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    POIPOI 29

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    劇場版CPP

    「カラフルPOP★プリキュア オーロラ・ユニバース」昔むかし、ずっと昔、地球の遠い宇宙の果て
    今の地球によく似た文明を持つ星のごく普通の夫婦の元に新たな命が宿りました。
    母と父は新たな命の誕生を喜び、兄と姉も自分達の新たな家族に祝福を期待しました。

    「あぁ× × × 、私達の愛おしい子」
    たくさんの愛に迎えられ× × × はこの世に生を受けました。

    優しい母、頼れる父、仲の良い兄と姉
    ありふれた毎日ですがとても幸せな日々
    ただ× × × は産まれた時から色がわかりません
    産まれながらの病気だったのです。
    そんな× × × を父と母は差別することなく平等に他の2人の子供達と同じようたくさんの愛を込めて育てました。

    「お母様これは何色?」
    トマトを指さします
    「これは赤、とても美味しそうな色よ」
    「この草は?」
    「これは緑、さわやかな色ね」
    「お母様のこの服は?」
    「これは黄色、私の大事な子供達が私をすぐ見つけられるようにとっても明るい色よ」
    「でも僕にはみえないよ」
    「✕✕✕もいつかきっと見えるようになるわ」
    それにお母さんもみんなを迎えに行くから大丈夫
    そう言って母が頭を撫でる

    「✕✕✕は本当に色が大好きね。さあそろそろお家に帰りましょう」
    自分には色がわからない。けれどこの世界にはたくさんの色が溢れているらしい!
    あぁいつか本当の色に触れることができるのだろうか

    お母様とのいつもの問答を終えた帰り道
    「×××!危ない!」
    余所見をしていた自分に馬車が走り近づいてくる
    母に庇われ自分には傷1つない
    母が目の前に倒れている
    何か液体が流れる

    「おまえ!!」
    2人の帰りが遅いことを心配に思い家から迎えに来たのか父達家族が母に駆け寄る
    「おかあさん!おかさあん」
    「血がいっぱい、お父さんどうしようお母さんが」

    3人の悲鳴が聞こえる

    「ねえ、これなにいろ?」
    「こんなときに何言ってんのよ!赤に決まってるでしょ!はやく、はやくお母さんを治さないと」


    「これが 赤」
    母から流れる大量の液体、これが赤、ああ自分にもやっと色がわかった!!!


    母?はあれから帰ってこなかった、でもそんなの今はどうでもいいずっと望んでいたものがやっと手に入った、でもまだ足りない
    もっと色が欲しい!

    すすり泣く姉の頭を重い物で強く叩く

    静かになった

    また赤が手に入った

    嬉しい

    もっと、もっとほしい!


    その後もたくさんの色を手に入れた
    自分にはどうやら魔法の適正が強くあったらしい
    1つの星の全てを水に沈める、あれは青
    草木の緑の鮮やかさを独り占めにするため生き物ごと火をつけ燃え盛る悲鳴とその様子を笑顔で眺める、あれは大好きな赤
    ただ手に入れたはずの色はすぐに黒に混ざる

    魔法の力を使って他のやつから目を取ったこともあるがそれも長続きしない
    感情にも色があることを知った、色の変化する様はとても楽しい
    特に希望が絶望に変わる時!あれは良い!
    あぁどうすれは全ての色をずっと見ていられるのだろうか
    全てを手にできる力があればいいのだろうか?




    〜〜〜〜〜〜〜
    古い昔の夢を見ていた気がする。私、僕、俺、一体誰の夢だろうか。
    ✕✕✕は知らない。どんなに鮮やかな色も混ぜ過ぎればただの黒になってしまうことを。
    ただ

    「きいろ、ね。どうしてだろうか。世界で唯一気に食わない色だよ」

    そう錠前へ目を向ける。

    ーーーーーーーーーーーー

    パタンッ、プシュー。
    ポコ達を乗せた宇宙船の扉がゆっくりと開く。
    「わーーい!着いた〜!ただいまポコリーヌ星!!」
    セレナーデが嬉しそうに両手を掲げ1番に外に飛び出る。
    「ここが…ポコリーヌ星?」
    なしなが見渡す先に映るのは綺麗に整えられた緑の木々。澄み渡る海の青さ。その海とは反対方向、舗装された道を囲むのは色とりどりのカラフルな宝石の装飾に飾られた建物達。
    「平和な星なんですね。」
    「綺麗。」
    「カキンカキン……。」
    現実と幻想が混ざったようなその生活の全ての美しさにウヅゥとわかめだが目を奪われ、atmが少し眩しそうにウヅゥの背中に隠れる。
    「きれーポコ?!じまんの星なんだポコ!」
    ポコがドヤりと顔を向ける。
    「ただいまフガ。」
    フガが大好きな故郷へ言葉を向ける。
    共ポジとユーロも後に続こうと宇宙船を出ようとした時、ガシャンと何かを落とす音が聞こえた。
    「セ、セレナーデ様??」
    衛兵らしき人物がセレナーデを見つめ驚きを露わにする。
    「セレナーデ様が帰ってきたぞーーー!」
    「あ、ただいまです!ちゃんとポコとフガも一緒ですよ〜!」
    ポコとフガを抱えピースと笑顔を向ける。
    「あいつこっちでも変わらないアル。」
    「セレナーデさんらしいです!」

    「大丈夫?ワタシ達不相応じゃない?」
    あたふたと仲間へ伝令を行う衛兵達に案内され招かれさた先はポコリーヌ星の中心部、大きく街を見守る輝くポコリーヌ城。
    「もっとちゃんとした服着てくればよかったかも…。」
    「お洋服?待ってて!すみませーん!」
    セレナーデが慣れたように執事の人を呼び瞬きの間に大きな部屋に案内される。
    「皆様は王女様の大切なご友人とお聞きしております。どうぞお好みのものがございましたらお声がけください。メイド達が着替えをお手伝いさせていただきます。」
    部屋1杯に広がるドレスの数々になしな達が目を輝かせる。
    「我は動きやすいの動きやすいの……。」
    「共ポそんなのばっかり選んでたらこうなるけど?」
    ドレスを1度共ポジにあてがい圧倒的な布地の少なさに共ポジが顔を赤くする。
    「王様に会うんだったらこっちの方がいいと思います。ほら共ポさんによく似合ってます!」
    ユーロとわかめだが笑顔で共ポジのドレスを選ぶ。

    「夢みたい!あーこっちもかわいい!これも!あっちも!ウヅゥもほら。」
    「えっと私もですか?」
    「当たり前でしょ!いいなあウヅゥの髪長くてとっても綺麗だからなんでも似合うね!」
    なしなに褒められウヅゥが小さく照れる。
    「ありがとうございます。錠前さんも……」
    話の途中でウヅゥが固まる。

    「わっ!」
    「ゆーちゃん危ない!」
    上を見ようと登った脚立が小さく揺れたのか落ちそうになったユーロをわかめだが受け止める。
    「怪我してない?ゆーちゃん高いとこのは私が取るから。」
    「大丈夫!ありがとう!あそこにあるのわかちゃんにいいなって思って…。」



    「わかゆろ?ゆろわか?尊っ……!」
    顔を抑え指の隙間からその2人をウヅゥが見つめる。
    「ウ、ウヅゥ……?」
    「いえ!なんでもないです!」

    ドレスに着替えた後、案内された先にはいテーブルクロスがひかれた長いテーブルが用意され各自席に座る。

    「わくわくポコ!」
    「どきどきフガ!」
    「カキン!カキン!」
    2人の妖精がそわそわと体を揺らし、それに習うようにatmも体をジャンプさせる。
    「失礼致します。こちら簡単なものではございますが皆様にお食事をご用意させて頂きました。」
    そう執事の人が丁寧なお辞儀をし扉から運ばれてきた料理に錠前達の目が奪われる。

    「っ!」
    丁寧に磨かれているのであろう純白の1枚のお皿にのせられているのは緑色をした地球のオムライスに似たなにか。
    「わーい!ポムライスなんだポコ!ポコ大好きなんだポコ!」
    「ポ、ポムライス?!」
    なしなが驚きに耐えられず言葉をもらす。
    ポコが喜びの声を上げ、嬉しそうにきらきらとその瞳を輝かせ緑の物体を見つめる。
    「緑アル。」
    「これはワカミン鳥のタマゴから作った美味しいご飯なんだフガよ!」
    胸を張りフガが説明を続ける。
    快く招待された先で出されたその食事を食べないなんていう失礼な事はできないが余りにも毒々しいその色にスプーンが動くには躊躇いが生まれる。なしながわかめだのドレスの袖を引っ張り耳元で小さく話す。
    「ちょっと、わかめだ先食べてみない?」
    「は?なしなが先に食べてよ。」
    こそこそと言い合いを始める2人を微笑ましく見つめていたユーロが料理人として覚悟を決める。
    「いただきます!」
    もぐっ。

    「!!初めて食べたのになんだか懐かしいような…ちょっと固めの卵なんですね。とっても美味しいです!」
    ぱぁっと花開くようにユーロが頬を抑え笑顔を向ける。
    「えへ!でしょでしょ!はろまこちゃんはポコリーヌ星1番の料理人なの!」
    嬉しそうに自慢げにセレナーデが笑う。

    疑うような眼差しを料理に向けていたなしな達だが地球の料理人であるユーロの素直な感想を受けてポムライスと向き合う。

    「…いただきます。」
    次に口に運んだのはわかめだ。
    驚きと舌に感じるその旨味に表情をころりと変える。
    続くように共ポジ、ウヅゥもポムライスを食べる。
    「「「おいしい(アル)!)」」」

    他の仲間たちが次々と笑顔になる様子を見てなしなもスプーンを手に取る。
    「ワタシも!いただきます!」

    〜〜〜〜〜〜〜

    「すごい美味しかった……!」
    あの緑からは想像もできないような優しい美味しい味、なしな達がご馳走様でしたの挨拶を口にする。

    「みんな〜次は何する!ポコリーヌ星観光とかしちゃう?!」
    故郷へ帰ってきたことでいつも以上にテンションが上がっているのか嬉々とした表情でセレナーデが声を上げ、心なしか今は髪に隠す必要もないそのくま耳も嬉しそうにぴょこぴょこと動いているように見える。

    ドンッ。
    大きな扉が強い音を立てて開く。

    「アタービレお姉様!」
    セレナーデが扉を開き部屋に足を進める人物の名前を呼ぶ。

    「セレナーデおかえり?皆様、この子を少しお借りしますね。」
    そして有無も言わさないそのままセレナーデの首元を掴む。
    扉の先へと消えていったセレナーデと2人の妖精の跡を眺めぽつりと共ポジが言葉をこぼし、それにウヅゥが突っ込みを入れる。
    「うさ耳アル。」
    「そこなんですか?」


    ーーーーーーーーーーーー

    首根っこを掴まれたセレナーデがズルズルと引き摺られ、その後をアワアワとしながら追いかける2匹の妖精。壮麗な扉の前に立つ兵士達はその様子を見ても動じることなく扉を開ける。
    「お父様!連れてきましたわ!」
    「アタービレお姉様〜痛いよお〜」
    様々な宝石で装飾された豪華な部屋には不釣り合いの間の抜けた声が高い天井に反響する。部屋の奥に構える一際存在感を放つ玉座。その周りに姿勢を正して立っていた人々が驚きと安堵、そして数名は少し怒りの混じった表情でセレナーデの名前を呼び、それを制するように玉座に座る男性がゴホンとひとつ咳払いをする。
    「セレナーデ、よく帰った」
    「ただいま戻りました!」
    どこか緊張感の漂う空気に気づいていないのかいつも通りのパッと輝く笑顔を浮かべるセレナーデ。その様子を見て玉座の横に立っていた1人の青年がバタバタと駆け寄り、制止の言葉も聞かずセレナーデの肩をガッと掴む。
    「お前!俺らがどれだけ心配してたのか分かってるのか!?」
    「それは、えっと…ごめんなさい」
    「なのに突然帰ってきたかと思ったらヘラヘラ笑って…どういうつもりだよ!」
    「ヴィーヴォ!落ち着いて!」
    駆けつけた2人の青年に抑えられヴィーヴォは肩で荒く息をしながらセレナーデを睨みつける。
    「ごめんさいフガ!フガ達が早くセレナーデのこと帰さなきゃいけなかったのにそれが出来なかったから!フガ達のせいなんだフガ!」
    「ポコ!だからセレナーデは悪くないんだポコ!怒るならポコ達を叱ってほしいポコ!」
    その視線から守るように主人の前に小さな妖精達が躍り出る。
    「いいの。ポコ、フガ。私が悪いの」
    「……っもしかしたらもう生きてないんじゃないかって、ずっと、ずっと怖くて」
    そう話す声は震える声を隠すように小さくか細い。セレナーデを睨みつけていた翡翠色の瞳に薄い涙の膜が張る。玉座から立ち上がった王がヴィーヴォの頭をポンと撫で、セレナーデを優しく見つめる。
    「お前を地球に行かせないことがセレナーデの為だと、そう思っていた。でもお前の先程のあの笑顔。私は間違っていたのだな。お前の声に耳を傾けてやれなくて本当にすまなかった」
    王は言い切るとセレナーデに向かって頭を下げた。

    『セレナーデは1人じゃないよ』

    (私はずっと前から…)

    「お父様、ヴィーヴォお兄様、みんな、心配かけて本当にごめんなさい」

    (やっとみんなの前で泣いてくれたポコね)

    澄んだ海のような瞳からポロポロと涙が溢れ、小さな妖精がヨシヨシとセレナーデの柔らかな髪を撫でた。

    ーーーーーーーーーーーー

    セレナーデが帰ってくるまで外を見て回ってももいいですか?と執事さんへ質問をし、流石に外を歩くのに先程までのドレスを借りたままでは申し訳ないと断りを入れ普段の服へ着替えたなしな達が城の外をゆっくり歩く。
    「きれいアル。」
    共ポジが足を止める。、
    城のすぐ傍にある砂浜にさくりさくりと足を埋める。
    見渡す先の海の青さ、ポコリーヌ星は地球と良く似ているが光に反射するその輝きは一等美しく見える。
    「ね〜!こんな綺麗な海があるなら水着持ってくれば良かったわ!およぎたーい!」
    錠前が共ポジのその小さな肩に手を回す。
    「ちょっとなしな!共ポ!遊びに来たんじゃないんだからね。」
    クレソンの言葉に風景の美しさに目を向けていた共ポジがなしなの手をぺしんっと軽く払う。
    「我を一緒にするなアル!」
    「え〜〜ひっどい!!共ポの裏切り者〜!」

    ポコリーヌ星に来ても変わらない3人の軽口が続く。
    明るい日が差す砂浜を歩くその3人を大きな木々や建物でできた影の中からウヅゥとatmが見つめる。

    「ウヅゥさん?」
    「……ユーロさん。ユーロさんは3人のところに行かないんですか?」
    「うーん。とっても楽しそうですけど、もしみんながはしゃぎ過ぎて熱中症になったら大変じゃないですか。」
    だから今はウヅゥさんと日陰でゆっくりしようかな。そう言葉を続け、ウヅゥの横に座る。
    「ユーロさんは優しいですね。」
    姿形、人間的な容姿の年齢はそう変わらないように見えるが実際の生きた年数にしたらウヅゥにとってユーロは小さな妹も同じである。
    そんなユーロの優しさに触れ心休まる自分も嫌じゃなかった。きっとこの子達ならパリンと本当の友達になってくれる。
    甘えん坊で、でも少し自分以外には生意気で、可愛くて愛おしい妹が思い浮かぶ。
    「海。」
    少し考えすぎてしまっていたらしいウヅゥの耳にユーロの声が入る。
    再度思考を戻しユーロを見る。
    「海もいいですけど地球に帰ったらみんなでプールに行きませんか?」
    「プール?」
    「泳ぐのは海と一緒なんですけど、えーっと陸地にある水で遊ぶところ?みたいな感じです!」
    「行きたいです。」
    「行きましょう!パリンちゃんatmちゃんも連れて!……でも実はわかちゃん泳げないんです。だから浮き輪を持ってるわかちゃん見るのも楽しみにしてくださいね。」
    ナイショですよ?ユーロがいたずらっ子が浮かべるような笑みをウヅゥに向ける。

    少し先の未来の話。永い時を生きているはずなのに、地球にいた時セレナーデとも交わした小さな約束達、それが今この瞬間心から楽しみに思えた。

    「ウヅゥ!ユーロさん!何話してるの!」
    砂浜で追いかけっこのような事をして息を切らしたなしな達がこちらへ歩いてくる。

    「ひみつです!」
    ユーロに習って、ウヅゥが子供のような笑みを浮かべる。

    驚きに1度固まるがすぐさまお返しのようになしなが笑顔を返す。
    そろそろセレナーデも帰ってきてるかも、みんなに帰ろうかと声をかけようと後ろを振り返る。

    共ポジは倒れ、わかめだが足を縫い付けられたようにただ立っている。
    その目の前には真っ黒の衣服に身を包み、金の細い糸のような髪を揺らす男とも女にも見える1人の姿。

