Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    tokarevsuzuki

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    tokarevsuzuki

    ☆quiet follow

    5/29開催🔥さんwebオンリー「緋赫の心」参加作品。「Flowers of Himself 1」の続きの明治時代の煉おばパラレル小説です。(1話目もポイピクで読めます)
    *注意事項をご確認の上ご覧下さい。

    Flowers of Himself 2*注意事項

    *この作品では最終的に伊黒さんが煉獄さんを置いて列車に轢かれます。2話目から少しずつ不穏な空気になっています(人死にあります)のでオチや鬱展開が無理な方はご注意下さい。
    *煉獄さん六歳、伊黒さん七歳でしたが二人とも途中で三年生に進級しています。
    *最後の方で伊黒家の女性達が登場。不穏です。
    *3章で終わるつもりでしたが4章になりそうです。続きも頑張りたいです。









    花曇りの土曜の午後、障子戸を開け放った部屋に鋏の刃が擦れる音が鳴っている。
    慎重に鋏を操っているのは瑠火で、置物のように硬直して髪を切られているのは小芭内だ。
    杏寿郎は二人の背後で千寿郎を抱き抱えながら、無惨な状態だった黒髪が少しずつ整えられていくのを見守っている。

    上級生の急襲から一夜明けて、小芭内は杏寿郎の望み通り登校してきた。ただ予想外だったのは、毎日丁寧に梳られ結われていた長髪が肩の下辺りでばっさりと切られていた事だ。見るとそれは素人が切ったにしても酷い有様で、全体が斜めになっている上に妙に短い部分もある。杏寿郎を始め同級生は皆驚いていたが、事情を尋ねあぐねているうちに授業が始まってしまった。
    「伊黒君、その形はどうしたんだね」
    小芭内の姿を見るなりそう尋ねたのは担任教師だった。
    「髪が邪魔だったので、自分で切りました」
    「‥‥何事も自力で行うのは良い。だがそれは学舎に相応しい身嗜みとは言えないな。月曜日までに正すように」
    「──はい」
    教師の言葉が至上の難題であるかのように、小芭内は肩を落とした。

    土曜の授業は半日で終わる。二人きりになる機会も無く帰ろうとする小芭内を、杏寿郎は追いかけながら引き留めた。
    「小芭内! 何があったんだ、その髪──」
    「言っただろう、自分で切った」
    「どうして‥‥」
    「昨日」
    と、そこで一つ溜息を吐いて、小芭内は続ける。
    「あいつらに髪を掴まれて逃げ遅れた」
    「そうだったのか」
    忌まわしい記憶に俯いた小芭内に、杏寿郎は先程の教師の指導について尋ねた。
    「月曜日までに直せそうか?」
    「‥‥やってみる」
    予想通り、小芭内の答えには人を頼る気が無い。それとも、頼れる人が居ないのか──
    「一人で切るのは難しいだろう。良かったら家に来ないか」
    「え?」
    杏寿郎の言葉があまりに意外だったのか、小芭内の足が止まった。
    「俺の母に頼んで髪を直して貰おう! それと、君を家族に紹介したい! 新しい友達だからな!」
    「‥‥でも‥‥」
    「小芭内のお祖父さんにも聞いてみよう!」
    「願鉄は俺の祖父では‥‥おい、杏寿郎」
    小芭内は先手必勝と駆け出した杏寿郎を追って、迎えに来ていた老人にいいから帰るぞ、と促したのだが、老人の方は杏寿郎の案に乗り気だった。
    「──良いじゃねえか、髪結いを呼ぼうかと思ってたが、友達の親の方が信用出来るだろ」
    「だが‥‥」
    「お父上には俺から伝えておく。ええと、家は煉獄道場だな」
    「はい。隣に天照大神様のお堂があります」
    「分かった。後で迎えに行く」
    「待て、願‥‥」
    「さあ行こう! 家はこっちだ!」
    すたすたと歩き始めてしまった老人に狼狽える小芭内の手を引いて、杏寿郎は満面の笑みを浮かべた。


