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    さくらい

    @kirakadokira

    既刊の書き下ろしとかXに載せたけど消した話とか短歌のまとめ

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    さくらい

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    蛍🔥/こいさや
    お瓶さんに描いて頂いたシガーキスするこいさやがあまりにも素晴らしくて勝手に小説書きました!

    #蛍火艶夜

    またの名を「まったく! 苛苛いらいらするっ!」
     今日も装備はもちろん、覚悟も決意も万全だった。空はどこまでも限りなく青く雲ひとつない、風もない。これ以上ないほど条件が整っていながら、それでも上はけっして首を縦には振らなかった。暗澹たる思いだ。まさに真っ暗闇。目の前の世界はこんなに眩しくひらけているのに。空はその大きな腕を広げているのに。
     地面を飛行靴の底で蹴れば砂埃が立つ。それを見た別隊搭乗員数名の「荒れてるな」「気持ちはわからんでもないがなあ」「何かにあたってどうこうなるものでもあるまい」などという会話がはっきり聞こえた。わざと聞こえるように言っているのだろうか。ちらりと目をやれば慌てたように小走りに視界から消えた。
    「チッ」
     狭山は舌打ちを落とすと飛行帽も手袋もそのままにただ前に前に足を動かした。止まったら負けだ、進まなくては、そうでなければこの強い信念も折れてしまう。だがさすがに堪える、待ちぼうけしてもうどのくらい経つと思っているのか。ここにきて敵を目にすることもなく心折るなどあってはならない。だから止まるわけにはいかない、ひたすら前へ前へ。進み続ければそこに何かこの暗闇を打ち破るきっかけが待っているような気がした。そうであって欲しいと願った。もはや意地だった、意地だけが狭山豪人をつき動かしている。すると前方にこの闇を打破する、まではいかなくとも話し相手くらいにはなりそうな男を見つけた。風もないので煙は男のまわりにまとわりついてたゆたっている。呑気に煙草など喫んで、人がこんなに心を騒がせているという時に。
    「おい、貴様」
     声をかければぽけーっと空を見上げて煙草をふかしていた背中が一瞬だけ伸びる、一瞬だけだ。自分をその目に認めるなり拍子抜けしたとでも言いたげに息をついてへらっとゆるんだ顔を向けた。
    「なーんだ、狭山か」
    「上飛曹をつけろ一飛曹」
     まだいい、まだマシだ。少し前はイケイケ戦闘機乗りさんと呼んでいたことを知っている。知らぬふりをしているというか、目を瞑ってやっているだけだ。何かあった時に言ってやろうと切り札に持っている。そして実は狭山が持っているのはそれだけじゃない、大変腹が立つことではあるがこの小池という男にほんの少し好意を持ってしまっているのだ。同じようにあちらさんも多分そうなのだろうと思う。たまたま夜更けに散歩をしていたら星を眺めて一服しているところに遭遇してしまい、互いに部隊の仲間の話をした。先に征った仲間のことを話す小池はその時涙ぐんでおり、軽そうなふざけた奴だとばかり思っていたが違っていたと知った。こちらの泉水のことを気にかけてくれていることもわかった。そこから妙に意気投合して何度か話すうちに、気づいたらそんな関係になった。そんな関係になってしまった時はほぼ事故のような感じではあったのだが、話すと長くなるのでここでは割愛する。ともかく、進んでいたら何か解決策があるのではと思っていた狭山の前に小池が現れた。小池は愛煙家ということもあり本当にうまそうに煙草を喫む。だからか、喫煙の習慣はないものの前々から小池となら喫んでみたいと思っていた。今がその好機だ。もちろん上官や先輩の誘いは断るわけにいかなかったのでその時は渋々「ありがたく頂戴いたします」だなんて心にもないことを言いながらくわえたものだが、肺に入れることはなく口内にとどめすぐに吐き出した。それでも皆、機嫌よく笑ってくれるので助かった。そんな先輩のうちの一人が、厄介な問題や心配事が多い時は本数が増えるんだと苦笑していたのを覚えている。そうか、そういう事なのか。今無性に煙草が喫みたくて喫みたくて仕方がないのは。
