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    tokarevsuzuki

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    4/10開催🐍さんwebオンリー「双瞼の彩2」用 煉おばパラレル小説
    *注意事項をご確認の上お読み下さい

    Flowers of Himself 1*注意事項

    *この作品では最終的に伊黒さんが煉獄さんを置いて列車に轢かれます。現公開部分では鬱展開は無いですがラストの展開が無理な方はご注意下さい。
    *舞台は明治一桁〜の鬼の居ない世界
    *煉獄さん六歳、伊黒さん七歳で小学校の同級生
    *煉獄さんは剣術道場と寺子屋の息子
    *伊黒さんは色々事情があって女の子の格好&眼帯姿。父親に育てられている
    *多分3章で終わります。大丈夫そうな方はどうぞよろしくお願いします。(5/29追記※やっぱり4章になりそうです。すいません。)








    Flowers of Himself



    1


    町はゆったりと蛇行して流れる川の周囲に栄えていた。
    数百の藁葺き屋根の農家に、町の北側に商家や宿屋が続く大通りが一本。
    南側に、天照大神を祀ったお堂と、剣術道場と寺子屋を敷地内に有する広い屋敷が在る。
    この屋敷の主は煉獄槇寿郎といった。
    煉獄家は二代前までは鬼を滅する一族──信じ難い事だが、煉獄家の歴史にはそう刻まれている──だったのが、仲間と共に鬼の首領を討ち果たし、先代の頃からは剣術道場と寺子屋を営んでいる。

    明治も七年、槇寿郎と妻の瑠火の間に男児が生まれた。
    煉獄家秘伝の儀式を以て発現する炎色の頭髪と瞳を持つ健やかな赤子は、杏寿郎と名付けられた。





    杏寿郎が六つになった時、両親は隣町との境に建てられた新しい小学校に彼を通わせる事にした。自宅の寺子屋は未だ小学校に通えない子供達の学びの場として開かれていたが、母は息子に言った。
    「新しい学問に触れ、広い見識を育てなさい。知識と思慮を人の為にどう使うのか、貴方自身が考えるのです」

    ある朝早く、杏寿郎は斜めがけの鞄に紙や筆、石板、弁当などを詰め込み小学校に向かった。四半刻程して到着した擬洋風建築の小学校の校門を潜ると、分厚い眼鏡をかけた教師が新入生を集めている所だった。
    「男子生徒はこちらへ、女子生徒は向こうの先生の方へ」
    教師は近付いてきた杏寿郎を見ると、その奇異な髪と瞳の色に一瞬目を見張り、手の中の名簿を持ち直して名前を尋ねた。
    「君は──」
    「煉獄杏寿郎です!」
    「煉獄‥‥」
    教師が名簿と照らし合わせている間に、周りから「俺、分かるよ。煉獄道場の子だ」「俺も知ってる」と声が上がる。多くの門下生と寺子を抱える両親に加え、派手な見た目のため、杏寿郎は既に名の知られた存在だった。
    その時、杏寿郎を中心とする喧騒が途絶え、後ろの方に並んだ生徒達から新たな騒めきが生まれた。
    皆が振り向いたので、杏寿郎も目一杯背伸びをして見ると、新入生の列に近づいて来たのは一人の老人と、角笠を被った髪の長い少女だった。
    藤色の着物姿の少女は顔が笠で半分隠れているにも関わらず、見えている部分──白くなめらかな線を描く頬や、薄桃色の形良い唇、繊細な顎──だけで存分に人目を引いた。
    校庭で遊んでいた上級生達も視線を注いでいる中、付き添いの老人は途中で立ち止まり、少女が被っていた角笠を預かると、自分が持っていた荷物を渡して来た方向に帰っていく。笠を取った少女が顔を上げると、もう一度辺りが騒めいた。
    「見ろよ、あの目」
    「怪我してるのかな」
    笠に隠れていた大きく目尻の吊り上がった瞳は、左側が深く煌めく翠色。右側は何があったのか、黒い眼帯で覆われている。少女は周囲の少年達を気にも留めず、低い位置で束ねた艶やかな髪を揺らして教師の前まで進むと、小さな声で名乗った。
    「伊黒小芭内です」
    「君、女子生徒はこっちじゃない。あちらに行き給え」
    「──俺は男子です」
    少女、いや少年は困ったように小首を傾げ、教師を含む全員がぽかんと口を開ける。
    「伊黒‥‥伊黒‥‥‥失敬。確かに名前がある」
    「男!?」
    「嘘だあ!」
    「静粛に!」
    全員揃ったので教室に移動する、と言って、教師は校舎を指差した。移り気な子供達はわっと歓声を上げて教師の後に付いて歩き始める。暫く川の中の石のように動かずにいた小芭内は、自分を心配そうに見つめている杏寿郎に気付くと、彼の金と朱の瞳にハッと驚いた様子を見せた。
    見開かれた翠の瞳はきりりとしているのに、どこか寂しそうなのは眉が下がり気味のためだ。
    視線が合わさったほんの僅かの間に杏寿郎はそんな事を考えたが、小芭内は杏寿郎の親切を振り払うように、生徒達の一団を追いかけていった。