    「え。」
    「錠前さんはやく、変身して!そいつは魔王です!」
    ウヅゥが叫んだ。
    急な事態を飲み込めずなしなが変身をする前にその影がなしなに近づく。

    「う゛ッ...!!」
    「なしな!!!」

    ドゴッという鈍い音と共に魔王の蹴りが腹に入りなしなの体はいとも簡単に吹き飛ばされる。
    「ソイツ呼ばわりはひどいなあ。あんなに私が可愛がってあげたのに」
    蹴り飛ばしたなしなに視線を向けることなく魔王がウヅゥを見る。
    「ッいったいわね!」
    「ふぅん、今のでも立ち上がるのか」
    魔王は少し驚いたように眉を上げチラリと動かない共ポを見る。
    「私は赤が好き。赤は美しい、僕が生まれて初めて見た色。赤を見ていると落ち着くんです、でも」
    共ポジに向けていた視線をなしなに移す。魔王はなしなを見ると目を細め嫌悪感を露わにする。
    「お前のその色。その色だけはどうにも気分が悪くなる」
    「...ガハッ」
    再び魔王の蹴りがなしなに入り、よろけ、跪くなしなの髪をグイッと引っ張り無理やり顔を上げさせると魔王は鼻先が触れそうな距離で顔を近づける。
    「なしなを離せ!」
    「邪魔だ」
    「ッッッ!!!」
    「× × × 」
    攻撃を仕掛けてきたクレソンを片手で吹き飛ばすと錠前の目を見たままボソリと何かを呟く。

    (なに、これ)

    瞬間。魔王のそのガラスの様な瞳から目が離せなくなる。反射して映る自身の顔が歪み黒く濁っていき、目の前が真っ暗になる。全身に刺される様な痛みが走った後、胸の奥を何かにこじ開けられる様なそんな感覚に襲われる。

    「や、やめ「ああ、綺麗になった」」
    魔王がまるで女神だと錯覚してしまうほど慈悲深い笑顔を浮かべ手を離す。
    「君の目はあの子によく似ている。姉を助けるために自ら堕ちた愚かなあの子に。殺してしまいたいと願うほどに憎んでいるのに母からの愛を待ち続けている。なんて愚かで可哀想な子」
    なしなが瞳を隠すように両手で押え地面に蹲る。
    音もなく仕掛けられた最初の攻撃を受け共ポジはまだ目覚める様子はない。
    後ろにいるユーロとウヅゥ、atmを見る。ウヅゥは恐怖を思い出し体が震えているのが分かる。それに寄り添うようにatmが魔王を睨んでいる。
    私が戦わないと。
    「へぇ、キミも面白いね。混ざって揺れてとっても脆そうだ。そんな色は嫌いじゃないよ。」
    ゆっくり、ゆっくり魔王がクレソンに近づく。
    そうして小さく耳元でなにかを囁く。

    「じゃあ、今日はそれなりに楽しかった。またね?」
    体を固まらせるクレソンを横目に笑顔のまま悪い王様は黒いモヤと共に去る。
    ついでとばかりに邪悪な玩具達を残して。

    「わかちゃん!」
    ユーロがクレソンの名前を呼ぶ。
    大丈夫、大丈夫、次は間違えないから。
    「わかめちゃん?!」
    帰ってくるのが遅いなしな達を心配して城を飛び出たセレナーデ達がクレソンの名前を呼ぶ。
    「セレナーデ!こっち手伝って!ゆーちゃんはなしなと共ポのことお願い。ウヅゥは深呼吸!」

    残されていった敵と向き合う。
    足を取られるような脆い砂の上をクレソンが走り出す。
    ーーーーーーーーーーーー

    「なしなさん?」
    太陽を見たような、皆既日食を直視してしまったような瞳を焼く熱さはいつのまにか消えていた。
    ユーロが心配そうになしなを覗き込む。
    「錠前無事アルか?」
    先に目を覚ましていた共ポジもなしなに声をかける。
    「ユーロさん、共ポ、ねえお願い教えてあれ、何色?」
    なしなが舗装された道の端小さく咲いた1つの花を指さす。


    戦闘を終えたクレソン達がなしなの元に駆け寄る。 
    「なしな」
    クレソンが声をかけてもなしなは輝きを失った自身のカラフルアミュレットから目を離さずただ呆然とそこに立ち尽くしている。
    「変身、できない、何回も、何回も何回も何回も何回も試してるのに、変身できない」
    目を覚ましてすぐ異常に気づいた。
    ユーロの穏やかさは冷たい白へ、共ポジの太陽を映したような色の髪はただ黒く、揺れる小さな花の色もわからない。
    なしなの瞳から、世界から色が消えていた。
    いつもコロコロと忙しなく変わるその表情をまるで感情が抜け落ちてしまったかのようにギュッと強張らせ、誰に向けてでもなくポツポツと言葉を漏らす。

    「…..っなしなさん!」

    ユーロがカラフルアミュレットを握るその手を上から包み込むように握るとなしなはゆっくりと顔を上げる。
    「なしなさん!大丈夫ですよ!フガやウヅゥさんが記憶を取り戻したようになしなさんが元に戻る方法もいつかきっと見つかりますよ!」
    「いつか、」
    「はい!なしなさんの分まで私戦ってきます!だからなしなさんはそれまでゆっくり休んで下さい」
    黒く濁った二つの闇は励ますように微笑むユーロを捉えると、ふっと力なく笑い握られた手を振り払う。
    「いつか、ね」
    「なしな、さん…?」
    「ねぇ、ユーロさんじゃあ教えてよ、その“いつか“っていつ来るの?」
    「え?」
    「私は今!戦わなきゃいけないの!いつかって、何よそれ。いつ来るかわからない”いつか“を待って、それまで私は何もせずに見てろってこと!?適当なこと言わないで!!」
    なしなは声を荒げると手に持っていたカラフルアミュレットを地面に投げつけ、輝きを失ったそれが砂の海に沈む。不安に、怒りに、恐怖に。心が支配されていく。

    「ゆーちゃんはなしなのこと心配して言ってるのにその言い方はないんじゃない」
    なしなからユーロを隠すように2人の間にわかめだが立つ。向かい合った2人が互いを睨み合い空気がピンと張り詰める。
    「ゆーちゃんに謝って」
    胸の奥にポッカリ空いた穴からドロドロとした黒いものが溢れ出す。
    「戦える力があるのに何もせずに見てるのが正しいプリキュアだって、わかめだはそう言いたいわけ?」
    「そういう事を言ってるんじゃない、友達を傷つけるのは間違ってる、プリキュアとかプリキュアじゃないとか、それ以前の問題で「私の分まで戦うからゆっくり休んでろ?」」
    「笑わせないでよ!!!」
    誰かの囁く声が聞こえる。それが本当の君なのだと。お前はもっと強くなれる、弱者の言葉に耳を貸すな、と。
    「いつも守られてばっかりの人に何ができるっていうの!!さっきだって!!!わかめだに守られてばっかで!何もしてなかったくせに!!!」
    「わかめちゃん!」
    セレナーデの悲鳴にも似た叫びと共にパシンと乾いた音が聞こえ、頬に熱くジンとした痛みが走る。

    『なしなちゃんっていっつもそう』

    恐怖の対象として骨の髄まで染み込んだその声に反射的に顔を向ける。色が奪われた世界で色濃く映る黒色が目の前の友人を飲み込み“お母さん“へと姿を変える。

    『いつも失敗してお母さんに迷惑ばかりかけて。何回も何回も何回もチャンスをあげたのに。結局あなたは変われない。出来損ないの失敗作。あなたが私の娘だなんて思いたくもない』

    違う
    やめて
    “ワタシ“を否定しないで

    ワタシの足元から真っ直ぐに伸びる小さな女の子を象った影が“お母さん“の横で蹲っている。

    壊しちゃえばいいの
    “ワタシ“を傷つけるものは何もかも
    ボクがやり方を教えてあげる

    俯き泣いていた女の子が、子供の頃の自分が顔を上げ、笑った。腹の底から込み上げてくる恐ろしい“何か“をほんの少し戻った理性で必死に抑え込む。ここから逃げなきゃ。

    「錠前!」
    大きく目を見開きわかめだを凝視していたなしなが突然背を向けて走り去り、共ポがその後を追う。ごめん、小さく呟きその場を後にしようとするクレソンにユーロが手を伸ばす。
    「わかちゃん」
    「ゆーちゃんごめん。今はちょっと1人になりたい。」
    一瞬触れた温もりが風に溶けてユーロの指先を冷たく撫でた。

    ーーーーーーーーーーーー

    「錠前ッ…!錠前ッ待つアル!」
    前を走る錠前の腕を無理やり掴む。
    「離してよっ!」
    「落ち着けアル!」
    「離してってっば!」
    その手を振り払おうと暴れ、体勢を崩した錠前がその場に座り込む。
    「オマエ突然どうしたネ」
    「………声が聞こえるの。殺せって。」
    「誰の」
    「私?わかんない。でもあそこにいたら私、わかめだに、皆にひどいこと、してた」
    「私そんなことしたいわけじゃない、のに。私、いつも失敗して、みんなに迷惑かけて。お母さんの言う通り、出来損ないの失敗作」
    言葉を詰まらせながら苦しそうに呟く。
    「共ポ、無駄だったよ何もかも。自分を変えたくて頑張ってみたけど、私は、変われない」
    俯くその姿に師匠の姿が重なる。もしもあの時師匠に手を伸ばしていたら2人で過ごした“日常“が戻ってきたのかもしれない。錠前達と出会ってからそんな2度と訪れることのない日々を想像してしまう。どんなに願っても後悔しても過去は変えられない。
    「オマエは変わったネ」
    でも未来は変えられる。それを教えてくれたのは、変える勇気をくれたのは
    「錠前」
    手を伸ばす。もう大切な人を失わないように。
    「誰かのために強くなろうとした、変わろうとしたオマエの努力は紛れもない事実アル。錠前は強くなった、我が認めるんだから間違いないネ」
    赤くなった頬に手を添え上を向かせ、暗く澱んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。
    「錠前のことを否定する奴は我が全員ぶっ飛ばしてやる。我も岩波もポコもフガもウヅゥもユーロもわかめだも。みんな、なしなの味方ネ。」
    「でも私、ワタシわかめだに、ユーロさんに沢山ひどいこと言っちゃった」
    「仲直りの仕方が分からないなら我が教えてやるネ。ヒドイこと言った時はごめん、アルよ」
    「それ、前にワタシが言ったやつじゃない」
    こわばった表情がまるで花が開くようにゆっくりと解け笑顔を溢す。
    「ありがとう。共ポ」
    瞳から零れた一粒の涙が頬に添えた手を優しく濡らした。

    ーーーーーーーーーーーー


    仲間から、城から離れ1人夜の街を歩く。
    「ポコリーヌ星の働く時間は3時間だよ☆」
    以前セレナーデに言われた言葉を思い出す。
    昼間はきっと開いていたのであろうお店や建物をふいに眺める。赤や水色、ピンク、紫……黄色、色とりどりの屋根や窓枠が並ぶ。夜の月明かりでは少し抑えられたその色も今の自分には眩しく見えてしまう。

    なしなを叩いた時の手の感触がまだ残っている。爪が皮膚にくい込んでしまう程に自身の手のひらをぎゅっと強く握り込む。
    1度立ち止まった足を止めもう一度歩き出す。
    目的の場所へ向かうために。

    目的地の数歩手前。わかめだはカラフルアミュレットを胸にかざしプリキュアへ変身する。
    たどり着いたのは昼間魔王とその手下達と戦った海岸。
    「いるんでしょ。さっさと出てきて。」
    声を低くクレソンが呼びかける。
    その声に応えるように岩陰から歩き出てきたのは短い金色の髪の青年と少年の間のような年齢の容姿をした男の子。
    「あは!きっと来てくれるって信じてたよ。だって僕はキミのお願いを叶えられる唯一だからね。」
    昼間とは違う幼いその姿にクレソンが驚きの表情を浮かべる。
    「あーこれ?こっちの方が話しやすいかと思って。私はどれでも構わないんですが。どうせ仮の器だしね。」
    その言葉にクレソンが瞳をより強く鋭く向ける。

    その視線に興味はないと言った様子で気にする事はなく子供は言葉を続ける。
    「じゃあ早速だが約束をしよう。きみの弟の……夕だっけ?夕を生き返らせてあげる。だから僕に協力してあいつらを裏切ってくれるよね?」

    昼間の耳打ち、そこで今と姿の違うこの王様は提案をした。
    「君が大好きで大切で殺した弟にまた会わせてあげる。」
    その意思があるならまた夜にこの場所へ、と。

    「……裏切るって私は何をすればいいの。」
    クレソンの言葉に嬉しそうに歪な笑みを浮かべる。
    「私はね、この星のどこかにあるはずのレインボーストーンが欲しいんだ。その石さえあれば僕の願いもきみの願いも全部全部叶うから!直接奪ってくれれば100点。まあ最悪は……」
    興奮気味に話す魔王が言葉を続けようと少し見上げなければ目線の合わないクレソンへ顔を向けようとした時。
    クレソンが細い剣をその薄い身体に突き刺した。
    夜の暗さによるものでは無い色の変化。鮮やかで華やかな緑から濃く暗い緑へ衣装を替える。

    「ベラベラ話してくれてありがとう。もういいよ。」
    「もういいからさ、消えてよ。」

    抜いた剣につくのは赤ではなく黒いヘドロのような液体。
    抜かれた衝撃でくらりと数歩後ろに下がり揺れる身体。
    「えぇんいたいよぉ。……はは!人間ってほんとに馬鹿だ。」
    泣くようなフリを1度見せたその姿が一転して笑う。後ろに下がり離れたはずの距離が一瞬のうちに詰められ、小さな手のひらがクレソンの首を掴む。衝撃により離された剣は大きな音を立てることもなく砂の広がる地面に沈む。

    「弟に会いたくなかったの?」
    「っぁ…!」
    答えようにも強く首を掴まれ息もできないような状況で声は音にならない。
    「ごめんごめん。人間はほんとに脆くて困るね体も心もさ。」
    乱雑に手を離され、クレソンが地面に膝を着く。
    「…っが!はっぁ……け゛ほっけほ。」
    せき止められていた息を正常に戻すように空気を吸い込み、その勢いに咳が溢れ出る。
    「大丈夫かい?」
    その前にしゃがみこみ心の底から心配だといった声色で言葉をかける姿に悪寒がする。

    「……っ!」
    離してしまい地面に落ちてしまっていた剣を拾い再度立ち上がり魔王に対してその切先を向ける。
    「夕は…夕は死んだの!死んだ人間が戻ってこないことなんて私が1番わかってる……私はもう間違えないって決めたの前を向くって!」

    「……へぇ。」
    笑顔のまま魔王がその両手を抱きしめる前の形のようにクレソンに向けて広げる。
    何を意図しているのかクレソンは考える前に剣を振る。傷口から漏れるのは先程と同じ黒い色。
    「大正解。死んだ生き物は生き返らない。」
    そもそもの契約の破綻を笑顔で語る。
    「私は今とても機嫌が良い。だからご褒美に1ついい事を教えよう。」

    「間違えない、前を向くと言ったね。それで君はこれまで何をした?仲間を傷つけ、振り返り、また傷つけた。」
    「人は死ななきゃ生まれ変われないんだよ。」

    黒い液体に濡れた剣を拭いその手をクレソンの頬に添える。
    「残念時間切れのようだ。」
    仮初の体でできた魔王の器が溶けていく。

    「約束が交わせなかったのは悲しいことだがきみのその色はとても綺麗だと思うよ。私にその色を見させてくれてありがとう。」
    そう最後に言葉を残して魔王はクレソンの前から完全に消え去った。

    気持ちを振り絞り立ち続けていた足から力が抜けその場に座り込む。
    「っ…うっぅ……はぁっ……もぅやだぁ。」
    夏の生暖かい空気が頬を撫で、食いしばるように耐えていた口から漏れ出たその声は海辺を波打つ音に混ざっていった。



    どれくらい時間が経ったのだろう。暗い海をただ見つめていたわかめだに慣れ親しんだ声が話しかける。
    「わかめちゃんなんで変身してるの?」
    「…セレナーデには関係ないでしょ」