     ズカズカと飛行靴で近づき、手袋をしたままの右手を小池の眼前に差し出した。
    「寄越せ」
     問答無用とばかりの突拍子もない言葉に一瞬考えを巡らせるように宙を仰いだ小池だったがすぐに理解してポンと手を打った。
    「って⋯⋯あんた喫むんだっけ?」
    「喫まん⋯⋯が、今はそういう気分でな」
     この五臓六腑を駆け巡るもやもやしたものを吐き出したい、白い煙に変えて。
    「はあ~、もしかしてまた直談判しに行ったのかよ、懲りないなー」
     笑いながら。でもわかる、呆れたり馬鹿にしているわけではないと。むしろ感心しているようだ。気前よく手渡された箱の中には白い衣をまとった煙草が布団で眠るように整然と並んでいた。まるで順番を待っているようにも見える。羨ましい、いっそ自分もそうやって無遠慮に首根っこをつかんで欲しい、その方が楽だ。適当に選んだ一本を引き抜きくわえる。手袋をしたままだったが外せなかった、せめてもの抵抗のつもりだった。さすがに煙草を恵んでくれた友(この間柄を何と呼ぶべきかわからないのでそういうことにする)に敬意を表して飛行帽は脱いでおくことにした。
    燐寸マッチも貸せ」
    「はいはい今渡しますよ、人使い荒いな」
     煙草の箱を返せばそれと交換に燐寸箱を差し出された。小池の口調がのんびりしているから、動きもゆっくりしているから、対して狭山の動きは荒く性急になる。一刻も早く喫みたかった、そうすれば小池のようにほんの少し心にゆとりが生まれそうな気がした。嫌なことはさっさと吐き出してしまえばいいのだ、あの真白い煙に乗せて。忙しなく箱を開け、取り出した燐寸棒を手袋の指先で荒々しく擦る。ボキッと音を立てて華奢な胴体は真っ二つに折れた。
    「あっ」
     小池が短く鳴く。続けざまにもう一本取り出して、急かすように箱の側薬に擦り付ける。やはりボキッと言って燐寸棒は腰からくずおれた。
    「おい、力加減どうなってんだよ」
    「普通だ!」
     こっちは早く喫みたいのに。その慌てる気持ちのままに指先を動かせば燐寸棒は嫌がるように指先から逃げる。こんなんじゃいつまで経っても火なんか点かない。こっちの準備心構えは万端だっていうのに。なんでこうもみんな言うことを聞いてくれないんだ。
    「っとに⋯⋯そんなんじゃ燐寸がいくつあっても足りねーだろ」
    「⋯⋯⋯⋯」
     小池の言葉にムッとした顔をしてみせれば、怒るなよーと彼は笑った。仕方なさそうに。
    「こういうのはさじ加減ってもんが大事なんだよ、やさしくやさしく⋯⋯あんただって操縦桿にむやみやたらに力入れねーだろ」
     そう言うとくわえ煙草の小池が顔を寄せてくる。そんなに近づかれると、なんだか数日前に初めてそういうことをした時のことを思い出してしまう。昨日見た時より髭が少し伸びている。剃れ、いや剃らなくていい。口を吸った時ざりざりと唇や頬に触れたのが、痛いようで気持ちよかったことを覚えている。自分の唇が荒れて赤くなっていないか聞いた時、なってないよと言った小池の頬が赤くなっていたのを覚えている。
    「なんだ、どういうつもりだそれは」
    「いいから」
     意図していることはわかる、おそらく煙草と煙草の先を接吻のようにくっつけて火を移すつもりなのだろう。が、それにしたって顔が近いし照れくさい。しかしそれをしなければいつまで経っても喫めやしない。目の前に欲しいものがあるのにお預けをくらっているだけ、そんな事はもう御免だ。そうだ、何が恥ずかしいというんだ、互いに裸になっているわけでもあるまいに。口と口がくっつく訳でもなしに。意を決してくわえた煙草の先を小池のくわえ煙草の先につけた。そうすればすぐに火が移るものかと思ったが、どうやら違うらしい。
    「吸って⋯⋯」
