたいとさえ思えてしまう。今までに依頼の関係で何回も海に来て船に揺られたことはあるというのに、この時だけはとても安心する。

    「...寝てるみたいですね。それでも漕いでるなんて、この船は一体どこに向かうんでしょうね」

    「...」

    そんなことを言っても、まるでロボットのようにずっと手を動かし続けている。当然、寝ているわけではない。ただ、何かしらの意思を持って漕ぎ続けていることは確かだった。目的地は、ずっとわからないままだが。

    「...」

    「...」

    波の音だけが響いている。時々、船の軋む音が聞こえて、それ以外は何もない。本当に、世界が切り取られてしまったかのように静かだ。いつもは、いろんな人の声や音が聞こえるというのに。とても、静かだった。

    「...眠たくなってきましたね。そろそろ帰りましょうか」

    「...」

    「―――え?」

    これ以上は明日にも響く。そろそろ帰りましょうか、とそう呟いた時だった。その人はオールを漕ぐ手を止めて、私の体を少しだけ引っ張って、その人の体に寄りかからせた。たった、たったそれだけのはずなのに。何も、魔法も、何も、されてないというのに。不思議と瞼が重くなっていって、本来寝る必要のない体が睡眠を欲していることを理解する。

    「..う、ぁ...ふぁぁ...」

    「...」

    体が安心しきって、疲れを癒そうと、睡眠を取ろうと欠伸をさせる。でも、起きてないと。そう思っても、その人の手は簡単に起こしてはくれない。ぽん、ぽんと優しく頭をなでてくれて、そのせいで起きることすらも嫌になってしまう。普段であれば人のために行動しなくてはと思うのに。今日の、この時、この瞬間だけは...この眠気に、身を委ねてしまった。

    「...zzz...」

    「...」

    ...

    ...

    ...

    ...その一方で。

    「...ああ、ようやく寝てくれた...こいつは、本当に...自分のことを考えないんだから」

    その男はそうため息をつきながら、その無防備な寝顔を晒す片翼の女の子をゆっくりと撫でる。最近は依頼が多く、凝補の体が少しだけ疲弊しているように思えた。ただそれだけの理由でこうして"散歩"へと連れてきた、という訳なのだが。その効果はてきめんだった。

    「...んん...ふふ...」

    「...寝てる時は、本当に女の子の顔をするんだけどな」

    男は自分の体の上に女の子を寝かせると、その体を少しだけ抱きしめる。その顔には、少しだけ心配の表情が映っていた。そうしてゆっくりと目を瞑って...安全を祈って、またオールを手に握る。ここから港まで、そこまで遠くはないはず。静かに眠る少女を起こさぬように、ゆっくり、ゆっくりと舟を漕ぎ始めた。

    こうして海で黎明の時を迎えるのは、まだまだ先だな、と微笑みながら。
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