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    Psich_y

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    ※🛁所有の知育玩具夢
    ※既知主(≠s/qだが≒kitk者)
    ※2.7スリレ時空
    ※様子のおかしい🚂
    ※車両2Fを好き勝手使う🛁

    故郷で崇拝されている救世主「Dr.rito」に肖り、vrtsと名付けられたちょっぴり特殊体質持ちの一般通過凡人vrts・rito(10)が、何故か熱的死まで起きなくなったkitk者の代役を努める羽目になり、その過程でうっかり足を滑らせteの運命に落ちて五点もらう話

     ――存在しない筈の宇宙が、なぜひとつの世界として存在しているのか。
     酩酊したようにぐらつく意識を絞り出し、夢中で、問いを投げ掛ける。回答。それを論駁し、新たな真理を打ち立てんとするように叫ぶ。
     ――■■■■■■■■■■■■■。
     ――其がそれを善しとされたから。
     気がつくと、目の前には絶えず水の涌き出る白銀の盃があった。槍のように降り注がれる赤い光。新たな運命が、僕の目の前で手招きをしているようだ。僕はその道に足を踏み入れるため、瞬く間に黒ずみ、ボロボロと崩れ続ける盃を手に取り、ゆっくりと慎重に傾けた。滑らかに動く喉。呑み込んだ毒のような運命は、凡人の一生のように苦い。自らの運命が確定するその日を、僕はずっと待っていたのかもしれない。
     だが。まさか、こういう形だとは思わなかった。
     手の内に収まったのは赤い光をそのまま吸い込んだような真っ赤な水……救世主の血たるワインを湛えた銀の盃だ。どちらかというと別の星神の所掌に近いだろうそれを見て戸惑う僕を、名もなき五対の目が見詰めている。護衛役、記憶喪失者、科学者、元盟主、それから、新たな旅人。
    「■■■■、それは……」
     視界下部を占領するメッセージウィンドウ。そこだけボイスが切り取られたみたいに、聞こえない声。代わりに置き換えられたのは、空白、もしくは害のない二人称か。
     本来「開拓者」が受けるところの一瞥イベントが、シフトしたのだろう。かつての僕が、「開拓者」だったからだろうか? 本物の開拓者が眠りに就いたこの宇宙は、空席を埋める誰かを、ようやく見つけ出したのかもしれない。
     その瞬間の僕の心を埋めていたのは、ただひとつの感情だけだ。

     ――やっっっっっっっっべ!!!!!!! 教授にめちゃめちゃ怒られる……!!!!!!

     焦り。
     完全に未知のものとなった脚本上の都合により、つい先程うっかり知恵の星神に発見されてしまった「開拓者」役たるこの僕の真名を、「ベリタス・レイシオ」という。