    昼間の晴天が嘘のように分厚い雲に覆われた夜空。月明かりも届かない砂浜にわかめちゃんはいた。私が声を掛けるとわかめちゃんは一瞬びっくりした顔をした後、顔を背けてそう冷たく言い放つ。
    「関係なくないよ」
    「これは私の問題だから放っておいて」
    「ん〜、もうっ!特別サービス!今ならポコリーヌ星第3王女セレナーデ様がわかめちゃんのお悩み聞いちゃいま〜す!」
    「え?」
    「わかめちゃん悩み事がある時いつも髪の毛触ってる。気づいてた?」
    ほら、私が指摘するとわかめちゃんはバツの悪そうな顔で落ち着きなく弄んでいた髪から指を離す。
    「私達友達でしょ?わかめちゃんがど〜しても話したくないって言うなら無理には聞かないけど辛いなら頼ってほしいな」
    「………魔王に、会ったの。夕に、死んだ弟に会わせてやるって。でも嘘だった。そんなの有り得ないって分かってたよ。…分かってた。でも大切な弟があんな奴に利用されるのが許せなかった。」
    わかめちゃんが震える自分の手を見ながら言葉を続ける。
    「死んだ人間は生き返らない。そんなことあいつに言われなくても痛いほど分かってる!だから私はプリキュアになったの。誰かを傷つけるためになったわけじゃない…なのに…私は大切な友達に手を上げた、ゆーちゃんが差し伸べてくれた手を振り払った、私は、私は「わかめちゃんありがとう」」
    私よりもずっと大きいわかめちゃんの体をぎゅっと抱きしめる。
    「話してくれてありがとう」
    「っ…!」
    「みんなの所に戻ろう?」
    「戻る資格なんて、ない、よ…」
    「でもまだみんなと一緒に居たいんでしょ?」
    「それは…そう、だけど、」
    「謝ろう?なぎさちゃんにも、ユーロちゃんにも」
    「許してもらえないかも」
    「辛いことも悲しいことも話してみなきゃ分からないでしょ?」
    「…それでいいの?」
    「いいのいいの〜!」
    「私居ていいの?」
    「当たり前だよお〜!わかめちゃんが居なくなったら私毎日泣いちゃう」
    わかめちゃんがちっちゃい子みたいにわんわん泣いて、私はそれが可笑しくて笑いながらわかめちゃんの背中をさする。

    「わかめちゃん見て!流れ星!」

    いつの間にか雲は消えて、月が綺麗に輝く夜空に一筋の流れ星が流れた。


    ーーーーーーーーーーーー

    壁一面に取り付けられた棚に小瓶に入れられた宝石達がずらりと並び、その前をポコとフガが忙しなく飛び回る。部屋の中央に置かれた木製の作業台に座るユーロとウヅゥは妖精達に手渡された小瓶から宝石を取り出し黙々と作業を続ける。
    「あら?ユーロさんこの2つ色が違いますけどこれでいいんですか?」
    「はい、いいんです」
    ウヅゥの言葉にユーロは優しい声音で返答すると、愛おしそうな瞳で銀色のリングに付けられた二つの宝石を撫でる。
    「ユーロ!ウヅゥ!atm!さんにんにすごいもの見せてあげるポコ!特別ポコよ!」
    少し黒く汚れたポコが自慢げに後ろ手に隠していたものをユーロ達の目の前に置く。こぶし大ほどの大きさのそれは見る角度によって色を変え、蝋燭の灯りを反射してキラキラと虹色に輝く。
    「綺麗」
    「ポコポコ!キレイポコ!これがレインボーストーンポコよ!」
    「これがレインボーストーン…」
    「ポコーーーーー!!!何してるフガーーーー!!!!」
    フガが叫びながらポコの元まで飛び、埃がふわりと宙を舞う。
    「これは!触っちゃダメって!カルマート様から何回も言われてるフガよ!?」
    没収フガ!フガはレインボーストーンを回収するとぶつくさとポコに文句を言い、涙目のポコがフガに何度も謝罪の言葉を口にしながら2人は部屋の奥へと消えてく。その背中を見ながらウヅゥは微笑ましそうに目を細め、紫色の宝石が入った小瓶を手に取ると小さく言葉を落とす。

    「喜んでくれるといいな」

    ーーーーーーーーーーーー
    「わかめちゃん。帰ろっか。」
    「……うん。」
    迷子になってしまった小さな子供のように長く泣き続けていたわかめだの手をセレナーデが優しく引いて歩く。
    城の応接間を抜けようとした時、壁によりかかるように立ち、2人の帰りを待っていた共ポジが近寄ってくる。
    共ポジはわかめだの赤くなった目や砂に汚れた服に気づくがあえて何も言葉にしない。ただ小さく背伸びをし、潮風に吹かればさばさになってしまった黒髪をがしがしと力強く撫でる。
    「おかえり。」
    「…っ!ただいま。」
    止めてきたはずの涙がまた溢れそうになる。
    「錠前は今、部屋にいるネ。これでも持ってさっさと行ってこいアル。」
    そうわかめだの背中を叩き1つの編みかごのバスケットを押し付ける。

    部屋番号の代わりのように1つのトパーズで飾られた扉の前に立つ。
    息を整え大きく深呼吸をしてコンコンっと2回扉をノックをする。

    「えっ?…は、はい。」
    いつもの元気な明るい声とはまだ違う鼻声のようなか細い声が返事をする。
    扉の先に誰がいるか確認することさえしないなしなが扉を開く。

    「ご飯持ってきたから……一緒に食べよ。」

    急遽用意された部屋だからなのか、そもそも王室では個室で食事をする習慣がないのか部屋にはベッドや鏡といった日用家具はあれど、食事をするためのテーブルが無かった。行儀としては良くないと分かっていても床で食べるわけにもいかずなしなとわかめだはベッドに腰掛け横に並ぶ。
    気まずい沈黙が続く。
    「な「わか」」
    2人の言葉が重なる。
    「なしな先でいいよ。」
    「わかめだから言ってよ。」
    「……。」
    別に喧嘩をしたことが初めてではないのに、互いに行ってしまった行動の大きさに口を閉ざしてしまう。
    ぐぅ〜〜〜。
    暗い沈黙を破るようにどちらのものかもわからない音が鳴る。その緊張感の欠片もない音にわかめだの口からつい笑みが零れる。
    「お腹空いちゃったね。これ、開けよ。」
    共ポジから受け取ったバスケットの蓋を開く。
    中から出てきたのはレタスやトマト、お肉らしきもの、例の緑の卵焼きなどたくさんの具材が挟まれ食欲を誘うサンドイッチ。
    「美味しそう……。なしなも、はい。」
    その中の1つをなしなに差し出す。
    なしなはサンドイッチを受け取るがその瞳が微かに不安げに揺れる。
    「なしな?」
    「……ワタシ色が見えないの、わかんないの。ねえどうしよう、もしもご飯の味もわかんなかったら。わかめだぁ、ワタシ、怖い。」
    今にも涙が溢れそうなその瞳をわかめだに向ける。
    わかめだに映るなしなの瞳は扉にあったようなトパーズの輝きを持つ綺麗な黄色、でもそれを見ることの出来ないなしなはきっと私にはわからないくらい暗い不安の中にいる。

    「もごっ!」
    なしなの口にレタスを突っ込む。
    次はトマト。
    その次はタマネギ。
    「なしな最初のは緑、次は赤、その次は…肌色?全部全部教えるからなしなが全部取り戻すまでずっと!食レポはあんまり得意じゃないけど……。」

    もぐもぐ…ごくん。わかめだに無造作に放り込まれた食材を噛んで噛んで飲み込む。
    「……おいしい。」
    「ばかめだ。あんた苦手な野菜ばっかよこすんじゃないわよ!」
    そう言ってなしなが横に並ぶわかめだの背中を叩こうとするが首に残る跡を見つめその手を下ろす。
    止まるなしなをわかめだが見る。
    「ごめんね。なしな。」
    なしなの赤くなった頬に手を添わせわかめだが謝罪を口にする。
    「ううん。ワタシもごめんなさい。」
    2人、横に並び眉を下げ謝るその光景に互いになぜか吹き出してしまう。
    そうして2つの笑顔がやっと重なった。
    ーーーーーーーーー

    「くるっぽーちゃんほんとに2人だけで大丈夫かな?」
    「大丈夫ネ。岩波、ニホンでアイツらみたいなやつをなんて言うか教えてやるネ。︎︎
    ︎︎ ︎︎"︎︎悪友 ︎︎"︎︎アル。」

    部屋の前をそわそわと歩くセレナーデの横でにやりと口角を上げ共ポジが笑う。

    「やだ!!!わかめだ乙女の顔をキズモノにしといて焼肉もナシバも奢る気ないとか冗談でしょ??!」
    「うるさい。寝れば治るでしょ!はい、おやすみ!」
    「サイテーすぎるわ!野菜全部押し付けてきたこと…ユーロさんに言いつけてやるんだから!」
    「チークなら反対も必要だよね?」
    「ばか!あほ!!」

    「オマエらうっさいネ!!!!夜アルよ?!!」

    「くるっぽーちゃんの声が1番大きいよぉ〜〜!」

    賑やかで晴れやかな大好きないつものみんなの色が暗い夜にも一等星のように輝いていた。

    ーーーーーーーーーーーー


    「ポコ!みんないたポコ〜!」

    突然部屋に可愛らしい声が響き、ポコがぴょこっと顔を覗かせる。
    「こっちポコ!こっちこっち〜!」
    「ポコ、もう夜フガよ。そんなに大きい声出したら怒られちゃうフガ」
    「ポコ、案内してくれてありがとう」
    廊下に向かって小さな手を一生懸命振るポコに続いてフガ、そしてユーロが部屋に入ってくる。

    「ゆーちゃん!」「ユーロさん!」
    「「ごめんなさい!」」

    部屋に入るや否や自分に向かって勢いよく下げられた二つの頭を見てユーロは目を丸くする。
    「ワタシユーロさんに最低な事言った、許されるなんて思ってない…けど、本当にごめんなさい」
    「自分がイライラしてたからってゆーちゃんに冷たく当たってごめん」
    「…2人とも取り敢えず頭あげて?」
    その言葉に2人が頭を上げる。いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべるユーロと目が合い、ユーロは続ける。
    「2人とも目を瞑って両手を出してください!」
    「え?」
    「いいから早く早く!」
    「フガ達が手伝ってあげるフガ!」
    「手伝うポコ!」
    「ええ…!?ちょ、ちょっとな、何…?」
    戸惑うなしなとわかめだの元に2人の妖精は行くと、ポコのぷにぷにした手がなしなの目を覆い、フガのふわふわな手がわかめだの目を覆った。
    「はい!じゃあ手を出して下さい!」
    楽しげに声を弾ませるユーロを不思議に思いながら2人はそろそろと手を差し出す。少しの間を置いて差し出した掌にひんやりと冷たい何かを置かれ「もういいですよ!」と声が掛かる。

    「「せーの!ジャーン!!」」

    ユーロの掛け声と共にポコとフガが手を離す。なしなには明るい太陽の光をたっぷり吸い込んだような橙色の宝石、わかめだには微風に吹かれる穏やかな草原を連想させる緑色の宝石。2人のプリキュアの衣装によく似た色の宝石が飾られた小さな指輪が掌にちょこんと乗せられていた。
    「か、可愛いっ!!」
    「すごいっ!これユーロさんが作ったの!?」
    なしなとわかめだが感想を口々にし、パッと顔を輝かせる。
    「ウヅゥさんと一緒に作ったんです。共ポさんとセレナーデさんの分も」
    「私たちの分もあるの!!!」
    「もちろん!セレナーデさんはアクアマリン、共ポさんのはルビーです!」

    「綺麗な赤アル」
    炎のように情熱的で、それでいて優しさを感じる赤色。共ポジは指輪を灯りに翳すと透けるそれを大事そうに指にはめる。

    「見てみて〜!すっごく可愛いのもらっちゃった〜!」
    「ポコも作ってもらったポコよ!ポコと同じピンクポコ!」
    「フガとセレナーデの宝石まるでポコリーヌ星の海みたいフガね!」
    「ほんとだ〜!じゃあこうしたら海で泳ぐポコの完成だね!」
    深海の青を映した宝石と波飛沫のような薄い青の宝石を横並びにし、その上に愛らしい桃色の宝石を重ねる。
    「じゃぶじゃぶポコ!」

    「ゆーちゃんのはどんな宝石なの?」
    「私はタンザナイト、綺麗な色でしょ?」
    星が煌めく穏やかな夜空を思わせる青紫色の宝石がユーロの手元を彩る。
    「あれ?ゆーちゃんこれって…」
    「ユーロさんありがとう!一生大事にする!」
    指にはめた指輪を見せながらなしなが周りを明るく元気付けるいつもの笑顔をユーロに向ける。
    「うん、やっぱりよく似合ってます」
    「ユーロさんのセンスが良いからだよ〜!」
    「そうじゃなくて」
    「ん?」
    「やっぱり笑顔の方が似合ってます」
    「みなさんが笑ってくれてよかった」
    「ユーロさん…」
    「私はなしなさんの言う通り弱いです。でもだからと言って諦める気はありません」
    ユーロがいつもの笑顔とは違う、挑戦的な笑みを浮かべなしなをじっと見る。
    「私心の強さだけは誰にも負けませんから」
    「!!!!」
    「我だっていつまでもこんなところでのんびりしてるつもりは無いネ」
    「よお〜し!いっちょ魔王退治と行きますか〜!」
    「うん、私あのクソヤローのこと一発殴んないと気が済まないわ」
    「そうと決まれば出発の準備をしなくちゃ!私お城のみんなにお願いしてくるね!」
    「みんな!」

    なしなの声に部屋を出て行こうとしていた一行が振り返る。

    「みんな!ありがとう!」
    「なしなちゃんギュー!!」

    セレナーデがなしなに飛びつきわかめだ達に手招きする。

    「ほらみんなもギューー!!!」

    ポコとフガが飛び込みユーロがわかめだの手を引き、わかめだが共ポの腕を掴む。ぎゅうぎゅうと大きな団子のようになったなしな達の笑い声が部屋にこだました。

    〜〜〜

    1人空を見上げるウヅゥ。手に握った二つの指輪をそっと胸元に寄せ、美しく無責任で神様など存在しない残酷で広大な宇宙に祈りを捧げる。

    (どうかパリンが無事でありますように)

    僅かな希望の光から手を離さないように思考を巡らせ、幾通りもの物語を組み立てた。どんな結末を迎えようとも受け入れる覚悟はできている。ゆっくりと目を開けatmの手を取り歩き出す。これがきっと最後の戦い。

    〜〜〜

    大きなお城が、賑やかに彩られた街が、美しい海がどんどんと遠ざかっていく。
    こわい?と誰かが聞いてこわくないよと誰かが返す。大丈夫。だってほら。七色の虹があんなにも綺麗だから。

    ーーーーーーーーーーーー

    太陽も月も星も宇宙からの光源の全てを遮断する黒い雲が不気味な造形をした城を潰さんとばかりにどんよりとのしかかる。時々轟く雷鳴に奇妙な生き物達が不快な鳴き声を発しながら空を飛び回り、目を奪われるほど美しいポコリーヌ星とは真逆の様相になしな達は顔を歪める。
    「The 悪者の棲家って感じ〜」
    「あいつほんっとに趣味悪い、一生分かり合える気しないわ」
    わかめだが嫌悪感を隠すこともなく吐き捨てる。
    「皆さん、城の中でいつ敵に襲われるか分かりませんし先に変身しておいた方がいいかと」
    「確かに!」
    ウヅゥの助言にセレナーデがカラフルアミュレットを手に取り、わかめだ、共ポ、ユーロもそれに続く。

    【あなたの心もセレナーデ!】
    【鮮やか緑を届けちゃう!】
    【Let‘s 共産主義ネ】
    【あなたに愛のメグミルク】

    それぞれが変身の合言葉を唱えプリキュアに変身する中、なしなは未だ輝きを取り戻さない自身のカラフルアミュレットを握り不安げに影を落とす。
    「なしなっ!なしなっ!」
    「?どうしたのポ、ひょ」
    「笑顔!ポコ!」
    ポコがなしなの口元に手を当て無理やり口角を上げさせる。目はいたって真剣、だがポコの動きに合わせて不自然な程ににっこりと歪められた口元。そのなしなの表情に誰からともなくプッと吹き出す。
    「なしなその顔やばいって!」
    「あははは〜!ポコやめてよお〜私笑い死んじゃう!」
    「かっ可愛い、可愛い笑顔ネ」
    「写真!写真撮りたいフガ!」
    「ふふ、そいえば前もこんな事ありましたよね」
    ウヅゥも声には出さないものの肩を震わせ笑いを堪え、耐えきれず時々フッと息を漏らす。そんな主人の様子をatmに不思議そうな表情を浮かべる。
    「あ〜〜!!!もうっ!!変身すればいいんでしょ!!変身すれば!!!分かったわよ!」
    怒りからか恥ずかしさからか顔を真っ赤にさせたなしながポコを顔からペイっと剥がしカラフルアミュレットを空に向かって高く掲げる。

