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    ミカド

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    ミカド

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    同棲/風邪を引いた🎧を看病する話
    一文だけ彰冬要素あり

    #杏こは
    ankoha
    ##杏こは

    杏こは 遠くの方で物音がして意識を引き戻された。目を開けると、天井から射す橙色の照明に眩んだ。
    (うわ、サイアク…。電気つけっぱで寝ちゃった…)
     電気を無駄にした後悔に下唇を噛んで、私はベッドに仰向けの姿勢のまま部屋を見渡した。
     カーテンの隙間から見える窓の向こうは真っ暗。夕方か、もしくは夜か。たしかベッドに横になったのは昼頃だったから、そこそこの時間が経ってそう。おでこに貼った冷えピタも温くなってて、端っこの方が剥がれてる感覚があった。
    (…こはね、そろそろ帰ってくるかな…)
     枕元に置いたはずのスマホがない。寝てる間に床に落としたのかも。
     だけど、わざわざ起き上がって探すほど必要なわけじゃないから、時間を確認するのも諦めた。
    「…痛っ!」
     寝返ろうとしてほんのちょっと身動いだだけなのに、身体じゅうが針で刺されたみたいにズキズキ傷んだ。唾を飲んだら焼けたような喉の感覚まで加わって今度は顔を顰める。
     一昨日から続いてる高熱はまだ下がりきってないから安静にしてないといけないのはわかってるけど、まともに動くことも喋ることもできないのってかなり辛い。じっとしてることが好きじゃないから、余計にそう思うのかも。ただ横になって寝ることしかできないなんて。
    (身体のフシブシが痛いってことは、まだ熱が上がるってことだよね…。熱だけならまだしも、声も全く出ないし、いつまでかかるんだろ…)
     チームのことを考えてちょっと心が沈みかかった時。部屋が二回ノックされて、その音に私の鼓動が高鳴った。こはねが帰って来たんだ。
    「——杏ちゃん、ただいま」
     扉が開いてこはねが部屋に入ってきた。明かりがついていることに驚いたみたいで、天井を見上げていたけどすぐに視線を返される。
    先に自分の部屋に寄ってきたみたいで、今朝被ってた帽子と上着を脱いでセーターとロング丈のスカート姿だった。
    「…お、かえり……——」
     こはね、って言いたかったのに、息を吸った途端に咳を出す。喉の痛みが一気に悪化して、犬が吠えたような音が出るようになった。「杏ちゃん…!」って心配してくれたこはねに応えたくて起き上がろうとしたけど、先にこはねが飛んできて「横になったままで大丈夫だよ」って落ち着いたトーンで言ってくれた。
    「熱、朝よりも上がってそうだね…」
     ベッドの傍に来てくれたこはねが私の頬に手を添えた。こはねの手からつたわる体温が低く感じるのは、それだけ私が高熱を出してる証拠なんだろうな。
    「もし寒かったら温かい飲み物やもこもこの靴下とか、追加のお布団やブランケットを持ってくるよ」
     恋人のこはねは私のことを考えて気遣ってくれてる。ちょっと肌寒いなって思ってたところだったから、こはねって凄いなって感心しちゃった。だけど——その反面。私の胸の内で罪悪感が生まれてた。
    「こはね……ごめんね…」
     ほとんど空気と混ざった声だったけど、どうしても伝えたかった。一昨日から私の看病をしてくれて、家にいる時はこうして付きっきりになってくれてる。一緒に住んでるこはねが一番感染するリスクがあるのに、家事も全部押し付けちゃってて悔しかった。
    「私は大丈夫だよ。泣かないで、杏ちゃん」
     ボロボロ溢れる雫をこはねが指で優しく拭ってくれる。こんなことで泣きじゃくる自分に嫌気がさした。きっと高熱で心が弱ってきてるせいだ。
     大好きな恋人は「大丈夫、大丈夫だからね」って私が泣き止むまで繰り返し言ってくれた。
    「今日はね、次のイベント会場の下見に行ったんだ。そこのオーナーさんがこの前の私たちのステージを見に来てくれてたみたいで、是非使ってほしいって言ってくれたの。ステージから見た景色とか、観客席からのステージの見え方とか、許可をもらって撮影してきたから後で一緒に見ようね」
    「うん…」
     昨日はセトリと新曲を調整したって言ってた。ハコの下見も大事だけど、一日使ってやる事じゃないし、きっと私がいないせいで練習ができなかったんだ。熱が下がっても声がきちんと戻るまでは参加できないし、みんなにはもうしばらく迷惑をかけることになる。
    (冬だから乾燥だけじゃなくて、風邪の予防もちゃんとしてたつもりだったのにな…)