     言われた通りに吸ってみる。ジッと小さく音がして、小池の火がこちら側に移った。燃えていく、たちまち。口の中に拡がる苦味と香り。これだ、望まないのにいつも一方的に与えられるもの。この味がしていた、この香りもしていた、接吻のたびに、腕に抱かれるたびに。すっかり舌が覚えてしまった味だ。今日は自分から欲しがって自分の意思で体に取り込んだ。深く吸い込めば喉から体の真ん中へ、肺まで一直線。どんと重く鈍い衝撃がくる。これはどこに来ているのか、頭か、体にか。ひとしきり味わって吐き出す煙は白い、どこまでも白い。やがて透明になって青空に消えた。つかの間の雲だ。そうやって味わう間も脳裏に焼き付いて離れない、火を移す時の不敵な笑みが、自分のとは違う太い指が、がさつそうに見えるのに実のところ細やかな手つきが。離れない、あの余裕ぶった瞳が。思い出せば出すほど、今度は煙草の先から自分に火が移ったのかとまがう程にカッと熱くなる。これはどこに来ているのか、体か、それとも心か。
    「ここ」
     眉間をトンと人差し指でつつかれ、狭山は真っ赤な顔を更に真っ赤にさせる。無論狭山からは見えないので、この場合小池だけがそれを知っていた。
    「また怒ってんの?」
    「怒ってるんじゃない! これは⋯⋯!」
     これは貴様があまりに男っぽくて、色っぽくて、こんなことしたの初めてでなどとは間違っても言いたくなかった。ので、煙が目にしみたんだと誤魔化した。小池も前に泣いた時そんな風に誤魔化したからおあいこだ。小池に倣って一本をゆっくり長く楽しんだ、実にうまい一本だった。目にしみる空の青さも広さも先程とは変わらないのに、あんなに急いでいた心はやけに静かになって、多少ゆとりができた気がする。おかしい、たった一本で。あんなに苛苛していたから一体これは何本喫むことになるのかと身構えていた。先輩が言っていた問題や心配事があると煙草の本数が増える云々の話は一体何だったのか。隣にこの男がいることも関係しているのだろうか。ちらりと目をやれば、小池もちらりとこちらを見た。煙草をくわえる唇が、自分の唇に触れたことを思い出す。あの時その唇が喫んだのは煙草ではなく────脳がぐらりと酩酊する。物欲しそうに見てしまっていた、慌てて取り繕う。
    「そ、そういえば貴様は⋯⋯ええと」
     煙草の話がいい、その方が自然だ。
    「どういう時に煙草の本数が増えるんだ?」
     二人で腰を下ろし空を見上げていた。やましい考えなどひとつも浮かばない。実に健全で清廉、隠すことなど何もない、この空のように。
    「どういう時⋯⋯あー、そうだなー⋯⋯ムラムラした時?」
    「なっ、なんだと⋯⋯! 不埒なことばかり考えて⋯⋯っ、帝国軍人の風上にも置けないやつ!」
     どの口が言っているんだ、さっきまで不埒なことばかり考えていたくせに。またそうされたくているくせに。すぐにでも、今夜にでも。顔が火照る、いつまでも燃えている。前に前に進みすぎた、これ以上進んだら駄目だ、後戻りできなくなる。
    「悪かったな、邪魔した」
     立ち上がり背を向けたものの、どうにも後を引く味だ。去り難い、懐が広くて、だから容易く落ちそうになる、この男の空に。
    「また来る、夜に⋯⋯」
     今度は煙草を喫むだけでなく、そういうつもりで言った。小池も狭山の言葉や声音に滲む含蓄を察したものか〝次はやさしくしてくれよ〟なんて言う。それは、どういう意味だ。一人勝手に想像してはまた熱くなる。
    「⋯⋯折るなよ?」
    「折るか!」
     ボソッと落とされた呟きに大声で返して、狭山はまたズカズカと歩き出した。ハハと笑う声を背中で聞いて、それが心地よくて襟巻きに顔を埋めた。一人ほくそ笑む。何がほんの少しの好意、だ。少しばかりじゃなかった、思ったより重い。これじゃあ飛べそうにない。
    「そら、か⋯⋯」
     広くて、青くて、もういっそ飛び方を忘れる前に。

    【完】
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