    【あなたの心アンロック!】

    いつもより大きく叫んだその声が空高く響き、カラフルアミュレットから弾けた眩い光がなしなの体を包み込む。錠前の髪飾り、ふんわりと広がる黄色のスカートを空色の大きなリボンが華やかに飾る。にっこりと愛らしい笑顔が描かれた顔隠しがひらりと風に揺れ、プリキュアに変身したなしなが現れた。

    「へ!変身できた〜〜〜〜!!!!!」
    「ポコ゛〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
    ポコがダバダバと大粒の涙を振り撒きながら錠前の胸元に飛び込み、錠前はポコをキャッチするとくるくるとその場で踊り出す。
    「やった!!やったあ〜〜〜!変身できたよ〜〜〜!!」
    「さあ!錠前さんも変身できたことですし、そろそろ行きましょ…パリン?」

    にこやかに見守っていたウヅゥが言葉を止める。その視線の先には黒いガウンを羽織った人物が立っていた。フードを深く被っているせいでその顔を窺い知ることはできないが、艶やかに流れる黒髪が、熟れたリンゴのような甘ったるい香りが妹のものであるとウヅゥはすぐに気づいた。
    「パリン!!」
    「カキンカキン〜〜!」
    駆け寄ろうと足を踏み出したウヅゥの数歩前。もう1人の大切な主人の元へ行こうと先を行くatmに真っ赤なリンゴが命中し、爆ぜる。

    「カキン〜〜」
    ポコやフガと変わらない大きさだったatmの体が大きな風船のように膨らみ、背後に立つウヅゥを守る盾へと変化する。爆風が止むとその体は空気が抜かれたようにみるみるうちに小さくなり、フルフルと体を震わせ体についた土埃を落とす。土煙の向こう側に立つパリンは鋭い眼光をウヅゥに向けると口を開く。
    「ここから先には行かせない」
    「パリンちゃん!ワタシ達はあなたの事を助けにきたの!だから一緒に、わっ!」
    ウヅゥの横に躍り出た錠前の真隣にリンゴを模した爆弾が落下する。地面に触れると同時にウヅゥが錠前の腕を引っ張りパチンと一度指を鳴らす。瞬きの合間にウヅゥと錠前が数メートル後方に移動し、その瞬間先程錠前が立っていた付近の地面にクレーターが出来上がる。
    「あ、ありがとう…」
    「皆さんは先に行ってください」
    「えっ?でも…」
    「あの子の相手は私がします。だから皆さんは早く魔王のところへ」
    ウヅゥは赤いリンゴを片手に立つウヅゥから目を離さず錠前達に声をかける。
    「我は姉妹喧嘩に付き合う気はないネ。ささっと仲直りしてこいアル」
    「姉妹喧嘩…ふふ、そうですね。私あの子に沢山ひどい事したから謝らせてもらわないと」
    「みんな避けて!」
    再び赤い果実が爆ぜ、甘い香りが辺りに広がる。その爆発を合図にパリンがウヅゥの元へと走り出し、共ポ達が城の入り口へと走る。

    「なしなさん!行きますよ!」
    「〜〜〜〜〜〜!!ウヅゥまた後でね!絶対よ!!」
    錠前はそう言い残し仲間の跡を追う。

    「はい!後から絶対に追いつきます!」

    返したウヅゥの声を大きな爆発音が飲み込む。その場を立ち去る錠前達には目もくれずパリンはウヅゥに向けて攻撃を仕掛け続け、ウヅゥは蝶が花々の間を舞うようにそれらの攻撃をヒラヒラと躱す。
    「パリン!お願い!私の話を聞いて!」
    妹を目の前にして数百年ぶりに思い出した何よりも大切な存在に記憶が脳内に溢れかえる。大好きなリンゴを食べた時の幸せそうな笑顔、遊び疲れておんぶをせがむ眠たげな瞳、小さな手の温もりと、それを手放した時の大きな泣き声。ウヅゥの言葉にも攻撃の手を緩めないパリンの顔が風に靡く黒髪の間から覗く。眉を寄せ、こちらを睨み付けるように口を横にキュッと結ぶその表情。叱られて意固地になった時パリンはよくそんな顔をしていた。

    『姉妹喧嘩』

    共ポに言われた言葉を思い出し、戦闘中だというのに思わず笑みがこぼれる。

    (そういえばパリンと喧嘩なんてしたことなかったかも)

    「atm力を貸して!」
    「カキン〜〜〜!」

    【闇夜に咲く一輪の花。あなたの絶望も希望も私が全て抱きしめて差し上げましょう】

    歌うように言葉を紡ぐ。ウヅゥに飛び込んだatmがドロリと液体状になってウヅゥの体に溶け、暗闇に飲み込まれたその体は、刹那、目が眩むような強い光に包まれ、弾ける。闇を溶かした真っ黒なワンピースに純白の雪が降り積もり、髪を飾るリボンには天使を連想させる真っ白な羽。紫色のリボンが蔦のようにウヅゥの陶器のような肌に細く巻きつく。
    「あなたに曲げられないものがあるように私にも曲げられないものがあるの。これ以上大切な妹に罪は重ねさせない!」
    ウヅゥが手を振りかざすと凍てつく風と共に大量の氷の粒が凄まじい速さで宙を飛び、パリンの足を凍り付かせる。

    『悪はね悪にしかなり得ないんだよ』

    パリンが獣にも似た咆哮を上げた。

    〜〜〜

    「悲しい。僕は今すごく悲しいよ」
    瓦礫の山の上で魔王がまるでボール遊びをするかのようにパリンの頭を軽々と蹴り上げる。
    「キミの目的は私を殺すこと、かな?」
    パリンの返答を聞く事もなく再度頭を蹴り上げると、魔王は焼け爛れた自身の顔をゆっくりと撫でる。
    「悲しい。嗚呼、悲しい。痛くて悲しい。信じていたものに裏切られて悲しい。」
    はあ、とため息をつくその顔は傷跡ひとつない美しい青年へと変化していた。
    「なんだ、正義の味方ごっこでもしようというのか?はははは!!人間は本当に醜くて愛おしい。お前に教えてあげましょう。悪はね悪にしかなり得ないんだよ。どんなに取り繕うと黒が白に変わることは無い」
    楽しげな魔王が早口で捲し立てる。
    「君は今までどれだけのものを奪ってきた?お前達が逃げようとも世界は誰も貴方達を許しはしない。この宇宙に!キミたちの居場所はない。死ぬまでずっと、ずっとだ」

    「契約をしよう」

    「ぱりん、私はね君の愚かで美しいその色が堪らなく大好きなんだよ。私が君達に“シアワセ“を与えてあげるよ」

    〜〜〜

    「お姉ちゃんを“シアワセ“に出来るのはアタシしかいないの!!!!アタシがお姉ちゃんを助ける!お姉ちゃんを1人にしない!アタシの生きる意味は誰にも奪わせない!!」
    大きく息を吸い込んだパリンが凍りついた自らの足元に真っ赤なリンゴを落とす。
    「違う!!!!」
    「私の“幸せ“は私が決める!パリンにも魔王にも誰にも私の“幸せ“は決めさせない!」

    『コンジェラツィオーネ!!!!』

    ウヅゥが叫ぶと破裂したリンゴは爆発を生むことなく透明な氷となり地面におち粉々に砕ける。
    「パリンもあなたの“幸せ“のために生きていいの。誰の為でもない自分自身のために」
    「アタシの、ため…?」
    ウヅゥがパリンの右手を取り薬指にそっと指輪を通す。
    「そう!それが私の1番の幸せ!」
    パリンと同じ場所に付けられた指輪がきらりと光る。

    【アメジスト:愛の守護石】
    【ダイヤモンド:永遠の絆】

    ーーーーーーーーーーーー


    「後から絶対に追いつきます!」
    ウヅゥの言葉を信じウヅゥとパリンちゃんとAtmの3人を残し錠前達が前へ進む。
    暗く重苦しい空気が漂うこの城は変身をしていもいつも以上に体力を奪われる気がする。

    「ポコ!次はどっちに行けばいい?!」
    ポコーン!ポコの触覚が震え長く続く階段の上、真ん中の道を示す。
    「こっちだポコ!嫌な気配がするんだポコ!」
    「行くネ!」
    共ポジ達に続きしっかり足で踏みしめたはずの階段が歪む。

    「あっ。」
    足場を無くした地面に重心がブレ、後ろに倒れるユーロの体が突如として穴の空いた地へと落ちる。
    「ゆーちゃん!」
    クレソンがユーロの名前を呼び手を伸ばす。間に合え、間に合え!2度と離さないと決めたユーロの手を掴み共に落ちる。

    「ユーロちゃん!わかめちゃん!」
    セレナーデが落ちる2人へ手を伸ばすがその手が届くよりも先に空いたはずの穴が閉じてしう。


    ーーーーーーーーーーーー
    落ちる。想定以上の長い距離、下へ向かえば向かうほど増す加速度にこのまま地面に衝突すれば2人共ただでは済まないことは簡単に理解できた。
    ユーロを自身の体で包み込むように抱きしめればきっとユーロだけは守れる。
    ユーロがクレソンを見る。
    「わかちゃん違うよ、ちゃんと私の大切な人も守って。」
    ユーロの言葉にクレソンが目を丸くする。
    「私のお姫様はわがままだなあ。」
    今まさに落ちている最中だなんて思えないくらいにクレソンが笑う。
    「失敗しても怒らないでね。」
    落ちていく地に向けてユーロと握りあっていない片方の手に魔法を込める。

    『グラース・クレシルト!!』

    地面からいくつもの小さな、大きな草が植物が成長を続け重なり合い、2人の体が緑の地面へ向かう。

    「はっ、はぁっ、良かった……。」
    敷かれた草達をクッションにして衝撃を受け止めたクレソンとユーロがそれまで落ち続けていた空高い天井を見上げる。
    「さすがわかちゃん。」
    信じてたとユーロがクレソンに笑顔を向ける。
    「もう2度したくないアトラクションなんばーわんだよ。」

    「なしなさん達もきっと心配してる。行こ、わかちゃん!」
    ユーロがクレソンの手を引く、けれどクレソンが驚きの表情を浮かべその場から立ち上がらない。
    「……安心したら腰抜けちゃったみたい。」
    恥ずかしそうに耳を赤くしユーロから顔を背ける。

    「ふふ!じゃあ次はわかちゃんがお姫様!」
    立ち上がることの出来ないクレソンの背中と膝裏に腕を回しひょいと軽々しくユーロがクレソンを抱き立ち上がる。
    「えっ、ちょ、え??」
    「お野菜も食べない不健康児なのにどうしてこんな軽いのかなあ。もっとちゃんと食べさせないとだめだね!」
    「待って待ってまってゆーちゃん。」
    所謂お姫様抱っこと言われる状態でユーロがぼやき、クレソンが焦りと驚きにあたふたと声を上げる。
    「料理人ってわかちゃんが思ってるより力仕事いっぱいあるんだから!さぁ行くよー!」
    抗議の声は聞こえないとユーロがクレソンを抱えたまま歩き出す。

    「ユーロさん?あの、そろそろ下ろしてもらっても……。」
    「わかちゃんもう大丈夫なの?」
    「た、たぶん。」
    「じゃあまだもうちょっとね。」
    抱かれる人は肩に手を回して!そう最初に言われた通りにクレソンがユーロの肩に手を置き今も手持ち無沙汰な様子でユーロと地面に交互に視線を送る。

    「わかちゃんもし暇なら私のお話ちょっと聞いてくれる?」
    そのクレソンの様子を見たユーロが話しかける。

    ーーーーーーーーーーーー
    ユーロは昔からたくさんの愛と料理に囲まれて生きてきた。
    大好きなお父さんとお母さんが2人で切り盛りする大好きな食堂、2人の作るご飯はユーロにとっていつだって世界一。
    両親を真似てエプロンと三角巾をつけてお店を手伝う時間はユーロにとってとても幸せなものだった。
    ユーロが中学生に上がろうという時期、お母さんに病気が見つかった。
    入退院を繰り返し、中学も3年目になろうかと言う時には家も食堂にも母の姿は見ることができなくなっていった。
    「お母さん!今日の調理実習で作ったんだ。」
    そう言って母に小さくラッピングされたクッキーを差し出す。
    「あらとっても美味しそう。さすが私のかわいい娘だわ。……ごめんね、もう少し調子が良ければ見るだけじゃなくてちゃんと食べられたんだけれど。」
    「そんなの気にしなくていいんだから!」
    そう言ってユーロがクッキーを机の上に置き、母に背を向け花瓶の花を違うものに入れ替える。

    「夕露。」
    名前を呼ばれる。
    「どんな時も大切な人を笑顔にする事を考えなさい。人にかけたその優しさはね、必ず自分に返ってくる。いつかその全てが夕露を救ってくれるから。」
    「っうん…!」
    「お母さん夕露の優しい笑顔、大好きなんだ。」

    その言葉を残してお母さんはこの世を去った。
    ーーーーーーーーーーーー

    「わかちゃん私ね本当はパティシエになりたかった。」
    「中学生の時にお母さんが死んじゃって、それでもお父さん私の前では笑顔でいてくれて、お店のことだって大変なのにお金のことなんか心配するな好きな学校へ行きなさいって。」
    けれど学校のパンフレットを見てユーロはその道を選ばなかった。

    「今のお仕事も好きだよ。ご飯を作るのは楽しいし!わかちゃんにもそのおかげで会えたしね!……でもみんなが夢を追いかける姿を見てたらなんだか少し羨ましくなっちゃった。」
    ユーロが普段見せることない少しだけ寂しそうな笑顔をわかめだに向ける。


    密着した体からユーロの心音が響く。
    きっとこれはゆーちゃんの本当の気持ち。
    後悔はない。きっとただ本当に羨ましいと思っただけ。なら私は。

    「ゆーちゃん。」
    「私クッキーが食べたいゆーちゃんが初めて作ったやつ。」
    「次はアップルパイ、その次はプリン、次はチョコレートケーキ。」
    わかめだが次々とお菓子の名称を口にする。

    「わかちゃん?」

    「私ゆーちゃんの作る料理の全部、笑顔、大好きなんだ。」

    だからお願い。

    「私のためのパティシエになってください。」
    そう腕を回したまま普段見上げることの無いユーロの赤くさくらんぼのように可愛らしい瞳を見つめ笑顔を返す。

    「もう、私のお姫様はわがままなんだから!うん、いいよ、私がなんでも作ってあげる。
    でもお野菜もちゃんと食べないと駄目なんだからね!」


    「パティシエなのに?」
    「にんじんケーキを作ります!」
    「えぇ〜。」
    「わかちゃんは私の作るものなんでも好きなんでしょ?」

    それはそうだけど~。わかめだが少し不満げに口を結ぶ。
    普段は大人っぽく高いヒールを身につけ背筋を伸ばすこの人の存外に弱虫で泣き虫で子供のようなその表情があまりに愛おしく大切で離したくなくて…ユーロの抱えた腕に力がこもった。

    2人の左手には彩る緑のペリドット、薄紫のタンザナイトが飾られたシルバーの指輪がきらりと輝きを放つ。

    ーーーーーーーーーーーー
    「ほんとにもう大丈夫?」
    ユーロがどこか名残り惜しそうにクレソンの体を地面に下ろす。
    「うん。もう大丈夫!それになしなに見られたりなんかしたら絶対一生からかってくるわアイツ……。」
    後半に行くに連れて小さくなっていくその言葉にユーロがふふっと笑みをこぼす。
    「私は気にしないのに〜。」
    「私は気にするのー!」


    「じゃあ行こうか。」
    雑談を終えたクレソンが言葉と共にまだ長く続く通路を2人走り出そうと自身の後ろに立つユーロへ手を伸ばす。

    「姉ちゃん。」
    ユーロやクレソンのようにヒールの響く足音は鳴らないもう1つの歩く音。
    伸ばした手が届き切る前、今この場に絶対に存在するはずのない‪声‪が聞こえた。

