第6話「海は何処までも澄み渡って」黄、緑、赤、青、紫、鮮やかな色が宙を舞う。華やかな衣装に身を包んだプリキュア達が可愛らしい外見からは想像できないほどに強烈な蹴りやパンチを敵にお見舞し、怪物は苦しげな声を上げながら後退する。
「今がチャ〜ンス!!!!」
錠前はそう声を上げると腕をブンブンと回しながら怪物に向かって走り出し、その動きに合わせてスカートがふわふわと揺れる。
「錠前〜〜パ〜〜〜ンチッ、ぎゃあ!」
安直な技名を叫びながら敵に突っ込んで行った錠前は自らの腰に巻かれた大きなリボンの垂れを踏みつけ、そのパンチをお見舞すること無く敵の1歩手前で転げた。
「なぎさちゃん!危ない!!」
それを見た怪物はニヤリと笑い、無数に生えた触手を大きく振りかぶると同時にセレナーデが錠前の前に飛び出し鈍い音が辺りに響き渡った。
「rgca#v*hz〜〜〜〜」
怪物が聞いた事のない言語で叫びながらサラサラと虹色の粉になっていく。ポコとフガが労いの言葉を掛けながらプリキュア達の周りをふよふよと飛び回る。
「セレナーデごめん!!ワタシまた失敗しちゃった、痛かったよね…」
勢いよく下げられた頭にセレナーデがキョトンとした顔で錠前を見る。
「大丈夫だよ!なぎさちゃんが無事でよかった!」
今にも泣き出しそうな表情で俯く錠前にセレナーデはまるで気にしていないといった様子で答え、「納豆巻き納豆巻き〜〜」と鼻歌交じりで歩き出す。
あちこちに擦り傷があるセレナーデと違い傷ひとつない自身の体を見て錠前はきゅっと拳を握った。率先して戦いの最前線に立ち、敵の攻撃から身を挺して守ってくれるセレナーデに頼もしさを感じると同時に得体の知れない危うさを感じる。何を聞いても「大丈夫!」と笑顔で答えるセレナーデの青く澄んだ宝石のような瞳に一瞬落ちる仄暗い陰に触れてはいけない気がしていつも言葉を飲み込んでしまう。
「なんで何も話してくれないの…?」
「なしな〜〜!置いてくよ〜〜!!」
小さく呟いた声はクレソンの声にかき消されうっすらと雲のかかった夕闇に消えていった。
ーーー
「オマエプリキュア辞めた方がいいネ」
向かい側に座る共ポジが怒ったように呟きズルルと麺をすする。
「え?」
共ポジに突然「プリキュアを辞めた方がいい」と言われセレナーデは思わず大好物の納豆巻きを食べる手を止めた。共ポジはごくんと麺を飲み込むと更に続ける。
「錠前は避けれたアル」
脳内で共ポジの言葉を反芻し、昨日の戦闘でなしなを敵の攻撃から庇ったことを思い出す。でもそれがプリキュアを辞めた方がいい理由にどう繋がるのだろうか。
「オマエそのままじゃ死ぬネ。我はオマエの闘い方気に食わないアル」
共ポジはズルルとまた麺をすする。
「うん、でもみんなに怪我して欲しくないから」
笑顔でそう返すとダンッと共ポジが机を叩き、騒がしい食堂が一瞬シンと静かになりセレナーデと共ポジの方を見、またガヤガヤと騒がしくなっていく。
「馬鹿にするのも大概にしろネ」
共ポジは怒りの籠った目でこちらを睨み、食べ終わったラーメン定食のお盆を持って席を後にする。
セレナーデは分からなかった。何故共ポジが怒っているのかも、自分の戦い方のどこが悪いのかも。
ーーー
稽古をつけて欲しい、数週間前錠前からそう頼まれた。
「ワタシいつもドジしてばっかでみんなに迷惑かけてるから、ちょっとでも強くなりたいの」
錠前は闘うのがあまり得意ではなかった。それは錠前が他のプリキュアとは違い魔法が使えない事も影響しているのだろう。それでも強くなろうとしている仲間の頼みを断る理由はない。