     1

     この宇宙はどうやら、崩壊:スターレイルではなく、崩壊:スリープレイルの世界だったらしい。最新アップデートにより待望のハウジング要素が実装され、物臭段ボールベッドからより一般的な寝台に移行したその日。押してはいけないボタンを連打するくらいには好奇心旺盛な開拓者は、うっかり永遠の眠りについたまま、再び目覚めることがなくなってしまった。
     そして僕は元プレイヤーであり、現転生者であるという自覚を持つこと以外は何の特筆事項もない、無力で、愚かな、只人である。
    「おはよう」
    「おはよう」
    「……調子はどうだ」
    「悪くないね」
     目覚めなくなったひとの代わりに目覚めた僕の顔を、丹恒が覗き込む。どこかで見たようなスチルと全く同じ顔。しかしそこにあるのは見ず知らずの他人に向ける親切な目ではなく、誰より勇敢に、毒杯をも相手にいつもの冒険心を発揮した「開拓者」に向ける、呆れと安堵の入り交じったような目だった。
     眠らない夜の楽園たる宴の星ピノコニーのそれよりずっと快適な寝台は眠れる宇宙の美少女のものだ。故に、星穹列車の成員たちは再びパーティ車両の存在を忘れてしまったかのように、夜の廊下をさ迷う「開拓者」に自分の寝台を無条件で提供してくれるのだ。
    「……好奇心旺盛なのは良いことだが、心配させるようなことはやめてくれ。……だが、お陰で助かった」
     苦々しい表情は様々な検討を既に終えた後のように見えた。そしてそこには、目の前の僕が自らの一部たる「開拓者」であるという根拠のない、誤った信念が含まれている。
     僕は「開拓者」ではない。星穹列車の誓いを口にした覚えはないし、正確には、ナナシビトですらない。様々な理由があり偶々その時期に列車の停泊地――些細な言及のみで終わり態々実装される程でもないような、矮小な星々のひとつ――を目指す途中、トラブルに巻き込まれた結果、一時的にこのお人好しな列車に身を寄せることになっただけ。……の、筈なのだが。
     いつの間にか居なくなった空席を埋めるように……それまで存在しなかった筈の自室が、14のバージョンアップデート越しにようやく開拓者を見つけ出したように。偶然その席近くに居た+1が、-1の代わりに選ばれた。それだけ。そしてその人物が偶々、奇妙な廻り合わせにより、ある既存プレイアブルと同じ名前をしていただけ。
     この「物語」は複数以上の成り代わり要素を含まない。僕は「開拓者」であり、「博識学会の学者」ではない。そもそも厳密には「開拓者」ですらないのだが。しかし、意識を失う直前の、ある意味突飛な日常の延長線上のような邂逅が、この身に付けられた個体識別名が示すものから逸脱したものであることもまた事実で。
     嗚呼。
     後から生まれた、名前を写しただけの贋物のくせに、「余計な混ざりもの外なる神の知識」のせいで其の警戒を招いた。
     あんなものが一瞥であるものか。決して、認める訳にはいかない。
     天才と凡人、それらの属性の違いに優劣を認めるつもりはない。だが、二人の「ベリタス・レイシオ」の関係は、常に不変でなければならない。つまり彼が先で、より優れていて。僕が後で、より劣っている。僕しか持たず、彼が持たないものがあってはならない。
     知恵の追加運命などくそ食らえ。たとえそれが、目覚めを拒んだ彼/彼女の代わりに宇宙を救う唯一の手だてなのだとしても。壊滅、存護、調和…もしくは記憶じゃ駄目だったんですか?
     嗚呼、僕に、バットや大槍を振り回せるほどの腕力がなかったばっかりに! それに、運命は何より、僕が本物でないことを知っているから。
     仕方がないだろう! 僕は長命種でも何でもないし、片手の指で数えきれてしまう程の長さしか今世を生きていない。「僕」として誕生してからの年数で言えば、「開拓者」とトントン。前世の蓄積分があるから、本当に普通の子供よりはずっと、大人の世界観を理解してはいるだろうけれど。
     だが、こんなところでルールを破ってどうする。自分が、まさにそのルールを破るためにここにいるのだとしても。こんな、こんなことになるくらいなら、せめて。僕の名前がそのどちらか、もしくは何者でもない、プレイヤーネームだったら良かったのに。
     いや、今からでも遅くはない。この何よりも尊く輝かしい名前を、棄てれば、いいだけなのだ。
     棄てれば。
    「■■■■?」
     捨てた先にあるのは、誰もその名を呼ぶことがない本物の孤独だ。彼らは誤った認識のために、僕を空席に座った人間だと思い続けるだろう。無理もない、彼は画面の向こう側でコントローラーを操る手を認識してはいない。その手が誰のものであろうと、アカウントが変わらない限り、彼らの認識は変わらない。そして音声合成による呼称の再現という機能は、僕が知る限り、この宇宙に未だ存在しないから。
     ……そんなことが、出来る筈もなく。
     僕が本物のDr.であれば良かったのかもしれない。それならば、彼らの誤った認識を正し、本物の「開拓者」を叩き起こし、宇宙を本来のかたちに戻せた筈だ。だがこの世界線における現実は、そうではなかったから。
     第四の壁の向こう側にある読者様専用の席に、もしくは第二の故郷たるモブ星に帰りたい。だがナナシビトの役を押し付けられたこの身に帰る場所など、もうとうに無いのだ。何度だって僕を崖から突き落とす巨星は、僕を運命という名の課題から逃がしてはくれない。
