転生五*妖精夏最初は小さな小さな綿毛のようなものだった。
某煤渡りみたいに濃くはない靄がかった謎の生き物に幼稚園の園庭で出会ったときに、僕は全ての記憶を思い出しそのケセランパサラン擬きが傑の魂であることが理解ったのだ。
テンプレート通りに両手で掴めば、逃げようとすることもなく手の中でもやもやと蠢く傑に、心臓が破裂しそうなくらい興奮したのを今でも覚えている。
そのまま持っていたハンカチーフで大切に大切に包み込んでポケットに入れて給食のときも自由に遊べるときも帰りの会のときも帰りのリムジンの中でも、ずっとずっとポケットの中の膨らみに手を当て続けた。
そうして帰ってきた家では頭を下げる家政婦達、いつもならちゃんとしていた手洗いうがいだって無視して部屋に駆け込んだ。
大切に大切にしていた僕の傑の魂は、ハンカチーフを広げればちゃんと存在ってくれていて。
窓も締め切った部屋で小さく息を吹きかけ、ゆらゆらと堕ちることもなく漂い続けるのを見つめる。
その日、僕は家政婦にご飯の呼び出しを受けるまでずっとずっと傑を見つめ続けた。
そんな僕と傑の運命の出会いから、傑は少しずつ、それこそ胎児のようにふわふわと人の形に成っていった。
目や耳、手足ができていくのは見ていて不思議だったし、傑が形作られていくのを見るのに飽きなんて1㎜もこない。
そのうち小さな赤ん坊になりそれでも傑は成長していく。
僕はそんな傑がいなくならないように僕の部屋への他人の侵入を一切禁止して、掃除も傑が汚れないように自らの手で色んな所をピカピカにしたりもした。
無駄に広い部屋には外国から取り寄せたやたらと精巧なドールハウスをこさえたし、アンティークな鳥籠も飾りたてた。
相変わらず浮いてはいるものの見た目が変わっていく傑はやっぱり人間ではないらしく、背中に四枚の羽が生えだしたのはいつ頃だったか。
まるで夢の国の妖精のような形の羽は黒いのに向こう側が透けて見える、そんな美しい傑はどこまでもキラキラとしている。
気づけば年月がすぎ、僕は15になってエスカレーター式の中学を卒業した。
傑も最初は速かった成長スピードは落ち着いて、初めて僕と出会った頃、それこそ15くらいの見た目になっている。
ピアスのない、ボンタンでもない、フィギュアスケーターのような衣装の傑は喋ることも食べることも飲むこともしない。
僕を無表情でじっと見つめたり、窓から外を眺めたり、はたまたドールハウスのソファに座り込んだりと模範的な妖精生活を送っている。
だからこそ、高校の入学式から帰ってきたときに傑から名前を呼ばれて腰を抜かしたのはいい思い出だった。
「さとる」
あの頃みたいな声色に声音。
何度も何度も呼んで貰えた僕の名前。
脳味噌は無量空処をくらったみたいになったし、そんな僕を引き戻したのはもう一度僕の名前を呼んだ傑で。
「さとる、ひさしいね」
言いたいことはいろいろあったし、感情の整理なんて出来るわけもなかった。
朝はフィギュアスケーターだったのに、今は呪術高専の改造制服でどこから調達したのかピアスも耳にはまっている。
それでも一言、僕は考えるよりも先に反射に近い形で口から勝手に言葉が飛び出た。
「傑、─────」