    「姉ちゃん、久しぶり。」
    進むべき道から響く声へ顔を向ける、そこに立ちクレソンの瞳に映るのは大切で大事な失ったはずの家族の、‪”‬夕‪”‬の姿だった。

    ーーーーーーーーーーーー

    「ユーロー〜!クレソン〜〜〜!!どこ行ったフガか〜〜!!!」 

    迷路のように入り組んだ城の中を錠前達がセレナーデを先頭に駆け回る。
    「なんかさっきからずっとおんなじとこぐるぐるしてない!?」
    「そんなことないよお〜、大丈夫大丈夫〜!」
    「岩波変われ!!オマエに任せてたら一生辿り着かないアル」
    「えーしょうがないなあ」
    「ポコ〜〜!!見てみて!!おっきい鏡ポコ〜〜!」
    はしゃぐポコの先には細かい装飾が施された金色の縁にはめられた巨大な鏡。
    「ほら見て!くるっぽーちゃん!さっきこんなおっきい鏡なかった!私ちゃんと道案内できてたんだよ〜!」
    「それにしてもでかい鏡アルね」
    えっへん、とドヤ顔を披露するセレナーデを華麗に無視する共ポジ。ちょっと〜!とセレナーデが共ポジの背中をポカポカと叩く。

    「は?」

    それすらも無視して鏡を見ていた共ポジがあり得ないという表情で鏡から後ずさる。その隣で共ポジと同じように後退する錠前。

    「?どうしたのくるっぽーちゃん?なしなちゃん?」
    「はは、あの王様マジで良い趣味してるわね」
    「…こんなのが良い趣味であってたまるかアル」
    共ポジと錠前の視線の先。本来であれば自分の姿が映るはずの鏡に映る“自分ではない人間“の姿。2人が握った拳を鏡に殴りつけたと同時に人間の背丈を優に越す鏡が音を立てて割れ、崩壊する。跡形もなく割れた鏡の中からそれらが金色の額縁を乗り越え共ポジと錠前の前に立つ。

    「久しぶり共」「久しぶりなしなちゃん」

    共ポジの前に立った“師匠“が、錠前の前に立った“お母さん“が口を開く。

    ーーーーーーーーーーーー

    「うそだ。夕。」
    クレソンの緑の瞳が動揺を隠すこともできず大きく揺れる。
    1歩1歩ゆっくりとユウがクレソンに近づく。
    「姉ちゃん全然帰ってきてくれないからさ。俺が会いに来ちゃったよ。」
    黒くふわふわとした猫っ毛を揺らし、短い前髪ではっきりと見える緩やかに目尻が下がり気味なクレソンと同じ緑の瞳、印象的な泣きぼくろ。近づけば近づく程その姿はクレソンの中に鮮明に残る生きていた時の夕そのものであることがわかってしまう。魔王と1人対峙し話をした。死んだ人間は生き返らない。
    それなのに記憶に残る夕と今、目の前にいるユウの笑顔が重なる。
    「ぅぁ……ゆうっ!夕!」
    クレソンの瞳にまた暗い雲が近づく。

    「わかちゃん。だめ!」
    ユウに向けて歩き出してしまいそうになるクレソンをユーロが後ろから抱きしめる。
    「…夕くんは死んじゃったんだよ。あの子は違うの。違うんだよ。」
    「でも、でもっ!」
    手を伸ばせばきっと触れることができる。夕の手をもう一度握れるかもしれない。その思いがクレソンをぐしゃぐしゃにする。

    「来てくれないの?ひどいよ。姉ちゃん。俺こんなにイタイのに。」
    ユウの服からは赤いものが滲んでいく。
    「……っ!」
    「悪趣味にも程があります。」
    ユーロがクレソンの前に立つ。
    「これ以上私のわかちゃんをいじめないで。」
    ユーロが泡立て器に似たステッキを上に掲げ魔法を唱える。

    『マジック・ユロ・スイート!』
    ポンッという音を立てて綿あめのような生クリームのような白さが空間全体に広がりユウの目の前から2人が消える。

    ーーーーーーーーーーーー
    「なんて言ったけどどうしよっか。」
    あの子のいる道を通らないと前に進めないし……。ユーロが眉を下げて困ったように笑い、クレソンに話しかけるがクレソンはまだ下を向いてしまう。
    「わかちゃん私を見て。」

    ユーロが揃いの指輪が輝くクレソンの手を取る。
    懐かしい思い出の夕の小さな手でも、最期のあの冷たい手でもない。
    温かい。私より少しだけ大きな手。
    女性らしい優しい香り。ちょっと混ざる美味しそうな匂い。
    柔らかい猫っ毛を揺らすあの子じゃない。目の前にいるユーロが私の瞳を真っ直ぐに見つめる。
    雨上がりに雲から覗く太陽みたいなその明るさがとても眩しい。
    「……っごめん。私…また、間違えちゃった。」
    「ううん、わかちゃん何回間違えても、泣いても、逃げてもいいの。でも今は、今だけは前を向こう。私ずっと傍にいるから。」
    ユーロがクレソンの背中を撫でる。

    ーーーーーーーーーーーー

    「お待たせしました。」
    「あれ、1人ですか?姉ちゃんは逃げちゃったのかあ…。」
    ユーロ1人がステッキを構えユウの前に立つ。
    ユウのその言葉にはユーロは何も返すことはなくただ瞳を向ける。
    「あなたは、夕くんじゃない。」
    「俺は夕だよ。姉ちゃんの心を写して、息を吸って吐いて、話して、動いて、笑って、心臓だってちゃんと動いてる。だから俺は夕だ。」
    ユウが自身の胸の当たりを手で抑えユーロを見る。
    ユーロが走り出し、魔法を唱えユウに向ける。
    しかしその魔法がユウへ届くその前に同じ魔法同じ力がユーロへ返される。
    「っ?!」
    驚きを口にして、後ろに吹き飛ばされる形になったユーロにユウが近づく。
    「きっとあなたがいなければ姉ちゃんは俺と向き合ってくれる。だからさようなら。名前も知らないお姉さん。」
    ユーロと同じ形をしたステッキをユーロに振り下ろそうとユウが腕を振り上げる。


    「ごめんね。」
    ユーロの魔法によって姿を隠していた
    クレソンが背中からユウの胸を剣で貫く。
    「ねえ、ちゃん?」
    ユウが地面に仰向けになって倒れる。
    動いてると語った心臓から最初は赤を模した液体が流れていたがやがてその流れは止まり、心臓を中心に体中にヒビが広がっていく。
    核である部位を割られ指1本動かなくなり、もうなにもできないと悟ったユウがユーロを見る。
    「…ずるいです。俺だって隣にいたかった。」
    「うん……そうだね。夕くんが生きてたらきっとわかちゃんを審査員さんにお料理対決してた。」
    「そんなの野菜使わなかった方が勝ちじゃないですか。」
    ユウが笑う。
    「だめだよ!お野菜も使って美味しいもの作らないと!」
    ユーロが笑う。

    「ねえちゃん。」
    ユーロとユウが話している間クレソンは口を結び必死に涙を堪える。
    「ねえちゃん泣いてもいいよ。俺ねえちゃんの泣いた顔見てみたいなあ。」
    「ばか。姉ちゃんは泣いたりしないんだから。」
    「それはざんねん。ねえちゃん?」
    「うん…なぁにゆう?」
    「がんばってね。おれ…ずっと…ずっとおうえんして」

    言葉を言い切ることなく夕の姿が割れて砕け散った鏡に変わる。
    クレソンの心を写し取った1枚のただの鏡、わかめだの記憶に残る夕、だから今も携帯に残る留守電と同じ最期の言葉も、それまでの会話もきっとそれは本物の夕じゃない。でも。

    「ありがとう。おやすみ。夕。」
    クレソンが地面に散らばる鏡へ涙と共に言葉を落とす。

    ーーーーーーーーーーーー

    「岩波はポコとフガを守るネ」
    「コイツらはワタシたちが倒す。ううん、ワタシたちが倒さないといけないの」
    「…わかった、無理は絶対しないで!」
    何かを言いかけたセレナーデは2人の真剣な表情に言葉を飲み込むと、こくりと頷いた共ポジと錠前を見て妖精たちの元に駆けていく。

    「なしなちゃん、なあにそのおかしな格好は?なんでお母さんが用意したお洋服着てないの?」
    姿形、声、話し方までもが本人そのものであるかと錯覚してしまう程そっくりな母の姿をした何者かに錠前は彼女のトレードマークである黄色い顔隠しの下で口をニッと歪ませる。
    「ねえ!魔王聞いてる?こうすればまたワタシの弱みにつけ込めるとでも思った!?ざーんねん!ワタシそう何度も同じ手に引っ掛かるほどバカじゃないの、よっ!」
    躊躇いもなく目の前に立つ母に蹴りを叩き込むが母はその蹴りを避けることもなく、今自分が受けた攻撃と同じ攻撃を錠前に返す。しかしその攻撃は遅く弱い。傷ひとつ付いていない錠前と腕の辺りにヒビが入りポロポロとガラスの粉落とす母の姿をした鏡の魔物。正反対の様子の2人が向かい合う。
    「痛い。痛いよなしなちゃん。どうしてこんなことをするの?お母さんなしなちゃんに何かした?」
    お母さんは辛そうにガラスが剥き出しになった腕をさする。
    「お母さん、なしなちゃんのことが何よりも大切で、誰よりも幸せになって欲しくて、なしなちゃんのために言ってあげてるのに。お母さんの言う通りにしていればあなたは必ず素晴らしい人生を送れるのに」
    何もかも嫌になって勉強を辞めた時、同じことを言われたっけ。何度忘れようとしても、塗り変えようとしても、逃げてもお母さんの言葉は今も呪いのようにワタシの心にこびりつく。
    「ワタシのため、その言葉がどれだけワタシを苦しめたか分かってる?お母さんと一緒にいる限りワタシは一生幸せにはなれないよ。」
    これは魔王が見せている幻影。ワタシの言葉はワタシを苦しめたお母さんには届かない。でもずっと言えなかった心の声を、例え偽物であったとしてもお母さんの前で吐き出せた。小さなその事実が今のワタシにとっては救いで希望だった。ゆっくり変わればいい。ワタシの世界の全てはもうお母さんじゃない。

    「バイバイ、お母さん」

    攻撃を仕掛けるでもなくただ突っ立ている母の胸をドンと強く押す。抵抗することもなく後ろに倒れ込んだその体はガシャンと大きな音を立ててガラスの破片となった。

    〜〜〜

    ふう、と息を細く長く吐き出す。風を斬って振り下ろされた師匠の足を片手で受け止め、固く握った拳を師匠の腹に強く叩きつける。が、その拳は当たることなく師匠は身を翻して宙を舞う。着地と同時にふわりとボリュームのあるスカートが膨らみ、ゆるくふたつに結ばれたブロンドの髪が揺れる。長年の戦闘経験と鍛え抜かれた技と身体で常に敵を圧倒し、あまり疲労を見せることない共ポジが荒く肩で呼吸をする。
    「アイヤー!!」
    額を伝う汗を拭い、もう一度息を吸い込むと地面を蹴り走り出す。スピードを落とすことなく繰り出される強烈なパンチを師匠は難なく避け、目にも止まらぬ速さで何度も叩き込まれる拳をパシっと掴む。
    「共、何回も言ってるでしょう?戦場では常に冷静に、相手の動きをよく見ろって」
    拳を捕らえたその手を強く握られ、骨がみしりと悲鳴をあげる。
    「…ッ!」
    「ほら、もう一回」
    師匠がパッと手を離し後ろに飛び退く、その行動に強烈な違和感を感じる。どうして今師匠は骨を砕かなかった?不可解な師匠の行動に眉を寄せる共ポジを気にすることなく師匠は続ける。
    「今ので合わせて5回は死んでたよ。ほら!集中して!」
    その聞き覚えのあるフレーズに共ポジはぴたりと停止する。戦場では常に冷静に、相手の動きをよく見て。共ポジの戦いの基礎を作った教えを心の中で呟く。

    「そうか、そういう事アルね」

    師匠がスカートからすらりと伸びた足を共ポジに振るう。これは右。次は下。左側から飛んでくる拳を受け流し、右手で殴りかかる。その拳を受け止めようと隙ができた師匠の足に蹴りを入れ、師匠がよろめく。ほんの少しヒビの入った足を見て師匠が笑う。
    「強くなったね、共」
    「稽古の復習をしただけアル」
    いつの日かの稽古のワンシーン。自分の記憶が作り出した虚像の師匠。相手の動きがわかってしまえばこの敵を倒すことなど容易なこと。

    「これで終いネ」

    『正义大铁锤』

    共ポジの蹴りと共に吹き出した灼熱の炎がガラスで出来た偽りの"師匠"の身体を吹き飛ばす。ガツンと鈍い音を立てて地面を転がり、全身に大きなヒビが広がるが、それでも尚立ちあがろうとする敵の側にとどめを刺そうと近づく。

    「共」
    師匠が共ポジに手を伸ばす。
    「感谢与我对战」
    稽古後のいつもの挨拶。立つこともままならず膝を突き共ポジに挨拶を求めるその姿は所詮共ポジの記憶を真似ているに過ぎない。頭ではそう理解していても思わず手を伸ばす。掴んだその手は暖かい。鏡でできているはずの、人間であるはずのないそれが、自分と同じように息をし、汗を流し、体温を持っている。生きていると錯覚してしまう程精巧に再現された虚像に頭と心がかけ離れていく。
    「師匠は。師匠は我のこと嫌いアルか?」
    「…分からない」
    答えを知ることのできなかったその質問に師匠は困ったように言葉を詰まらせる。俯く師匠がどんな表情をしているのか共ポジには分からない。

    「共ポ!」
    先に戦闘を終えた錠前、2人の妖精を腕に抱くセレナーデ、そしてはぐれていたクレソンとユーロ、大切な仲間たちが心配そうな顔で共ポジの名前を呼ぶ。プリキュアの役目は悪を倒すこと。例えそれが自分と同じ温度を持った人間に似たものであったとしても例外などあり得ない。それでも

    「我は師匠を殺せない」

    パキ、と小さな音が鳴って師匠に視線を戻す。何が起きたのか分からないという様子で大きく目を開ける師匠のその胸に深々と矢が突き刺さっている。血に似た赤黒い液体がパステルカラーの華やかなドレスを汚し、共ポジが突き刺さった矢を抜くよりも先に師匠の形をした鏡はただのガラスの破片へと変わった。

    「もう少し面白いものを見れるかと思ったけど、どうやら失敗のようだ」

    深紅の瞳をした黒髪の美しい女性がつまらなそうに手に持つ弓を捨てる。真っ赤に濡れた唇と鋭い目つき、吸血鬼を連想させるようなその女性が姿形は違えど全身から発せられる禍々しい魔力が目の前に立つ人物が魔王であるということを強烈なまでに物語っていた。
    粉々に散らばった“師匠“だったそれを共ポジが優しく撫で、一箇所に集める。
    「オマエは何度我の大切なものを傷つけたら気が済むネ」
    魔王を睨み付ける共ポジの瞳の奥に怒りの炎が轟々と燃え盛る。その炎に魔王が恍惚とした表情を浮かべる。
    「ああ!ああ!やっぱり美しい!キミの赤は僕が今まで見たどんな赤色よりも美しい!!欲しい、欲しいなぁ〜〜!!!お前のその色欲しいなあ〜〜〜!!!!!!」
    「あんた本ッッッッ当に気持ち悪い」
    「失礼だなぁ」
    クレソンの言葉に魔王は明るい口調で返すが、その視線は酷く冷たい。
    「私はね、今すごく苛立っているんだ」
    その言葉の通り魔王は苛立たしげに靴をコツコツと鳴らす。
    「でも私は優しいからね!最期に君達に幸せな夢を見せてあげるよ!」

    『おやすみ』

    ーーーーーーーーーーーー

    「みんなに何をしたんですか」

    眠る錠前達の真ん中でたった1人立つユーロ。魔王は壊れたおもちゃを投げ捨てるように一冊の絵本を地面に落とす。
    「何を?言ったじゃないか、私はあなたのお友達に幸せな夢を見せてあげているだけだよ。これは善意さ。僕の優しさを受け取らなかったのは君の方なのに、その怒りを僕に向けられても困るな」
    「もしあなたがこれを優しさだというのならそれは善意の押し付けです。あなたのこれは優しさなんかじゃない」
    「キミは本当につまらないね」
    静かに燃える柔らかな赤い瞳に魔王は心底くだらないと言った様子で吐き捨てる。
    「黄色いあの子も、赤いあの子も、青いあの子も、ピンクのあの子も、オレンジのあの子も、みんなボクを楽しませてくれた。特にあの緑の子。彼女はほんっっっっとうに最高だったよ。ぐちゃぐちゃに混ざってすごく汚くて綺麗な色だった。まるでボクの色にそっくりだ!」
    「わかちゃんをあなたと一緒にしないで!」
    ユーロが泡立て器に似たステッキを振るが、その魔法が魔王に当たる前に魔王から発せられた黒い光がユーロに直撃する。
    「黄色い彼女に言われていたね?お前は弱いと。キミの弱さが彼女を傷つけ絶望させた。弱い奴はねこの世界から排除されるべきなんだよ。弱者は何も救えない、救えるのは力のある者だけだ」