     明かりもついてるし、今はなるべく顔を見せたくなくて、逃げるように枕の上で頭を動かす。昨日こはねが用意してくれたホットタオルで顔や身体を拭いた程度だから、好きな人に綺麗じゃない顔を見てほしくなかった。
    「…杏ちゃん。もしも自分を責めるようなことを考えちゃってても、それは絶対にないからね! 杏ちゃんが歌のために普段からケアしてるのは私が一番知ってるよ! …それに、みんな杏ちゃんのことを心配してたよ。東雲くんと青柳くんからはスポーツドリンクやゼリーを貰ったんだ。お見舞いに行くって言ってくれたんだけど…ごめんね、私が断っちゃって…」
    (こはね……)
     頭痛で頭はガンガンするし、いつもより耳が少し遠いけど、こはねの声はすっと入ってくる。いつもよりゆっくり喋ってくれてるおかげなんだろうな。
    (彰人と冬弥にも心配かけてごめんねって、後でお礼を言わないとな…)
     布団越しにこはねの手が私の上に重ねられる。目が合うと、それを待ち望んでいたかのようにこはねはぱっと花が咲くように笑った。
    (…………やっぱり、かわいいなぁ…)
     世界で一番大好きなこはね。私の大事な相棒で、かわいい恋人。こはねの笑顔はこんな状況でも癒される。
     本当はこはねもこの部屋から出してあげないといけないのに、傍にいてほしくて拒絶できなかった。触れてほしい、もっと私にかまってほしいよ。
    「……こはね…」
     枯れた声だったけど、こはねには届いたみたい。「なに? 杏ちゃん?」ってこてんと頭を傾ける仕草がすごくかわいい。
     出会った頃よりもずっと短くなったこはねの髪。高校を卒業した辺りでショートボブにして、かわいいと思ってたこはねはどんどん大人っぽく綺麗になっていく。
     大人のお姉さんって感じの見た目でも、穏やかな性格は今も変わらない。こはねの魅力が増えていって、きっと私は生涯こはねに夢中になんだろうなって最近よく考える。
    「…っ!」
     こはねを呼んだっきりじっと顔を見てたら、こはねの方から私にキスをしてくれた。唇が離れると、照れたように笑いながら毛先を耳にかける仕草にきゅんとする。
    「あってた…かな?」
     小悪魔っぽく笑う珍しい表情に、私はまた惹かれていく。こんなにあざといのに天然で、計算なんてしてないんだからずるい。そんなこはねに私は何度も好きになる。
    「もうすぐ夜の七時になるんだけど、ご飯入りそう?」
    「すこし…なら…」
     素っ気ない返事しかできなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だけどこはねは、「よかったぁ」って嬉しそうに笑うから、その優しさにまた涙が出そうになった。
    「……うん?」
     ご飯の話が出たから、こはねが行っちゃうんだって考えて。そしたら無意識にかこはねの袖を引っ張ってた。
     こんな寒い部屋に長居させたらこはねの方が風邪を引いちゃう。ごめんね、って内心で思ってても、それが言えない。ひとりは寂しいから寝付くまで隣にいてほしい。
    (あーあ…。なんで部屋が別なんだろ…)
     私とこはねは実家で使ってたベッドが全然違うタイプだったから、お互いの睡眠のために部屋を分けたけど、彰人たちみたいに大きいベッドにすればよかったなって何度目かの後悔をする。まぁその分、どっちかの部屋で寝るとお泊まり会みたいで、ひとり用の狭いベッドでくっついて寝るのも楽しくて好きなんだけど。
    「…えへへ。さっきキスしちゃったから、引き止められるとなんだか照れちゃうな。——えっとね、杏ちゃん。元気になったら……キス以上のことも、また…いっぱいしようね…?」
    「…っ!」
     顔を真っ赤にさせるくらい恥ずかしがり屋なのに、案外大胆でかっこいいところがあるこはね。『キス以上の』なんて言われたら、それにどう返事をして、どんな表情をしたらいいのかわからない。きっと私は目を見開いた状態だ。
    「あ、杏ちゃん…?」
     私の反応を伺う上目遣いが、もうほんっとにかわいくて。遅れちゃったけど、私も同じ気持ちだよ、って伝わるように口角と手を上げた。
     布団から出した手を握られて、小さくて柔らかいその感触に目を閉じた。また涙が溢れてたみたいで、こはねが慌ててる気配がする。
     指を絡ませると薬指の指輪同士がかちんとぶつかった。歌う時は外してるし、朝出掛ける時も外してたから、わざわざ着けてから私のところに来てくれたのかな。
    「……だいすき」
     目を閉じたまま咳が出ない加減でゆっくり呟く。呟くっていうよりは、囁くくらいの声量だったけれど。
     好きで好きでたまらない、大好きな人。きっと昨日の私よりも、今日の私の方がこはねを好きだって断言できる。この恋には限界がない。
    「えへへ、私もだよ。…早く元気になって、いっぱいお喋りしようね。杏ちゃんに話したいことがたっくさんあるんだ」
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