天馬司は眠りたい「うぎゃぁぁぁぁああああ」
近所への落雷(120dB)かと思い違えるかのような叫び声が響き渡った深夜2時。
何事かと飛び起き部屋へと駆けてきた両親と愛妹に、「ちょっと夢見が悪くて」と頭を下げる。
「そう、何もないなら良かったわ。ほらご近所にあれだから……」と母親からやんわり注意を受け、もう一度謝り就寝の挨拶をし、皆が部屋に戻るのを見届ける。
そして部屋のドアを閉めてから息を整え、司はゆっくりと振り返った。
──やはりそこには、ベッドの上で申し訳なさそうに胡座をかいて座っている、半透明の類がいた。
※※※
ひとまず自分もベッドに上がり、対面に座る。
先程、家族の誰も類について触れなかったことからどうやら彼が見えているのは自分だけのようだ。
こいつは──本当に類なのか?
あまりにも好きすぎて自分が生み出した幻覚ではないのだろうか?
そう、司は目の前にいる同じショーユニットの仲間である神代類に恋をしていた。
「ねぇ、今日は何でお昼一緒に食べてくれなかったの?僕屋上で待ってたんだけど」
「うわっ喋った!!」
「そりゃ喋るよ。で、何でだい??」
不機嫌さを隠しもせずじとりとこちらを睨んでくるが、司は困惑していた。
「今日は委員会の用事で昼に職員室へ行かねばならなかったからな……というかだな、その、約束していた覚えがないんだが」
「約束!?そんなものしなくても最近は一緒に食べていたじゃないか!はっ!?もしかして食べたのかい?僕以外の男と!!」
「確かにこのところ脚本の打ち合わせやなんやらで一緒なことは多かったが、オレは元々ひとりランチ派だ……一体どうしたんだお前」
普段の落ち着きはどこにいったのか大変元気な神代類である。半透明だが。
自分の妄想にしては想定外の発言ばかりに、もしやこれは本物なのでは?と思い始める。
セカイのお陰で自分も随分と不思議慣れしたものだ。
とりあえず落ち着かせるかとガルガル拗ねている男の頭を撫でてみる。
すると、一瞬静かになり「もう!それで誤魔化したつもりかい!?」と真っ赤な顔をして類は消えていった。
(何だったんだ……?)
見つめる先にはもう誰もいない。
ひとまず司は布団に潜り寝ることにした。
※※※
翌日、欠伸まじりに目を擦りながら校門をくぐると、後ろから軽く肩を叩かれた。
「おはよう、司くん。随分と眠そうじゃないか」
「うおおおお!くっきりしたぁ!!……いや違うびっくりだびっくり!おはよう、類!!」
「う、うん……やっぱり今朝もとても元気だね」
耳を抑えつつ苦笑する類は昨夜と違い、いつも通りの様子だ。
「類、お前昨日の夜って何か変わったこととかあったか?」
「昨日かい?ん〜…ちょっと寝つけなくて少しだけセカイを探索したけどそれくらいかな。どうかしたのかい?」
なるほど、十中八九原因はそれである。やはり昨夜の彼は、司の妄想ではなく類本人なのだろう。
どうにも司の部屋に訪れた記憶はないようだが。
「いや、オレも昨日は寝苦しくてな。お前はどうだったのかと何となく思ったまでだ。あ、そうだ……今日の昼なんだが、良ければ一緒に食べてもいいか?」
「別に構わないけど……」
怪訝な顔でこちらを見るが、その耳が僅かに赤くなっていることを司は見逃さなかった。
※※※
「だいたい!君は今日も青柳くんからぬいぐるみを貢がれてさ!そんなに毎回ペガサスばかりもらって牧場でも作る気かい!?」
「いや、あれはペガ娘というシリーズで全部違うペガサスらしいぞ」
「そうじゃなくて!貢がれないでと言ってるんだよ!!」
時間は決まって深夜2時。
半透明の類はあの日から連日現れ、元気よく司に不平不満をぶつけていく。
「今日はハグか!」
「今夜は膝枕だな!!」
「よし!任せろ!満足するまでお前の好きなところをあげてやる!!……ん?まだ4つめだというのにもういいのか」
そしてその度司が甘やかすと消えていくのだ。
ここまで好かれているのならいっそこちらから思いを告げてしまおうかとも思ったが、如何せん昼間の類は深夜の激情はどこへやら「司くん?友人兼大切な仲間だけど何か?」と言わんばかりの態度なもので、どうにも中々踏み出せずにいた。
司とて、好きな相手がこうして全力で甘えてくるのは吝かではない。しかし何せ時間が時間である。
毎晩深夜の逢瀬は嬉しい反面、健康優良児として規則正しい生活をしている身には大変堪えている。
今はまだ平気だがこのままではいずれショーの練習にも支障をきたすかもしれない。
どうしたものか、と授業中にも関わらず欠伸をかみ殺すが、頭はぼんやりとするばかりだった。
「最近ずっと眠そうだけど何か悩み事でもあるのかい?」
もはや恒例となった屋上でのランチタイム。
食事を終えて弁当箱を包みへとしまっている司に心配そうな声がかけられる。
「あー…毎晩怒ったり泣いたり忙しい奴がいてな」
「え?」
大丈夫だぞ、とすぐに返せるほど頭が回らずつい口を滑らせてしまった。
「い、いや何でもない。それより脚本の修正案を持ってきたんだが──っ!?」
慌てて言い繕いノートを広げた途端バッと取り上げられる。
「何を!」と言いかけた言葉は、見上げた先にあるこれ以上無いほどの不機嫌を前にかき消えた。
「これ、誰と考えたの」
開かれたページに書かれている演出案を指さし、じとりと睨みつけてくる男に「げっ」と声が漏れる。
それは昨夜、「司くんが寝ぼけて全然構ってくれない」とあまりにもぐすぐす泣くものだから、どうせなら起床後のオレの為に演出案を出してくれと渡した適当なノートだった。
(邪魔しないよう後ろから腰に腕を回しながら船を漕いでいたら「構い方が雑すぎる!!」とプンスカしながら消えていった)
うっかり脚本と間違えて取り出してしまったようだ。
「司くんの案じゃないでしょ?ねぇ、誰とって聞いてるんだけど」
自分達のショーに自分以外の演出家の存在を感じ取ればそれは大変不快であろう。
気持ちはわかる。大いにわかる。
しかし司の頭を占めるのは──
(だ、ダメだ……眠すぎる!!)
連日の夜更かし、心地よい初夏の風、昼食後の満腹感。
類に説明せねばと焦る気持ちと睡眠欲が激しくぶつかり合う。
「司くんってば!!こんな僕が考えそうな……というか僕が考えていた…あれ…?」
(類が、また怒っている……)
しかし残念ながら睡眠欲に軍配が上がったようで、瞼が重くなり、脳がぼんやり痺れていく。
「司くん、これって──「わかった、類、わかったから」
そういえばキスで甘やかすのは初めてだったな、とどこか遠くで思いながら、文句が流れてばかりの唇をふさぐ。
そして、静かになったと満足してそっと離れた。
「そうだ、類──夜のお前は、ちょっと激しすぎるぞ……」
ど、どういうこと!?司くん!!と焦る類の声を尻目にして「起きたら、相手してやるから」と司はゆっくり意識を手放した。
※※※
その日から深夜の来客はなくなり、司はきちんと眠れるようになり安堵した。
なぜなら────
「おはよう類!今日も最高の一日にするぞ!!」
寂しがり屋な恋人へのモーニングコールをかけるため、寝坊するわけにはいかないのだから。