迷彩ガールフレンド「司くん、放課後はどこに行きたい?」
「今日は少し毛先を巻いてるんだね。フフ、よく似合っているよ!凄く可愛い」
「おや、それクラス分の提出ノートかい?僕が持つから貸して。その代わり職員室までデートしてほしいな」
──神代君って優しいし顔もいいし、天馬さん羨ましいー!!
──わかる!まさに理想の恋人って感じ!!
廊下ですれ違いざま、耳へと届いた女生徒達の黄色い声に、司は隣を歩く男の顔を思わず見上げた。
はっ!この男が“理想”の恋人だって?
いいや、“偽装”の恋人だ!!
※※※
それを見かけたのは偶然だった。
学校帰りのスクランブル交差点。
通行人の視線を引き、かつ邪魔にはならない絶妙な位置でそいつは一人、路上パフォーマンスをしていた。
彼を見かける直前、司は手に握りしめていたスマホに届いたメッセージを見て珍しく落ち込んでいた。
画面に表示されている先日受けたショーキャストの不採用通知をじっと見つめる。
『今後のご活躍とご健勝をお祈りしております』
お祈りするなら活躍の場を与えてくれ!最早見慣れた定型文に思わずそう突っ込みたくなる。
自分にはスターになる素質があると信じているし、そのための努力だって惜しんでいない。
だがこうも続くと、もしや才能などなく誰からも必要とされていないのでは……?と少し、ほんの少しだけ思ってしまう。
(いかんいかん!気持ちを切り替えなければな!!)
首を勢いよく横に振り、肩まで垂らしたポニーテールを揺らす。
しかしいつもなら「次がある!」と立て直せるはずの心が今日はやけに重い。
世界的なスターになる、その夢を諦めなければならないのか。じわりと目尻に涙が滲む。
突如軽快な音楽が耳に届いたのはそんな時だった。
「あるところに、変わり者の錬金術師がいました──」
音楽に合わせ心地よく響き始めた語り声、ドローンやミニロボットを使った斬新な演出達が足を止めた観客達を次々と笑顔にしていく。
このショーを楽しんでもらいたい、彼の一挙一動からそんな想いが溢れ伝わってくる。
演技だとわかりつつも、その技術と緻密な計算により笑顔を精錬する姿はさながら本物の錬金術師のようであった。
(そうだ、アタシがやりたかったのはこれだ)
錬金術師により生み出された胸の灯火がじわり沈んでいた司の心を溶かしていく。
幼き日、妹や幼馴染の少年から自分が引き出したもの。そして焦る日々の中、いつの間にか忘れてしまっていたもの。
──みんなを笑顔にするショーがしたい!
(あぁ、こいつが欲しいな)
パフォーマンスを終え、一礼する男に司は満面の笑みで惜しみない拍手を送りながら、誰かに対し初めてそう心から思った。
「神代類!!ようやく見つけたぞ!」
机をバンっと両手で叩き、目の前に座っているその机の持ち主を睨みつける。
あのパフォーマンスを目撃した日から数日、司は必死に聞き込みをし、ついに昨日幼馴染の冬弥から「それはうちの学校の神代先輩では?」と情報を得ることができたのだ。
まさか同じ学校、更に隣のクラスだったとは。
しかし朝から探し回ったというのにすれ違いに次ぐすれ違いが続き、こうして漸く顔を拝めたのは帰りのHRが終わった後だった。
それもたまたま隣よりも司のクラスの方が早く終わったためにこうして滑り込めたという有様だ。
大声で名前を叫ばれた男は一瞬目を見開き、すぐに人の良さそうな笑みを浮かべた。
「僕に何か用かな?えっと……」
「天翔けるペガサスと書き、天馬!世界を司ると書き、司!天馬司だ!!」
「……自己紹介ありがとう。それで何か用かな?天馬さん」
あからさまに困っていますと訴えるような態度だが司はそれを勢いよくマルっと無視する。
