酷く耳障りなヘリコプターの音の中で、私の天使は空に還った。
私は眠りについた彼女にそっと触れて、ゆっくりと立ち上がる。酷い立ちくらみがしたのは、ここ数日何も食べていなかったせいだろうか。結局カフェには行けないままだったな。崩れた壁の隙間から、とうに廃墟になったカフェが遠くに見えた。彼女に背を向けて、力の入らない脚を引きずるように入口へと歩き出す。疲弊しきった身体は私の天使と部下たちに託された意志だけを原動力に動いている。
途中何度か転びそうになりながら、ようやく入口までたどり着く。投光器とヘリのライトが熱いくらいに私を照らしていて、これではきっと一等星だって見えはしない、とぼんやりした頭で考えた。
一体どうすればよかったのだろう。どうすればあなたと一緒にいられたのか。答えは出ない、永遠に。当たり前だ、そんなものは初めから存在しなかったのだから。存在しない解を追い求めた結果がこのザマだ。
あなたを守れなかった。
「あなた」を生んでしまった。
あなたに殺人をさせてしまった。
あなたを殺した。
私の罪は、ほかでもないあなたに許されてしまった。
全身に、苦手だったたくさんの視線が突き刺さるのがわかる。でももうどうでもよかった。だってここにいたのは私と彼女だけだったのだから。今となっては、ここに残されたのは私一人だけ。
天を仰いで、私は美しい「神」を見た。「ソレ」はただそこに在る。
私はきっと、罰を求めていた。天使による裁きを。望む通りに与えられてしまえば、それは救済に他ならないのに。こんな大罪人に、死を望む権利はないのに。何より、優しい彼女がそんなことを許してくれるはずがないのに。
私はやはりどこまでも愚かだった。
不意に、手から何かが滑り落ちる。その時初めて、私は己が何故か古びたスケッチブックを握りしめていたことに気付いた。中途半端に開いたページとページの間には、ついぞ作ることのなかった一着の服のデザイン画が覗いている。
瞬間、私はあることに思い当たった。スケッチブックを拾い上げようと伸ばした指先が震えて、呼吸が上手くできなくなる。 眼からは涙が、口の端からは笑みが零れる。どうしようもなく力が抜けて、私は地面にへたり込んだ。あなたが褒めてくれたベルベットのスカートが汚れる。次第に強くなる感情の波に身を任せていれば、みっともないくらいに泣きながら声を立てて笑う私の姿は彼らの眼にはバケモノのようにでも映ったのだろうか、周囲の人間は怯えたようにこちらを見ているばかりだった。
黒いブラウスと青いベルベット地のスカートをベースにして星座のデザインをあしらった、彼女のためだけにデザインされたワンピース。遠い昔、彼女の誕生日に贈ろうと自らの手でデザインしたもの。あの子の血で点々と赤黒い染みを作った表紙の奥で、結局作られることのないまま。
それは今日、「あの子」が着ていたのと同じワンピースだった。
私はどこまでも弱くて、愚かで、どうしようもない人間だ。
だけれど、あなたが愛してくれたから。
天使の祝福を受けたから。
私はここで生きていく。
あなたのいない世界で息をする。
だから、どうか。
そっちに行くまで待っていてね、詩月ちゃん。