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    Hotate_Whisky

    @Hotate_Whisky

    自立思考型電脳人形No.217(@No_217_ )さんに関する小説を書きます。
    『第一部 博士とニーナの話』
    『第二部 全日本人類消滅本部の話』

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    Hotate_Whisky

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    第一部 第二話

    自立思考型電脳人形NO.217さん(@No_217_ )に対する二次創作です。

    ※本作は解釈違いの可能性がある表現がございます
     本人様からご注意等頂きましたら削除いたしますのでご了承ください。

    第一部 第二話『博士とニーナと記憶の再構築について』「禁煙なんて簡単だ。俺なんて何回もやってるぜ」
     そんな笑い話を耳にした時は失笑したものだが、現に禁煙というものを実行してみるとそう言った奴の気持ちが痛い程わかる。
     ソイツは……まあ俺もなんだが、三度の飯どころか水分を摂る頻度よりも煙を摂る回数の方が多かったんだろう。そういう人間にとって、半日吸わなかったという事でさえ『我慢』の結晶であって、少なくともその間は禁煙を出来たのだ。ソイツにとっては、見栄でも冗談でもなく、成功していたのだ。……ただ、世間の評価がそれに伴わないだけで。
     そんな喫煙者が大多数を占める中で、俺はあれ以来煙草を吸うことなくここまで来ていた。自分でも驚くべき事である。
     もちろん立派なニコチン中毒だった俺は、落ち着かなさであったり理由のない苛立ちであったり口寂しさと言った離脱症状のオンパレードに襲われたが、不思議と堪えることができた。
     自分でも馬鹿みたいだとは思うが、ここで煙草を吸うという行為がNO.217に対して不誠実な行動に思えてしまったからだ。
     本当におかしな話だ。俺はNo.217に禁煙を約束した訳でも、ましてや誓った訳でも無い。
     それでもただ––––そう、ただ、あの時の自分の感情に、NO.217に不誠実な行動は取りたくなかった。
     口寂しさを紛らわすために、あるいは手癖を慰めるためにシガレットケースからチョコレートを取り出して咥える。まったく、煙草入れにシガレットチョコを入れる日が来るとは夢にも思っていなかった。
     そんなタイミングで、眼前の化け物のような外見をしたモニターにポップアップが表示された。午前十一時丁度。定刻通りだ。
     俺は咥えていた煙草を灰皿に押し付け……ああくそ、まだ癖が抜けない。チョコを机に押し付けてどうする。取り敢えず卓上のシガレットケースの上に置き直し、コンソールを操作。すぐにNO.217との映像回線が繋がる。
    「こんにちは、博士」
    「ああ」
     幸いな事に、あれ以降の通信状況は極めて良好だった。だからまあ、重要な報告事項はどうしても減ってくる訳で。
    「なに。博士また煙草吸ってたの?」
    「吸ってない。しばらく前から禁煙中だ」
    「いや今まさに吸ってたでしょ」
    「これはシガレットチョコなんだよ」
    「うっそだー。いつもの煙草ケースだってそこにあるじゃん」
    「シガレットチョコだって言ってるだろうが」
     我ながらいい歳をして子供のようだとは思う。だが一度でも禁煙を経験したことのある喫煙者ならわかってくれるだろうが、これは中々につらい。その努力を『うっそだー』などと言われたら断固として反抗したくもなる。
    「もう俺の事はいい。そっちはどうなんだ。ちゃんとしたものを摂ってるのか」
    「摂ってるよ」
    「レトルトやインスタント以外でだ」
     突如として沈黙するNO.217。顔には何かを誤魔化すような苦笑い。まったく、長い付き合いということを差し引いてもわかりやすい。
    「そう言ったものを全く摂るなとは言わない。ただ、そう言ったものに偏るのはいいことじゃ無い」
    「……ボクにとって食べ物は嗜好品なんでしょ? だったら別に––––」
    「じゃあ俺が『酒は嗜好品なんだからいいよな?』って言って甲類焼酎をラッパ飲みしてたとしてもお前は止めないか」
    「……とめる」
    「よし、いい子だ」
     もし止めないと言われたら困っていた。
    「時間がない時はレトルトでいい。ただそれ以外は出来る限りで自炊をしてくれというだけだ。」
     そういうと画面越しでNO.217の表情が曇った。いや、バツの悪い表情になったと言った方が正しいか。
    「いやあの博士。言ってなかったかもしれないけど、ボク自炊出来ないんだよ」
    「そんなことはない。やってみれば段々出来てくるもんだ」
    「いや、違うんだよ博士。本当に『やらない』『やったことがない』じゃなくて『やって、出来ない』んだよ」
     出来ない? 出来ないってなんだ?
     そんな疑問を口にするよりも先に、画面の先で言葉が続く。
    「ボクも何回も自炊しようとはしたんだけどさ。その度にダークマターが出来上がるんだよ。ガスでもオーブンでもレンジでも」
     そうか。ダークマターが出来上がるのか。……ダークマターってなんだ。ああ、暗黒物質か。暗黒物質ってなんだ。いや暗黒物質は知ってるが料理で暗黒物質が出来るってなんだ。この世に存在し得ないと言われている物質を料理で錬成するな。
    「ねぇ、博士。どうしてなんだろう」
     返す言葉が見つからない。これが冗談や誤魔化しで言っているのなら『何馬鹿な事を言ってるんだ』の一言で一蹴していたところだが、何やら大真面目で言っているらしい。
     それからしばらくの間、俺の思考は固まっていた。
     