     やだやだやだやだ! レイシオ教授、大好きです、落単続きでも、アナタのご尊顔を見られるだけで良かった。あなた程の偉人なら、子供に同じ名前をつける親がいたっておかしくない。
     僕が生まれるより昔がどうかは知らないが、少なくとも、僕の周りには、親から賢く育つことを期待されベリタス、もしくはレイシオという名前を授かった子供が僕の他にも何人も居た。
     本物のDr.レイシオが幾つで、それが何年前のことなのかは知らない。ただ、僕たちは自分達の星をDr.レイシオがかつてその命をまるごと救った無名の星のひとつだと信じていて。そこで彼は、まるで本物の神のように崇め奉られている。だが神というには人らしすぎる彼の、唯一無二の輝きを放つ三と三、計六音節の名前は、多くの文明が神を畏れるようには畏れられておらず、まるで会えるアイドルのように新生児にも大人気ときた。
     故に、僕の故郷では、色んな子供がベリタスくんだし、レイシオちゃんだったのだ。それは今も変わらないだろう。
     何せ、旧き契約のため、今やあの星の全てが救世主たるDr.レイシオの財産なのだから。
     彼がその創立に手を貸したという、星唯一の大学。親が子供にベリタスと名付けるような家庭は大抵学術を最重要視していたから、その名前の採用率だって低くない。一クラスに数人、それくらい、ありふれた伝説。それが僕にとってのベリタス・レイシオだった。
     そして僕も、そのうちの一人だったというだけ。少しだけ希少な体質を持ち、周囲より人生における不幸の割合が多く、この宇宙が経験する数度の「拡張」に関する知識を持って生まれただけの、普通の子供だ。僕を産む前に父になる筈だった夫を失った母が無知ながらも子供の将来を誠心誠意祈り、偶々選んだ本の主役だった真の偉人に肖った名前をつけた。そして今度は自身の命をも失った母の最後の祈りを叶えるかのように、まだ幼い僕を見つけ出し、絶たれる筈だった学の道を繋げるため現所属――第一真理大学に正規手段で転籍させたのが、よりにもよって本物の「レイシオ」だっただけだ。より正確に今の僕……否、ヘレンの代わりにレイシオをその祖とする「ヘレネス」である僕たちの立ち位置を表現するなら、彼の研究室の、シャーレの中、というべきか。無論、僕の創造主はレイシオではない。彼は、ルアン・メェイではないので。そして現在彼の研究室で仕事をする者のうちには、彼以外に僕を引き取れるだけの余裕のある人間がいなかったから――というのは恐らく建前にすぎない。彼らは神のような教授の財産の一部である、彼と同名の子供を育てて、万が一にも失敗したくなかっただけだ。もし僕が愚鈍であれば、それが生来的などうしようもない偶然によるものだったとしても、僕に関わった人間の影響を疑わざるを得なくなってしまう。それだけ、第一真理大学におけるレイシオの存在は大きい。そのプレッシャーを気にしなくてすむのは、その目に見えない圧力とやらを与えているらしいレイシオ本人だけだ。
     そうして、僕はベリタス・レイシオJr.となった。なってしまった。絶望しかないね!
     ――だがそんなことは、「開拓者」になる上では、何の関係もない。意味もない。元々無色透明な……と称するには、多少奇抜な性格をしすぎてはいるが……兎に角、必要条件を満たしてさえいれば、何者でも良いのだ。「開拓者」とは、ベクターとは、器でしかないのだから。そして極端な話をすれば。その条件が満たされているように見ることができるのならば、本当に満たされていなくても問題ない。そういう仮説に基づく実証実験だった。
     イマジナリー教授が僕の頭中を深い溜め息で埋め尽くそうとしている。
     それこそが僕の抱える最も治療されるべき病の主症状であり、あのDr.レイシオが僕を捕獲し教育しながら一種の知育玩具として利用し続けている最大の理由であったから。
    「丹恒は、今日、何したい?」
    「特にないから列車の当番に参加するつもりだが……お前が探索を望むなら付き合おう」
     僕を喪われた自身の一部だと思い込んで全てをさらけ出す丹恒は優しく、美しかったけれど。どこか哀れで、滑稽に見えた。
     開拓の旅は終わらない。開拓とは、進む課程そのものだからだ。だが、開拓者が目覚めない限り、彼らは永遠に次の地に辿り着くことが許されない。探索度は既に100%、幸か不幸かインフラ的デイリーや各種定期更新コンテンツは継続中だが新規行人が実装されなくなって久しいこの宇宙では石を増やし、より強い遺物を探し求める以外にすることがない。そもそもコンテンツの更新がない以上それらは既存のステージの繰り返しでしかなく、難易度のインフレが起こることもないのだから、より強い遺物を求めなければならないという必然性もない。故に、「開拓者」もしくは「読者」の資格を偶々持っていた僕が、彼らのためにテキストを進めるという役割を拒めば。次の適格者が現れるまで、彼らは音のしないフェナキストスコープの中で、永遠に同じ動きを繰り返し続けるのだろう。
     この宇宙は、夢の外にある現実でさえ、さらにその外側から見た、ただの美しい物語でしかないのだから。
     僕は病に侵された彼らを救いたかった。だが自身が救われたくなくなった訳でもないのだ。