    「長さはどうしますか。ここに合わせると随分短くなりますが」
    耳にかかる髪の一房を取り、瑠火が尋ねる。
    彼女は元々芯が強いのと、息子から小芭内については何かと聞かされていたこともあって、杏寿郎がざんばら頭で眼帯姿の女子──に見える同級生を連れ帰っても驚きはしなかった。優しい手つきで髪を梳かしつつ、「あまり短いと、着物との釣り合いが取れないかしら」と呟く瑠火を、小芭内は恐る恐るといった表情で鏡台越しに見返して言った。
    「ありがとうございます。この長さで大丈夫です」
    「そうですか?」
    「はい」
    小芭内が頭を下げると、不揃いなおかっぱになった髪がさらりと揺れる。
    「よく似合ってるぞ! おばな‥‥あっ、千寿郎、すまないっ」
    「杏寿郎、後片付けを頼みます」
    「はい! 母上!」
    兄の大きな声で目覚めた千寿郎を抱いて、瑠火は部屋を後にした。
    杏寿郎は小芭内を座らせたまま、周囲に落ちた髪を棕櫚の箒で手際良く集める。と、小さな声が囁いた。
    「────あの」
    「ん?」
    「ありがとう。今日も、昨日の事も」
    「気にしないでくれ。君は友達だし、困っている人を助けるのは煉獄家の者なら当然だ!」
    小芭内は翠の瞳を見開くと、少し微笑んで、ためらいがちに尋ねる。
    「杏寿郎はどうしてあんなに強いんだ?」
    「ああ──」

    それから、杏寿郎は小芭内に屋敷の中を案内しつつ、話し始めた。
    毎日剣道師範の父に稽古を付けて貰っていること、修行の後の母の食事は特別美味いこと、煉獄道場には代々伝わる型があること── 話をしながら父の道場と母の寺子屋の建物を横切り、屋敷の隣のお堂に向かった杏寿郎は、青々と繁る生垣の側にしゃがむと声を潜めて言った。
    「俺の先祖は型を極め、「炎の呼吸」を身に付ける事で、鬼と戦っていたらしい」
    「鬼と戦う?」
    「そう。それで父が言うには、俺は無意識にその「呼吸」の端くれを使っているとか‥‥」
    「凄いな」
    「そうか?」
    「ああ」
    杏寿郎は率直に褒められて擽ったい気持ちになったが、次の瞬間はっと真面目な顔をして言った。
    「小芭内。君に謝る事があったんだ」
    彼を救出する際、不可抗力とはいえ眼帯の下の瞳を見てしまった事を、杏寿郎は告白した。
    「すまなかった。でも誰にも君の眼の話はしてないから安心して欲しい」
    「杏寿郎‥‥」
    小芭内はこくりと頷いて、眼帯に手を伸ばす。しなやかな指先が薄い革製のそれを持ち上げると、額にかかっていた前髪が幕を引くように左右に割れ、金の瞳が現れた。
    彼は自分をじっと見つめる杏寿郎を、同じように異色の両眼で見つめ、心の奥底を探る声音で尋ねる。
    「気味が悪いだろう」
    「──そんなことは無い。とても綺麗だ」
    その本心からの返事に、小さな唇の両端がふっと持ち上がった。
    「父も、そう言う。美しいから隠さなければならないと」
    「君の父上は‥‥」
    「嘘付き」
    「──!?」
    立ち上がって、どきりとする言葉を紡いだ小芭内は、朱塗りの本堂に向かって歩きながら、続ける。
    「俺は誰かに狙われている。だから父は俺に女の振りをさせるし、眼を隠す。もう、そのくらい分かるのに、ずっと嘘をついて‥‥隠れて。──昨日は全部嫌になって、髪を切ってしまった」
    「‥‥‥‥」
    癇癪を起こしたように言っても、小芭内が父の指示を守って女子に見える髪の長さを残したのだと分かる。杏寿郎は黙って彼の隣に立つと、自分より一回り狭い背中にそっと手を置いた。
    「小芭内、何か困った事があったら俺に相談してくれ。きっと力になる」
    「簡単に言うんだな。お前にもどうする事も出来ない場合は?」
    「む」
    大人びた微笑を浮かべる小芭内に、杏寿郎は一瞬言葉を失ったが、気を取り直して眼前のお堂を指し示した。
    「人の力で足りない時は、祈る」
    「神頼みか」
    「ああ。俺も千寿郎が生まれるまではよく祈っていた。母上と赤子をお守り下さいと。おかげで二人とも元気だ!」
    「──確かに、お前の頼みはよく聴いて貰えそうだな」
    「声が大きいから?」
    「ふふ」
    今度の小芭内の笑みは子供らしく晴れやかで、杏寿郎がほっとした所に、聞き覚えのある声がかかった。
    「お嬢さん。待たせたな」
    「願鉄」
    振り向くと、幌の付いた黒塗りの人力車を引いた老人が鳥居の向こうで待っている。小芭内が駆け寄ると、彼は整えられた頭髪を見てにっと笑った。
    「上手い具合にしてもらったなあ」
    礼をして帰ろう。そう言って願鉄は二人の子供と共に煉獄家に向かった。そこで瑠火に銀の粒──非常に価値の高いもの──を渡そうとして、毅然と断られたのであった。





