或る骨董屋にておや、いらっしゃいませ。
実に半年ぶりのお客様ね。この店ったらこんな辺鄙なところにあるんですもの。よくぞ見つけてくださいました、歓迎します。
どうぞ、どうぞごゆっくり。
あら、ショーウインドウの中の人形に惹かれた、ですか。それはそれは、お目が高いお嬢様だわ。ほら、こちらへどうぞ。
……ね、綺麗でとてもよくできた人形でしょう。まるで吸い込まれるような雰囲気を持っていると思いませんか。こんな人形、二つとありませんよ。貴女もそう思うでしょう?
ああ駄目駄目、そんなガラクタなんか放っておいて。そんなのより、この人形のほうが余程美しいんだから。御覧なさい、この艶やかな烏の濡れ羽のような黒髪を。ねえ、この髪に触れてみたいでしょう?この柘榴石のような瞳を、もっと間近で見てみたいとは思わないかしら。思うわよね。ねえ。
さあ、だから、そのショーウインドウを開けて。
私を、手に取って。
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「……嗚呼、数十年ぶりに息が吸えるわ!」
埃の匂いがする薄暗い店の中。黒い長髪を揺らして、少女は思いきり伸びをした。
「お疲れ様。気分は如何かな」
白いひげを蓄えた老紳士風の店主はそう言って微笑む。
少女は店主のほうを振り向いてきっと睨みつけてみせたが、直ぐに顔を綻ばせる。
「元凶が言うことじゃないでしょう……でも、気分は上々ね!だってようやく外に出れるんだもの」
少女は上機嫌にくるくると舞ってみせると、ふと足元に落ちた人形に目を向け、それを宝物にでも触れるようにそっと抱き上げた。
「ねえ、貴女!」
そう言って、彼女はガーネットのような瞳を細めて笑う。
「手に取ってくれてありがとう、貴女のおかげで、私ようやく解放されたわ!感謝してもしきれないくらい!」
彼女の目が、私を見ている。
「本当に、私の命の恩人よ!……ああ、心配しなくていいわ。貴女の栗色の髪はとっても愛らしいし、その目も翡翠みたいですごく綺麗だもの。きっと十年もしないうちに誰かに手に取ってもらえるわよ、だから安心して!そうだ、外で友達が出来たらこの店のこと教えてあげるわ、そうしたら少しはお客も増えるでしょ?」
声は出ない。彼女は一人、楽しそうに喋り続ける。
「……だから。まあ、頑張ってね!」
そう言って微笑むと、彼女はその人形をショーウインドウに置いた。
そのガラス戸には、私が映っていた。