    「…あなたは間違ってる」

    無数の刃で切り付けられたように全身に切り傷を負ったユーロは顔色ひとつ変えず真っ直ぐにその場に立つ。
    「人を救うのは魔法でも強さでも何でもありません。人は人でしか救えない。他人から奪うことしか知らないあなたは人を救うことも人に救われることもない。私はそんな人に負けるつもりはありません」
    「ああ、そうか。ありがたいお言葉をありがとう、でも残念ながら私はやはり君に興味を持つことは出来ないみたいだ。だけど弱者の君に最期だけ意味を与えてやろう。お前が死んであの子がどんな色を見せてくれるのか、楽しみだ」
    一際大きな魔力が黒い闇となってユーロに放たれる。避けられない。そこに響くのは2つの声。

    【ポンポコポーン!あなたのタマシとポコのタマシで巻き起こしちゃうぞ!恋のビックバン!】
    【ふわふわふわりん♪あま〜い香りは恋の匂い!ふ〜がしっとあなたのハートを掴んじゃうよ!】

    ピンクとオレンジ色の光がその闇を退ける。
    「ユーロ大丈夫フガか?!」
    「ポコが来たからにはもう大丈夫なんだポコ!これからは一緒に戦える…ポコたちもプリキュアなんだポコ!!」

    1つだった触覚を2つに増やした大きなピンク色の帽子。すこし膨らむ可愛いズボンに緑のサスペンダーをつけたいちごミルクの髪色をしたショートカットの女の子とふわふわとしたブラウンの猫耳が立ったような髪を揺らし胸元にはサファイアを思わせる青のリボン、甘くほろほろなクッキーのようなスカートの少女。
    傷ついたユーロの前に2人が手を繋ぎ立つ。
    「ポコとフガ……なの?」
    「ポコだポコ!」「フガだフガよ?」
    「フガたち絵本の国から帰ってきたんだフガ!!」

    ーーーーーーーーーーーー
    「ポンポコポーン♪」
    「ポコなんだかご機嫌フガ?」
    「わからないけど楽しいポコ!」
    小鳥やリスなど可愛らしい小動物が木々の間を歩き回る。その鮮やかな緑色をした森の道をポコとフガがぽてぽてと小さく2人で歩く。
    「えっーとあれ?何しに来たんだっけポコ?」
    「オカーサンとオトーサンにあっちで遊んでおいでって言われたんだフガよ!ほらパンもあるフガ!」

    「パン!」
    フガが持つ1つの茶色くふわふわした食べ物にポコがきらきらと瞳を輝かせる。
    「あ!これは食べちゃだめフガ!こうやって……。」
    フガがパンを小さくちぎり歩いてきた道に落としていく。
    「こうすれば、遊んだあともちゃんとお家に帰れるフガ!」
    「で、でもパンは食べてほしそうにこっち見てるポコ。」
    「ポコ……?」
    「ガマンしますポコ!」
    フガにじろりと目線を向けられポコが背筋をピンと伸ばし言葉を訂正しそれなら良しとフガがパンを落とす作業を再開させる。


    「ポコ?」
    「ポ、ポコ!食べてないポコ!ふかふかもちもち美味しいパンなんて全然食べてないポコ!」
    フガに名前を呼ばれ、口の周りにたくさんのパンの欠片をつけたポコが言い訳を口にする。
    「はぁ…ポコ、もうフガ達はお家に帰れないんだポコ…きっとこのまま夜になったらクマさんに食べられちゃうんだフガよ!!」
    しくしくとフガがその2つの瞳に小さなオレンジ色の手を当てる。
    「フ、フガあ〜ごめんなさいポコ!」
    あたふたとフガがポコの周りを歩き回る。
    「フガこれあげるポコ!さっきパンと一緒に拾ったんだポコ!」
    そうフガに差し出すのはフガ達のような家庭では決して口にすることのないピンクの包み紙に包まれた小さな飴菓子。
    「ポコこんなのどこで……?」
    「!あっちポコ!!」
    ポコの小さな手に引かれフガが一緒に走り出す。

    「わあぁ!!」「ポコーー!」
    2人が目指しその先で瞳に映るのはチョコレートでできた大きな扉、クッキーとビスケットの壁、色とりどりのキャンディーで飾られた綺麗な窓。その他にもたくさんのお菓子で作られたお家がそこにはあった。
    「夢みたいポコぉ!」
    「とっても甘い匂いがするんだフガ!」
    2人がきらきらと顔を見合わせる。
    「ね、フガちょっとだけ食べちゃおうポコ!」
    「だ、だめフガよ!」
    「おねがい一緒に食べようポコ~!見てあそこ!!」
    ポコが指さす先にはまるでポコとフガのような茶色い生地にピンク色のチョコがコーティングされた2つのドーナツ。
    誘惑に耐えながらそれでもフガがポコを止める。
    「うぅ〜だめだってー!あっ、拾い食いはユーロに怒られちゃうフガ!!」

    「ユーロ。」
    「ユーロフガ。」
    「ユーロポコ。」
    「「あっ!!!」」
    小さな妖精達は思い出す。ポコ達はまだ戦いの中にいることを。
    「うぅ〜どーなつ、ちょこ、くっきーばいばいなんだポコ~~。」
    ポコが涙を流してお菓子の家を見る。
    「本当のお家に帰ったらユーロに作ってもらうんだフガ!」
    この世界はきっとあの時あった絵本の中、入ったのが魔王の魔法ならここから出るのにも魔法の力が必要。
    「でもフガ達にできるかな?」
    「だいじょうぶポコ!だってフガとポコはもう1回キセキを掴んでるんだポコ!2回目なんてちょちょいのちょいなんだポコよ?」
    さっきまで泣いていた表情はどこへ行ったのかポコがフガを見て満面の笑みを浮かべる。
    2人が手を繋ぐ。繋いだ手を空高く掲げ、声を揃えて魔法の言葉を唱えた。

    『『』』
    ーーーーーーーーーーーー
    仲間達を1人守り戦い続けたユーロの姿を見る。
    いつも温かな笑顔を向けるその顔にはいくつもの小さな切り傷が出来ておりポコとフガがユーロに近づく。
    「よしよし、ユーロたくさんよく頑張りましたなんだポコ!」
    「ユーロはみんなを見ててあげてほしいんだフガ、きっとみんなもすぐに起きるから!」
    ポコが人型になってもまだ少し小さい手でユーロの頭を撫でフガがぐっと握った拳の親指をあげてサインを送る。

    「はい!」
    ぽかんとした表情を浮かべていたユーロが笑顔で返事を返す。

    2人の妖精が魔王へ向き合う。
    「小さなプリキュアごときが2人増えたところで何も変わらないと思うんだけどねえ。」
    魔王がその瞳に言葉を返す。
    「うそつきポコ!」
    「あなたはプリキュアが怖かった。何度闇に落としても何度も立ち上がって前を向く錠前達が。だから今度も正面から戦わないで絵本の中にフガ達を閉じ込めたんだフガ!」
    「ひきょーものにポコたちは負けないんだポコ!」

    「フガ準備はできてるポコ?!」
    「当たり前だフガ!」

    2人が手を合わせた光の先に1つのクレヨンと1つの筆が生まれる。

    「ぽんぽこぽーん♪」
    『ポコスペース・ビックバン!』
    「ふわふわふわりん♬︎」
    『ラブ・ペイント・フワールド!』
    ポコが歌うように空にクレヨンを走らせ様々な動物や魚達、生き物を描いていく。
    命を与えられた生き物達が嬉しそうにフガの周りを回り出す。
    その中心でフガが筆を持って一緒に踊り出し線1つだった生き物に色が塗られていく。
    「さあみんな!一緒にわるいやつと戦ってほしいんだポコ!」
    「いくフガよ!!」
    生き物達が大きな波となって魔王へ向かう。

    「すごい。それにとっても綺麗。」
    魔王のその姿は見ることができないほどに包まれ状況の確認できない、それでもその壮大な命の色にユーロが地面で静かに眠る錠前達の横で呟いた。

    その直後、渦となっていたその場所から大きな爆発が起こる。
    「あははははは!痛い、すごい!すごいよ。こんなに痛いのはとても久しぶりだ。いいなあこの力はとっても綺麗だ。ねえ、これ君たちだけの力じゃないよね。」

    「っ!ポコ!」
    「フガ大丈夫だポコ!まだまだいっぱいいけるポコ!」

    中から歩みを進める魔王の笑みが1度止まりまた笑い出す。
    「私が?なにを怖がる、これまでいくつもの星を壊して捨てて混ぜて……君たちは勘違いをしてる。これは全部僕のただの気まぐれだよ。」

    「ただね、そうレインボーストーン。それがあれば俺はもっと楽しくなれる。だからさ、その力を私にください。」
    ポコの目の前で笑みを深くし、その暗い手を伸ばす。

    「うだうださっきからうっさいネ。」

    伸ばした手を赤い姿が思い切り蹴り上げる。

    「共ポ!」「共ポジ!」
    ポコとフガに1度目線を向け少し拗ねたように共ポジが前を向く。
    「……我が一番かと思ったネ。」

    ーーーーーーーーーーーー

    「ここがまだ汚れてるわよ。」
    「ねえこれもちゃんと洗っておいてね?」
    「ほらあなた達、2日後の舞踏会のドレスを選びに行きましょう。何見てるの?アンタはどうせ行けるわけないんだからさっさと仕事に戻りなさい。」

    「共デレラ。」

    薄汚れツギハギだらけの暗い灰色の布をまとったおさげ姿の彼女が涙を堪え返事をする。

    「あ?」

    涙を堪え(?)

    「なんで我があんなヤツらの部屋を掃除して服を片付けて、洗い物までしなくちゃいけないネ。」
    顔に僅かに血管を浮かばせながら返事をした、共デレラに焦りの汗を吹き出させその目前から逃げるように継母達が馬車に乗って外へ出ていく。
    「うっ!汚いネ!なんか誰かを思い出す気がるアル。」
    1人の姐の部屋に転がる酒の瓶を蹴飛ばす。

    「きょ、共デレラ。私達はお城へ行くからちゃんと家にいるのよ。」
    「そーよ、私達がいないからって仕事サボるんじゃないわよ!」
    継母の後ろに隠れながら姐が言葉を出す。

    今宵城で行われる舞踏会というものに興味のひとつも無いと共デレラは適当に言葉を聞き流す。
    「よし、じゃあ寝るアル。」

    「くるっぽーでれらー!」
    うるさい奴等もおらず早めの就寝を取ろうと布を被った共デレラの部屋の窓を突き破る謎の影。
    「よーしよしよし、可哀想にほらはやくドレスに着替えて!」
    「な?!は?」
    「かわいいポコ!」「おうじサマもきっとめろめろフガ!」
    無理やり着替えさせられた赤いドレス姿の共デレラが自身の髪と同じオレンジ色をしたカボチャの馬車に乗せられらる。

    「えっとめもめも。12時までには帰ってきてね〜!約束だよー!」
    突如現れた女が紙を読み上げながら共デレラの背中を押す。

    「なんでこうなったネ……。」
    来てしまったものはしょうがない、せめてご飯の1つでも相伴に預かろうか。動きにくいと愚痴をこぼし赤いヒールの共デレラが階段歩く。
    赤くふわりと流れるドレスとそれに合った高めのヒールを鳴らす共デレラはとても美しく会場の視線を拾っていく。


    「キャー!!」
    舞踏会の会場の中心で悲鳴が上がる。
    「敵アルか!今行くネ!!」
    共デレラが歩きから速度を上げ悲鳴の先へ走る。
    「む、むし!」
    小さな蜘蛛に怯え肩を震わせる1人の女性。
    「敵じゃなかった…アル。」
    その姿に安堵の息を吐く。
    あれ、そもそも、敵。
    「はぁ~~~~
    こんなドレスじゃ動きにくくて敵となんか戦えないネ。でも…自分が楽しくなるためなら少しは悪くなかった。」

    そう言って共ポジが見慣れたチャイナ服の赤い衣装に姿を変える。
    12時の鐘が鳴る。
    「君、名前は。」
    誰かが共ポジに話しかける。
    「悪いが我は我より弱いやつは対象外ネ。
    我走了!」

    走る、大切な友達の元へ。
    赤いヒールは消え、慣れ親しんだ赤い靴が共ポジの足を飾っていった。

    ーーーーーーーーーーーー
    「オマエたちも戦えるアルか?」
    「!!ポコ!」「フガ!」
    「ちょーーーっとまったーー!!」
    「もっとうるさいヤツが起きてきたネ。」
    共ポジの問いかけに一際大きい声が飛び出す。
    「なしなちゃんも戦っちゃうんだから!」
    フリルのついた黄色いスカートを揺らした錠前が満面の笑みでVサインを空高く向ける。

    ーーーーーーーーーーー
    ゆっくりとキャラメル色のコートを羽織った人物が椅子に座る。

    「ふむふむ。なるほど?」

    「そ、そんな!私のプリンを食べたのが誰か、貴女にはもう解ったっていうの?!」

    「えぇ、それはモチロン。だってワタシは名探偵なしなちゃんだから!!」
    依頼者の言葉にそうドヤりと帽子を触り言葉を放つ。
    流石なしな先生!すごいなしな先生!
    どこからからきゃっきゃっと褒める言葉が聞こえてくる。
    「あなたは仕事終わり、疲れた体にご褒美を、とプリンを買いましたね。しかし疲れきった体を睡魔が襲い翌朝目覚めた時にはプリンの容器はからの状態だった……。」

    「ええその通りです。きっと誰かが私のプリンを。」

    「まず前提が間違っていたの。あなたは家に1人だった。そんな部屋の冷蔵庫を誰かが開ける?ううん、そうプリンを食べた本当の犯人は……。」

    「あなたしかいないですよ。」

    女性に向けてなしなが指を指し示す。
    「そんな!私は食べてない、こんな推理間違ってる!私じゃない!」
    「疲れたあなたはお酒を飲んだ…違いますか?それもそれなりの度数のものを。」
    「そ、それは。」
    なしなの指摘に女性は心当たりがあると視線を揺らす。
    座っていた椅子から立ち上がり腕を後ろに組み女性に背を向けたまま言葉を続ける。
    「お酒は…怖い。もう認めましょう。あなたはお酒に酔った勢いのままプリンを口にした。食べた記憶もプリンの欠片も残すことなく、ね。」

    「う、うぅ〜。」
    女性がその場にしゃがみこみ涙をこぼす。

    ーーーーーーーーーーーー
    「ねえねえさっきのワタシの推理見てた?すごかったでしょ!」
    「はいはい先生の推理はすごかったアルね。」
    全く敬う気持ちを感じさせない音で助手が返事をする。
    「またテキトー!!なしな先生泣いちゃう!」
    「勝手に泣けばいいと思いますアル。」

    ひどい、ひどい!オートクチュールの衣服を身につけた大の大人がソファの上で足をばたつかせる。
    「なんか前はもっと優しく慰めてくれた気がするのにぃ〜!」
    「なしな先生そんなに暇ならそこの花に水でもあげろくださいネ。」
    助手が事務所内のインテリアとして置いている花を指さす。
    「はいはい。ほんとこれ綺麗な黄色よね。ワタシこの色好き〜!」
    黄色。今自身の瞳に映るその色に違和感を覚える。これって黄色だっけ?