     0

     軽やかな歩み。その男は、ひどく機嫌の良い様子で、ざらざらと羽の擦れるような音を鳴らしながら――まるで自らの縄張りに足を踏み入れた見慣れないものに対する威嚇のように――少し上ずったような、聞く者の精神を逆立てるような声を放った。
     見ずともわかる。我等がDr.レイシオの戦略的パートナーたる、スターピースカンパニー戦略投資部十の石心が一人、アベンチュリンだ。
    「その人が君の『新しい』家族? 似てないね」
    「養子だ。……何を期待していたんだ?」
    「ふうん。わ、起きた! おはよう、お名前は言えるかな?」
    「ャア」
     なんか寝起きに恐ろしい顔が見えて、とんでもない悲鳴を上げてしまった気がする。僕は小心者なのだ。
     赤子のように扱われるには長すぎる手足は、しかしゴン太肝っ玉かつ社会人n年目の彼らから見れば真に赤子のそれのように見えるだろう。
    「君が子供を引き取ったというから、どんな子かと思えば……どこかで見たことのある金髪だね」
    「君にはそう見えるのか。認知でもしてみるか?」
    「アハハ、相変わらず口が悪いね、教授。僕に子供はいないよ。……ただ、むしろ……いや、いいや。君の選択に異を唱えるつもりはないから」
    「なくなった、の間違いだろう。少しでもまともな判断力があれば誰でもこの異常性に気がつく筈だ」
    「じゃあ聞くけど。なんでその『目』を持つ人間がここにいるんだ?」
    「だからこそ、だ」
    「ふうん。……それで、『コレ』の名前は?」
     軽快なやり取り。どうにも割り込めなさそうな頭のいい人二人の話に見えた一瞬の隙を、自分の言葉で撃ち抜く。
    「ベリタス」
    「? レイシオ、呼ばれてるよ」
    「違う。……はあ、それが、『彼』の名前だ」
    「えっ?」
    「僕の名前がベリタス。レイシオ教授に引き取られたから、僕もベリタス・レイシオなんです」
     まあ、あえて違いを挙げるなら。僕はまだ博士ではないから、Dr.レイシオと呼ばれることはない、位か。
    「なんでベリタスなの?」
    「なんで……? はあ、物語的英雄や有名人の名前を新生児につける、なんて、ありふれたことでしょう」
    「そうなのかな? 僕にはわからないけど……」
     ――何せ、子供の名前に採用される程、僕の知る『英雄』は多くなかったから。
     アベンチュリンのジョークなんだかよくわからない影に、レイシオの顔が僅かに曇る。
    「彼の出身である■■星は僕の財産の一つだ」
    「……へえ、教授が星一つ所有する程の富豪だとは思わなかった」
    「かの星を所有する条件は金銭ではなく、契約のためだ」
     そしてその契約のために、レイシオは必ず僕らを救わなければならないし、僕らはレイシオが僕らを救うために必要な何もかもを提供しなければならない。人の心ですら。
    「そしてそこでは頭の痛いことに、新生者に『ベリタス』と名付け、姓を『レイシオ』とするのが一般的なんだ」
     つまり、自分を「ベリタス・レイシオ」だと主張する狂人が一般的に存在しているタイプの異常な星なのである。
    「一般的?」
    「まあ、ここ十年前位からの話ですけど」
     十年。その時が意味するものを考えたアベンチュリンが、怪訝そうな目をレイシオに向けた。
    「レイシオ、君、幾つなんだっけ?」
    「ああ、勘違いしないでください。僕の故郷では『時間』というものに関する考え方が根本的に違うんです」
    「違う?」
     そうではない文化圏で生きたことのある僕は、その言語習慣の不自然さを容易に理解し、説明することができたけれど。そうでない場合、この文化的特徴をわかりやすく説明するのはひどく骨が折れただろう。だがまあ、アベンチュリンもまた、信用ポイントで形作られた今の経済的文化圏とは全く異なる文化を主たる文化としていたようだから。文化の違いというものを理解しやすいかもしれない。レイシオが頷き、口を開く。
    「この宇宙におけるメジャーな時間論とは違い、現在の彼らは、時間を、未来が過去を規定するものである、と先験的に定義している。故に、彼らの言語習慣における『前』とは過去ではなく未来を指す」
     共感覚ビーコンはその言葉が持つ意味を読み取り別の言語に変換するが、その文化的習慣まで変換することはできない。彼らにとって「十年前」は正しく「十年前」である。ただその根底を流れる思想のベクトルが違うだけ。
    「えーと、僕らから見て……十年後から来た……未来人って、ことなのかな?」
    「厳密には違うが、まあ、及第点と言っていいだろう」
