お互いのほっぺにお名前書く五夏ちゃん「みんな、自分のものには分かるようにお名前をかきましょう!お名前がないと、おとしたり、なくしたりしたときに自分のところに帰ってこれなくなります!皆、お家に帰れなかったら悲しいよね?だから、ちゃんとお名前をかいてね!」
いつも通り、さとるは隣のクラスのすぐると自由時間に図書室に集まっていた。
寿幼稚園の年長さんである二人は、産院のベッドが隣だったわけでも家が近所だったわけでもなかったが、幼稚園の年少さんで一緒のクラスになったときからずっとずっと、それこそ大人が驚くくらい二人だけで過ごしている。
もちろん集団行動をするときはきちんとする、しかし自由時間ともなれば二人だけの秘密の場所を毎日ループして他愛もない子供の遊びを同じメンバーで飽きもせずにしてきたのだ。
今日もまたいつものように秘密の場所である晴れの日の図書室に集合して、体をくっつけながら家の話からクラスの製作の話までさまざまな話に花開かせていたとき。
「すぐる」
「なぁに、さとる?」
さとるがふと思い出したようにすぐるの名前を呼ぶ。
律儀に返事したすぐるがきょとんとした顔でさとるの顔を見つめれば、そこには満面の笑み(イタズラを考えたときの笑顔と似ている)のさとるが一つ欠けた歯を見せながら言ってきた。
「すぐる、りょうほうのめ、ぎゅってして」
「ふふ、なにするの?」
こそこそと耳うちしなくても聞こえるのにわざと内緒のように振る舞うさとるに付き合い、すぐるもさとるの耳元で子供にしては堂に入る笑い声をもらす。
それにどきっとしたさとるは心臓を誤魔化すため自分の両手をすぐるの目元に当てた。
「ひみつ!はやく、はやく」
「はいはい」
この時からすでにさとるのお願いに弱いすぐるは言われた通りにぎゅっと目を閉じ、すぐるのまつげが手をくすぐることで目を閉じたことを確認したさとるは、両手を離しガサガサとポケットをあさる。
さとるは何をするのかな、なんて考えていたすぐるの頬を、突然先の丸い細い何かでつんとされる感触がした。
ゆっくりゆっくり、動いていく。
とりあえずペンか何かと推理したすぐるは何を書かれているかまでは分からずに、むず痒い感覚にも動くのをじっと耐えた。
「んー…」
さとるは傑作を完成させるために、可愛いうなり声をあげながら慎重にペン先を動かす。
それがぴたりと止まって圧迫感がなくなったタイミングですぐるが目を開けば、そこには先程のイタズラっ子の笑みよりもずいぶんと柔らかい笑顔のさとるがいた。
「かんせい!」
鏡なんて図書室にはないので、日の光と戦いながらガラス窓に映った自分の頬には、大きな文字で"さとる"と書かれている。
「じぶんのものにはなまえをかくんだって!すぐるはおれのだから、おれのなまえかいた!」
びっくり顔のすぐるに得意顔で朝先生に言われた自分の物には名前を書きましょう、を伝えてみれば、すぐるはお道具箱からくすねてきた(後でちゃんと返しました)マッキーをさとるの手から奪い取った。
「じゃあ、さとるもぼくのだからおなまえかくね」
容赦なくさとるの頬にペン先を突き刺したすぐるは、右上がりの字でゆっくりと自分の名前を書く。
あまりの圧に右目を少しだけ瞑るさとるは、またもドキドキと心をときめかせていた。
右利きのさとるによって左頬に名前を書かれたすぐる、左利きのすぐるによって右頬に名前を書かれたさとる。
お互いの顔を見合ってくふくふと笑い会う二人は数分後、担任の先生によって頬が赤くなるまで洗われることをまだ知らない。
「って言うのが最初だっけ?」
「ふふ、懐かしいねぇ」
とあるラジオ番組、テレビの収録後スーツを着替えてゆったりした服装になった二人は質問から過去の一つを振り返っていた。
五歳のあの頃、既に自分は手遅れなくらい相手に惚れていたんだと今となっては自覚している。
何年連れ添っても幸せで、仕事でなんて離れたくなくて漫才という一蓮托生の仕事についたのだ。
貧乏な下積み時代…はなかったが、とにもかくにも二人だけでバカやって笑い喧嘩し過ごしてきて祓ったれ本舗の今がある。
そして仕事の中、体を張ったロケでも隠そうともしなかったためにとっくに世界中にバレている体に書かれたお互いの名前。
「んで、色々あって消えない名前書こうぜ!ってマシン買ってお互いにタトゥー入れたって訳」
「温泉に入りたくなったら、悟に貸しきらせますから」
幸せそうにあの日のことを話す二人について、今日もツブヤイッターは大いに盛り上がったのであった。