「神代類!!アタシのモノになれ!!」
そして勢い余って盛大に言い転んだ。
突然のオレ様発言を受けた相手は眉をひそめている。
いっそ顎クイでもしながら言うべきだったか!?と混乱のあまり意味の無い反省が脳裏をよぎってしまう。
「ごめんね、今はそういうことに興味が無いんだ」
「ち、違う!誤解だ!!別にお前と男女の関係になりたくて声をかけたんじゃない!」
──お前とショーがしたいんだ、そう続けようとするが深いため息に遮られ、向けられていた金の瞳が冷たく細まる。
「もっと分かりやすく伝えるべきかな……ごめんね、君に興味が無いんだ」
そう言い捨て立ち上がると、固まっている司には目もくれず彼は鞄を片手に教室から去ってしまった。
『天馬司が神代類に失恋した』、その噂は放課後の教室から瞬く間に広がっていった。
「くそ!なんなんだあいつは!!」
昼休み、屋上にある塔屋の上で弁当を広げながら司は治まらない怒りに震えていた。
普段は中庭で一人優雅にランチをとっているが、いつの間にやら昨日の勧誘が告白として面白おかしく広がっており、朝から「振られたって!?」「元気出せよ!!」などとひっきりなしに声を掛けられ、たまらずこうして人気のない屋上へと逃げてきたのだ。
未来のスターとして注目を浴びるのは好きだが、ゴシップネタとして騒がれるのはごめんだった。
「何が『君に興味が無いんだ』だ!こっちはお前に興味津々だっていうのに!!あの無礼さのどこからあれだけ素晴らしい演出が生み出されるんだ!?……はっ!さては全ての思いやりをショーに全振りしているのか!?」
誰もいないのをいいことに、声のボリュームを気にせずボヤけば少しばかり気が晴れた。
弁当を食べ終わり袋へ片付けると特にやることもなくなる。
腕時計を見るとまだ昼休みが終わるまでには時間があり、書き途中の脚本を持ってくれば良かったと後悔する。
今教室に戻れば噂話に巻き込まれるだろうし、取りに行って屋上へと戻ってくるもまた億劫だ。
そんなことをつらつら考えていると、ふと今いる場所がステージのようではないかと思いつく。
先日の神代類によるショーを、自分ならどう演るか試してみるのはどうか。
このままあいつに腹を立てて時間を潰すよりはずっと有意義なはずだ。
よし、と気合を入れて立ち上がる。
「確か……」
ストーリーは孤独で変わり者の錬金術師がある町を訪れ、町に住むみんなとショーを作りあげていくといったものだった。
初め、錬金術師は奇抜で突拍子もないアイデアを打ち出すが町のみんなは「そんなことできるはずがない!」と怯えてしまう。
そこで錬金術師は彼らができる演出へと切り替え、全員力を合わせて見事ショーが完成し、みんな笑顔になりましたとさ!めでたしめでたし!!
司はあの時拍手を送りながら、素晴らしいが勿体ないとも感じていた。
絶対に錬金術師が最初に用意した案の方が面白いショーをできただろうに、試しもせずに諦めてしまうなんて、と。
物語はハッピーエンドで終わっていたが、きっとあの後錬金術師は町を去ってしまうことだろう。
笑顔になった「みんな」の中に、錬金術師はいないからだ。
もしもあそこに司がいたら間違いなく彼が本当にやりたかった、観客も仲間も笑顔になる最高のショーができたはずだ。
司はそっと目を閉じ、役に意識を注ぎ込む。
自分は町でたまたま彼らのショーを見かけた旅の一座の座長だ。
座長であるアタシは錬金術師が決して手を抜いているわけではない、でも本当に彼がやりたい演出を抑えているように思えてならなかった。
アタシなら錬金術師の期待に12000%応えてみせる!
そして何より彼となら最高のショーが作れるはずだ!!
