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    うっすい夜鈴と胡蝶の過去編

    思い出は泡沫 それは月の無い夜のこと。騙され、殺されそうになり、妻と幼い娘を連れて、命からがら逃げ込んだのは隔離中華街と呼ばれる場所だった。
     あやかし達が閉じ込められている危険な街だが、追手のことを考えれば何処だって危険には変わりない。むしろ、ここなら追手もあやかしを警戒して動きも鈍くなるだろうから、他の場所よりも安全かもしれない。

     妻と娘はもう限界で何処かで休ませたかったが、冬の寒空の下、碌な暖房器具もないため足を止めることはできなかった。
     全く人気の無い街の中あてもなく彷徨い、明かりがついている場所を見つけた。薬局の看板を提げているが、戸は閉じられ、障子窓の向こうに誰かの影が写っていること以外はわからない。妻に何かあれば直ぐ娘を連れて逃げるのだと言いふくめ、意を決して戸を叩いた。
     しばらくすると、ガラガラ、と音を立てて戸が開いた。
     そこに立っていたのは、漢服を着た長身の男だった。本来白眼のはずの部分は黒く、瞳の色も玉虫色に輝いていた。
     構えていると、彼は「くしゅん」とくしゃみをして、中に入れと促してきた。……イメージしていたあやかしと違い、随分と抜けている男だった。

    「まだ店仕舞いしてなくてよかった」
     そう呟いて、カウンターから何やら取り出し始めた男を呆然と見ていると、彼はぱちくりと瞬きして、「座らんのか」と言ってくる。
     促されるまま席に掛けて、何をするつもりなのか警戒していると、茶を出された。
    「自分用に入れてたものだから口に合わなかったらすまない」
     透明なポットを見ると、クコの実や棗が浮いていた。
     飲むべきかどうか、妻と視線を交わして悩んでいると、止める間も無く娘が飲んで「おいしい」と笑う。しばらくして、何か吐き出したりもしないから私たちも飲むことにした。変わった味はない、ただの美味しいお茶だった。

     しばらくすると、また男が何かを持ってやってきた。
    「そういえば名乗っていなかったな。私は胡蝶。ここで薬師をしているあやかしだ。……そう警戒するな。人を取って食ったりする趣味はない。どれ、傷を見せてみろ」
     明らかに怯えている私達の様子も気にせず、無表情でそう言った彼はテキパキと応急処置を施していく。その間にいくつか私達に質問して、漢方を処方したが、その質問の中に何処からきたのか、なぜ傷だらけなのかというものは無かった。
    「夕飯は食べたか」
    「い、いえ」
    「ふむ、それは困ったな。男の一人暮らしだから碌なものが……」
    「あの、聞かないんですか、私達のこと」
    「……? ああ。何も聞くまい。俺はただ困っている人間がいたら助けるだけだ」
     そう言って、うっすらと微笑んだ彼を見た私は、とあることを考えた。この後、夕食を頂き、寝床まで提供してもらった後で、眠る娘を挟んで妻に考えを話すと同じことを考えていたと頷いた。

    ◆◆◆

     随分と前、泊めた夫婦に娘を預かってほしいと言われ、断ったが押し切られてしまった。そして今日、その夫婦が死んだという知らせを受けた。
    「夜鈴」
    「なあに」
    「お前に伝えなくてはならないことがある」
     もぐもぐと粽を食べていた夜鈴になんと伝えたらいいのか。まあ、上手い言葉なんぞ見つかることはなく、そのまま伝えることにした。
    「お前の両親が死んだ。追手から逃げられなかったそうだ。……遺体も残っていないらしい」
    「うそだ」
     嘘だ、嘘じゃない、という言葉の応酬の後、夜鈴は嘘つきと叫んで部屋の中に引っ込んでしまった。部屋の中から泣き声が聞こえる。能力で彼女から両親の記憶を消せればいいのにと考え、それでは彼女の為にならないと思い直した。