     
     ––––––––––––––––––––––––––––––––
     
     
     
     これは俺の持論だが、苦手意識の払拭に一番有効なのは成功体験だと思っている。料理で暗黒物質を事故錬成してしまうのは最早苦手意識の域を一足飛びで超えてしまっている気はしたが、この際それは誤差だ。そう思っておく事にする。
    「沸騰したなら麺を茹で始めるんだ。その間にソース作りをする。……この時点では暗黒物質は出来ないよな、流石に」
     すると耳に入れたハンズフリーカムからNO.217の「たぶん」という声が返ってくる。……そうか、たぶんか。俺も出した指示と同じように、沸騰した鍋にスパゲティを投入した。
     本来なら隣で見てやれれば一番なのだが、それは望むべくもない。それどころか俺は無線のカメラすら持ち合わせておらず、こうして通話のみで指示をするという形で台所に立っている。
    「次は卵一つと牛乳二分の一カップを混ぜる。これは盛り付ける器でやってしまえばいい。そうすれば洗い物が一つ減る」
    「……ごめん博士。二分の一カップってどれくらいだっけ」
    「100CCだ」
    「……100CCって何gだっけ」
    「100gだ」
    「わかった」
     それから音声は途切れ、代わりに卵を割る音や掻き混ぜる音といった作業音が聞こえてくる。
    「できた。博士、あとは?」
    「現時点では終わりだ。あとは麺が茹で上がるまで何もすることはない」
     今俺たち(リモートな上個別なので共同作業とはとても言えないが)が作っているのはカルボナーラモドキだ。
     そう、カルボナーラモドキ。材料はスパゲティ100g、卵、牛乳二分の一カップ、バター15g、塩、胡椒。以上。
     本来カルボナーラは生クリームとパルミジャーノをたっぷりと使う(本場のカルボナーラは生クリームを使わないらしいがそれは知らない)。しかしそんなものは一般家庭に常備されてないし、生クリームだって同じだ。あんなもの一人暮らしで使うことはまず無い。だからパルミジャーノと生クリームで出す筈のコクをバターという油分で大雑把かつ強引に誤魔化す。
     料理人はもちろん、料理が趣味程度の人間ですら顔を顰めるであろう、一人暮らしでしか許されない手抜き料理。正直、モドキという言葉を付け加えてもなおカルボナーラを名乗ることが烏滸がましいとさえ思える。
     だが簡単、だが早い、だが美味い。そんな料理だ。
     それに、その簡単さが故に暗黒物質が錬成されてしまう可能性も低いだろう。料理としては決して褒められたレシピでは無いが、成功体験の材料としてはそれほど悪くはない筈だ。
    「……ねえ、博士」
     茹で上がるのを待っている時、ふとNO.217が口を開いた。その声には……いや、声だけで彼女が少なくない戸惑いと、怖れを秘めている事がわかった。
    「ああ」
     俺は短く言葉を返す。急かすことはしない。それが俺なりの誠意だ。NO.217のペースで考え、言葉にしてくれればそれでいい。
     それ以上、俺は望まない。
    「ボクの––––」
     憎らしいタイミングでこっちのキッチンタイマーが茹で上がりを知らせた。遅れてハンズフリーカムからも似たような音が聞こえて来る。
    「博士、次は?」
     何事もなかったかのようにNO.217がそう尋ねてくる。だったら、俺が返す言葉も決まっている。
    「鍋のお湯を別の器に移し替える。料理に使う訳じゃないが、茹で汁は天然の界面活性剤だ。洗い物に使える」
    「わかった」
    「それができたらバターを鍋に入れて、溶けたら麺と、さっき卵と牛乳を混ぜたものと塩ひとつまみを入れる。あとは二、三分緩い火に掛けたら器に盛り付ける」
     言葉を区切る事ができず、間髪を入れられずに口から言葉が出ていた。自分で自分が焦っているのを感じた。焦るな。俺が焦ってどうする。
    「できた」
    「あとは胡椒をかければ食べるだけだ。黒胡椒はあるか?」
    「ないよ」
    「だろうな」
    「博士。流石に『だろうな』は失礼じゃない?」
    「……そうだな。悪い。だったら普通の胡椒でいい。それは誤差だ」
     慌てた俺が早口で謝ると、NO.217の笑う声が聞こえてきた。それでも何故だか、一緒になって笑う事はできなかった。

