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    cyuncyun_cyunko

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    cyuncyun_cyunko

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    ワンライ演目「逃げる」
    (類司)

    逃げたい君/逃がさない僕「バンドをやりたい」

    放課後の教室、互い合わせにした机の先に座る司の言葉に、類はスマホを弄る手を止め顔を上げた。
    今いるのは隣のクラスであるものの他の生徒の姿は既になく、また一週間ほど劇団の練習が休みになることもありそれなりに気を抜いていたところだった。

    「バンドを、やりたい」

    机に広げ、熱心に書き込んでいたノートの上にシャープペンを置き、こちらをしっかり見つめて二度目の声明。
    しかも先程よりはっきり告げてきた。
    しばし迷うが「そう、続けて」と促す。

    「ボーカルはオレと寧々の二人だな!えむはタンバリンが得意だからドラムを任せよう。あ、でもお前も星型のタンバリンを持っていたよな?となるとボーカル二人とドラム二人になるわけか……ちょっとバランスが悪いな」
    「ちょっとの感覚がさすが司くんだね」

    彼は時折驚くほど雑になる。
    しかしそこを大雑把にするのは咲希くんの兄としていいのだろうか、と思わないでもないが口には出さないでおいた。

    「ボーカルは寧々に任せてキーボードをやってみてはどうだい?」
    「咲希とお揃いなのは捨てがたいがやはり目立つのはボーカルだからな」
    「そしたらショルダーキーボードにしてボーカルと両立してみたら良いんじゃないかな」

    思いつきで提案してみると、司は目を大きくして「なるほど、良いアイデアだ!」と数度頷いた。

    「ついでにギターとベースとドラムも頑張ってみようか」
    「それはもうバンドじゃなくてオレの一人チンドン屋ではないか!」

    そう力強くツッコミをいれると、満足したのか再びカリカリとノートに鉛筆の走る音だけが響き始めた。
    類もまたスマホに視線をおろし、スイスイと指をすべらす。

    「なぁ、もしも過去に飛べるとしたら何時代に──」「僕は平賀源内かな」
    「食い気味に人名で答えるな」

    黒板の上にある掛け時計に目をやり、10分もたなかったなと苦笑しながら「ここ、漢字間違っているよ」とノートを指さし指摘する。

    「おお、本当だ!……途中から全部この字で間違えているな。助かったぞ!!そうだ、お前が江戸時代に行くならオレも一緒に行って芝居小屋で千両役者として活躍し、大衆を魅了してみせよう!!」
    「フフ、今度歌舞伎の演目をベースにしてみるのもいいかもね。例えば『鯉つかみ』とか水を使った派手な演出がたくさん盛り込めるし、これから夏に向けて良さそうだ」
    「う゛……あれはお、大百足が出るではないか」
    「おやおやせっかく多足類の複雑な脚の動きを表現したロボットが作れると思ったのにな」

    態とらしく残念そうに肩を竦めてみせれば、「完成して移動させるまでは絶対お前の家に行かんからな」とじとり睨まれる。
    ショーの為ならば苦手な大百足にも立ち向かう勇気たるや素晴らしい!彼が二、三度気絶するほどのクオリティを約束しよう!と類は胸の内で決意し微笑んでみせた。
    しかし司がよく「美人」と称する笑みを送ったというのに、はにかむどころか真っ青になり慌ててノートへと視線を戻してしまった。

    (本当に司くんは面白いな)

    思わずくつくつと零れそうになった笑い声を噛み殺す。
    せっかく作業へと戻った彼を邪魔してはいけない。
    ──と類にしては珍しく気を遣っていたのだが。

    「突然の嵐にみまわれ、辿り着いた洋館で雨宿りをさせてもらうことにしたワンダーランズショータイムのメンバー達。しかし屋敷の主人の姿はどこにもなく、ホールの中央階段に飾られた肖像画には謎の怪文書が!!もちろん入口のドアは入った瞬間から開かなくなる!メンバー達は全ての謎を解き明かし無事に脱出出来るのか!?」

    時計を見ると作業を再開してから8分が経過したところだった。
    中々10分の壁は厚い。

    「ちなみにその謎を全て解くとどうなるんだい?」
    「隠し部屋から屋敷の主人が出てきて歓待してくれる」
    「……ただのおもてなしだった」

    さて、どうしたものか。
    類としてはこのまま楽しく会話を弾ませていても一向に構わないのだが、翌日司がするであろう後悔を思うとやはり口を挟まねばならない。

    「さて司くん、そろそろ現実逃避はやめて明日からの定期テストに向き合おうか」
    「うっ……」

    自分でもわかってはいるのだろう。
    気まずそうに目を逸らし、司は机の上に突っ伏した。

    「でも珍しいね。司くんがこんなに集中できないなんて」

    普段の彼ならテスト勉強中は雑談など余りせず「お前もちゃんとやらんか!」ぐらいのことは言いそうなものである。

    「あー……実はもうすぐ恋人と過ごす初めての夏休みがくるのかと、つい浮かれてしまってな」

    顔を伏せたままのとんでもない供述に「もうテストは諦めて今から家に来ないかい!?」と叫びそうになるのをすんでのところで飲み込んだ。
    司を浮かれさせている恋人はんにん、それは自分だ。
    先日から関係の名がひとつ増えたものの、お互い練習や家の都合などで中々共に過ごせずにいた。
    もっと一緒にいたいと望んでくれていたのが純粋に嬉しい。

    「あのさ、テストの結果が良かったらお互いのご褒美にこことかどうかな?」

    肩を二度ほどつつき、顔をあげた司に先程まで弄っていたスマホの画面を差し向ける。

    「江戸を再現したオープンセットがあるテーマパークで、夏休み中は謎解き脱出ゲームもやるってさ。残念ながらバンドの募集はないみたいだけど」
    「……バンドは次の機会にする」
    「諦めないねぇ」

    ククッと今度は我慢せず声に出して笑うが、司は特に気にせず「彰人からビートボックスを教わればなんとかいけるか?」と思案している。
    それはボーカルが一人減っただけなのでは……とは黙っておく。
    自分は気遣いができる彼氏なのだ。決してめんどくさいわけではない。
    案の定、バンドの件は一旦考えるのをやめたらしく、司の興味はもう既に類のスマホ画面へと移っていた。

    「う~む、大変面白そうではあるのだがここはちょっと遠くないか?行くとすれば泊まりになるな」
    「うん。だからまぁ……“そういう”お誘いでもあるんだけど」

    こてん、と軽く首を傾げながら言ってみせると司の顔がみるみる赤くなる。
    類とて健全な男子高校生なのであって。
    ──この夏を逃がすつもりなどないのだ。
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