「我の稽古は厳しいアルよ」
「望むところよ」
2人でニヤッと笑い、よろしく、と握手を交わした。
「はあ〜〜〜〜〜また昨日もやっちゃったあ〜〜〜.....」
いつも通り稽古前のストレッチをしていたなしながうぅ〜〜と唸りながら言葉を漏らす。
「でもオマエあの攻撃避けれたネ」
なしなが動きをピタリと止め、共ポジを見て苦笑いを浮かべる
「うん。でもセレナーデはワタシの事心配して庇ってくれただけだから、そもそもワタシが失敗しなきゃ良かったわけだし」
なしなの言葉に共ポジは眉をしかめる。確かになしなは他のプリキュアに比べるとまだまだだ。だが以前に比べると確実に強くなっている。セレナーデの言葉を思い出しまた怒りが込み上げてくる。
「岩波は何にも見えてないネ、アイツは何のために戦ってるアルか?」
なしなは表情を曇らせる。
「セレナーデはきっと"誰か"と戦ってるんだよ」
人の心に鈍感な共ポジとは違いなしなにはセレナーデが抱えている何かが見えているのかもしれない。時々思う。自分が錠前のように人の心にもっと寄り添えたら師匠の事もどうにか出来たのではないか、と。
腹が立つ。
自分勝手に闘うセレナーデに。
腹が立つことしか出来ない自分に。
ーーー
共ポジを怒らせてしまったあの日から1度も共ポジと話せていない、というよりも避けられている。
『馬鹿にするのも大概にしろネ』
共ポが怒りと、そして悲しみの混じった顔で睨みつけてきたことを思い出す。
(どうしてくるっぽーちゃんはあんな顔をしてたんだろう)
そう思考を巡らせている時、真っ黒い、まるで影のような蝶がヒラヒラとセレナーデの前を飛んでいた。その蝶が通り過ぎた瞬間、突然セレナーデの前に長い手をだらんと下ろし、ぎょろりとした大きな眼をした茶色い肌の異星人が現れる。
鼓動が早くなる。全身から冷や汗が止まらず、視界がグルグルと回る。なんで?なんで"コイツ"がいるの?
〜〜〜
「はぁ、はぁ、はぁ」
必死に足を動かす。凹凸の激しい地面のせいで足がもつれて上手く走れない。腕の中で大切な人の名前を叫びながら小さなピンク色の妖精がもがいている。ちゃんと呼吸をしているはずなのに息苦しい。涙で視界がぼやける。私のせいだ。わたしがよわいせいだ。にげなきゃ。はやく、はやく。
「早く逃げて!!!!」
子供の時からずっと一緒にいた、大切な小さな友達が後ろから大声で叫んでいる。
ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい
〜〜〜
突然現れた異星人はセレナーデに向かって細長い枝のような人差し指を出し「e〜〜〜〜〜t〜〜〜〜」と声を出しゆっくりと近づいてくる。
変身しなきゃ。はやく、へんしんして、たおさないと。はやく、はやく。
体が動かない。ずっと思い出さないようにしていた、ぼやけていた記憶が昨日の事のように鮮明に思い出される。
ああ、私は結局弱虫のまんまだ。私よりも弱いあの子を置いて逃げたあの時と同じ。
異星人の指先がセレナーデに触れそうになったその時。
ドスッという鈍い音と共に目の前まで迫っていた異星人が消え、代わりに地面には小さなクマのぬいぐるみが転がっていた。
「え....?」
「何やってるアルか!!!」
転がっているぬいぐるみの先に立つのはプリキュアに変身した共ポジの姿。
「オマエこんな雑魚にやられる所だったネ!情けない!」
そう言って共ポジは転がっていたぬいぐるみを拾い上げ目の前に突き出してくる。
