RESERVED金曜、15時。まだ空は明るくて、外はどうしようもないくらいに暑い。
俺の職場の最寄り駅で待ち合わせて、そこから電車で三駅。俺たちは今まさにクラフトビールフェスの会場についた。始まったばかりのビールフェスはまだそこまで賑わっていない。つまり今なら選び放題ということだ。
前後左右、所狭しと醸造所のテントが立ち並んで、キッチンカーも出ている。隣の泉水は目を輝かせながらキョロキョロと四方に顔を動かしていた。
「あっ、ねえ連城! 山梨のビールだって」
「あれは? 神奈川……へー! 湘南かあ」
「うーん、栃木のいちごのビールもおいしそう」
「せっかくなら東北とか! 九州もいいなー、それか沖縄!」
花火がひらいたように、パッと俺を振り返って笑う。
「ああ、泉水の好きなものにしよう」
会場は広い。ホームページでは位置情報と連動したマップが見られるし、それぞれのブルワリーの紹介を見ることもできる。写真を見る限りどの店のビールもうまそうだ。ひと口餃子、ベーコン、牛タン串、一緒につまめるフードを売っているのもいいな。
俺たちは最初の一杯目は冒険しないことに決めた。いくつかのブルワリーをはしごし定番のピルスナーやIPA、それからウインナーのセットを買った。どこもことごとく一番乗りだった。爽快だ。
半休をもらっておいてよかった、そしてちょうど泉水の休みと重なってよかった。まだ明るいうちから青空の下で夏の醍醐味を味わえるなんてな。同僚たちが仕事をしていることを思うと少しの申し訳ない気持ちと、優越感。なんて贅沢なんだ。まあちょっと、いやかなり暑すぎるくらいだが。
空いているテーブルを見つけたので早速飲むことにする。どのビールにするか迷っている間にだいぶ人が増えた。ついたばかりは発電機の音しか聞こえなかったが、いつの間にか真ん中のブースではDJが音楽をプレイしている。
「連城ー! もう楽しいね」
「ああ、まだ乾杯もしてないのにな」
俺たちは目を合わせ、そして透明なカップをコツンと合わせた。
「「乾杯」」
ごくごくと喉へ、そして体中へ染み渡っていく苦味。ああ、これぞまさにクラフトビールだ。鼻をぬけていく独特の香り、しっかりと舌に感じるコク。
「んーっ、おいしい」
泉水がたまらなそうに体を揺らす。まるで楽器みたいに色んな音がする、泉水からは。このDJの音楽にもかき消されないくらいの、俺だけに聴こえる楽しい音だ。
「狭山も誘えばよかったかな、最近クラフトビールにハマってるって言ってたよね」
割り箸を使ってパックの中でソーセージを半分に割る。少し大きい方を、泉水に。バジルのソーセージ、好きだもんな。
「ああ、でも今日は夕方から小池と遊びに行くって言ってたろ」
「あっ、そうだった」
いただきまーすと手を合わせて、泉水の箸がバジルのソーセージを掴んで連れていく。そのまま口の中に入れると幸せそうに顔をほころばせた。思わずニヤケてしまう。さっきもいい顔だったけど今のもいいな……なんて。泉水の幸せそうな、楽しそうな顔を見るのが好きだ。もちろんどんな顔の泉水も好きだが、俺の前ではそんな顔でいてほしい。いてもらうためには、そんな顔でいてもらえるように心がけなくちゃな。
あまりにも見つめていたからか、周りの楽しげな様子を眺めながらご機嫌でビールを飲んでいた泉水が俺の顔に視線を移した。慌てて真面目顔に戻す。危ない、しっかりしろ、頭の中は見えないからまあいいとして、せめて顔だけは。
「そっ、それにここ最近はどこへ遊びに行くにも小池と狭山が一緒のことが多かったろ……」
「うん、四人で遊ぶの楽しいよね」
「ああ、まあそうなんだが……それが、ほら、しばらく続くとなんというか……」
「ん?」
