「じゃあ三矢、ちゃんと練習しとくんだぞ。俺は次市村を迎えに行くから」
「はーい」
「じゃあ運転手さん、次はここ、よろしく」
そう言って澄ました顔で小戸川にスマホの地図アプリを見せる山本。
彼の辛子色のニットの糸が外の電柱に引っかかっていることに気付く者はいない。
今日は少し暖かい。ゆえにいつも着ている焦茶色のジャケットを山本は身に纏っていなかった。
小戸川は言われた通りの場所へと車を走らせる。道中何度か話しかけるが山本の返事はまばらだ。いつもは向こうからベラベラと興味のない話を延々と続けてくるのに。
少し不思議に思ったが、まあ、疲れているのだろう。その程度に考えていた。
「ついたよ。三毛猫は…まだきてないな。」
「……」
「?」
小戸川は返事がないことを不思議に思い後ろを振り返った。と同時に、山本の悲痛な声が車内に響いた。
「見ないで!!!」
もう遅い。小戸川の目に飛び込んできたのは黒のタンクトップ姿の山本だ。乗せた時にはきちんと服を着ていたはず。
「走れば走るほど服が解けて行って…」
山本は、道中どんどん失われていく自分のトップスに声も出せず焦っていたのだ!
そう思うと吹き出しそうになったが、笑ってしまっては悪いだろう。
そう思った小戸川はなんとか耐えようとする。
「え、何、やば」
テンションが低めな少女の声。
市村しほ。乗せようとしていた客だ。
「いちむら」
「え、山本さん、やば。…え?なに?…やば」
他に言葉を紡ごうとするが「やば」としか言えなくなった市村と、上半身にエアリズムのみを身に纏った山本。
ズボンは無事だ。よかったよかった。