     あれからひと月も経てば現実を受け入れ、中身が空の墓を作った。隔離中華街に住んでいることは伏せ、学校にも通い始め、さらに一年、十年と経ち、夜鈴はもう十六歳になった。
    「夜鈴、少し出かけようか」
    「はーい」
     冬休みになり、全寮制高校から戻ってきたばかりの夜鈴を連れ出す。冬場だというのにスカートは寒くないのかと聞くと、タイツを履いてるから大丈夫だと言う。私に、体を冷やしてはいけないという考えが染み込んでいるからか、寒さに震えながらそう答える彼女がとても大丈夫だと思えなかった。
     墓に花を供え、次の目的地へと向かう。中華街から少し離れた街のショッピングセンターに入って、夜鈴の買い物に付き合った。
    「本当に茶が好きだな」
    「お茶っていうか、お茶飲みながらお菓子食べるのが好きなだけなんだけどね。あ、これ胡蝶父さんが好きな奴。多分もう飲みきっちゃってるよね」
    「今日は私が好きな物ではなく、自分が好きなものを買いなさい」
     そう言ったものの、夜鈴が茶葉を買い物カゴに入れていくのをどうしたものかと眺めた。レストランで食事をして、今度は近くのアパートに向かった。
    「待って待って、帰るんじゃないの?」
    「ああ。帰る。だが、その前にひとつだけ用事があるんだ」
     鍵を回し、部屋に入る。家具や家電は事前に運び込まれていて、家に残された夜鈴の荷物も悪いが全て段ボールに詰めて部屋に置いた。
    「どうしたの、これ」
     困惑する夜鈴に座るように指示して、私も向かい合い、瞳を見つめた。
    「夜鈴。お前も知っている通り、私たちは本当の親子ではないし、そもそもお前は人間で私はあやかしだ。人間のお前がこれ以上あやかしのそばにいれば、もう真っ当な、人間が歩むべき人生に戻れないだろう。そもそも、あの街も人間には危険すぎる。今まで何の問題もなく生きてこれたことが奇跡なんだ」
    「なによ、なによ! 突然、そんな、居なくなるみたいなこと言って! 本当の両親も胡蝶父さんも勝手だわ!」
     私はあの日のように泣く夜鈴に対してまた、何もできないでいた。ただできることは、言葉を続けるだけだ。
    「夜鈴、こっちを向きなさい。お前はもう十六歳で、もう十分一人で生きていける。学費も生活費も、ここから引き落とすようもう手配をしてある」
     そう言って夜鈴名義の通帳を差し出した。それは、夜鈴の両親が残していった遺産だった。夜鈴を育てる為に使ってくれと渡された当時のまま全額残っている。一体何をしていたのか、残った大金は夜鈴の為だとしても私が使うのは躊躇われ、便利屋に頼んで通帳を作り夜鈴の口座に入れたままにしておいたのだ。
    「……悲しいが、今日でお別れだ」
    「いや」
    「そういえば、私の能力について話したことは無かったな。私の能力は記憶消去。私と共にいた時間は夢と同じく消えるだろう。……もし、記憶が無くなってもお前があやかしに関わるなら、私のことを想ってくれるなら、私もお前のことを覚えていなくても見守ろう」
     私の瞳を見て術にかかった夜鈴にはもう聞こえていないだろうが、最後にそう言い残した。目を閉じて意識を失った彼女を布団に運び、鍵を置いてアパートから出て行く。歩くたび、涙が溢れ出てくるたびに、夜鈴との記憶が抜け落ちて行くのを感じた。

    ◆◆◆

     ここ、隔離中華街付近に茶屋を開いたのは三日前のこと。周りには散々止められたが、どうしてもここに店を構えたくて、押し切ってしまった。
     立地が立地なだけに今日も閑古鳥が鳴いていて、一人で自分用に買ったお茶を淹れて飲んで客を待っていた。三つ目の胡麻団子を食べていると、リン、とドアにつけた鈴が鳴る。
    「いらっしゃいませ!」
     笑顔で初めてのお客様の元に向かい、顔を見れば漢服を着た男の人だった。本来、白眼であるはずの部分は黒く、瞳も綺麗な玉虫色で、人ではなくあやかしだということが見てわかる。しかし、不思議と恐ろしくはなく、寧ろなんだか懐かしい心地がした。
    「あ、えっと、おひとりさまですか?」
    「ああ」
    「では、こちらの席へどうぞ」
     案内し、メニュー表を渡し、注文が入るのを今か今かと待っていると、「すまない」と呼ぶ声が聞こえる。
    「はい! 何でしょうか!」
    「どれにしようか迷ってしまってな……おすすめはあるのだろうか」
    「では、鉄観音は如何でしょうか。あっやだ、私ったら。失礼いたしました。お先に普段の好みや、好きなお茶菓子をお伺いしてもよろしいですか?」
     もしも、お客様に質問されたら味の好みや好きなお菓子を聞いてお茶を選ぼうと決めていたのに、スルリと何故か鉄観音を勧めていた。
    「好みなどは特に……わからないから、鉄観音を頼もうか」
    「本当によろしいのですか?」
    「ああ。構わない」
     いつものようにお茶を淹れ、サービスの茶菓子と共に持っていく。彼は「ありがとう」と一言呟き、懐から本を取り出してお茶を飲み始めた。
     紙が捲られる音と、カチャリと陶器製の蓋碗が置かれる音がたまに響くだけの静かな時間が過ぎていく。陽が傾き窓の外がオレンジ色に染まる頃、あやかしのお客様は伝票を持ってカウンターにやってきた。
    「美味かった」
    「本当ですか? よかった」
    「そういえば名前を名乗ってなかったな。私の名前は……胡蝶という」
     妙な間があったけど、きっと嘘ではないのだろう。そんなことよりも、彼の名前だ。
    「え、胡蝶さんって言うんですか? 本当に?」
    「ああ」
    「この店、胡蝶茶楼って言うんですよ。初めて来るお客様の名前が店名と同じなんて運命みたい」
    「そうだな」
    「もしよろしければ、これからも胡蝶茶楼をご贔屓に!」
    「……ああ、勿論」
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