キョトンという言葉がこれ以上ないくらいぴったりな顔をして泉水が小首を傾げる。かわいいから! やめてほしい! いや、やめないでほしいんだけど、俺と二人きりの時ならいいんだがこういう不特定多数の人がいる場所では……
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
結局言いたいことを何ひとつ伝えられなかった。そのうちに立ち飲みのテーブルエリアも混んでくる。会場にはベンチやシートエリアもあるんだが、立ち飲みのテーブルにだけパラソルがついていて容赦なく照りつける陽射しから逃れるにはもってこいだ。
俺たちの隣のテーブルにも両手に花ならぬ両手にビールを持った中年男性三人組が駆け込んできて、途中ちょっとビールをこぼしていた。浮かれるのもわかる、楽しいからな。いくつになっても楽しめることはいいことだ。おまけにそのうちの一人が途中でサングラスも落としていったので泉水がそれを拾って渡した。優しいな、泉水。間に合えば俺が拾ったんだが。お前はかわいいからあんまり他の人に笑わないでほしいんだ。ほら、勘違いされたらあれだからな。だがお前の笑顔は一番の魅力だし、お前が褒められるとそりゃあ嬉しい。泉水はかわいいだけじゃなくかっこいいし親切だし、頭もいいし仕事もできるし運動神経もいい、だからいつも俺まで鼻高々だが、同時に心配で、なんだかじっとしていられなくなって、すぐにでも手を引いて連れ去ってしまいたくなる、誰にもお前を見られない場所へ。
今だってさっそくお礼を言われて「お兄さん、これよかったら飲んでよ」なんておじさんに注ぎたてのビールなんかもらっている。サングラスを拾ったお礼がビールなんて太っ腹なおじさんだ。確かに腹も出てはいるが。ビールっ腹……ビールが好きなんだろうな。しょっちゅうあの三人でこういうところに飲みに行くのかもしれない。毎回そうやって周りの人におごったりするのか? 違うだろうな、泉水がかわいいからだろう、そうに決まっている。サングラスを拾ったのが俺だったらくれなかっただろうし。いや、そんなことを考えるのは泉水にもおじさんにも失礼だ。ツレとして、きちんと会釈をしてお礼を言った。
「俺と狭山と連城もあの人たちみたいにおじさんになってもこういうところに遊びにきたいね」
「ああ」
そうだ、ずっとこのまま泉水といたい。狭山とももちろんいたいが、その中でも泉水と二人きりになれる時間がなるべくあってほしい。狭山には悪いが。あいつもわかってくれるだろう。
「わっ、飲みやすい! おいしいよ、甘酸っぱくて! これもビールなんだね」
おじさんにもらったやつだ。連城も飲んでみてと言われ、ほんの一口もらう。
「ん!」
うまい、本当に甘酸っぱい。ベリー系か。ただ甘いだけじゃなくてちゃんとビールだ。
「ビールって苦いし喉に刺激がくるからあんまりたくさんは飲めないけど、間にこういうカクテルっぽいのも挟めば平気かも」
確かに。泉水は飲み会でビールを頼むにしてもいつも最初の一杯だけだった。腹が膨れてそのあと食べられなくなるのが悔しいんだとも言ってたな。フルーツビールならビールがあまり得意でない人(回りくどい言い方をしたがすなわち泉水だ)でも挑戦しやすい、と頭の中にメモをとった。今度は半分にしたチョリソーをつまみに飲んでみる。うん、こうすると甘さのあとにピリッとした辛さがきて飽きない。
「連城ってば、よっぽど気に入ったんだね」