     汚れた鍋を茹で汁でふやかしてから、カルボナーラモドキを携えていつもの仕事部屋へ向かった。例のモニターの前につくと、ちょうど彼女も腰を下ろしたところだった。モニター越しに見える料理は、ちゃんとクリーム色をしていた。
    「暗黒物質にはならなかったな」
    「ボクも驚いてる」
     どちらともなくいただきますを言って、麺を口に運ぶ。カルボナーラモドキはやはりモドキの域を出ないが、それでも美味かった。
    「びっくりした。チーズも生クリームも入ってないのに、ちゃんとカルボナーラなんだね」
     画面の奥でNO.217が目を丸くしていた。俺が作った訳じゃないが、誇らしい気持ちだった。
    「だろう。ただ、これはあくまで一人暮らしだから許される料理だ。男が出来たらもっとマシな物を作ってやれ」
    「ダークマターとコレ、どっちが良いと思う?」
    「……その二択ならコレを出してやれ」
     ああ、ようやく笑えた。そんな俺を見て、彼女も笑っていた。それでもすぐに陰りが差して、持っていたフォークを皿に置いた。
    「あの、あのね。博士」
     そこで一旦言葉は途切れる。
     俺も食べるのをやめてフォークを置いた。画面越しであろうと、しっかりとNO.217を見据えた。
     それからどれだけの間が空いただろうか。それすらわからなかった。間違いなく、焦っていたのだ。俺も、そして、彼女も。
    「記憶が––––」
     意を決したように、NO.217が口を開く。
    「ボクの中で、ボクのじゃない記憶が再構築され始めてる。たぶん……いや、絶対『あの子』の」
    「……そうか」
     そうか。意を決した彼女に対して、俺はそれしか言えなかった。それしか言葉を返せなかった。そんな自分に腹が立った。殴ってやりたい衝動に駆られそうになった。
     NO.217は完全な一からの機械体、所謂アンドロイドではない。それはボディパーツだけではなく、思考・人格を司る電脳部にも同様の事が言え、ベース(もしくは基底、基盤と言った方が的確かもしれない)が存在して、その上に今のNO.217がいる。
     だから、今回のことは想定外ではない。予想外ではあるが、決して想定していなかった訳ではない。
     そうだ。研究を始めたばかりの俺は––––まだNO217と会っていなかった俺は、このような事態が発生した際の対処を当然考えていた。
     その時の俺が出した対処法は––––
    「博士。ねぇ、博士。もし、もしさ。私がこのまま行けばさ。博士はまた『あの子』に会え……」
    「ニーナ」
     彼女の言葉を遮った。言葉は抑えていたが、自分では悲鳴を上げているような感覚だった。
     以前の俺が出していた結論を、彼女の口から聞きたくなかった。
    「『それ』の兆候が少しでも酷くなったら、緊急回線で連絡しろ。取り越し苦労でも構わない。むしろその方がいい。だから、すぐに連絡してこい。その時は、俺が全力で阻止する」
    「でも、でも博士っ……前に––––」
    「ニーナ」
     もう一度、言葉を遮る。乱暴な語調になってしまったが、そんな事を気にする余裕は俺には無い。
    「俺が大事なのはお前なんだ。アイツはもう居ない。俺は……お前に居なくなって欲しく無いんだ」
     言い切ってしまってから、この場から立ち去りたい衝動に駆られた。しかし、あんな事を言って置いて一方的に立ち去るという事をどこの誰が出来るだろうか。
     訳がわからない俺は、NO.217から目線を逸らすためにカルボナーラモドキを貪り食った。フォークに巻くことなんかしない。そんな余裕すらない。行儀悪く啜って、音を立てて、彼女を目線に入れないように無心で食った。
     くそ、食い終わってしまったら俺はどんな表情をして顔をあげればいい。
    「博士、そんな汚い食べ方してたら再婚できないよ?」
     柔らかい声色が聞こえて、まだ麺が残っていたのに俺は顔を上げていた。画面の先で、NO.217は楽しそうに、そして気のせいでなければ嬉しそうに、笑っていた。
    「再婚したいわけじゃない。それに、こうして行儀悪く食った方が美味いと相場は決まってるんだ」
    「そんなの変わらないよ」
    「いいや、変わる」
     そう言って俺はまたスパゲティをずるずる啜る。すると画面の先のNO.217も同じように麺を啜った。
    「本当だね、博士」
    「……何がだ?」
    「博士の言う通り、こうして食べる方が美味しい」
     
     ニーナが笑ってくれたおかげだろうか。今度は俺も、上手く笑う事ができた。
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