    「この学年は変わった奴が二人もいるなあ」
    と、一つの棘もなくのんびりと言ったのは粂野という新入生だ。
    入学式と学校生活についての説明が終わり、昼休み。生徒達はそれぞれ持参した弁当を広げている。
    視力が良くないからと最前列に座った小芭内と、背が高いので最後列に座った杏寿郎の丁度真ん中の席で、穏やかな雰囲気の少年は二人の机の上を見比べながら続けた。
    「煉獄君の弁当は五人分位あるし、伊黒君は‥‥まさか水だけ?」
    「俺は良く食べるからな! これでも少ない方だ!」
    笑顔で答えた杏寿郎に対し、無言で黒板の方を向いたままの小芭内に、粂野少年は更に話しかけた。
    「伊黒君てもしかして、親が役者で君も子役とか?」
    女物の着物と腰に届く程長い髪は役作りのためか、との問いに、周囲の子供達が納得したように小芭内を見た。だが当の本人が即座に首を横に振り、教室に流れた一種の安心感はたちまち消え去る。
    彼の見た目の理由は別の所にあり、それは出会った初日に詮索して良いものでは無いと、幼い子供達にも推察出来たのだ。

    暫くして、教室の中には小芭内と杏寿郎だけが残っていた。
    弁当を食べた者は午後の授業まで校庭で遊んで良い事になっており、他の子供達は順に外に出ていったのだが、小芭内はそもそも何も食べていないが動かず、杏寿郎は普段ならとっくに食べ終えている量の食事を態と時間をかけて食べている。
    ──両親から学校は楽しい場所だと聞いていた。実際に半日を過ごして、その通りだと思う。新しい環境に新しい仲間、配られた教科書、全てにわくわくと心が躍る。しかし、前方の席で俯きがちに座っている同級生はそうは感じていないようだ。
    杏寿郎は最後の握り飯を食べてしまうと、徐に立ち上がって小芭内の席に近付いた。
    「やあ、伊黒君! 俺と外に遊びに行かないか!?」
    「っ!?」
    杏寿郎がすぐ近くに来ても無反応だった小芭内は、彼の声の大きさに驚いて咄嗟に顔を上げる。
    「一緒に行こう!」
    「い、行かない」
    「何故だ!? 俺は君と遊びたい!」
    「声がうるさい。俺は行かない。外に行きたいなら一人で勝手に行け、煉獄杏寿郎」
    けんもほろろの反応だったが、杏寿郎は小芭内に名を呼ばれて顔をぱあっと輝かせた。
    「もう名前を覚えてくれたのか! 杏寿郎でいいぞ! 俺も小芭内と──」
    「入学式で呼ばれていたし、さっきの授業でもその馬鹿でかい声で名乗っていただろう。嫌でも覚える。あと俺の事は伊黒でいい」
    小芭内は一息に言い切ると、長い睫毛に縁取られた左眼で杏寿郎をキッと見上げた。儚なげな見た目に反して、かなりはっきりと物を言う性格らしい。
    と、膠着していた二人の耳に昼休みの終わりを告げる鐘の音が届いた。
    「おっと‥‥じゃあ小芭内、明日は外で遊ぼうな!」
    「話を聞け!」
    杏寿郎は怒りに跳ね上がった小芭内の右手を捉えると、ブンブンと上下に揺すりながら言った。
    「約束だ!」
    「だから行かないって、おい」
    小芭内の拒絶はあえて聞かず、明日こそは彼と遊ぶと心に決めて、杏寿郎は自席に向かいつつ大きく手を振った。