気づけば俺がベリーのビールを独り占めしていた。すっかり半分以下にまで減ってしまっている。泉水はその様子を楽しそうに見ていた。俺の飲みかけのピルスナーを飲みながら。あ、間接……いや、何を言ってるんだ! だが意識せずにはいられない。泉水の口元に運ばれていくビール、それは俺がさっきまで飲んでいたやつだ。気にしない、いつもなら。俺だって泉水の飲みかけのビールくらい居酒屋でも飲むし、俺の食いかけの焼き鳥が泉水に食べられてしまうなんてこともあった。なのになんでか今日は気になる、やけに意識してしまう。泉水が、俺が好きだと言った海外のバンドのTシャツを着ているからか。二人で買い物に行った時に買ったバケットハットをかぶっているからか。それとも俺が似合うと言ったねぼけた色のデニムをはいているからか? 全部が俺を誘って、俺に好きだと言わせようとする。
ここに狭山がいたなら、さっさと言えよと俺を小突いただろうか。わざとらしく咳払いなんかしただろうか。「何か買ってくる」と気を利かせて出かけていっただろうか。頼む、狭山、そんな目で見ないでくれ。俺はお前のように、そこまで自分に自信がない。
「な、何か買ってくる」
ドンドドン、ドドドドドンと腹に響く重低音はDJの選曲か。俺の体の中からしているのかと思った。だとしたらとんでもない不整脈だ。暑いし、酒飲んでるし、適度に水分もとらなきゃな。
「一緒に行こうか?」
「あ、そうだな……」
泉水と一緒に肩を並べてあれやこれや言いながら決めるのも楽しいよな。だがパラソルの外は灼熱だ。泉水はきっとここにいた方がいい。
「いや、適当に選んで買ってくる、そこで待っていてくれ」
泉水はわかった、と笑った。ああ、離れたくないでも行かなくては。待っていてくれ、すぐに戻る。すっかり映画の中の恋人同士の気分だ。
「誰にもついていくなよ」
念押しの一言に、
「子供じゃないんだから大丈夫だよ」
と泉水は言った。
腕を組んで歩くカップルやテンションの高い若者グループ、揃いのアロハシャツを着た年配の夫婦、親子連れ、ペット連れ、人波をぬいながら歩く。早く泉水のところに戻りたい、ので空いている店を探そう。
この頃には大体どこも行列ができていた。キッチンカーのタコスやピザ、ラクレットチーズもおいしそうだ。ジャークチキン、ローストビーフ、昼飯を食べずに腹を空かせて来たからな、どれでもいける、何でも食べたい。肝心のビールは、山梨、長野、フルーツビールを扱うブルワリーには女性客が多い。宮崎、岐阜……秋田のビールもうまそうだな、北海道も。スタウトか、俺は好きだが泉水は……うーん、苦手かもな。これは一日じゃとても飲みきれない、食べきれない。全ての店舗を制覇したくなる。
俺は他に比べて人の並びが少ないブルワリーへ行くと比較的スタンダードな飲み比べセットと変わり種の飲み比べセット、そしてハムやナッツやサラミが入ったおつまみセットを購入した。一刻も早く泉水のところへ戻りたくて、他には目もくれない。両手にビールセットを持ち、腕におつまみセットが入った袋をぶら下げて急いで戻ると泉水はスマホをいじっていた。俺をその目に映すなり、おかえり連城! と声を弾ませる。ああ、ああもう……言いたいことは色々あるがともかくテーブルの上に飲み比べセット二つとおつまみセットを広げた。
「さっき狭山にビールの写真送ったんだ!」
「羨ましがってたか?」
「んーん、全然! これから小池と一泊二日で温泉行くみたいだよ、お土産よろしくって言っておいた」
「そうか」
「温泉もいいよねー、ゆっくりできて」
今度行くか、俺たちも。なんて言えそうで、言えない。
「飲み比べセット!? いいね! 色々飲んでみたいもんね」
「ん! さっぱり!」
「へー、こっちは山椒? 辛いのかなあ」
「なんか海鮮のだしみたいな味がする! しょっぱ! 面白いね」
「あ、これはがつんと苦味がくるけどおいしい」
よりどりみどり、ビールを飲み比べるたびにくるくるとその表情も猫の目のように変わる。これじゃあ泉水の表情見比べセットだ。5日間(正確には4日と午前中)仕事を頑張った俺へのご褒美だろうか。
「いずみん」
「いずー!」
と、ふいに泉水を呼ぶ女の子の声がした。見ると洒落た服を着たスタイルのいい二人組がこちらに手を振りながら小走りに近づいてくる。おつまみセットのサラミをくわえたまま、泉水も「んー!」と大きく唸って手をブンブンと振った。
「いずも来てたんだ!」
「めっちゃびっくり」
二人ともちょっと派手めだが、ハキハキとしていて元気だ。茶髪のロングヘアの子と、金髪のボブの子。あんまり顔や服装をじろじろ見るのも失礼だな、地面を見ていよう。地面地面……目に入ったサンダルのつま先にキラキラと光るのは、ネイルか。ネイルにも色々と種類があるんだろうが、俺はそういうのには疎いからよくわからない。だがとても綺麗で、光が当たるたびに波打ち際みたいに色合いが変わる。海もいいな、泉水と。明日、それか明後日……泉水の予定がもし空いていたら……
「連城、この前話したゼミで一緒だった二人」
「いずがお世話になってます!」
先に言われてしまった。
「こちらこそ泉水がいつも世話になってます、この間のバーベキューでもお世話になったみたいで」
「あ、この人がレンジョーさん? いずみんがいつも言ってる」
いつも……?
「写真よりかっこいい! 背も高いし」
褒められているのか? 褒められることなんか滅多にないので少し嬉しい。泉水がいつもこの子たちに何を言っているのか気にはなるが……えー? いつもってなに? いつも俺のことなんて言ってるんだよー! なんて気安く聞ける柄じゃない。だから堅いとか、ノリが悪いとか言われてしまうのかもしれない。
「へへ、そうなんだよね! あっ、でも連城っていきなり二十年前のギャグ言ったりするしひとりごとも多いし!」
「そうなんだ、ウケる」
「へー、なんかかわいい」
ウケている? 俺が? しかも、かわいいだって? 赤ん坊の頃ぶりに言われた気がする。
「えー、このあとさー」
何かを言いかけたロングヘアの子に、泉水がパンと手を合わせた。
「ごめん、このあと用事があって!」
えっ?
「そうなんだ、了解」
「また遊ぼ! 楽しんでね」
じゃあねばいばいと俺たちに手を振るとウチらも早く飲も飲も、と二人は小走りに駆けていった。ヘソが出ていたのが若干気になる、風邪をひかないでほしい。手を振る泉水にならって俺も手を振った。やがて人混みに見えなくなった。
「泉水、すまん……このあと用事があったのか」
昨日の夜、急に誘ってしまったからな。明日のクラフトビールフェス、一緒に行かないか? なんて。
「用事? ないよ!」
「うん、そうだよな……えっ?」
でもさっき、確かに──
「ごめんね、連城のこと変な風に紹介して……」
「いや、それは別にいいんだが……」
そうか、俺ってひとりごとが多いのかと思いはしたが別に気分を悪くしたりなんてことはない。お前に言われて、そんな風に思うものか。
飲み比べセットの中からひとつを選ぶと、泉水はごまかすように笑った。
「俺、女の子の友達の方が多いからさ……知ってるでしょ?」
「ああ」
「男友達って狭山と連城くらいしかいないんじゃないかな……あっ、でも連城は友達じゃなくて彼氏だけど……」
「うん……」
どうした、泉水。何が言いたいんだ? 取り繕うように笑う泉水の目が泳いで、声が泳いで、指先も泳いで、今度は一番端っこのまだ手をつけていない黒いビールに伸びた。苦しまぎれに。
「あの子たち……すごくかわいいよね」
ああ、わかった。何が言いたいのか。お前があの時何を思って、今何を感じているのか。
「わっ、苦いこれ……ちょっと苦手かも」
スタウトか、やっぱり泉水には合わないタイプだったな。俺の思ったとおりだ。お前は、俺の思ったとおりの、俺にはもったいないくらいの──泉水がテーブルの上に戻した黒ビールのカップをすかさず手に取りごくごくと喉を鳴らして飲み干す。苦味とコクが一気に目を覚まさせる。
