残り香九月も半ばになり朝夕は涼しくなってきた。ひと汗かいた夜ともなれば涼しいを通り越して寒いくらいだ。志賀は肌寒さに肩を震わせた。薄い掛布をくるくると痩身に巻きつけて、隣で健やかに眠る恋人に、じとりと恨みがましい視線を向ける。つい先ほどの情事のあとはストンと消え失せて、熟れた果実のように鮮やかな髪が彩る顔はいとけない。規則正しい寝息と同じリズムで赤い一房が揺れていた。
「しゃあねえなあ……」
ベッドから無造作に腕を伸ばす。ナイトテーブルの角に引っ掛かったファーの毛足が、かろうじて指先に触れる。少し悩んだあとに引き寄せた。何しろ寒いのだ。
剥き出しの背中に乗せた羽織りから微かに煙草の匂いがする。喫煙者には肩身の狭いご時世だ。図書館内はもちろん、文士の生活する寮も共用施設は禁煙が義務付けられている。充てがわれた私室だけは例外なので、太宰が自室で煙草を燻らせる姿は何度か目にした。けれど、志賀の部屋で吸ったことは一度もない。見た目の華やかさに反して細やかだから、気を遣っているのかもしれない。
やがて、冷えた肌が程よく暖まるにつれ訪れた眠気に志賀は抗わなかった。
翌朝、怒りか羞恥かで全身を真っ赤に染めた青年が、子犬みたいにキャンキャン吠えかかってきた。他愛無いお小言を、うとうと半ば夢見心地に聞き流す。そろそろ羽毛布団の季節だ。天気が良ければ押し入れから出して陰干ししよう。それと。
「今日は非番だろ? 一緒に買い物にいこう」
この部屋に置く灰皿がほしい。
「……なあ、俺の話、聞いてる?」
「ぜんぜん聞いてなかった。何だって?」
素直に吐露すると、眉を吊り上げた太宰がいっそう姦しくなった。大音量の目覚ましに、さすがに覚醒を促される。隣室から苦情がくる前に宥めようと、火照った頬に口づけた。