Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    yellow_okome

    @yellow_okome

    字!

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    yellow_okome

    ☆quiet follow

    くく竹
    書き散らし

    すべてあまえごと 冬の海に足を入れると冷たい。氷がそのまま液体なったような恐ろしいほどの冷たさだ。つま先をちょんっと付けただけで久々知兵助はすぐに足をひっこめた。
    「つめた!」
    「そりゃあそうだろう。どうしたんだよ急に海に行きたいだなんて」
     竹谷八左ヱ門は不服そうに言った。彼は海ならば当然夏に行きたいと言いたげな顔をしている。
     兵助も八左ヱ門も、今日は実習終わりの自由時間を与えられていた。冬ごもりした虫たちの様子をみていようかと思っていたらしい八左ヱ門を海へ誘ったのは兵助の方だった。戸を開ければ床に這いつくばって虫と見つめあっていた八左ヱ門をみて開口一番に「海に行かない?」と誘えば彼は少し戸惑いながらも了承してくれた。
     それでも八左ヱ門が兵助からの誘いを拒否をしないのは二人が淡い恋心を抱き合っているからだろう。
    「ただお前と海に行きたいなって思ったんだけど」
     嘘ではない。暇だったし、課題も済ませてしまっていた。鍛錬をすることも悩んだけれど、ただ何となく八左ヱ門と時間を過ごしたいと思ったのだから。ただなんとなく、海に行きたいと思っただけのはず、だ。
     物事には大抵の場合理由が付随する。景色を眺めながら兵助は思考を深めていく。様々な色が広がっている。底はきっと黒に近い紺色で、水面につれて色は明るくなっている。波の綾は光に照らされ光沢を帯びる。飛沫は極めて白に近い水色だ。しゅわしゅわと刹那的に海を色付ける。砂浜からみているとずっと先に水平線があって、静けさが兵助達がたっているところを曖昧に溶かしていく。
     溶けていく、時間が、ゆっくりと、流れていってほしい。
    「ああ、そうか」
     指先で水面を続いていた八左ヱ門が顔を上げる。兵助は裸足のまま浸水していく。中に入ってしまえば風よりもずっと水は心地よい。忍びにとって命を守る為ならば夏の暑さも冬の寒さも関係なかった。足の指の間に入りこむ砂をぎゅっと掴む。
    「俺、八左ヱ門のこと好きなんだ」
    「エ、ア、ハイ……、俺も好きデス」
     八左ヱ門の潮で濡れて頬に貼り付いた毛先を取ってやる。「来年の冬はこうやってお前と見る景色が減ってしまう。だから、それが嫌だったんだと思う」
     春になれば自分たちは最上級生だ。実習も増えて、個々での忍務も増えていく。同じ城に勤めない限りは俺たちは離れなければならないのだから。
    「たまにだけれども、そんなことを考えてしまうんだ。俺は、変わるのが時々怖くて、寂しい」
     子供の頃からここがどういった学舎であるのか、理解していた。それだけ兵助は利口であり、物分りがよかった。乱世の時代に明日の生死は確約できない。たとえ将来闇に忍ぶ路でなくとも、人は簡単に死ぬ。頭では理解している。だのに、兵助はこのまま愛する人と波に溶けてしまいたいと心が震えていた。
     八左ヱ門が好きだ。好きだからこそ、死にたくない、死んで欲しくない。ならば、ここで二人で帰結してしまいたい。
    「俺は変わらない方が寂しいと思う」
     八左ヱ門が兵助の手を温めた。傷だらけの厚い皮が指のくびれを辿る。付け根を擦り合わせて、手のひらを撫でる。暖かい日差しのように微笑まれると、兵助は身体を震わせた。
     そう、八左ヱ門は間違えない。だから兵助はこの男に惚れている。
    「なんでそう思うんだ?」
    「うーん、だってずっとそのままってさ、これからやってくる楽しいこととか、嬉しいこととかに出会えないってことだろ?」
    「そうなのかなあ」
    「俺はそう思いたい! だって兵助とこうして付き合えることになるとも、思えなかったし……」語尾を弱めて八左ヱ門は視線を逸らした。
     頬を引っ掻くのは彼の照れ隠しをする時の癖だ。
    「ありがとう、八左ヱ門」
     兵助は目を細めた。
     ちらりとこちらをみた八左ヱ門は兵助の顔を見ると再び逃げる。水面に彼の顔が映ればいいのに、と兵助は思った。「いや、当然のことを言っただけだから」
    「お前にとっては当然のことも口に出せるのは凄いと思うよ。だから、ありがとう」
    「ん」八左ヱ門は握る手に力を込めた。
     兵助は鈴のように笑い、八左ヱ門の頬に唇を添える。ザラついた肌は少しだけ潮の味がした。触れるだけの軽いものだが、八左ヱ門との距離がぐっと近づいてもう一段階温かくなる。彼の隣にいると兵助はいつも落ち着くのだ。
     八左ヱ門はくすぐったそうに身をよじらせたが最終的には兵助の好きなようにさせるらしい。
     波を押し返す。透明な液体が兵助の白い足を写す。
    「って 兵助、早く出た方がいい、お前唇青いから!」
     慌てた様子に思わず笑い声を兵助は上げてしまう。「うん、分かった、でももう少しだけお前とこの景色をみていたいんだ、いいかな?」
     八左ヱ門は兵助の手を引きつつ、柔らかに微笑んだ。
    「当たり前だろ、暗くなるまで一緒にいよう」
    「夜も一緒にいていいか? お前の熱を感じていたい」
     横に並べば兵助は八左ヱ門の腰を抱く。少し身を跳ねさせた八左ヱ門に愛おしさを隠すことができず「今すぐでもいいよ」と、囁いた。
    「こ、こんな誰かが見てるところではよくない!」
    「冗談だよ、八左ヱ門は助平だな」
    「なっ、なにー」
     八左ヱ門の声が空に響く。しかし、それもすぐにさざ波に呑み込まれていった。振り返れば海原は燦然と輝いている。こちらにおいでと誘うように。
     そんなことよりも、いまは、八左ヱ門に甘えていたい。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator