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    ポチデン
    お腹切った日

    ##ポチデン

     体を切り取ると、金になる。
     それはなんだか解るような、解らないような奇妙な感覚で、例えるならば果樹園に生える果物の木にでもなったような。今や息してる俺よりも値が張るらしい臓器を眺めて、あ、俺って切り取っちまえば金になるんだなぁ、と妙に関心してしまった。
     どうりで、俺はこんなボロっちいベッドで転がされているのに、俺から出てったアレはやうやうしくゴツい箱に納められているわけだ。
     俺の家よりかは遥かにマシだが、多分清潔とは言い難い廃ビルの一室で、俺は腹をパッカリと空けながらモノの価値ってのを学んだ。しかもコレで金が手に入る。少し得したかもしれねぇ。朦朧とした頭で少し笑う。笑えてたのかは解らないけれど。
     大人たちは俺の腹を手際よく閉じると、実に淡々と金の入った茶封筒と痛み止めだけ俺の枕元に置いて、サッサと何処かへ消えてしまった。
     冷たい奴らめ、とこの部屋唯一の出入り口である扉を睨みつけたが、実際のところ追い出されなかっただけマシかだったのもしれない。未だ麻酔の抜けきらない体を容赦なく外へ放り出されれば、きっと階段を踏み外したりだとかで死んでただろう。
     俺は何だか気を張るのも馬鹿らしくなって、起き上がる事もせずぼんやりと薄汚れた天井を眺めた。灰色で、コンクリートむき出しで、勿論蛍光灯なんてついてなくて、昔此処が何だったかなんて検討もつかない。きっともう誰も、此処が何だったかなんて興味も無い。
     取ってつけたように置かれた(実際、取ってつけたのだろう)業務用らしいライトが消された屋内は薄暗く、どこか肌寒い感覚すら覚える。
     だからだろうか、ずっと天井を見上げていると俺の手足まで灰色になりそうな予感がして、それから逃げなければと腕と背筋に力を込めた。
     ようやく背中をベッドから引き剥がしたその瞬間、視界の端に見慣れたオレンジ色が飛び込む。
    「あれ、ポチタ」
     彼からすれば随分と高いだろうベッドを、どうにかよじ登ったらしい。健気で頼もしい悪魔の姿に、安堵が湧き上がる。
     そうだ、無理言ってポチタもこの部屋に入れてもらったんだ。大人たちは手術の邪魔にさえならなければどうでも良かったらしく、始めこそ眉をひそめていだが、ポチタの大人しさを見て「好きにしろ」とだけ返すと興味を失っていた。
     よかった、近くに居てくれて。手足に熱が戻ってくる。
     なんだか無性に嬉しくなって、抱きしめようと腕を広げる。するとポチタもいつも通り俺の胸に飛び込もうとして、しかしピタリと動きを止めた。
    「…どうした?」
     問いかけると、その場で小さく足踏みをしだした。まるで、行き場に困っているかのような仕草。いつも俺とバッチリ合う目は、なぜか俺の胴のあたりを彷徨っている。
    「クゥン」
     今にも泣きそうな声を上げるポチタの視線の先、自身の胴あたりを暫しぼんやりと眺めていると、ポチタが悪魔とは思えぬ可愛らしい舌でぺしょぺしょと舐め出した。
     小さな舌は、俺の腹に出来た線に沿って上へ下へと動いている。あんまり綺麗じゃない、所々引攣れた赤い線。何だこれ。ふと周囲を見れば、投げ捨てるように放置された刃物。見たことのない機械。所々に赤いシミ。
     あ、そっか。
    「おまえ、傷気にしてくれてんの?」
     可愛らしい舌がピタリと止まる。そして、不満げな視線と共に「ワン」の一言。どうやら叱られたらしい。ポチタは俺が怪我する事をあんまり良く思ってない。
     ごめんなぁ、とまん丸い頭をひと撫で。そうすれば優しいポチタは一応許してくれるのだ。
     ポチタに怒られるから、臓器売るのは偶ににしよう。数に限りもあるし。