    「じょしゅ〜ちょっとこっち向いて〜。」
    助手の髪も瞳も太陽のような明るい色のはず。

    「うん。やっぱりワタシまだ戦ってこないといけないみたい!ワタシの色を取り返さなきゃ!!」

    錠前がコート脱ぎ捨て黄色いスカートが姿を表す。
    「なしな今行きまーす!」

    ーーーーーーーーーーーー
    「ユーロさんワタシ達を守ってくれてありがとう!ってかセレナーデとわかめだはまだ起きないわけ?さすがねぼすけ組!」
    錠前がまだすやすやと眠る青と緑の2人を見る。
    「錠前もそんな早くはなかったネ。」
    「うるさいわね!誤差誤差!」

    「それで、アイツやっと立ったわけね?」
    錠前が魔王を強く睨む。

    「せっかく楽しい夢を見させてあげたっていうのにどうして君たちは受け入れられないんだろうね。」
    魔王がやれやれと言った様子で大袈裟にわざとらしく両手を上げる。

    「ワタシ達の夢はワタシ達が選んで、掴むの。アンタなんかがそれを決めつける権利なんていっーーこもないんだから!」

    魔王の整った眉がぴくりと動く。
    「あぁそうか。じゃあもうキミたちに用はないよ。僕の前から消えてくれ。」

    下げた手をパチンと鳴らし一瞬にして距離を詰めた魔王が錠前の前に立ち腕を薙ぐように払う。
    色が未だ見えず普段の力を出し切れない錠前はその衝撃に後ろの壁まで吹き飛ばされる。
    「がっッ……!!」
    「なしなさん!」
    「よくも!」
    飛び出す共ポジの拳を闇から急に生まれ出た蛇が包み、動きを止める。
    そのまま歩みを進めてポコとフガに近づこうとする。
    「フガには指1本触らせないんだポコ!!」
    震える手を広げポコがフガの前に出る。
    「どっちが先か、だけなんだけれど?」

    『シャボン・ナ・バブル!』
    魔王に向けて大きな爆発が起こる。
    「そんなの絶対させるわけないんだから!」
    「ごめん。みんなおはよう。」
    青と緑の影が足を揃え同じ方向を向く。

    「セレナーデ!」
    「クレソン!」

    「間に合って良かった……!」
    「心の中に入るのって思ったより疲れるんダケド。」
    息を切らし揃いのツインテールを揺らしたウヅゥとパリンちゃんが地面に座り込む。

    ーーーーーーーーーーーー

    ふんわりとした水色のワンピースにフリルのついた白いエプロン着た1人の女性が草の上の地面で心地よく日向ぼっこをする。
    「う~~ん!とってもいい天気ーー!ぽかぽか~♪」
    ご機嫌な言葉と共に大きく1度伸びをする。

    その目の前を1匹の白い兎が通る。
    「うさぎさんだ!アタービレお姉様みたいなかわいいお耳~!」
    ぴょこぴょこ動くその白い耳に夢中になりセレナーデが後ろを追いかける。
    「まってまってー!わっ!?」
    追いかけた先足を滑らせるのは大きな1つ木の根元セレナーデの体を飲み込む穴の底。
    「わ~~~!!!」

    ーーーーーーーーーーーー
    セレナーデが目を覚ます。
    「ここどこ〜?」
    全く見覚えない鮮やかな世界がセレナーデの瞳いっぱいに広がる。
    少し遠く草の隙間から白い先程の耳が見えまたその後ろ姿を追いかける。
    踏み出す1歩が不思議と大きくなっていく。
    「あれれ私こんなに大きかったっけ?」
    セレナーデが届くはずのない美味しそうな果物のなる木の枝を撫でる。
    また数歩歩く。
    今度は地面を歩く虫さん達がすぐそばへ見えるような視点に身体が変化していく。
    「やっぱりおかしいかも!」
    「コンニチワ!可愛いお嬢さん!」
    目の前をもちもち歩く緑色のムシがセレナーデへ話しかける。
    「あなたが落としたのはみんなを見下ろせるような大きな背?それとも手のひらではしゃげるような小さな背?」
    「ううん、なにか混ざってるような?!」
    ムシの言葉についセレナーデがツッコミを入れる。
    「私、私が落としちゃったのは……。」

    ーーーーーーーーーーーー
    「だれかを撫でられて!だれかと並べて!だれかにに撫でてもらえるような背!」
    元の本来の高さに戻った身体と共にセレナーデがまた歩き出す。

    「お嬢さん。」
    いつのまにか森の中でも開けた場所へとたどり着く。その真ん中を陣取るように広がれたテーブルのお茶会の席で誰かがセレナーデの名前を呼ぶ。
    「お茶、しない?」
    お洒落な緑色の帽子を被り杖を横に添えた1人の黒髪の女性がこちらを見て笑う。
    「おいしーー!」
    テーブルの上に並ぶ可愛らしいお菓子の数々美味しい紅茶にセレナーデが舌鼓を打つ。
    「特にこれ!このいろんな色があるやつ!」
    間にクリームが挟まれた色とりどりの小さな焼き菓子の1つをセレナーデが口へ放り込む。
    「あぁそれ、マカロンね。」
    「まかろん!」
    「気に入ったならもう1つどうぞ。」
    1つの黄色のマカロンをセレナーデへ差し出す。
    「ありがとう~~!」
    セレナーデがその黄色を受け取る間際、後ろから手が伸びひょいとそれが取り上げられる。
    「おいし~~!ワタシも1番これが好き!」
    「ちょっと……これはこの子に渡したやつなんだけど。」
    にやにやと笑顔を向けビビットカラーの黄色をした猫の耳をぴくりと動かす人物がこちらへ視線を向ける。
    その人物と帽子の人が軽口を叩きながら言い争いをする様子を椅子に腰かけニコリと眺める。
    「やっぱりなぎさちゃんとわかめちゃんは仲良しさんだね〜〜!」

    「セレナーデ。」
    「気づけたならこの不思議な夢から覚めないとね。」
    言い争いをしていたはずの2人の声はいつの間にか止まり、セレナーデに優しい笑みを浮かべている。
    「えっ、なあに、なんの話?」
    きょとん顔を向けるセレナーデに2人が目を丸くする。
    「あれ?セレナーデ~~。」
    「……でも大丈夫ほら。」

    草の影から勢いよく1つの影が飛び出す。
    「セレナーデさん!!!」
    追いかけていた兎のような白い耳を頭で動かし、セレナーデの瞳に似た水色と白の混ざるツインテールを揺らしたウヅゥがセレナーデの名前を呼ぶ。
    「良かったぁ。セレナーデさん帰りましょう。私と一緒に!皆さんが待ってます!」
    「みんな。」
    そうだ。私みんなの所に帰らないと!
    ウヅゥに言葉をかけられセレナーデが全てを思い出す。
    「ウヅゥちゃん迎えに来てくれてありがとう。お待たせしちゃってごめんなさい!でもね、私このお話とってもとっても楽しかったよ!!」

    ぎゅっとセレナーデがウヅゥに抱きつき物語を伝える。
    「……えぇ。とっても素敵なお話ですね。なら次は私たちの物語を創りましょう。私達の大切なお話を。」
    ウヅゥがセレナーデへ笑顔を向けてその手を差し出しセレナーデがその手を掴む。
    物語の住人達へ大きく手を振る。
    「ばいばーい!!!」

    ーーーーーーーーーーーー

    白と少しの緑が入ったはずの着物は降り積もる雪に埋もれ全体が白だけ染まってしまい
    全身はカタカタと震え、動かなくなってしまった自身の足を見る。
    「あんなとこに罠あるとか最悪。」
    ツイてない。立つこともできずきっとこのままここで眠ってしまう、そう思考は暗く沈んでいく。
    「大丈夫ですか!」
    薄い紫の着物を着た1人の女性が降り積もる雪をかけ分けてこちらに近寄ってくる。
    「私の家すぐそこなので行きましょう。」
    女性に抱えられ雪の届かない家の中へ案内される。
    「もう大丈夫。傷もそこまで深くなくて良かった。数日したらきっと歩けるようになりますよ!」
    それまで家でゆっくり休んでいってください。
    そう言って温かい味噌汁を差し出される。
    「あったかい……。」
    わかめだの瞳から雪解け水ではない雫が零れていく。

    「あの、なにか私にできること……。」
    「けが人のお仕事はゆっくり休むことですよ!行ってきますね!」
    女性が仕事のため荷を売りに町へ下りる。
    そうは言われても怪我の手当も食事も寝床も用意してもらった身としては何もしないわけにはいられない。
    部屋の奥底長く使われてないのであろう木でできた反物の機織り機を見つける。

    ーーーーーーーーーーーー
    「これ、わかめださんが織ったんですか?!」
    女性がこれまで見たこともないくらいに綺麗な反物を驚いた様子で持ち上げる。
    「うん。どうかな。」
    「とってもきれいです!あれでもお家に糸なんて残って……?」
    「あったあったいっぱいあった!」
    わかめだが焦り大きく声を出す。
    「えーとこれで少しはお返しになるかなって。」
    女性の優しさを少しでも返せるように、わかめだが笑う。

    ーーーーーーーーーーーー
    わかめだは女性に自分が機織り機を使う時は絶対に部屋に入らないで欲しいということ、それさえ守ってくれればこの反物は全部あなたに渡すので売るも捨てるも自由に使って欲しいと伝える。
    女性は最初申し訳なさそうに強く断りを入れていたがわかめだの押しに負け、それなら有難くと、なら自分は毎日美味しいご飯を準備すると答えた。

    「良い出来。さすが私!」
    足の怪我が治った後も女性はわかめだとの約束をしっかり守り続け、2人の幸せな生活が長く続いている。
    わかめだが今日も部屋をわけた壁の先で機織り機を動かす。
    「これ、あの子に似合いそう。」
    白を主体とし薄く紫の入った反物をきらきらと光にかざす。
    「こうゆう布使って洋服仕立ててもきっと可愛い。」

    不思議な単語がふと口を出る。

    「わかめださん〜そろそろご飯ができますよー!」
    「はーい。」
    女性が部屋の前でわかめだに声をかけそれに返事をする。
    広げた反物を片付けなければそう身体を動かそうとした時。

    カンッカンカン、土間を上がり女性とは違う走る足音が部屋の外から響く。
    「えっと、どちら様ですか?」
    「ほんと好きすぎるでしょ……。」
    眉を下げ質問をする女性を見た1人の影がぼそりと呟く。


    「わーかーめーだぁ!!!さっさと起きろ!!!」
    ガタンッ!!
    絶対に開けてはいけないそう伝えたはずのとびらが来訪者によって勢いよく開かれる。
    「え?」
    同じ色なのに少し違う、黒色の髪のツインテールを揺らし印象的な赤い眼鏡をかけた1人の女の子が腕を組み仁王立ちでとびらの前に立つ。
    女性の作った料理の匂いをかき消すように甘く赤い林檎の香りが部屋を覆っていく。
    「パリンちゃんアターーック!」
    ポカンとあいたわかめだの口に丸々と赤く艷めく林檎を突っ込み世界が歪み出す。

    「もっ!」
    口をもごもごさせるわかめだに女性が優しい笑顔を送る。
    「……行ってらっしゃい!またねわかちゃん!」

    ーーーーーーーーーーーー

    「なしなさん!大丈夫ですか?」
    衝撃を受けたった数分だが気を失っていた錠前にユーロが魔法を唱え錠前の傷がゆっくりと消えていく。
    「ユーロさん!それ。」
    「みんなの傷を治したいってお願いしたら、できるようになりました!」
    自分には効かないみたいんなんですが。
    ユーロが少し困ったような笑顔を見せる。

    錠前とユーロの視線の先ではプリキュアの仲間達が今も戦っている。
    「なしなさんはちゃんと治るまではウヅゥさんのパリンちゃんと安静ですよ?私も行ってきますね!」
    ユーロが走る。

    「うん、ワタシも治ったらすぐに行くから!」
    魔法の力を使い果たし座るウヅゥとパリンちゃんと共に仲間を信じて錠前も前を向く。

    ーーーーーーーーーーーー
    「どれだけ殴ればいいネ。」
    いくら攻撃を加えても変わらぬ姿であり続ける魔王に共ポジが息を切らす。

    「ううん共ポジ見て欲しいフガ!」
    魔王が黒い闇に隠したその身体の下、胸に付けた宝石のブローチのような物にビビが入ってるのをフガが指摘する。
    「ちゃんと効いてるってことね?!」
    セレナーデが大きく声を上げる。

    「本当に。僕のための色ごときが。」
    ブツブツと魔王が1人呟く。

    「もういい。」
    その言葉と共に魔王の身体はぶくぶく液体を沸騰させたように膨らみ、城の天井を突き破るほどの黒い闇がプリキュア達を見下ろす。

    黒い闇に触れた所が音を立てることもなく闇に飲まれていく。
    「怖いポコ。」
    よしよし、ユーロが震えるフガの頭を撫でる。
    「わかちゃん。」
    「うん。ゆーちゃん。」
    2人が手を繋ぎ互いの色が混ざり緑と紫2つの色を分け合った姿に衣装を変える。
    「お先に失礼します!」
    クレソンが魔法を唱え握られた剣をユーロが装飾し一緒に手を添える。

    『パティシェ・クレユール!』

    2人がいっせーので剣を振りかざし大きな影の左腕が砂糖のように溶けていく。

    「次よろしく!」

    クレソンが共ポジに合図を送る。
    「いいなー!私もそれやりたい!ね、くるっぽーちゃん!」
    笑顔で振り返るセレナーデを共ポジが一刀する。
    「あんなの急にできるわけないアル。だから岩波、全力で我をサポートしろネ。」
    「がってんしょーち!☆」

    セレナーデがステッキの形を変化させ1番に大きな球体を描く。
    大きなシャボン玉がゆらゆらと風に従って空高く浮かんでいく。
    そのシャボン玉の上を軽やかに赤い靴が飛びのっていく
    『くるくるっぽースペシャルアイヤーーー!』

    共ポジの叫びと共に影の右腕が大きく形を歪ませる。

    「待ってダサすぎる。もしかして共ポ、これまで必殺技使わなかったのって……」
    「わねかだお前後でぶん殴るネ!!」

    「ポコー!フガ!やっちゃえ!!」
    錠前が後ろから声を上げる。
    ポコにとって。フガにとって。
    優しくて強くてキレイなもの。
    そんなの決まってる。
    紫。緑。青。赤。黄色。白。黒。
    ポコの描くその姿にフガが色を飾っていく。

    『『カラフル・アミュレット・ヒーローズ!!』』

    強く鮮やかに魔法を込めてポコとフガが魔王へ力を放つ。

    弱りきったその暗く黒い闇に魔法が届く直前。ポコとフガが突如姿を小さくする。
    「ポ。」「フガ?!」

    唱えたはずの魔法が泡となり消え空高く浮かんでいたポコとフガが地面に落ちていく。
    「ポコ!フガ!」

    「あーーっぶなっ!」
    「大丈夫。怪我1つありませんよ!」
    ポコとフガを抱きしめパリンちゃんとウヅゥが笑う。

    「ごめんなさいポコ……急に力が…無くなっちゃったんだポコ。」
    ポコが涙いっぱいの瞳を揺らす。
    「いいんです。よく、頑張りました。」
    ウヅゥがポコを抱きしめる。

    両腕を無くし、元の大きさに戻った黒い影が地面を這う。
    「なんで、なんでなんでだよおおおお。私は世界で1番なんだ。何をしたって許される。なのに、なのに。」

    「まだ話せる元気があるアルか。」
    共ポジが冷たい視線を向ける。
    その魔王の元に手下であろうモノが近寄る。
    「ま、まおうさま!」
    黒い影が歪にニヤリと笑う。
    「そうですよね。俺は私は僕は王様だ!」
    ぐしゃり魔王がそのモノを飲み込む。
    「え。」
    「僕がいればいい。他は全部いらない。だからオマエたちのぜんぶはぼくがもらってあげる。」

    味方を飲み込んでいく。逃げ惑い悲鳴を上げる声が聞こえる。

    「やッぱりきレイじゃない。キミたちがいイ。」
    魔王がもう一度身体を形成して行く。
    自身の味方もプリキュア達が力を合わせた魔法も全てを飲み飲んで、初めて対峙したときの輝く金色の髪は消え去り魔王の瞳は混ぜて混ざって黒だけが残っていく。
    対峙する錠前の瞳にあるのも黒と白だけの世界。
    それでも。ワタシは……。

    黒と白2つの色が錠前の前に立つ。

    「錠前!アタシやっぱり悪いことをいっぱいしたわ!それでも……そんなアタシのおねえちゃんを…アタシ達を助けてくれてありがとう!」

    「錠前さん貴女の魔法をお返しします。私は悪いことに使ってしまったけれど……貴女の魔法は温かかくてとても綺麗だった。お願いします私に本当のその色を見させてください。」
    遅くなってしまってごめんなさい。

    そう最後にウヅゥが言葉を付け足して。
    ウヅゥとパリンが手を取り合い錠前へ黄色い鍵を差し出す。

    黒と白だけだった世界に揺れるひまわりのような黄色が広がる。

    「なしなさん。ずっと言いたかった事があるんです。……わかちゃんを最初に巻き込んでくれてありがとうございます。私プリキュアになれて本当に良かった!だからたくさんの感謝と愛を込めて。」

    ユーロが小さく魔法を唱え浮かぶクッキーを錠前の口に運ぶ。

    ラベンダーの花のような心落ち着く紫色が包む。

    「錠前。フガはプリキュアのみんなに、なしなにたくさんたくさん助けてもらったんだフガ!またきょーとに行けるように。また絵本を読んでもらえるように。おいしい〜ゴハンが食べれるように!」
    だからおまじない。

    じゃんぷ!っとフガが体を高くさせ錠前の額にキスをする。

    甘い蜜柑。甘酸っぱいオレンジ色が香る。


    「なーしーなーちゃん!あの時戻ってきてくれてありがとう。前を向いてくれてありがとう。私が……歩くのが遅い時も置いてかないでくれてありがとう!なしなちゃんだいすきだよ!」

    セレナーデがふわりとステッキを振る。
    祈りと祝福を込めて錠前へシャボン玉を送る。

    シャボン玉がゆらゆら揺れ、光に反射して瞳に綺麗な空と海の青色が響く。


    「錠前。大丈夫。なしなはちゃんと強くなったネ。アイツを力いっぱいぶっ飛ばしてこい!!我の友達の凄いとこ見せつけてアル!」

    共ポジが拳を差し出す。
    錠前がそれに応え。
    心に。瞳に。
    燃えるような赤色が揺れる。


    「なしな。ほら笑顔!上手くいったらいっぱい褒めてあげる。失敗しちゃったら一緒にたくさん泣いてあげる。だから、でも、きっと大丈夫!」
    強く。
    強く 。
    今は黒く空を覆う闇に包まれて見えないけれど絶対に消えることの無い星達に強く願いを込めて、わかめだが錠前の髪飾りに咲いた小さな花を共に添える。

    草木の色。命の色。鮮やかな緑色が飾る。


    「ぽんぽこぽーん!
    なしな、 世界を救えるのはキミしかいないポコ!」
    「ポコはなしなを信じてるんだポコ。」

    ポコがギュッーと錠前の足元に抱きつく。
    故郷の懐かしい春の色。
    どこか寂しくてでも綺麗でとても美しい桜のピンク色が舞う。
    錠前がしゃがみ足元のポコを抱きしめる。


    「ポコ……これ預かっててくれる?ワタシの大切な友達がくれたとっても大事なもの達なの。」
    「ポコ!」

    泣き虫なポコが涙でより顔をぐしゃぐしゃにする。
    錠前がその顔を隠していた黄色の顔隠しとポケットの中でハンカチに包んだ小さな鏡の欠片をポコに手渡す。

    みんな、ありがとう。
    ワタシこの世界を守りたい。
    みんながくれたこのたくさんの色で溢れてる。
    寂しくて。辛くて。泣きたくなって。怒って。また泣いて。悔しくて。それでも温かくて。楽しくて。眩しくて。嬉しくて。綺麗で。
    そんなカラフルな世界をみんなとこれからも歩きたい!