    ***


    「ここに居たか!」
    入学式から八日経った金曜日の昼休み、これまでで一番早く小芭内を発見した杏寿郎の明るい声が校庭に響いた。
    小学校の敷地には下等小学校舎と上等小学校舎が背中合わせに建っている。二つの校舎の間の狭い路地に蹲っていた小芭内は、渋々建物の陰から出て来て首を捻った。
    「ここなら何処からも見えないはずなのに」
    「その通りだが、今日はまだ君が隠れていない場所を考えて探していたからな!」
    一方的な約束の翌日から、昼休みに入るなり教室を出て行くようになってしまった小芭内を探しているうちに、杏寿郎はその行動自体が遊びだと気付いた。
    『かくれんぼだな! 昼休みの間中見つからなければ小芭内の勝ち。見つかったら残りの時間は皆で遊ぼう!』
    返事は勿論否、だったのだが、毎日飽きもせず「かくれんぼ」を続ける杏寿郎の勢いに少しずつ押され、小芭内の態度は無自覚に柔らかくなっている。
    「仕方ないな。で、今日は何をするんだ」
    「竹馬か、木登りか‥‥」
    「木登り」
    「小芭内は高い所が好きだな!」
    彼の言う木登りとは、杏寿郎の手を借りて収まりの良い枝に腰掛け、そこで昼休みの終わりまで過ごす事だ。
    「おーい、見つかったのか」
    他の同級生と独楽回しの対決をしていた粂野匡近が二人に手を振っている。
    杏寿郎はふと、小芭内にある提案をする気になった。
    『かくれんぼは今日で終わりにして明日からはもっと皆で過ごそう』と。
    麗かな午後、小芭内はその提案に意外なほど素直に頷いたのだった。

    「天津神、再拝、昨夜も無難に過ぎて、大幸なり。今朝、夜明けて、光を下し給ふにより、父母の息災なる顔を──」
    気だるい空気が充満した教室内を、ウィルソン・リーダーの翻訳教科書を朗読する声がすらすらと流れている。小芭内の涼しげな声音で心地良くなったのか船を漕ぐ生徒も居れば、堅苦しい文章を淀みなく読み進めるのに感心している生徒も居た。
    小芭内は入学以来、毎日少女の格好で登校していたが、担任教師が懸念していたようなからかいの対象にはならなかった。少なくとも同級生達の間では、彼の見た目よりも、利発で毒舌家な面が面白がられていた。
    小芭内同様、特徴的な外見を持つ杏寿郎も何の問題も無く学校生活を送っている。
    拍子抜けした担任に、同僚の教師は『学業優秀な者は一目置かれますからな。それに、変わった者同士で相殺しているのでは』等と冗談めかしていたが、案外その通りなのかも知れない。
    小芭内が指定された箇所を読み終えると教師は言った。
    「よろしい。今日の授業はここまで」
    次に当てられるのでは、と戦々恐々としていた生徒達はその言葉にほっと息を吐き、一斉に帰り支度を始める。
    「えー、煉獄君は掛図の後片付けを手伝ってくれ」
    担任教師にそう指示され、授業で使用した単語図や地図を巻いて職員室の隣にある準備室に運んだ後、杏寿郎は誰も居なくなった教室に戻って来た。
    「──あれ?」
    しんと静まり返った教室の、小芭内の机の上に、広げた風呂敷と教科書がそのまま残っている。
    「小芭内?」
    辺りを見渡すが、人の気配は感じられない。杏寿郎はもう一度廊下に出ると、中庭に面している窓から身を乗り出した。
    正方形の中庭はそう広くなく、ぽつんと植えられた桜の若木の根元には名も無き草が緑の絨毯を作り、輝く黄色の立金花が点々と生えている。素朴で平和なはずの花園だが、杏寿郎は妙な違和感を感じて尚も目を凝らした。
    「あ‥‥!」
    緑の地面に落ちている物に気づくが早いか、中庭に出る扉へ駆けて行って引き戸を開ける。飛び付くようにそれを拾うと、思った通り、丸い小さな板に綿ビロードを貼った石盤拭きだった。
    布の部分が臙脂色の石盤拭きを持っているのは杏寿郎の学級では小芭内だけだ。側には蝋石の粉が着いた木の枝も落ちている。きっとこの場所で石盤拭きの手入れをしていたのだろう。
    その時、ざわりと吹いた春風に乗って、何人かの話し声、そして微かな悲鳴が耳に届いた。
    「‥‥‥‥!」
    二ヶ所ある中庭への出入り口のうち、中学年側の教室に繋がる扉が僅かに開いている。
    全身が総毛立つ感覚がして、杏寿郎は走り出した。