    その後、杏寿郎と小芭内は進級試験を順調に通り、三年生になった。子供にとっては長い時間を共に過ごすうち、二人は親友と呼ばれる仲になり、杏寿郎だけが知る小芭内の周囲についての事柄も増えた。
    彼の一人きりの身寄りである父親は怪我が元で病気がちになり、長く床に臥せている事。病に倒れる以前は教師をしていたらしい事。伊黒親子は人目を避けるため、定期的に住まいを変える事。
    杏寿郎は小芭内の父に直接会ってはいないが、一度、流麗な文字で認められた手紙を受け取った。そこに小芭内の髪を時々切って貰えないだろうか、と書かれていたので、杏寿郎は小芭内の髪が伸びた頃を見計らっては彼を自宅に招いた。
    それは自由な外出を許されていない小芭内の唯一の息抜きであり、彼は煉獄家で、杏寿郎の家族とも穏やかな時を過ごしていた。

    同じ頃、町では長い間期待されていたことが生じた。
    明治5年に品川、横浜間で開通した鉄道が、この町でもようやく通ることになったのだ。
    背の高い西洋人の指導者と日本人の大勢の労働者が、線路と、電柱と、小さな停車場を次々と作り、低い丘のすそを回る汽車の通り道を敷設した。
    実際に汽車が通るようになると、町の殆どの人々と同様、小学校の生徒たちも、煙を吹き上げながら人や荷物を遥か彼方まで短時間で運ぶこの乗り物に畏敬の念と好奇心を抱いた。

    「このように、帝都と聖都が鉄道と電線で結ばれると、両都の間の行き来は二日とかからない上、数秒で通信も行える」
    その日、校外学習に鉄道を取り上げた担任教師が線路の付近に立ってそう言うと、生徒達は皆感嘆の溜息を吐いた。特に熱心に話を聞いていた粂野匡近は教師が大きな紙に描いた機関車の構造図を写しながら、「格好良いなあ」と瞳を輝かせている。
    「君たち、見たまえ」
    「あっ、汽車だ!」
    前方のプラットホーム目掛けて速度を落としていた汽車が鋭い音を立てて止まる。暫くすると、大きな黒い鉄の塊は再び唸り声を上げて走り出した。そして小さな子供達の側を横切る際には、彼らを吹き飛ばさんばかりの風を起こし、歓声を浴びながら次の駅へと去っていった。
    「凄いな! まるで龍のようだった!」
    「そうだな」
    学校までの帰り路、興奮する杏寿郎に頷き、小芭内は心地よい風にふと瞳を閉じた。少し冷たい風が、秋の訪れを知らせていた。


    時は過ぎ、翌年の一月八日。小学校では十日間の冬休みが明けたが、何故か小芭内は登校して来なかった。
    杏寿郎は同級生のみならず、担任教師にまで小芭内がどうしているのかを尋ねられたが、分からない、としか言えない。実際には年末に「最近、父の具合が良くない」と小芭内から聞いていたのだが、それ以上の事は知らなかったし、他言も出来なかった。
    小芭内の現在の住まいも知らない自分を情けなく思いつつ数日が過ぎた頃、その出来事は唐突に訪れた。

    この日もいつも通り少し早い時間に登校した杏寿郎は、寒空の下、一人校庭に立っていた。
    校門が目に入る場所で小芭内を待っているのだと同級生は分かっているので、皆軽く挨拶をして通り過ぎていく。暫くして、杏寿郎はハッと目を見張った。校門付近で、鮮烈な赤が揺らいだかと思うと、着物に真っ赤なショールを羽織った一人の女性がしずしずと敷地内に足を踏み入れる。数秒後、彼女の後ろから、眼帯を外し、地味な着物を身に纏った小芭内が歩いて来るのが見えた。
    「──小芭内!」
    「まあ」
    女性は駆け寄った杏寿郎に驚いたように立ち止まったが、すぐにゆったりとした声で尋ねる。
    「小芭内のお友達?この子の学級の先生はどちらかしら?お目にかかりたいのだけれど」
    線が細く優美で、下がり眉に眦の吊り上がった大きな瞳を持つ女性を一目見て、杏寿郎はこの人物が何者なのかを理解した。
    「案内します。あの‥‥小芭内のお母上でしょうか」
    「ええ、そうね。驚いた?」
    「いえ‥‥」
    華奢な風情とは裏腹に妙な迫力を持つ小芭内の母に少し気圧されながら、杏寿郎は横目で小芭内を見た。彼は酷く静かで、青白い顔色をしていた。服装を変えたのは何故か、具合が悪いという父親がどうなったのか、聞きたい気持ちで一杯だったが、どうしてか小芭内の母の前では言い出せず、杏寿郎は彼女を職員室へと案内すると、廊下でやっと口を開いた。
    「何があった、小芭内。お父上はご無事なのか?」
    「ああ。父は無事だが──」
    小芭内はそこまで言うと急に言葉に詰まり、無意識に杏寿郎の着物の袖を掴んで、絞り出すように言った。
    「願鉄が死んだ」


