「ちょっと! お客さん、困るよっ!」
ある日、茶屋の前を通りかかると、ヨモギのそんな焦った声がした。
「ヨモギ、どうした!?」
急いで茶屋に駆け付ける。すると見慣れない二人組のハンターが、ヨモギ達を取り囲んでいた。
「サクヤさん……!」
「ん?何だおま……」
それが目に入るや否や、俺は反射的に二人組に向かって駆け出していた。そして素早く、右の拳を振り上げる。
「テメェら……うちの里の看板娘に何してくれてやがんだあッ!」
そのまま真っ直ぐに殴りかかるが、しかし、二人組の片方が突き出した俺の拳を難なく受け止めた。予想外の展開に、一瞬俺の思考が止まる。
「ふん、なかなかやるようだが甘いな」
「サクヤさん!」
俺の手を掴んだソイツは、その一瞬の隙を突いて、俺の手を捻り上げる。走った鈍い痛みに、思わず顔が歪んだ。
「っつ……!」
「なかなか出来るようだが、残念だったな。俺は、ケンカじゃ誰にも負けた事がねえんだ」
「アニキ、コイツ、男だけど結構キレイな顔してますよ!」
「ん? ……ほう、確かに。茶屋のお嬢ちゃんより好みの顔立ちだな」
「テメっ……何しやがる!」
突然腰を抱き寄せられ、体を密着させられて俺は叫ぶ。まさかコイツら……俺を女の代わりにしようってのか!?
「離せっ……!」
「そういうなよ。こうしよう。お前が俺達に付き合ってくれるなら、お嬢ちゃんには何もしねえよ」
「っ、誰が!」
「そう言うなよ、楽しくやろうぜ美人の兄ちゃん!」
「うん、うちの美人のお嫁さんが何だって?」
その時そんな声が降ってきて、二人だけが器用に鉄蟲糸に絡め取られる。そして二人が転がると同時、すぐ側の桜から人影が降りてきた。
「教官!」
「助けるのが遅れてゴメンね、愛弟子。ギルドへの報告の為に、どうしても証拠写真が必要だったから」
「な、何をしたテメェ!」
地面に転がされた、俺の手を掴んでいた方の男がわめくと、教官は場違いなほど朗らかな笑みで男を振り返った。そして男の耳元にしゃがみ込み、低い声で言う。
「——何をする、はこっちのセリフだよ」
「ひ、ひっ……」
「里の人間に迷惑をかけただけでなく、俺の最愛の妻にまで手を出した。ギルドへの体裁がなければ、君たちなんてとっくに死んでいるよ?」
言葉だけじゃない、そう言った教官の滲ませた殺気に、わめいていた男達が一斉に黙る。相手にもう抵抗の意思がないと解ると、教官は殺気を引っ込めてまずはヨモギ達の方に行った。
「大丈夫だったかい、ヨモギちゃん?」
「うん! ありがとう、ウツシさん!」
「店に被害も出てないようだね。ヨモギちゃんがうさ団子を作れなくなるような事になったらみんな悲しむし、特にヒノエさんなんかはきっと寝込む。無事で良かった」
今度こそ本心からの笑顔でヨモギに応対する教官に、ホッと胸を撫で下ろす。美味しいところを全部持っていかれちまったのはちょっと悔しいが、教官のおかげで、何事もなく済んで良かった……。
「愛弟子」
そう思ってると、ヨモギとの話を終えた教官がこっちに来た。う……醜態さらした直後だから、ちょっと気まずい……。
「あ、あー……悪い、教官。あんな奴らに遅れを取っ……」
「愛弟子」
けれど口にした謝罪の言葉は、俺を強く抱き締める腕に阻まれた。俺を見つめる金の瞳に宿るのは、静かなる怒りの炎。
「き、教か……」
「ギルドへの報告が終わったら、一日かけて君を消毒するから。……今夜は、眠れると思わない方がいい」
そう言い残すと教官は俺を解放し、ライゴウに一人を乗せ、もう一人を自分で肩に担ぐと集会所に消えた。俺は頬が熱くなるのを感じながら、ただそれを見送るしか出来なかった。
(——ああ、今夜、いつも以上に抱き潰されるんだ……俺)
言葉の意味を理解して、勝手に期待を始める体が、今はただ恨めしかった。