    ****


    だから学校など厭だと言ったんだ。
    伊黒小芭内は自分を壁際に追い詰めている三人の上級生を睨み、内心で毒づいた。彼らの狙いは見当がついたが、好奇心に任せて無遠慮に詮索する馬鹿共に教えてやる事など何一つ無い。
    「なあ、どうしてそんな格好をしてるんだ?」
    「離せ!‥‥痛っ‥‥」
    か細い右手首を捕まえていた生徒が力を強めてせせら嗤う。
    「言えばすぐ離してやるって」
    「皆君の事が気になってる。なのに君の学級の奴らは何も教えてくれないからさあ」
    「秘密にしてるって訳でも無さそうだけどな。煉獄家の黄色頭といい、お前の所は変わり者が多いのか?」
    小芭内が振り上げようとした左手を押さえつけ、一番体格の良い生徒がそう尋ねた。
    「俺の同級生はお前達みたいな阿呆じゃないだけだ」
    「何だと!」
    「うぁ‥‥っ!」
    「しっ、外に聞こえるぞ」
    中庭で最初に声を掛けてきた生徒が仲間を制し、小芭内の口を塞ぐ。気がつけば床に仰向けになり、六本の腕で磔にされてしまった小芭内は、誰かの手が乱れた着物の裾から覗く脚に触れたのに、背筋をぞっと凍らせた。
    「本当に男かどうか、見ればすぐ分かる」
    「俺は目の方が気になるな」
    「んん──!」
    眼帯に伸びてくる手がぐにゃりと歪んで、やけにゆっくりと見える。小芭内は塞がれた口で助けて、と叫ぼうとしたが、喉がからからに乾いて呻き声すらまともに出なかった。
    ──いいかい小芭内。今まで通り、人に気付かれないように──
    無理だ。「今まで」と違って、こんな人間の多すぎる場所で隠し通すなんて。
    ──お前が一人生きていくためには必要な事なんだよ──
    ──嫌だ。そんな事聞きたくない。父様、父様──
    何の期待もしていなかった学校生活は思いの外平穏で、けれどもほんの少しの気の緩みで酷い事が起こってしまう。
    『挨拶をしようと思っただけ』
    毎日しつこい程に話しかけてくる煉獄杏寿郎が居なかったから、何となく、帰って来るまで待とうと石盤拭きの手入れを思いついた。それだけなのに。

    恐怖と混乱でぴくりとも動けなくなった小芭内の秘密を、今まさに悪童達が暴こうとした時、三年生の教室の扉が激しい音を立てて開いた。
    「先輩方!! 御免!!!」
    「!!!??」
    教室に駆け込んで来た杏寿郎の姿は小芭内の涙に濡れた瞳には閃光のように映った。杏寿郎は一瞬で小芭内が押さえつけられている教室の隅まで移動すると、自分より頭一つ以上大きい上級生三人の胸元に、続け様に掌を当てる。
    「ぐっ!」
    「げぇっ!」
    二人は仰け反りながら蛙に似た悲鳴を上げ、一人は声も出せずに床に手を着いた。
    「小芭内!!」
    三人が動けなくった隙に杏寿郎は小芭内を床から抱き起こして逃げるように促す。だがまだ硬直していた小芭内の顔に一人の上級生の腕が伸びてきて、眼帯の紐の結び目に指を引っ掛けた。
    「いや‥っ‥‥!」
    「く‥‥!」
    これ以上攻撃すると怪我をさせてしまうかもしれない。父から無闇な暴力を厳しく禁じられている杏寿郎は上級生の手首を足先で弾くと、解放された小芭内を横抱きに抱えて教室を飛び出した。


    今日も小芭内の帰りを校門で待っている老人は、彼の身内でも何でもない、雇われ者であった。とはいえ小芭内の父に寡黙さを買われて既に二年、世間から隠れて生きる親子に多少の情も持っている。
    老人は首を伸ばして下等小学校舎の入り口の様子を伺う。一年生の男子生徒が殆ど帰宅していったのに、まだ小芭内は姿を現さない。そういえば、煉獄なんとかと言うあの子供も──
    小芭内に負けず劣らず変わっている杏寿郎の姿を思い浮かべた時、ドタドタと騒々しい音がして、入口がガラッと開いた。
    「──お嬢さん?」
    外ではそう呼ぶ事になっている小芭内が、杏寿郎に抱えられて校門の方にやって来る。
    「小芭内のお祖父さん!」
    「は?いや、儂は」
    「あいつらがまた追って来るかもしれない! ここは俺に任せて、早く逃げて下さい!」
    老人はあまりに突然の事に戸惑っていたが、その胴に顔の半分を手で覆った小芭内が飛び込んできて、短く言った。
    「眼帯を失くした。目を閉じて帰る」
    「む‥‥」
    乱れた髪に手首の赤い痕を見て何があったのかを察し、老人は小芭内に角笠を被せるとしゃがみ込んで自分の背中を示した。広い背に重みがかかると、膝の裏にしっかり腕を回して立ち上がる。そうして遊び疲れて眠った孫を背負う祖父を装うと、杏寿郎に軽く頭を下げて歩き始めた。
    「平気かい」
    「あちこち痛む」
    小芭内は憮然と呟いて、ちらりと後ろの様子を伺う。幸い奴らは追いかけて来ないようだったが、少し進んだ所で、思いがけない言葉が追ってきた。
    「小芭内! また明日!!」
    「──だってよ」
    「‥‥知らない。もう行きたく‥‥」
    「大丈夫だ! 俺が守る! 荷物も預かっておくから!」
    「荷物」
    「あ‥‥」
    教室に置き去りの勉強道具の事を思い出して固まった小芭内に、老人は苦笑しながら「礼も言わなけりゃならねえだろう。もう一日行ってから決めたらどうだい、お嬢さん」と声を掛けた。


    *****


    『いや‥っ‥‥!』
    小芭内が右目の眼帯を奪われた時、杏寿郎は絶望に震える声を聞いた。
    そして彼が顔を手で覆い、黒髪を振り乱して隠そうとしたものを見てしまった。──月のような金の瞳を。

    「杏寿郎、腹でも痛いのか」
    沢山の皿が所狭しと並べられた煉獄家の夜の食卓で、杏寿郎と同じ髪と目の色をした父、槇寿郎はそう言った。
    普段なら自分と争うように飯を食べる息子が箸を止めてこちらをじっと見ていたからだ。
    「あの、父上」
    「何だ」
    「‥‥いえ。何でもありません」
    杏寿郎は訝しげな父から顔を背けて再び食事を続けた。
    『左右で目の色が違う人は居るものなのでしょうか』と聞きたかったが、聞けば何故そんな事を言うのか問われるだろう。小芭内が必死に隠そうとしていた事を喋ってしまうのはきっと良くない。
    「五日間続けて学校でしたから、疲れたのではありませんか」
    と言ったのは生まれて二月ほどの赤子を腕に抱いた母、瑠火だった。
    「疲れてなどいません。母上こそ、お疲れではないですか?」
    「平気ですよ。千寿郎は大人しいですから」
    父や兄と同じ血筋と一目で分かる千寿郎は瑠火に言わせると煉獄家の男の中で一番手がかからないらしい。
    今も腹が満たされて幸せそうに眠っている千寿郎のふくふくした頬を眺めていると、杏寿郎は次第に気分が上向いて来るのを感じた。
    小芭内が明日も学校に来る保証はどこにも無かったが、多分大丈夫だ。あの綺麗な瞳を見てしまったことを、彼は許してくれるだろうか。とにかく謝って、そしてまだ出来ていない話、例えば生まれたばかりの可愛い弟の話をするのだ。







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