     すっかり熱の戻った手足を動かし、硬くてぼろっちいベッドを飛び降りる。部屋の隅に丸められたシャツを着て、デカめのスニーカーをはいて、シワクチャのコートを着てしまえばいつも通りのデンジの出来上がりだ。内臓が一つ減っても何一つ変わってない。大人のおいてった薬と金をコートのポッケにねじ込んでも、何にも変わらない。
     それは多分、安心して良い事なんだと思う。
    「帰ろうぜ」
    「ワン」
     キーキーとうるさいドアを開けば、外はすっかり夕暮れだった。
     薄暗い廃ビルを抜け出して見慣れた土手を歩く俺たちはやっぱりいつも通り。赤い太陽に照らされて俺のひょろっこい影が伸び放題な芝の上をビヨーンと伸びて、その後ろで丸くてちっちゃいポチタの影も楕円形にビヨーンと伸びて。子供も大人も遠巻きにすら俺たちのことを見てなくて。全く清々しいほどにいつも通り。
     俺たちも、世界も、なんにも変わっていないのに。いや、変わってなかったからだろうか。ジワジワと、腹の中身が一つ減ったという事実が胸元をせり上がってきた。
     俺は変わっていないけれど、でも確かにぽっかりと穴ができたんだ。内蔵って、また生えるんだろうか。果樹園の果物みたいに、何回も何回も生えてくるんだろうか。それとも、これっきり穴のまんまなのだろうか。
     もし穴のままなら、じゃあ全部切り取った後の俺って、最早何一つ切り取れなくなった俺って、その価値って何なんだろうか。
     びよびよと伸びた影の中に、ぽっかりと穴が生まれた。穴がどんどんと増えて、影の中身全部が穴になったら。ぼろぼろのシャツとパンツとコートと、ブカブカのスニーカーをはいた形だけになったら、それってどうなるんだろうか。
    「ワン」
     俺の影を、楕円形の影が横切った。俺を追い抜いて、ぽてぽてと前を歩くオレンジ色。ポチタ。そうだ、ポチタ。ポチタがいるじゃん。
     優しいポチタは、きっと穴ばっかりになった俺にも何かを、何かは判らないけれど何かを見つけてくれる。それはとても、どんなことよりも、それこそ俺の内臓を切り取ることよりも素晴らしい予感がした。
    「な、ポチタさ」
     ぽてぽてと、まるっこい体がこちらを振り返る。
     愛らしいフォルムに不釣り合いな刃物が、ぬうっと顔を覗かせた。廃ビルに転がった刃物なんて目じゃないくらい物々しいけれど、俺たちよりずっと大きな悪魔もぶっ殺すけれど、決して俺を傷つけない優しいチェーンソーが、夕日を反射してギラギラと輝いている。その輝きは、ポチタを普段よりもずっと大きくて強い悪魔のように見せた。
     こいつは俺よりずっと力強く生きる。そう確信させるくらい。
    「…やっぱ、なんでもないや」
     眩しいポチタを見てると、何を言えばいいか解らなくなった。
     違うな、正しくは「どう言えばいいか」解らなくなったんだ。
     穴ボコばっかりになったら、好きにして?穴ボコなりにイイとこ見つけて?食べてお前のチカラにして?…何を言っても、あの輝きに焼き殺される気がした。うまく言えないけれど、どれもシックリ来ない。
     きっと、今話すことじゃないんだろう。何にでもタイミングってのがある。この前たまたま聞いたラジオでも言ってた。
     何かを誤魔化されたことを察したのだろうポチタが俺の顔を覗き込んでくるから、右手でワシャワシャと撫でてやる。不満げにウゥと唸る声が可笑しくて、俺は笑った。キシキシと腹に響いたから一旦止めて、今度は声をあげずに笑った。
     ああでも、ポチタに食われんのは悪くないかもしれない。
    「冷えてきたし、急ごうぜ」
     俺の手のひらから逃れようと藻掻くポチタをヒョイと抱き上げ、頭に乗せる。本当は前に抱えるほうが慣れてるけれど、今日は痛いから妥協だ。
     俺たちが一個になって、影がさらにノッポになる。
     さっきまで確かにあった穴は、何処かへ引っ込んでいった。
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