初めの世界ではお腹を刺されて死んだ。次の世界で彼は義を通して死刑囚となった。その次の世界では愛した人を亡くし、独りを選んだ未来だった。俺のわがままで戻った世界では、俺に命を返すと言って撃たれて死んだ。
過去の世界で彼が死んでもう2度と返らないと知った時、俺は初めて自分の気持ちに気づいた。ヒナには2回目の土下座で謝って別れを告げることにした。泣きながらビンタされた後でもヒナは友人として俺を支えてくれた。がむしゃらになってマイキーくんをぶん殴って地に膝をつかせた時、脳裏によぎったのは死に際の彼の姿だった。彼が、ドラケンくんが望んだ未来をようやく掴むことができた。彼に託されたマイキーくんを光に引っ張り上げることができた。思い残すことはない……はずだった。
「やっとおわれる……」
「何言ってんだお前」
マイキーくんこそ何言ってるんだろう。
だって俺がしたかったことは全て終わった。
「タケミっち、助けてぇ奴いんだろ」
そう言って伸ばされた手を見つめる。
「俺を助けられて満足?ちげぇよな」
「何、いってんすか」
最後にマイキーくんの手を握ったのは、あのボーリング場跡地。
「俺の手を取れ。タケミっち」
差し出された手を取れないまま時間が過ぎた。これ以上リープして、これ以上悪い結果になったら?もしも、みんなが死んでしまったら、俺はきっと正気を保つことができない。
「俺は、俺が壊した奴らを全員助けたい。一虎も場地も……ケンチンも」
「……っ俺だって、助けたい……!でもっ……」
「俺も一緒に行く」
「え……?」
だから安心しろ
そう言って掴まれた手を視界に入れた途端、心臓が数度大きく高鳴って意識が消えた。
次に目を覚ましたのは何もかもが始まる前。それどころか全ての発端である真一郎くんの死すらまだ起こっていない時期だった。
まだ幼い体でうろ覚えのS.S MOTORに走った。そこには真一郎くんと思わしき青年と、ジャージ姿のマイキーくん。そして、本当ならいるはずのない場地くんと一虎くんたちがいた。扉が開いた音に気がついたのか、マイキーくんがゆっくりとこちらを向いた。
「よぉ、タケミっち。遅かったな」
その言葉が全てだった。幼い体は我慢なんて出来なくてヨタヨタと両手を伸ばして歩きながら盛大に泣いた。真一郎くんはいきなり現れて大声で泣き始めたガキに戸惑っていて、そしてそれが弟の仕業だと思ったのか拳を作ってマイキーくんを殴ろうとしていた。
「ゔぁぁあんっ、まぁっま"い"ぎーく"んのばがぁぁ」
「え!?万次郎!お前なに小さい子泣かせてんだ!」
「はぁ!?俺なんもしてねーし!タケミっちが勝手に泣いてるだけだろ!」
ズビズビと鼻水を拭われながら呼吸ができないくらい泣いてると、それを見ていた場地くんが近寄ってきた。
「ん!」
差し出されたグーの手の中にはソーダ味のキャンディが入っていて、受け取る前に強引に口に突っ込まれた。
「うめーだろ!」
「おっ、圭介が食いもんやるなんてめずらしいな」
「真一郎くん知らねえの?どーぶつには優しくしなきゃいけねえんだぞ?」
「いや、この子人間だから……ん?人間も動物か?」
口の中に広がった甘い味に体が反応して、あんなに流れていた涙が止まっている。子供の体って素直だな……と完全に肉体の年齢に引っ張られながら思っていると、今度は一虎くんがやってきた。
「お前名前は?」
「はながきたけみち……」
「ふーん、弱そう!なぁ、マイキー!こいつ俺のペットにする!」
え!?ペット!?
一虎くんから驚きの発言が出てきてびっくりした。
「ダメだ、タケミっちは俺のダチだから」
「えー、だってこいつすぐボコられそうじゃん!ペットなら守ってやれるだろ?」
「どーぶつには優しくしなきゃだからな」
場地くんの言い分と自分の中のパスみがミックスされた結果、ペットにすれば守れるとなったらしい。ううん、守りたいと思うようになっただけ丸くなってる、のかな?