    **


    煉獄家から見て二町隣の町に、大きな薬屋があった。屋号は「戸室屋」と言ったが、店主の一族は伊黒という姓である。
    何十年も前に八丈島から戸室屋に嫁いだ女が現在の当主で、子供も孫も女ばかりの女系の家だった。彼女には非常な商才があったが、いつしか男達を経営から遠ざけ、店の実権を握って嫁ぐ前の姓を名乗るようになった。
    働いている男達は皆下男のような扱いだと密かに有名なその店の前に、人力車が停まり、華美な装いの女性が建物の中へと消える。
    「お祖母様、只今戻りました」
    小芭内の母は居住空間の奥へ入ると、座敷で花を生けていた祖母に頭を下げる。
    「予定通り、先生に改めてあの子の事をお願いしておきましたわ」
    「そうかい。お前の夫も喜ぶだろうよ」
    「嫌ですわ‥‥お祖母様ったら、昔の事を」
    「──帰りもあれに付いていなくて良いのかい」
    「平気でしょう。父親がここに居るんですもの」

    願鉄老人がほんの数日患ってこの世を去った後、小芭内の父は何度か初対面の者に用事を依頼した。その中に口の軽い者が居て、どこそこの宿に変わった親子連れ──父親が病気の外国人で、子供が眼帯をしている──が泊まっていると吹聴したのが運の尽きだった。
    屈強な男を連れた伊黒家の女達を前に抵抗する力も無く、息子を殺さないでくれと懇願する父を見て、小芭内は自分が誰に狙われていたのかを知ったのだ。

    「あの男‥‥あんな身体でよく子供を育てたものだ」
    百合の花の枝をぱちん、と落とし、老女は呟く。小芭内の母も頷いて、夫だった男が小芭内を連れて逃げた日の事に思いを馳せた。
    男児は伊黒家に災いをもたらす。その言葉は八丈島での伊黒家の衰退を直に見た祖母から語られる事によって、一族の者を強力に支配していた。
    『子供は女の子よ』
    小芭内の母は彼が腹の中に居る頃、折に触れそう語った。青い瞳の夫にもそう言い聞かせていたのに、生まれた赤子は男児で、おまけに左右で瞳の色が異なっていたのだ。
    祖母に『忌み子を殺せ』と命じられた時、小芭内の母は即座に納得した。
    『次は女の子を産むわ』
    そう言って、まだ産湯も使っていない赤子を手にかけようとした所に夫が飛び込んで来た。
    動けない女の代わりに周囲の姉妹達が二人を追ったが、男は紅珊瑚の簪を深々と背に刺されたまま、行方を眩ませたのだった。
    「──西洋のひとだから元が頑丈だったのかしら」
    女は何の感情も込めずにそう呟いた。短い期間情を交わした男は体を病み、今や見る影もなく痩せ衰えている。
    『どうか、私の子を殺さないでくれ』
    彼が宿の薄い布団に額を擦り付けて訴えた願いは、現在の所は聞き届けられていた。絶対的な権力を持つ祖母が許したからだ。

    「お祖母様、また新しい指輪をお作りになったの?」
    彼女はふと、花を生ける祖母の手に真珠と青い宝石の指輪が光っているのを見つけると、無邪気な少女のようにそれを覗き込む。
    「素敵だわ」
    「そうかい?‥‥こんなもの」
    「あ‥‥」
    その先の言葉は分かっていたが、口を挟むと碌な事にならない。彼女が居住まいを正すと、老婆は深い怒りに声を震わせて語り始めた。
    「文政の頃はこんなものでは無かった。お前は知らないだろう、我が伊黒家の栄華を。こんな仕事をせずとも、毎日この何倍も贅沢が出来る程の財産があったんだ」
    「それを、金目銀目の男の児が奪ったのね」
    「──あれはそいつの生まれ変わりだよ」
    「ええ」
    「生まれて直ぐに殺せなかった‥‥あれがのうのうと生きて来た分、苦しめて殺さなければ。そうだろう、お前」
    「私もそう思いますわ」
    百合の花の芳香に満ちた座敷で、孫娘は祖母ににっこりと微笑んで見せた。
    その笑顔に嘘は無い。彼女にとっても、死にかけの夫と忌み子は己の不名誉の象徴でしかなかったのだ。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏👏👏👏👏🙏🙏🙏🙏🙏🙏💯👍👍👏😭😭😭😭🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏👏👏👏👏👏💞💞🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works