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    yellow_okome

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    鉢尾
    書き散らし

     両手いっぱいに土を掬って外へと逃がす。青臭さが辺りを漂っていた。昨日は雨だったから、土は湿り気があって掘りやすいことが尾浜勘右衛門にとっては有難い。生活環境を破壊されたミミズが慌てたように飛び出した。忍者の卵として生活をしているのだ、それくらいで動揺をすることはなかった。
     柔くなった土を掴んで、離れたところへ移す。爪と指の間に入り込んだ土など気にせず、掘って、掘って、掘っていく。あたりではじゃわじゃわと蝉が鳴いていた。首筋から垂れた汗が布に滲みこまれて、消えてる。この時節は、木々に囲まれているだけでは解決しない暑さがあった。深い緑のなかに、群青色が目立った。
     片手が隠れるほどになったとき、勘右衛門の背後からぬっと影が伸びた。足音は聞こえていたし、特に驚かずに勘右衛門は手を止める。影は盛り上がった髪の毛をしていて、背丈が高い。
    「勘右衛門、何を掘っているんだ?」
     聞き覚えのある声だった。同じ学年の五年生で、同じ学級委員会の男――鉢屋三郎だ。声の主が判明すると勘右衛門は手についた土を払う。
    「埋めようと思ったんだ」呑気な口調で勘右衛門は訂正をした。
    「何を」
     要領を得ない返事に三郎は苛立ちを覚えたように聞き返す。もしかしたら学園長先生から緊急の収集がかかったのかもしれない。それで探していてやっと見つけたと思ったら曖昧な返事をされたとか、三郎ならありそうだ。飄々とみせかけて勘右衛門よりずっと真面目なんだ。
     勘右衛門は足で穴を埋めつつ、「人間の心臓」と言った。
     三郎は予想外の言葉だと思うのに声を上げることはしなかった。肝も据わっているんだ。いや、もしかしたら突飛なことをいう勘右衛門に慣れているだけかもしれない。けれども、ため息をつく。
    「…………悪趣味なやつだ」
     そう言われて勘右衛門は笑う気配を滲ませる。しゃがんだままだった勘右衛門は、振り返った。眉根を寄せた三郎がいて、いっそう勘右衛門は笑顔を浮かべた。
    「冗談だって」
    「ちっとも面白くない冗談だ」
    「冗談を楽しむゆとりが足りてないのでは」
    「たわけ」
    「ごめんって」
     いひひ、と効果音でも出てきそうなほど口の端を横に伸ばした。三郎はもう一度ため息をついて、手元にある包みを撫でた。
    「せっかく学園長から頂いた団子をお前の分も持ってきてやったというのに」
    「え⁉ そーゆーのは先に言ってよ」
     蝉の声に負けないように勘右衛門は声を張る。手の土を装束で拭っていく。今日は実習にもでていないのに少し外にいただけにも関わらず布が汚れてしまう。こりゃあ洗濯が捗りそうだ。でも今はそれよりも団子だろう。
     楽しみな気持ちを隠すことなく、三郎へ手を出したのに、男はにやりと笑みを作る。途端に不安になってきた。
    「冗談だ」「は?」
    「さっきの仕返し。正確に言うと私が町で見かけて買った団子だ」
    「え、ぇえ? 最初からそういえばいいじゃん」
    「面白くもない冗談を言うからだろう」
     三郎は伏し目がちに三度目のため息をした。幸せ逃げるぞこの野郎。
     急にお前が来たから咄嗟に思いついたことを言ったんだろう、だなんて言えるわけがなくて、勘右衛門は不満気な声を出すことだけに咎めた。喉の奥から湧き上がるものをぐっと堪える。なんで急に団子を買ってきたんだろうか。もしや、兵助や雷蔵、八左ヱ門の分も買ってきて勘右衛門が最後だったのかもしれない。
     包みを剥がすと団子が一つ。餡子がこんもりと盛られている。ここまでのものはなかなかない。まるっとした白い球体に深い小豆色がてらりと輝く。放っておくと虫らが嗅ぎ付けて寄ってしまいそうなので早々に口に入れた。甘味が広がって眉がへにょんと下がってしまう。
    「最近何かあったのか?」
     しばらく勘右衛門の様子をみていた三郎が断定的な科白を放った。
     勘右衛門は思わず目を丸める。あっという間に消えた団子の串を口から引き抜く。「ん、なんも。え、なんで」
    「この前から調子が悪そうに思えた。委員会でも集中していないようだったからな」
     三郎によって繰り広げられる調査内容を聞いて勘右衛門は「あ~」と声を漏らす。心の蔵が激しくなった気がして土を蹴飛ばした。まだ小さく山になっている地面だ。
     集中できないのはお前のことを好きになっちゃったからなんだ。なんて言えたらいいのに。つまり、気を利かせて団子を買ってきてくれたということなのだろうか。え、そんな都合よく考えて言いわけ? ちょっと待つ。
     蝉がうるさくてよかった。これなら鼓動が聞こえることはない。
    「勘右衛門?」顔を覗かれて勘右衛門は息を吸いこんだ。
    「あー、近いうちに大きめの実習があるんだよ、い組で。たぶん、それかな?」
    「自分で言っておいて自信を無くすでない」
    「へへ」
    「まあ、……ならちゃんと準備、しろよ」
     三郎は勘右衛門が埋めかけた穴を覗く。実際には人の骨もなければゴミなども入っていない。中にはなにも埋めてない。ただ、ある種の儀式をしただけだ。こころの蔵を置くため、のはずだったのに、三郎に邪魔をされて中途半端になってしまった。
     だが、三郎は覗いただけで、掘り返すようなことはしないらしい。
     勘右衛門は髪を揺らしながら言った。
    「うん、ありがと」喉を昇ってくる熱の塊を夏の空気と一緒に飲み込む。火傷しそうな熱量だ。
     三郎は勘右衛門の返事を聞くと無言で頷いた。
     この気持ちを持つ相手が三郎でよかった。だって、三郎は不器用だから、俺に対して必要以上に干渉してこない。このままあと一年半を過ごしたらあとはもう別々の道。何かを埋めたとしても掘り起こされることはなく、雨が降れば地面は固まる。きっとそれがいいと思う。そう思いたくなるほどには、どうしようもなく三郎のことが好きなんだ。
     適当な話をしながら三郎の隣を歩く。蝉たちのざわめきが森を抜けると少しだけ落ち着いた。
    「俺、手洗わないと」
     そういって離れた手を三郎が掴んだとき、勘右衛門は思わず手を振り払った。
    「びっくりした~、ごめんな」「勘右衛門」
    「え、ハイ」
    「話ならいつでも聞こう、そしたら私も……」
     その一言を置いて、三郎は去っていった。
     最後の方はなんと言っているかが聞き取れなくて、よくわからなかった。だけどそれを蝉のせいにして、勘右衛門は井戸へと向かった。紡がれるはずだった言葉の続きを思わず考えながら。
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