今日も可愛いをご馳走さま今の時刻は四時限目の半ば。
何度聞いても睡眠要因にしかならない英語の授業に宮城リョータは小さく欠伸をした。
早く終わらねーかな。
そんな事を考えながら、三時限目から鳴り出しているお腹を擦った。
そして、昼食を共にしようと約束している〝あの子〟と何を話そうかと胸を高鳴らせる。絶賛片想い中の相手である彼女は今まで告白してきた子とは少し違い、ぽやんとした子だ。
それはつまり、どんな子なのだと聞かれても、ぽやんとした子と表現する事が一番しっくりくるのだから、これ以上は語れないと宮城は自分の中で頷いた。
──しかし、しいて言うならと問われれば間違いなく可愛い子。見ていると心がむず痒くなるくらい可愛い。目に入れても痛くないという言葉もあるが、目に入れたら可愛さで痛いかもしれない。やばい。あの子が可愛すぎる。
授業中だというのに、記憶の中で微笑む彼女の可愛さで、にやけそうになるのを必死に堪えようと口の中を奥歯で噛んだ。
痛い。口の中も心も痛い。あの子の可愛さは元気になるが心臓にダメージを与えてくる。
耐えきれそうになくなった宮城は口元を隠すように突っ伏した。
今、あの子は何をしているのだろう。
何の授業を受けているのかは知らないが、真面目そうな彼女も欠伸をしたり、ノートの隅に落書きをしたり、友達同士でこっそりと手紙を回したりするのだろうか。もしかしたら、自分の事を考えていたりなんかするのだろうか。
そんな彼女を見つめる男子生徒が居ない事を祈りつつ、同じクラスではないのが、こんなにももどかしいのかと全く文字で埋らないノートにグルグルとシャープペンシルで小さく円を描いた。先程までは浮かれていたというのに、想像でしかない彼女を見つめる架空の男子生徒に嫉妬してしまうのが情けない。
漏れでた溜め息を書き消すように、消ゴムで円を消していく。思っていたよりも強く書いていたらしく、消えねぇなとムッとしながら格闘していると昼休みを告げるチャイムが鳴った。
彼女と少しでも長く話す為にと先に買っておいたパンの入った袋を取り出しながら日直の掛け声と共に英語の担当教師に雑なお辞儀をすると宮城は教室から飛び出した。
他の教室から出てきた教師に「廊下を走るな!」と注意され、これまた雑に「すんませーん」と返しながら二つ先の彼女が待っている教室へと駆け込むと、いそいそと教科書を机にしまっている彼女を視界に捉えた。
「お待たせ!」
「え、宮城くん早いね!」
「そーお?」
そりゃ、走ってきたからね。
──君とお昼ご飯が食べられるのが嬉しいからと浮かれてやって来ましたなんて、なんだか格好がつかないので、そんな事は決して言えない。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ぜーんぜん!食べよっか!」
「うん!あのね、前の席の子が学食行くから使っていいよって言ってくれたの。だから、そこ座って」
「じゃあ、遠慮なく使わせて貰うか」
わざわざ、食べに来る宮城のために聞いてくれたのだろう。そういう細かな優しさもまた好きな所のひとつだ。
「今日はパンなんだね。足りるの?」
「う~ん。まぁ、足りなかったら後で部活前に抜け出して何か買うし」
「え?」
学校を抜け出すというところに彼女は首を傾げた。勿論だが、学校を抜け出すのは許されてはいない。
「あーー!!ほら、安西先生がそういうところ寛容だから!腹減ってたらバスケ出来ねぇし!!」
「そうなんだぁ。優しいねぇ」
ニコリと微笑まれると嘘をついてしまったことに胸を痛めつつ、話を反らそうと宮城は可愛らしい弁当箱を覗き込んだ。
「た、玉子焼き!いつも美味しそうだよね!」
「うん、すっごく美味しいの!お母さんが作ってくれるの甘めで好きなんだ」
「へぇ、料理上手なんだ」
「……私は下手なんだよね」
「伸び代あるってことじゃん!」