「とにかく、タケミっちはダメ」
「え〜、じゃあ何ならいいの?」
「……しょーがねぇからダチなら許してやるよ」
「ちぇ!じゃあ今日からダチな!俺、一虎!」
「じゃあ俺も、場地圭介な」
差し出された小さな手を握って時間も時間だからと真一郎くんの車に乗せられS.S MOTORを後にした。別れ際、バイクにはしゃぐ2人を眺めながらポツリとマイキーくんが呟いた。
「……いい過去だろ」
「うん……うんっ!」
「あとはイザナをどうにかするだけなんだけど、真一郎なかなかボロ出さねえんだよな」
「……あ、じゃあ俺と行きます?カクちゃんに会いに行こうと思ってたから、多分あえるっすよ」
「それだ。エマも連れてくわ」
それから毎日のようにS.SMOTORに足を運んだ。孤児院に行ってイザナくんと大喧嘩をしたり、それがバレて真一郎君にゲンコツを落とされたり、血の繋がりがなんだって俺が爆発したり、色々あったけど無事にイザナくんは佐野家に住むことになった。カクちゃんはどうなったかと言うと、なんとびっくりこちらも佐野家に輿入れとなった。イザナくんは養子という形だが、カクちゃんの方は里子の形だ。裏でイザナくんがなんかしたらしいけど、知らなくていいことも世の中にはあると思う。「将来どの道俺と一緒になんだから今から種撒いとくんだよ」とはイザナくんの弁だ。純粋に喜んでいるカクちゃんを見てそのままで居てね、と手を合わせた。
マイキーくんとはほぼ毎日会ってはいたが交友関係が違うので時折土手で報告会というものも行っていた。
「そーだ、今日ケンチンに会ったよ。また年上の雑魚にパシられてやがったからノしてやった」
「そっ……そっすか。ドラケンくんをパシるとかヤベーやつもいるんすね」
「……会わねえの」
マイキーくんの言葉に歯を食いしばって耐える。抱えた膝に顔を埋めて緩く首を振った。
「会えないよ……だって、会ったら……っ」
「会ったらなんだよ」
「会ったら、きっとエマちゃんとの未来を壊しちゃう。そんなの……ダメだよ」
「……んだそれ」
土手に寝転がっていた体を起こして胸ぐらを掴まれる。そのまま転がるように地面に押し付けられてゴロゴロと一緒に坂を転げ落ちた。
「そんなんテメェの理由だろうが!始まってもいねぇ奴らに何日和ってんだよ!」
「マイキーくんだって!言ってたでしょ、2人の子供を見るのが夢だって……やっと叶えられるんだよ?」
「うるせぇ!いつの話してんだよ!……今日会ったケンチン、なんて言ったと思う」
そんなの知らない。だって俺はこの頃のドラケンくんを知らないから。何もいえずに黙ってマイキーくんの言葉を聞いた。
「夢を見るんだとよ。大事に思ってたやつを置いてっちまう夢を何度も何度も」
「大事に……思ってた?そんな、覚えて……?」
「いや、記憶は持ってねぇ。あるとしたら残り滓みてえなもんだ」
「残り滓 ……」
「ケンチンは持ってるモンが少ねえ代わりに、モノに対しての執着がデケェ。バイクとか服とかな」
そんな、俺に都合がいいことが起こるわけない。だって……そんなの……。
「いい加減腹括れ。あいつはお前を待ってんだ」
体を起こしたマイキーくんは土まみれになった服を両手で払い落として、あの時のように手を差し伸べてきた。
「いいのかな、俺なんかが幸せになって」
「ハ?ぶん殴られてぇの?お前はヘラヘラ笑って幸せになればいーんだよ」
「ふふ、ひどいなぁ……」
「あと、お前が心配してるエマだけど多分今回ケンチンを好きになんねーよ?」
わりかし衝撃的なことを言われて、伸ばされた手を無視して起き上がる。そんなこと、最初っから言ってくれればこんなに悩まなかったのに!
