寂しい味 診療所の冷蔵庫に、ひとつだけ赤いトマトが残っていた。
オロルンは、それを黙って見つめていた。手は伸びない。けれど目は、逸らせなかった。冷蔵庫の奥、白い棚の上にちょこんと乗ったそれは、妙に生々しく浮かんで見えた。つややかで、丸く、赤くて。ほんの少し、皮がしなびかけていた。
イファは棚の上の器具を片付けていた。硬い床に椅子が引きずられ、ギッと耳に残る音がした。器具が触れ合い微かな金属音が響く。
「イファは、トマト好き?」
その声に、イファの背中がぴくりと揺れる。
「……別に、嫌いじゃない。でも、好きでもないな」
返ってきた声は平坦だった。嘘ではないのだろう。ただ、答えそのものから何かを守るような、無関心を装った響きだった。
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