しょんぼりとさせてしまったと宮城は精一杯のフォローを投げ掛けると彼女は少し考え込んだのちに、またいつもの明るい表情に戻った。
「ふふ、宮城くんと話していると前向きになれるね」
「え、そう?」
「今日もお昼休みになるの楽しみだったもん」
何それ、超嬉しい。楽しみにしているのは自分だけではなかった。その事実だけで、噛み締めている焼きそばパンの美味しさが増した気がする。
「宮城くんは?」
「楽しみだったよ!授業中は何してんのかな~とか考えてたし……」
食べ終えた焼きそばパンのラップを小さく丸めながら、気恥ずかしさから唇をツンと尖らせた。ちらりと見た彼女は先程よりも不思議そうに首を傾げた。
なんだろう、その反応はと宮城も首を傾げる。
「授業中だから授業受けてるよ?」
「……ウン、ソウダヨネ」
それはそうなのだが、そうではない。
いまいち伝わっていないのが、もしかして脈無しなのでは?と心の中で涙を流した。
「宮城くんは何してたの?」
「え!?俺も授業受けてた、よ?」
「本当に?」
「……嘘です」
「ふふっ。駄目だよ、宮城くん」
「はい」
情けなさと恥ずかしさで横を向く。
くすくすと笑う彼女は可愛かった。
「何してたの、本当は」
「腹減ったな~とか、うたた寝してました」
「四時限目って辛いよねぇ。あれ、何の授業だったの?」
「英語」
「ああ~」
そう答えると、なるほどと深く頷いた。
どうやら彼女も自分ほどではないが英語は得意ではないらしい。それが嬉しく感じてしまうのだから重症である。
こんなにも宮城は彼女に翻弄されているのに、彼女はそうではないのが悔しい。意識してくれと願うように口を再び開く。
「あとさ」
「あと?」
「君のことも考えてた」
そう告げれば口へ運ばれようとしていたご飯は再び弁当箱にポトリと戻った。床に落ちなくて良かったなと思いつつ、一度素直になってしまえば次々と感情が声となって溢れていく。
「欠伸したり、うたた寝とかもしちゃうのかな~とか。見たことないけど落書きとかしちゃったり、友達と手紙回したりとかさ。女子とか、たまにしてるじゃん?」
そう投げ掛けると、うんうんと頷いている。それは果たして自分もしているという肯定なのかは解らないが、どうやら引かれてはいないらしい。
授業中に私の事、考えてるの?無理とか言われたら、この場でぶっ倒れる所だった。
「それと、同じ様に俺の事を考えてくれてたらな~って思って……ました、ね」
ここ教室だったなと思い出して、突然の敬語になったと同時に顔が熱くなる。袋にまだ入っているメロンパンを一口も食べていないというのにギュッと握りしめてしまった。きっと、ポロポロと溢れて食べずらくなってしまっただろうが何かに照れ臭さをぶつけないと叫びそうだからだ。この教室で。自分たち以外にも居るのに。
「……あのね、宮城くん」
「な、なに!」
声が上ずってしまい情けなさで、心の中では大号泣だ。
「私も」
「へ?」
「私も宮城くん何してるのかなとは考えてたよ」
──あれ、彼女の顔が真っ赤だ。
「今日、お昼一緒だなって思ったら、つい」
「つい」
「うん。授業ちゃんと受けてるだなんて、嘘ついちゃった」
照れを隠すように頬っぺたいっぱいにご飯を頬張るとモグモグと噛み締める姿に宮城はついに顔を机に叩きつけるように突っ伏した。
可愛いがキャパシティオーバーしたのだ。
「え!?宮城くん!?メロンパン潰れちゃうよ!!」
もう潰れてるし、気にするところはそこなのかと、どこかずれているのが笑ってしまう。
「なに、笑ってるの?ねぇ、お昼終わっちゃうよ?」
「もうお腹いっぱいになったから」
というか、もう胸がいっぱいなのだ。三時限目から感じていた空腹感はどこへいったのか、一口も食べれそうにない。
「変な宮城くん」
くすくすと笑う彼女の顔はもう赤みが落ち着いてきているようだった。これでは前進したのか解らない。
しかし、笑顔が可愛いのでどうでも良かった。