    だから!

    「ワタシはワタシ達のために。
    みんながこれからの夢を!
    未来を目指せるように!」

    あんたと戦うわ。

    「もう絶対許さないんだから!!」

    空を覆う暗く重い闇は晴れない。
    青くない空に虹は出ない。
    それでも
    誰かが願えば、祈れば、小さくても光は必ずそこに生まれる。
    大きな闇へ立ち向かう小さなヒーローを
    宇宙が祝福するように。
    空には闇と共に、闇よりも大きく
    空を包み込むカーテンのような何色もの光のオーロラが輝く。
    膝丈だったスカートは地面を染める長いドレスへ、錠前の瞳はたくさんの光を受け入れて、
    その瞳はパレットのように色彩を鮮やかに変えていく。

    「ほしイ、ソレホシイ!」

    大きな1つの闇と化した魔王が錠前に手を伸ばす。

    色の見えない闇を知った。
    もしかしたらこの人も最初はただその闇から抜け出したかっただけなのかもしれない。
    でも、だからと言ってこれまでのことを許すことは出来ない。だってワタシはプリキュアで︎︎︎︎︎︎"︎︎なしな︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎だから。

    「さようなら悪い王様。」

    『オーロラ・オープン・ユニバース!!!』

    鍵を握り、手をかざしたその先に空から世界から宇宙から輝かしい色達の光が差し込んでいった。
    光を受けた魔王の体が虹色の粉になって消えていく。


    勝利に手をとり喜ぶ傷だらけの錠前達を少し離れたところで見る。

    (やっと、終わったのね)

    目を瞑る。ゆっくりと、でも確かに、自らの鼓動が弱まっていくのを感じる。
    「おねえちゃん」
    ふわりと甘いりんごの香りがしてパリンに抱きしめられる。パリンは覚悟の決まったような、でもどこか不安げな表情でウヅゥを見上げる。
    「大丈夫。お姉ちゃんがずっとあなたのそばに居るから、怖くない、大丈夫よ」
    妹の頭に手を伸ばし艶やかな黒髪を優しく撫でる。ウヅゥの言葉にパリンの瞳にかかった薄暗い雲が晴れ渡っていく。
    「お姉ちゃん、ありがとう」
    笑ったぱりんの瞳からポロポロと涙がこぼれ、それを指でそっと拭う。
    「頼りないお姉ちゃんでごめんね、大好きよ」
    「ぱりんちゃんも、お姉ちゃんの事だーいすき!」
    パリンをぎゅうっと抱きしめ、パリンもお返しと言わんばかりに強く抱きしめ返す。突如、眠気に襲われその場に座り込む。心地よい温もり。今は少しだけ、眠りたい。

    〜〜

    「ウヅゥ!ぱりんちゃん!」
    目を閉じたまま動かない2人の元に駆け寄る。
    「息があるネ!まだ生きてるアル!」
    「共ポ!そこどいて!」
    声を上げた共ポを半ば強引に押し退け、仰向けに寝かされたウヅゥの傍に座り、胸に手を当てる。確かに弱々しいがそれでもまだ心臓は動いている。

    「ねえ、みんな。お願いがあるの」
    不思議な形をした手のひら程の大きさの鍵を取り出す。
    「ワタシの魔法なら2人のこと助けられる気がするの」
    「だめフガ!これ以上魔法を使ったらなしなも...」
    「ごめんね、フガ」
    今にも泣き出しそうなフガの小さな手を握る。
    「でもワタシここでやらなきゃきっと一生後悔する」
    「バカなしな!!!!」
    バシンと背中に強い衝撃を感じる。
    「何がお願いよ!どうせ止めても行くくせに」
    「あは、バレた?」
    「オマエの単純な思考なんてバレバレネ」
    「ひっどーい!」
    「ほらなしなさん!早く助けに行ってあげてください!」
    ユーロもクレソンを真似るように錠前の背中をバシンと叩きいたずらっ子のような笑みを向ける。
    「ユーロさんまでわかめだみたいなことしなくていいの!」
    「えへへ、ごめんなさい」
    「ユーロさんだから許します!」
    「なぎさちゃん」
    目に涙をいっぱいに溜めたセレナーデが錠前の袖を軽く引っ張る。行かないで、小さな小さなセレナーデの呟きに錠前は笑顔を返す。
    「セレナーデ、ワタシ絶対帰ってくるよ、だってこんなに大切な友達を置いていけないもの。ワタシがいってきますって言ったらいってらっしゃいって言ってくれる?」
    セレナーデはその問いに言葉を返す事はなく、ただ小さくこくんと頷く。
    「ありがとう、約束!」
    指切りげんまん!そう言ってセレナーデに向かって差し出した小指を掴むのはセレナーデではなく大きな瞳からボロボロと涙をこぼす泣き虫のポコ。
    「約゛束゛ポコ゛〜〜〜〜」
    「もう!泣かないで!」
    暖かな涙を拭いみんなの顔を見渡す。

    「いってきます!」
    「いってらっしゃい!」

    錠前の元気な声にクレソン達の声が重なる。決意を決めたような錠前が叫ぶ。

    【解錠!(アンロック)】

    そう叫ぶと握っていた魔法の鍵が七色の光を放出し、その光は瞬く間に錠前を覆った。

    〜〜〜

    「ん...」

    眩しい光を感じて目を覚ました。どこまでも広がる穏やかな草原、空を見上げると青空に雲がゆったりと流れ、頬を撫でる優しい風と暖かな日差しが心地いい。ふと隣を見るとぱりんが気持ち良さそうに寝息を立て眠っていた。

    (懐かしい)

    そうだ。ここは私とぱりんの故郷。カキン星の中で1番大好きだった場所。
    「カキン〜〜」
    どこからか、atmの声が聞こえ辺りを見渡すと、少し離れた所でクルクルと飛び回るatmの姿が見えた。
    「atm!」
    「カキンカキン〜〜」
    atmはウヅゥの方を見ながらクルクルとその場で飛び回る。まるで着いてこいと言っているようだ。
    「ぱりん」
    ぱりんの体を揺するが起きる様子はない。立ち上がり大きく伸びをし、眠るぱりんをおぶってatmの方へと歩き出す。
    「カキン〜」
    ウヅゥが歩き出すとatmは案内するかのように前に進み出した。


    どれくらい歩いたのだろう。気づけば色とりどりの花が一面に咲き乱れる花畑に来ていた。こんな場所、カキン星にあっただろうか?カキン星に帰ってきたのがあまりにも久しぶりすぎて上手く思い出せない。
    「カキンカキン〜」
    atmが進むのをやめ、一際大きく鳴いた。目の前には流れる虹色の川。その向こう側は霧がかかって良く見えない。
    「カキン〜」
    atmが寂しそうな声を上げウヅゥの周りを飛び回る。
    「この川を渡ったらいいの?」
    「カキン〜」
    atmが悪魔のような羽をバタバタと忙しなく動かし、今にも泣き出しそうな目でウヅゥを見てくる。おぶっていたぱりんを下ろしもう一度身体を揺すると、ぱりんは眠たそうに目を開け大きく欠伸をした。
    「お別れ、なのね」
    atmを抱き締める。ずっとひとりぼっちだった私に出来たたった1人の大切な友達。
    「ありがとう、atm」
    その時。背後からガチャッと何かが開かれる音が聞こえた。

    〜〜〜

    眩しい光に包まれた次の瞬間、視界が暗転する。深い深い穴に落ちていくような感覚。突然ふわりと優しい何かに包まれるような感覚に襲われ、地面に足が着く。何も見えない暗闇のずっと遠くから微かに光が漏れていた。

    (急がないと)

    錠前はその光に向かって全力で走り出した。


    長い長いトンネルのような暗闇を走り続け、やっと光の漏れていた場所まで辿り着いた。走ったせいだとは思えないほど、異常な量の汗が流れる。光は木で出来た小さな扉の隙間から漏れていた。汗を拭い、大きく深呼吸をするとドアノブに手をかけゆっくりと扉を開ける。柔らかな風が頬を撫で、優しい花の香りが錠前の体を包む。満天の星空、色とりどりの花が一面に咲、その花畑の中央には虹色の川が流れる。見たことも無いような幻想的な景色に思わず見とれてしまう。
    「どう、して...?」
    川のほとりに立っていたウヅゥとぱりんが驚いたようにこちらを見ていた。

    〜〜〜

    「なぎさちゃん…」
    手に鍵を握りしめたまま固く目を閉じ、苦しそうに肩で息をする錠前。もう長いこと目を覚さない錠前にセレナーデがそっと手を添える。
    「錠前何してるアルか!とっとと戻ってくるアル!」
    共ポジが涙を流しながらそう叫ぶ。
    「戻るって約束したからにはちゃんと守ってよね!破ったら絶対に許さないんだから!」
    「寝坊助さんは許しません!早く起きて下さい!」
    クレソンもユーロも涙目で錠前に声をかける。
    「ポコ!フガが記憶をなくしちゃったあの時!ウヅゥがフガを助けてくれたフガ!フガ達であの時のウヅゥみたいになしなを助けるフガ!力を貸してフガ!」
    「分かったポコ!」
    妖精達が小さな手を鍵を握る錠前の手に当てる。

    (お願い、なぎさちゃんを、ウヅゥちゃんをぱりんちゃんを助けて...!)

    セレナーデはギュッと目を瞑り強く願った。

    〜〜

    1歩、花畑に足を踏み入れた瞬間、ぐわり、と視界が歪み、息が詰まる。これ以上は踏み込めない、そう直感する。
    「ウヅゥ!ぱりんちゃん!教えて!どうすればあなた達を助けられる?!」
    大声で叫ぶ。この声は届いているのだろうか。錠前の言葉にウヅゥとぱりんちゃんは暫く目を合わせ、手を繋ぐとこちらを見てフルフルと左右に首を動かす。
    「ねえ!お願い教えて!ワタシはあなた達を助けたいの!」
    もう一歩、足を進める。手に持った鍵がひときわ強く光り輝く。1歩、1歩、錠前が前に進む度に鍵の光は強くなり、辺りを照らす。手を伸ばせばウヅゥ達に届きそうなくらいの距離まで来たところで限界を迎え、最後の力を振り絞って手を伸ばした。
    「お願い早く掴んでよ」
    伸ばした手を掴もうとしないウヅゥ達に錠前が苦しげな声を上げる。
    「錠前さん、あなたの魔法やっぱりとても綺麗です」
    「でもあんたがいる場所はここじゃない」
    「約束、守れなくごめんなさい。短い時間だったけど皆さんと一緒にいれて本当に楽しかった」
    長く生き続けたウヅゥ達にとって錠前達と過ごした時間はあまりにも短いもの。それでも他人から奪い続けた自分達には身に余るほど楽しい時間は2人の記憶に深く刻まれた。

    「お別れです」

    強い風が巻き起こり、舞う花びらで視界が覆われる。その花びらの隙間から突然現れたatmにドンッと思い切り体当たりをされる。立っているのがやっとだった錠前はその衝撃で簡単にバランスを崩し後ろに倒れていく。
    ゆっくりと暗転していく世界で最後に見えたのは笑顔のウヅゥとぱりん。

    「ありがとう」

    そう聞こえた気がした。

    〜〜〜

    フガとポコが錠前の手に触れると、握られた魔法の鍵が強く輝き、しばらくして鍵は光を失い、それと同時に錠前は目を覚ました。
    「なしな!!」
    「錠前!!!!」
    「なしなさん!!!」
    「なぎさちゃん!!!」
    体を起こそうとして体勢を崩した錠前の体を全員で支える。魔法を使用しすぎた錠前の変身が解ける。
    「行っちゃった」
    「ありがとうって、言ってる気がしたの、だからワタシ2人のこと引き留められなかった」
    クレソンも共ポもユーロもポコもフガも、そしてセレナーデも何も言わずに錠前を抱き締める。プリキュア達の小さな泣き声だけが広い部屋に響き渡っていた。

    〜〜〜〜

    この宇宙には悪がごまんといる。奪い、奪われ、理不尽な運命に翻弄されるものの助けの声は誰にも届くことなく広大な宇宙の暗闇に消えていく。だから、今日もワタシたちは戦い続ける。

    「なしな今日途中でサボってたでしょ」
    クレソンが目を細めて錠前を睨む。
    「はぁ〜〜〜?!サボってな「サボってたアル」」
    「フガも見てたフガよ!なしなが攻撃受けてフリして途中で休憩してたとこ!」
    「ポコ?!なしな悪い子だポコ!そんな悪い子はブラックホールに放り投げちゃうポコ!もちろんスペースジョークポコ!」
    全員に責め立てられた錠前は半泣きでユーロにしがみつく。
    「ねぇ〜〜ユーロさ〜ん、みんなが虐める〜〜!」
    「まあまあ、みなさん落ち着いて。あ〜…でも私も見ちゃったんですよね、なしなさんがサボってるところ」
    ユーロが困ったようにえへへ、と笑う
    「ユーロさんまでー〜!!!」
    「なぎさちゃん、次サボる時はもっと上手くサボらなくちゃ」
    そう言ってセレナーデは錠前の背中をポンと叩く。
    「そういう問題じゃないアル。錠前帰ったら腹筋100回ネ。」
    「共ポ、走り込みも追加で」
    錠前はありえない、という顔でクレソンと共ポの顔を見、そしてニヤリと笑う
    「私がウヅゥとぱりんちゃんのこと助けに行った時わんわん泣いてたのどこの誰だっけ〜?今から腹筋100回に走り込み、そんなことしたら次こそ私死んじゃうかも〜」
    「黙れバカなしな」
    「腕立て伏せ100回も追加ネ」
    バシ、バシとクレソンと共ポが1発ずつ錠前の頭を叩く。
    「痛゛い〜〜〜〜!!!暴力反対〜〜〜〜〜!!!」
    いつもと変わらずガヤガヤと騒ぎながら歩く錠前達の隣を甘いリンゴの香りと共に青い、美しい蝶がヒラヒラと通り過ぎていく。賑やかに話していた錠前達は全員話すのをやめ、驚いたように後ろを振り返る。

    「お姉ちゃん、私歩くのもうヤダー!」
    「あともうちょっとでお家だから、ほら頑張って」
    手を繋ぎ歩く小さな女の子達。1人は鮮やかな水色の髪、もう1人は艶やかな黒髪、2人とも高い位置で2つ結びをしている。水色の髪の女の子が手にもつ、悪魔と天使を掛け合わせたような紫色のぬいぐるみがユラユラと楽しそうに揺れていた。

    「次こそは幸せになってね」

    錠前がポツリと呟く。

    2人の少女の小さな背中が見えなくなるまで、プリキュア達は願い続けた。
    いつまでも、いつまでも、あの2人が一緒に居られますように、と。







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