「ご、ごめんなさ「あら?もうお終い?」」
セレナーデの声を遮るように別の声が聞こえ、そちらを見ると水色の髪を高い位置で2つ結びにした少女が不機嫌そうにその長い髪を指先でくるくると弄びながら、宙に優雅に浮いていた。
「残念。この間みたいに私をもっと楽しませてくれると思ったのだけれど」
ウヅゥはフゥと憂いを帯びた表情でため息を吐き、長い睫毛をゆっくりと上げるとセレナーデを見る。
「貴女と私はほんの少し似ている」
「どういうこと…?」
「どうしてそう思うのか私にも分からないけれど、ただ何となくそう感じるんです」
二つの陰の視線が交わる。
「さあ、いつまでもこうしている訳にはいきませんね」
ウヅゥが指をパチンと鳴らすと突如現れた黒い空間から邪悪な化け物が吐き出された。
「それでは皆様御機嫌よう」
空中に生まれた黒い渦がウヅゥとatmを飲み込み、二人の姿は消えていった。
先日戦ったものと同じ敵がセレナーデと共ポジを囲う。
(五人で倒すのがやっとだったのにそれが五体も....せめてくるっぽーちゃんだけでも...)
背中合わせに立っていた共ポジの方を振り返ろうとした時、トンっと自分の背中に共ポジの重みを感じる。
「オマエが何と戦ってるかなんて我は知らないネ。でも、我は岩波を信じてるアルよ。背中は預けたネ。オマエもちゃんと戦えヨ」
その言葉に答える前に背中に感じていた温かさが離れ、敵が攻撃を仕掛けてくる。
自分のせいで大切な人を失くしたくない、もう2度とあんな思いをしたくない。辛い過去から目を背け続けて、なしなが心配そうに声をかけてくれた理由も共ポジが怒っていた理由も分からないくらいにいつだって自分をも守ることに必死だった。それでも、「みんなのため」を盾に本当は自分を守りたいだけなんだと気づいていても、弱い自分を制御できない。「もし、今振り返って共ポジが動かなくなっていたら?」そんな考えで頭が埋め尽くされる。
「錠前〜〜〜キッ〜〜〜クッ!!!」
目の前の敵が勢いよく横に吹っ飛ばされ呻き声を上げながら虹色の粉になっていく。飛び蹴りを決めたものの着地が上手くいかず地面で伸びている錠前の元に慌てて駆け寄る。
「なぎさちゃん!」
「助けに来たよ!」
錠前はそういってセレナーデにピースサインを見せニッと笑う。
怖い。本当は痛いのは嫌い。闘うのだって好きじゃない。いつも敵を目の前にすると足が震える。それでも信じてくれる人の期待に応えられるように私は逃げちゃいけない。闘って、大切な人を守るのがプリキュアの役目。
「セレナーデ!」
肩をポンッと叩かれ、後ろを振り向くとクレソンとユーロが立っていた。
「私が守ってあげるからね!」
「サポートは私達に任せてください!」
涙を笑顔で隠して、「大丈夫」と自分に言い聞かせてきた。1人で全てを護れるくらいの力が欲しかった。
「ふ〜疲れたネ!オマエらちゃんと戦えアル!」
黄、緑、赤、青、紫。色とりどりの衣装に身を纏ったプリキュア達が並ぶ。
「セレナーデは1人じゃないよ、大丈夫」
錠前がセレナーデの手をギュッと握る。目を瞑り、深く深呼吸をする。大きな波のように心を襲っていた不安が小さく穏やかなさざ波に変わっていく。足の震えはもう止まった。
私はもう大丈夫、みんなのことを信じて戦おう。
「さあ!!!みんな行くよ!!!」
セレナーデのかけ声と共にプリキュア達は走り出す。燦々と降り注ぐ夏の日差しで腰に揺れるセレナーデのカラフルアミュレットが薄青色に一際濃く光った。