かなまふ 土曜日のお昼過ぎ。今日はニーゴの皆と会う約束をしてた。
次の新曲についての話し合いと、先月アップした曲の再生数がこれまでと較べて伸びがよかったこと、あとは瑞希の中間テストのお疲れ様会——と、まぁ、絵名と瑞希が何かと理由をつけてたけど、要はファミレスに集まってご飯を食べたいだけみたい。
「まふゆ、買い物に付き合ってくれてありがとう。ごめんね、急に思い出しちゃって」
「別に。…でも、トイレットペーパーを持ってファミレスに入るのは、目立ちそうだね」
「うぅ…。う、うん…。でも、後回しにしたらまた忘れちゃいそうだから」
「少しくらいはみ出てでも、エコバッグに入れればよかったんじゃない?」
「うん。でもこっちには食品が入ってるから、なんとなく別にしたくて。でも、こんなことなら、もう一袋持ってくるんだったな…」
話しながら歩いているうちに、集合場所の最寄り駅に着く。休日だから人が多い。
「待ち合わせの時間まで、三十分以上あるよ」
「早く着きすぎちゃったね。…あっ。ねえ、まふゆ。向こうのベンチに座って待たない?」
「うん、いいよ。奏も疲れてそうだし」
空いているベンチを見つけて、ふたりでそこへ座った。ちょうど二人掛けだから、少し余ったスペースに奏が荷物を置く。
「今日は天気も良いし、日もあたたかいね」
「そうだね」
(絵名達は十分前くらいじゃないと来ないだろうから、それまで、昨日奏が作ってくれたデモの歌詞を考えようかな…)
大まかなイメージは膨らんでるし、帰ってから作業をすれば、今日中には仕上げられるかも。
「…? 奏、何——」
右腕の方に重さがのって、見下ろして見ると、奏が私に頭を預けてきていた。なんだろうと思って声を掛ける。
「奏?」
(もしかして、寝てる…?)
俯きになってるし、髪で顔が覆われてて見えない。だけど、奏は人にこういうことはしないし、日差しのせいで眠くなってそのまま——?
奏はいつも寝不足だけど、外で寝るなんて滅多にない。ましてや、こんなに人が行き交うところで。
奏にしてはめずらしいことだったから、なんとなく、起こす気にはなれなかった。絵名達からの連絡はないし、どのみち時間はある。
(よく、こんなに人が行き交う場所で寝れるな…)
交差点を見つめながら奏の曲を頭の中で流す。転調がいくつかあったから、そこに歌詞を当てるか、それとも曲を聴かせるようするか。どっちのパターンも作って、皆の意見を聞いてみようかな。
「……」
歌詞のフレーズを考えようとするけど、どうしても右腕の感触に意識が向く。奏の頭がすごい角度になってるから、ずるっと落ちていきそうだった。そのまま起きてくれる分にはいいんだけど、奏のことだから、寝ぼけたまま地面に転びそう。
(…奏って、小さいな)
頭の大きさを見て、ふと、そんなことを思った。身長も私より低いし、膝にのる手の大きさだってそう。絵名達の言う「小さくて可愛い」はよくわからないけど、奏にもよく言ってるし、その部類に入るみたい。
たしかに奏は身体が小さいけど、普段はそんなふうに思ったことはなかった。一緒に住んでて慣れたのかと一瞬思ったけど、そうじゃないような気がする。
(じゃあ、どうして…?)
