ママチャリと発泡酒、多分海 真夜中の歩道を駆け抜けてゆく。
ママチャリの荷台に大企業の社長さまをのせて。
俺と海馬じゃ体重こそほとんど変わらないとはいえ縦の長さが随分とちがうから、ボロいママチャリはすぐに重心がぶれる。それでも諦めるのは癪で、必死にペダルを動かした。
別に理由は無かった。目的地もなかった。
ただ、肉体労働ですっかり疲れ果てた心身はどういうわけだから海馬邸に吸い込まれ、気づいた頃には窓から不法侵入していたわけである。
まあこれまで幾度と繰り返してきた行為だから、意識は朦朧としていても体は覚えてたんだろう。あ、これなんかエッチなことみたいだな。なんつって。
ちょうど夢の境で船を漕いでいたらしい海馬はそれはもうギャンギャンと怒っていたが、適当にいなしてママチャリに座らせた。こいつにしちゃ妙に弱々しかったから、どうせ3徹だか4徹かなのだろう。
敏腕社長様はワーカーホリックなのだ。木馬のやつが頭抱えてた。
少々覚束ない足取りのママチャリが大きな交差点を4つほど越えたころ、ようやく尻が痛いコールをやめた海馬が妙に静かな声で「どこへ行く気だ」と問いかけてきた。
「べつに、どこってつもりもねぇけど」
「貴様、無計画がすぎるぞ。誘拐され損もいいところだ。俺は帰る」
正論も正論、ぐうの音も出ない。
吐き捨てるような声色は本当に飛んで戻りそうな圧がこもっていて、俺は慌てて目的地を作り出すしかなかった。
「あーまって海。海海海。海行くわ海」
「おい」
「マジだって。だってほら、海辺で飲む発泡酒まで持ってきたんだぜ」
と、言いながら前籠につっこんでいたビニール袋をひっつかむ。
勿論、計画的に持ってきたわけじゃない。なんとなくむしゃくしゃして、バイトにいざ出るぞと玄関へ向かう途中で咄嗟に冷蔵庫からかっぱらってきた親父の安酒。持ち出したはいいものの、捨てるのも忍びなく、バイト先で配ればいいかと前カゴに突っ込んだまま忘れ去っていた重石。
ひっつかんで、直ぐ様後悔する。どうせ貧乏くさいだとか、未成年がどうだとか詰る格好の餌にされるんだ。どうせ自分はパーティーだかなんだかで酒ぐらい口にしてるだろうに。
さて、当の海馬のやつはといえば、そんな俺の慌てようをみて大きなため息をついた。笑うでも怒るでも無いヤツの反応に、俺はなんでか少しどぎまぎとする。そのうえ今度は背中に少しもたれてきやがるもんだから、俺はもう。
「海だと」
海馬の声は低かった。それに、静かだった。ちょっとぽやぽやしてるかもしれない。寝不足、そうだこいつ多分寝不足なんだ。
ハンドルを持つ手がじっとりと湿る。
「貴様ここからどれだけ漕ぐ気だ」
「…そのうち着くだろ、島国だし」
また一つ、背後から大きなため息。
背中にかかる温い息に、背筋ぎワワワと粟立った。でもそれは多分、嫌悪とはすこし違ってて、俺はあわてて蓋をする。
ねしずまる街は寒いほど静かで、背中の熱だけが妙に際立っでいた。
「まったく呆れた能天気だ」
「ウルセー」
腹に回った腕がいやに熱い。
俺はただひたすらにペダルを漕ぐ。
どうせ誰もが深く寝入った夜だから、赤信号もなにもかも見ずにひたすらに漕いだ。