「前と違ってイザナと一緒だからか知らねえけどスラっとした優男が好みなんだと。事あるごとにニィみたいな人と結婚する!ってうるせえからな」
「え、えぇ〜先に言ってくださいよ……」
体から力が抜けて再び地面に背中をつけた。
次の日S.SMOTORに行くと早くもマイキーくんに連れてこられたであろうドラケンくんが、店内でバイクを眺めていていつもならすぐに入るドアの前で二の足を踏んでしまった。意を決してドアを開ける。ドアベルの音で気がついたのか真一郎くんが先にこちらを向いた。数秒遅れてドラケンくんもこちらを見て、なぜか目を見開いて固まってしまった。
「おータケミチ、よくきたな。飲みモン出してやっから何がいい?」
「お邪魔します、あ、じゃあコーラで……」
「りょーかい、座ってな」
店内にある小さな冷蔵庫を開けた真一郎くんは中を確認すると首を傾げた。
「万次郎ー、冷蔵庫に入ってた飲み物知らねえ?」
「あー、飲み物?コーラなら全部飲んだ」
「おまっ3本くらいあったろ!」
「イザナとエマにやった」
「お〜ま〜え〜は〜!!」
補充分買ってこい!と首根っこを掴まれたマイキーくんとやっと目が合う。よぉ、タケミっちと呑気に言ったマイキーくんは固まったままのドラケンくんと俺を見て人の悪い笑みを作ると、真一郎君に声をかけた。
「そーだ、真一郎。ワカから伝言、今日バイク取り来るからそれまでメンテ終わらせとけだって」
「はぁぁ?お前そういうのは早くいえよ!タケミチ、ケン!俺ちょっと裏に引っ込むから好きに見てろ」
「えっ」「ウッス」
バタバタと忙しなく裏に引っ込んでしまった真一郎君とニヤニヤしながら飲み物を買いに出て行ってしまったマイキーくん。嘘でしょ、まだ2人っきりになる心の準備なんか整ってないんだけど!というかなんでドラケン君ずっとこっちガン見してるの!?
「なぁ」
「ヒッ」
「俺、龍宮寺堅。お前は?」
「おれ?花垣武道です」
俺の名前を聞いた確認するように何度か名前を繰り返して
いる。声変わり前の少し高い声が耳慣れなくて別人みたいだ。
「龍宮寺くんは「堅」……ん?」
「堅って呼べ」
「堅……くん?」
もしかしてまだドラケンのあだ名付いてないのかな。あれ、でも前は小学生の時から名乗ってるって言ってたのに……。知らないことになっているあだ名を呼ぶわけにもいかず、俺が堅くんと呼んだ途端満足気に笑うと近寄ってきて両手を握られた。
「お前、マイキーの何?」
「え?マイキーくんとはダチやらせてもらってますけど……」
「ダチな、じゃあヨメってわけじゃねえんだな?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「そんなら、お前今日から俺のヨメな」
今度は俺が固まる番だった。え?なんて?ヨメ?固まった俺を抱えるようにしてビールコンテナに腰をかける堅くん。
「いや、いやいやいやいや!待ってください!い、いきなりヨメって……」
「……嫌か?」
「嫌……ってわけじゃなくて!」
「ならいいよな」
まだ幼い顔つきでしゅんとするのは反則だと思う!ウダウダと押し問答を続けているとお使いからマイキーくんが戻ってきた。俺らを視界に入れた途端コーラを落として固まっている。
「おーマイキー、こいつ俺のヨメにすっから」
「マジ……?」
その宣言を聞いたマイキーくんは店を揺らすくらいに笑い始めた。
「ケンチン手はやすぎだろ!!ははははっ!ちょ、やべー!ちょ、写メ!写メ撮らして!真一郎!携帯かせ!」
「待って待って!撮らないで!」
「何言ってんだよ、昨日ケンチンの話しした時会いたいって言ってじゃん。よかったなぁ、タケミっち?」
「なっ!」
「マジ?」
「いっ……たけどぉ!」
笑いを堪えて震えながらとんでもないことを暴露するマイキーくん。言い方に悪意を感じる!お腹に回る腕に力がこもりキラキラとした目でこっちを見てくる堅くんに、嘘でも言ってないなんて言えなくて。もうどうにでもなれ!と顔を見られないように、強引に向きを変えて堅くんに抱きついた。