そんな自信と確信を言葉に乗せて錬金術師へとぶつける。
「お前が生み出せる笑顔はそんなものではないはずだ!アタシはお前を信じている!お前が言うなら例え雷の光だって恐れることなく空をも飛ぼうじゃないか!!だから、アタシと一緒にショーをやってくれ、錬金術師よ!!」
指先、動作の一つ一つに感情を意識する。そして片足を軸にくるっと半回転してポーズを決めた。
これはかなりキマったのではないか?
流石はアタシ!!と口元をニマつかせながらそっと目をあけ──驚きのあまり得意の大声すら出せずにそのまま固まった。
腰に手を当て天を指したポーズの先に、何故か神代類が胡座をかいて座っていた。
彼は拍手をしながら徐に立ち上がると、司の顔をぐいと覗き込む。
「中々おもしろかったよ、天馬さん」
「それは良かった……い、いつからここに?」
「言っておくけど僕の方が先にこの下にいたから。あぁ、何せ思いやりをショーに全振りしているもので覗き見しちゃってごめんね」
気まずさと吐息を感じそうな程近い距離にたじろぎ、司はそっと視線を下へとずらす。
「でもなるほど、僕自身じゃなくて僕の演出に興味を持ってくれていたんだね──いいよ、一緒にショーをやってみようか」
「本当か!?」
途端前のめりになった司にぶつからぬ様、数歩後ろに下がり、神代は片手を広げて「ただし」と続ける。
「条件が二つある。ひとつはやってみて君に演出をつけたいと思えなければ即無かったことにすること。そしてもうひとつは──僕の恋人役をお願いしたい」
偽装彼女ってやつだねと二本残した指を楽しげに揺らしながらそう言ってのける男に司が慌てて噛みつく。
「な!?なんでアタシがそんなことを!!」
「まだ君が一緒にショーをやりたい人間か把握出来ていないからメリットを作りたい。
僕は今、ショーを作るのに集中したいのに何故かお付き合いを望まれることが多くてね」
(あー…顔だろうな)
中身はどうあれ、この男は見た目が大層整っている。
外見に惹かれあわよくばと声をかける女子は多いのだろう。
「何だいその顔は……まぁいい続けるよ。さっきも言った通り、僕は誰かと付き合うよりもショーのことだけを考えていたい。でも想いを告げてくれた気持ちを無碍にするわけにもいかないから毎回ちゃんと答えていたけど、いい加減煩わしくてね」
「えっあの対応でか!?」
誤解とはいえ、随分な言われようだったのだが……と思わず声をあげてしまい、じとり睨まれ慌てて口を抑える。
「あれは君だけだから……さすがにあんな肉食系の告白は初めてでね。とにかく君なら僕の邪魔をしないだろうし、みんなの前で熱烈な告白をしてくれたおかげで、いつからどこで?なんていった余計な詮索もされないだろうから」
「だ、だが……」
「別に僕は一人でもショーが出来ればそれでいいからどちらでも構わないさ」
選ぶのは君だ、と余裕ぶって笑う男が憎らしいが司には選択肢など一つしかない。
(役者として、必ずこいつを夢中にさせてやる!!)
歯を食いしばり、きっと睨みながら手を伸ばす。
色気の欠けらも無い交際開始の合図だが、神代は面白いオモチャを見つけたかのように瞳を爛々と輝かせ、その手を握った。
「契約成立、だね。これで僕は君のモノさ!君が僕を飽きさせないことを心から期待しているよ」
「いらぬ心配だな!このアタシに演じられぬ役などない!!今日からよろしく頼むぞ、神代」
「類」
「へ?」
「恋人なんだから名前で呼んで欲しいな!ね?司くん」
ゆっくりと、強調するように呼ばれた『司くん』。
司は瞬時に赤く染まった頬と波打つ鼓動の静め方など検討もつかず──残った手でスカートの折目を強く握りしめることしか出来なかった。