「連城……?」
プラカップなので置いた時にドンとはならないが、気持ち的にはそういう勢いでテーブルに置いた。男には、言わなきゃいけない時がある。泉水が言えないならば、俺が言う。
「あの子たちがお前の友達でいい子なのはわかってる……男なら問題はない、妬いたりしない、お前が俺を選んでくれるということがわかっているから……だが女性のことは……泉水の好きなタイプがわからないから……だからさっきはほんの少しだけ、不安になったんだ、すまない……」
おそらく、言いにくそうにしていた泉水が言いたかったこともこんな風なことなんだろうと思う。時には比べることも必要だ、でも比べるまでもないことがこの世界にはあって、もうただひとつ決まっていることがあって、これだけは誰にも譲れない。
「連城……うん、ありがとう」
照れくさそうに、泉水が笑う。ほんの少しハットで顔を隠して。熱い、火照ってきた。もう酔いがまわってきたのか? 今日はずいぶん早い。
「あのさ、これも飲んでくれる? 辛いのがなんか喉にきて……ケホケホなる」
まだ照れているのかうつむく泉水が、ちょんと赤いビールの入ったカップを指先でつついた。
「まだ飲める、まだ飲めるよ? でも今日はもう……このまま連城の部屋に行きたいっていうか……」
なん、なんて言った? 俺の聞き間違いか? ちょっとDJ静かにしてくれ。もう少しボリュームしぼって……隣のテーブルのおっさんたちも楽しいのはわかったから! 頼む今だけ……
「だめ?」
「いや……いや! だめじゃない……っです! す、すぐ飲む」
「あっ、ゆっくりでいいよ」
テンパったせいで敬語になった、恥ずかしい。カップを口に運ぶ俺を見て、泉水は楽しげに笑っている。
「連城が俺のために飲んでくれてるとこ、ちゃんと見たいからさ」
カーーーーーーッ…………!!!!!! 聞いたか狭山、見たか今の。焼けそうだ、喉はおろか体中。イッキしたい気持ちをこらえ、俺は泉水に見つめられながら長い長いひと口を喉に流し込んだ。スパイスがたっぷりの刺激的な一杯だった。
飲み比べセットとおつまみセットをたいらげ、心も体も満腹になった俺たちはちょうど席を探していたカップルへ場所をゆずり、ゴミもきちんと分別してすっきりとしたピルスナーのような気持ちでその場を去る。
「楽しかったな」
「うん! あ……マイグラス? マイタンブラー? 持ってきてもいいんだって! 次は持ってこよ、お揃いで買ってさ」
「次?」
「うん、来年」
泉水が俺の汗ばんだ腕にほんの少し指をかける。これを独り占めできている俺は、なんて贅沢な幸せ者だ。
「ああ……来年も来よう」
「へへ、連城を予約しちゃった~! もし誰かに誘われても先約があるって断ってね」
それは俺のセリフだ。多幸感に包まれながらしばらくその場に立ち尽くしていると、いつの間にか泉水がホルモン焼きのキッチンカーの前で俺を呼んでいる。おいしそうだよー、という声がいい香りと共に届く。耳も鼻もくすぐられて、あんなに食べて飲んだのに、底なしのようにまた求めてしまう。
足を踏み出しかけた俺のデニムのポケットの中でシュポッという気の抜けそうな音とともにスマホが短く震えた。見ると狭山だ、グループではなく直接俺にメッセージを送ってくるなんて珍しい。
そこには絵文字もスタンプもなくただ一言、『泉水を頼んだ』とだけあった。『任せておけ』と返して、画面を閉じた。既読になったかはわからない。
「買って帰るか、ホルモン焼き」
「うん、連城の家で追いビールしよう」
「飲めるのか?」
「うーん、苦くないやつなら」
「言ったな?」
真面目な顔でホルモン焼きを注文し受け取る。明日も、明後日も、一年後も、その先もずっと、お前の隣の席が俺で埋まっていることを願いながら。
【完】