自分が今までどこをどう歩んできたのかわからない。頭痛が一旦治まり、混濁した意識が覚醒すると店の前だった。
鍵を開け、中に入って持っていた紙袋を置き、椅子に腰掛ける。再び襲ってきた頭痛に耐えようと目を閉じて、タオルで抑えているとガラガラ、と誰かが店に入ってきた。
顔を上げて誰が来たのかを確認すると、旗袍を着た長身の男性……いや、女性と言ったほうがいいのか。静という知り合いのあやかしだった。
「いつもの、美容にいいやつ貰いに来たのだけど、出直したほうがいいかしら?」
「いや、大丈夫だ。……いつものだな」
椅子から立ち、カウンターに入る。後ろに並んだ百味箪笥から目当てのものを取り出し、いつものように調合を始めると、静はいつものようにカウンター前の椅子に座った。
「しっかし、酷い顔ですわね。また能力を使いましたの?」
「らしいな」
完成した生薬を包んでいき、箱に納め手渡した。
「用法容量はもう説明しなくていいな」
「ええ、平気ですわ。そういえば、あの子はどこにいるのかしら」
「あの子?」
そろそろ帰って来てる頃だと思うけど。と呟く静に対して疑問系で返すと、たちまち彼女は表情を変えた。
「……覚えてないならいいわ。美味しいお茶、探して来てくれるって約束をしてましたのに」
「誰のことを言っているかわからないが……茶が欲しいならそこに紙袋から持っていけ」
「あら、これ……ちゃんと探してくれてたのね」
戻った時、テーブルの上に置いた紙袋の中には茶葉が入っていた。入っているものを確認した静は、これは貴方の分ねとパッケージに鉄観音と書いてある茶だけを残して紙袋を持った。
「ねえ、胡蝶。記憶が無くなるって、どんな感覚なのかしら」
「……少なくとも、いい気分にはならないな」
「それは今のあなたの様子を見ればわかりますわ。あなたに頼めば、昔の悲しい思い出も忘れられるかしら」
「悪いな。消せるのはあくまでも私に関するものだけだ」
「ま、それは残念ね」
さて、そろそろと静が立ち上がる。
「この後飲みに行くけど、胡蝶も来れたらいらっしゃいな」
「行けたらな」
「じゃあまた来ますわね〜」
ひらひらと手を振って、店を出る静を見送るとまた鋭い痛みが襲って来た。いつもの漢方薬を処方したことは覚えているが、はてそれ以外はなにを話したのか。首を傾げ、視界の端に茶葉が入った袋を見つけた。静の土産だろうか。
とりあえず飲んでみようと、また襲いかかってくる頭痛に耐えながら湯を沸かしに立ち上がった。