🔥🔥🔥 暗く冷たい洞穴は、人並みより遥かに立派な体格を持つレオには窮屈な代物だった。しかし、だからといって、進まないわけにはいかない。何よりもまず父親である彼にとって、奈落の底に娘がいると知りながら、それを見殺しにすることなどできる筈がなかった。たとえその道行にいかなる困難があろうと、それが人の道やおよその道理から外れた行いであろうと、その結果が自分の身にどのような影響を及ぼすのかさえ、レオにとっては尋ねるにも値しない些事に過ぎなかった。愛する我が娘を、暗くおぞましい場所から救い出す。それさえできれば、後はどうなろうと、レオの構うところではなかった。
その洞穴の表面、不愉快な湿り気を孕んだ土壁のそこかしこに露出している痩せた木の根が、レオのシャツの生地を引っ掻きその繊維を削っていくが、レオはそれに気付いた様子もなかった。それに、今更彼の着ているシャツの一枚二枚の見てくれなんて、気に掛ける者もいないのも事実である。レオはより暗い方へ、洞穴の奥、生臭い風の吹きつけてくる方向へと進む。
洞穴の入口から差し込む青白い月明かりはほんの僅かで、少し奥に進んだだけで、視界はすっかり闇に塗りつぶされる。何も見えず、ただ、腐ったような土の臭いが濃くなる方向に向かって、汗ばむように湿気た土塊の壁を手で伝いながら、ひたすら前に進むレオは、窮屈に首を竦め背中を丸めながら奥へ向かう内にふと、自分の履いているズボンの、擦り切れかかったポケットの内側に、何か、四角い箱のようなものが入っていることに気付いた。
そこで彼は、冷たい土を手探りして、泥のすっかりこびりついた汚い指先を、頓着せずポケットの中に突っ込んでみると、そこには、ジッポライターが無造作に押し込まれていた。レオは煤けた金属の箱、やや緩んでいる蝶番を乱暴に振って開き、ホイールを弾く。
洞穴の奥から吹き込んでくる生ぬるい風に煽られ、時折揺らぎながらも灯ったライターの火を頼りに、レオが下へ下へと洞穴を降りていくと、不意に開けた場所に出た。
そこは地底に繰り抜かれたホールのようになっており、開けた空洞はそこが地中であることを忘れる程に天井が高く、地面には粘性の火が、煮えたぎるようにある。火山に放り込まれたような有様である。地底の底をなみなみと覆いつくす炎の赤からは鼻を覆いたくなるような異臭があったが、それを吸い込みながらも不思議と、レオの意識ははっきりとしていた。しかし、陽炎のように揺らぐ赤の眩しさに堪えきれず、レオはライターの蓋をぱちんと閉じ、顔を顰めた――しかし彼が顔を顰めたのは、何も剥き身の炎が放つ眩しさと、茹だるような熱気のせいだけではない。
赫々と燃えあがり、レオの網膜を今この瞬間にも焼いている、さながら太陽の表面のように燃える粘性の岩、マグマの只中からは、バースデーケーキの上に刺さったちゃちな蝋燭のような頼りない円柱型の足場が突き出て、ところどころ不安げに傾ぎながらも、行く道を指し示す風に並んでいる。何ともささやかなその足場に向かって、何本もの手が伸びていた。マグマから突き出た無数の手は時折、持ち主の炭のようになった肩や、焼けただれた顔を、ごぼりごぼりとおぞましい音を立ててマグマの表面に浮かばせながら、尚も懸命に、助けを求めるように藻掻き、この上ない悲痛にひしゃげるように歪み切った苦痛の表情がマグマの底にずぶんと沈むと、爪のすべて剥がれ切った指先が宙を切る。
惨い光景だった。
顔を顰めながらもとにかくさらに奥へと進むため、足場に踏み出そうとしていた足を思わず止め、目を覆いかけるレオの頭に、『よそ見するなよ』と、“羊飼い”の声での警句が直に響く。
『いいか、私たちには時間がないんだ』
『あんたが助けたいのは、娘さんだろう』と、励ますように素っ気なく続いた男の声に、気持ちを持ち直したレオは顔を上げる。そして、彼は助けを求める亡者どもの呻き声にも耳を貸さず、足場に向かって懸命に手を伸ばす痛ましい爪先が己の足に掛かれば、それを容赦なく蹴り落して先を急ぎ、絶えず噴き出る汗を拭いながら、見るからに頼りない足場から足場へと伝って、開けた洞窟の奥へ奥へと進んでいく。