「…っ、」
私と奏の間に置いた荷物の中から、スマホのバイブ音がして驚いた。絵名達からの電話かな。その音に唸り声を上げた奏は、ゆっくり起き上がって瞼を擦る。
「…あ、あれ……? わたし寝ちゃってた、のかな…」
「うん。寝てた」
あくびをした奏は、ぼうっとしたまま何度も瞬きを繰り返す。どういう姿勢で寝てたかまでは覚えてないみたい。
たった数分目を閉じてただけだけど、なんだかスッキリした顔をしてた。奏の場合、液晶画面の見すぎだろうから、目を閉じるだけでもかなり効果はあるのかも。
「——あっ、いたいた! 奏! まふゆー!」
少し離れた駅の改札口側から、瑞希の声がした。顔を上げて見ると、後ろには絵名もいた。
「絵名と瑞希、もう来たんだね」
「言ってた時間よりも早いね」
駅前の人集りから、ふたりは駆け寄ってきた。絵名は右肩の大袋だけだけど、瑞希は自分のバッグとは別に両手にショッパーや紙袋を何袋も抱えてた。
「ふたりとも、ここに居たんだね。分かりやすい場所でよかったよ!」
「瑞希達は買い物に行ってたの? すごい荷物だね」
「うん! 新作のコスメに服に小物に、もういろいろ買っちゃってさあ〜。いい散財したね、絵名♪」
「はいはい。それ、さっきも聞いたってば。…それより奏、さっき電話したんだけど、もしかして気づかなかった?」
「電話?」
「鳴ってたよ」
「ちょっ…! 鳴ってたなら出なさい…って、——奏のスマホを鳴らしたのに、なんでまふゆは気づいてて、奏は知らなそうなの?」
「うん〜…? あれ、ホントだ!」
「奏、さっきまで寝てたから。荷物の中から奏のスマホを取るのも気が引けるし、それに、私に寄りかかってきてたから身動きが取れなかった」
「…………え? ま、まふゆ…、それ、本当…?」
「うん」
「ごめん……。腕痛くなかった?」
「平気。奏は重くないし」
「もうなに? 昼寝? 奏、疲れてるなら今日はやめとく?」
「ううん、大丈夫だよ。…ここはあたたかくて」
「たしかにここ、ちょうど日差しが当たって気持ちいいね。ひなたぼっこいいな〜」
「…じゃあ、そろそろ行こ」
会話が一段落着いたみたいだから、立ち上がって声を掛ける。私が仕切ったことが意外だったみたいで、絵名と瑞希、奏まで目を見開いてた。
さすがに四人で並んで歩く訳にはいかないから、奏と絵名、私と瑞希の二列で進む。奏と絵名の身長差を見て、やっぱり奏って小さいなって改めて思った。
「——さっきの奏、安心したように寝てたね」
隣から、瑞希にそう話を振られる。奏達に聞こえないようにしてるのか、声量を抑えてた。
「見てたの? さっきのは演技?」
「ごめんね。奏がショックを受けちゃうと思ってさ」
「私がバラしたけどね」
「あはは。ボクもさっき、『まふゆってば普通に言っちゃったよー!』って内心でびっくりしたよ〜。絵名は気づいてないと思うから、ナイショにしまーす」
妙にテンションが高い瑞希はスキップをしはじめた。両手の荷物が私にぶつからないようにしてくれてるみたいけど、ガサガサ音が立って、少しうるさい。
「瑞希は、人前で寝れる?」
「どうだろ〜? ボクは授業中の教室や、屋上でも、眠かったら寝れるよ」
「…そういうことじゃない」
「ごめんごめん。さっきの、奏のこと、だよね?」
「うん」
「そうだな…。作業中に寝落ちすることも滅多にないし、ボク達はもう何度も会ってるけど、「えっ、寝てる」ってこともないじゃん? だからきっと、奏はまふゆの傍が落ち着くんじゃないかな。居心地がいいって言うか」
「それで…安眠?」
「うん。…あ、ほら。寝顔を見せられるのって大事な人だけ、とか言うじゃん? そうじゃない人もいるけど…、奏は別にどこでも寝れるタイプじゃなさそうだし」
「一緒に生活してるし、寝顔なんてたくさん見たよ」
「ん〜…そうだけどさ。まふゆが奏にあたたかさを覚えるように、きっと奏も、まふゆといるとあたたかいって感じるんじゃないかなーって、ボクは思うよ」
「……」
それが本当に正しいかどうかは、奏じゃないとわからない。だけど、さっき私は、寝てる奏を起こさなくていいって思った。
(嫌じゃ、なかった)
嫌じゃないって思うってことは、好き? 嬉しい?
(奏が私に寄りかかってくるのが好き…? ……ううん、何かが違う…)
「もう〜まふゆ! そんなに考え込まないでよ! あんまり余所見してたら、電柱や看板にぶつかっちゃうよ?」
多分、表情は変わってないだろうから、よっぽど視線が落ちてたのかな。でも瑞希は鋭いし、そうじゃなくても気づかれるのかも。
「…だって、よくわからないから」
「まあまあ、今はまだそれでいいんじゃない? 直感を大事にしていこうよ!」
「直感…」
嫌じゃなかった、だった。奏にそうされるのは、嫌なことじゃないみたい。
それ以上のことはわからないけど、瑞希がそう言ってくれるなら、今はまだ、このまま——。
「ところで、奏。その荷物持ったままお店に入るの?」
「あ…。やっぱり目立つかな?」
「この先にロッカーあるよ。私も肩が疲れたし、預けちゃおうかな」
「じゃあボクもそうしよっと!」
「もう、瑞希は買いすぎなんだってば」
「だって今日はご褒美デーだもん♪ 欲しいもの買って、皆と美味しいもの食べて〜」
「瑞希は、中間テストお疲れ様会なんじゃないの?」
「それもあ〜る!」
「もう、調子良いんだから…」
「ふふ…」