     ――その星の住民たちは生まれたときからある「風土病」に侵されている。そしてその病の性質上、他の宇宙とは隔絶した時間を生きている。より端的に言えば、彼らはある瞬間に出現し、時間と共に「若返る」のだ。
    「彼曰く、僕が十年後にその病を治療し、彼らの内を流れる時間の流れを『正常』にするという未来がつい先日確定した。彼はこれから十年かけて生まれる瞬間まで戻り、再び十年かけて今と同じ姿に再成長する」
     そしてそのためにレイシオは「救世主」と呼ばれ、僕たちの星を永遠の退行から救うために必要不可欠な全権を委任されているのだった。
    「つまり彼が至り得る最高年齢から今の外見年齢を引いたものが、彼の本当の年齢ということだね。えーと……二十くらい?」
    「君の認識しているだろう『一般的な』寿命の長さに関して言いたいことはあるが……概ねその理解で間違いない」
    「わかった。それで、だが彼は例外だ、って続くのかな?」
    「ああ……0点だ」
     流れるような厳しい採点。アベンチュリンの片眉が僅かに揺れる。
    「僕の認識をそのまま述べるなら……彼はつい先日、先述の星で、僕の目の前に『発生』した」
    「……このままだと十年プラス十年で、二十年後に死ぬってことか」
    「それと同時に……あの星から十一歳以上の人間が全て消滅した」
    「『未来』が変わった……?」
     僕は、そう考えている。そしてレイシオも、その仮説を仮説として認めている。
    「あの星が滅びるのが二十年後なのか、それともこの宇宙を丸ごと揺るがすような『何か』が現れるのか……ギャンブラー、君ならどちらに賭ける?」
     まともな人間であれば、迷うことなく前者に賭けるだろう。それくらい、荒唐無稽な仮説だ。だがレイシオは荒唐無稽であるからという理由では、仮説を棄却しない。
    「執行猶予付きって訳か。お揃いだね」
     目の前にすっと差し出された二本の手の動きがあまりにも自然だったので。イエーイ。両手を合わせてから気がついた。そうだ、彼は、狂ったギャンブラーなのだった。だからこそ、レイシオは彼にもこの「賭け」を持ちかけたのだろう。あとは、まあ、一緒に色々な仕事をする仲間のようだし。期待されているのだろう。重い。
    「ちょっと、僕が死刑囚の、罪人だって?」
    「……ああ、やっぱり。君も、何でもお見通しなんだね。可哀想に」
     目の前の派手色男は何処か大袈裟に哀れむような仕草とは裏腹に、何の感慨も抱いていないかのような目をしていた。それどころか、今のレイシオの説明の中に潜む矛盾点を探そうとする…レイシオのスパルタ式教育に日夜全力でしがみつこうとしているゼミ生たちのような顔をしている。僕の偏見かもしれないけれど、レイシオは情熱的なようでいて、同時に極めて冷酷かつ精密なトリアージの使い手でもあるので、彼と相対する人間は皆、何処かの親密段階から、そのような顔をせざるを得なくなるのだ。
    「何か?」
     一方、レイシオはひどく涼しげな顔をしている。あたかも、自分の言うことは全て正しく、疑わしい点など何一つない、疑いたいならそれなりの論拠を示してみせろ、と言わんばかりの、石膏頭より白々しい顔。
    「普通、そういう『終焉』みたいなものは、明日とか、もしくは何万年後とか、そういう時間軸で起こるものじゃないの? 二十年なんて、物語の予言とするには、中途半端すぎる」
     確かに、終末予言としては、中途半端な数字にも聞こえるだろう。
    「今がその『五万年後』の二十年前だとしたら?」
    「そっか。そうだよね。現実は、必ずしも物語のようにドラマチックでなくとも良い訳だし」
     はじめから、反論する気もなかったのだろう。もしかすると彼も、第六感すらも越えた何かしらの感覚のために、終わりを予感していたのかもしれない。
    「君たちは、本当に全部『終わる』と考えているのかい?」
    「ああ」
    「抗えないの?」
    「抗えないと思うか?」
    「……抗いたいと思うよ」
    「この宇宙はまもなく熱的死を迎えるだろう。全ての形あるものが崩壊し、光の存在しない暗く冷たい荒野と化す。これが僕が至った結論だ。そして僕は僕の持てる全てを使い、その日を先延ばしにするつもりだ」
    「どうして?」
    「『どうして』? ギャンブラー、君がそれを問うのか?」
    「愚問だったようだね。まあ、机がなければベットもできないから。……僕も協力するよ。何をすればいい?」
    「随分と物分かりが良いな」
    「分かってるんだろ。それが本物じゃないってわかっていても。その目をしたひとをもう二度と苦しめたくないんだよ」
     アベンチュリンの手が、存在しない金糸を捕まえようとするみたいに、宙を泳いだ。
     アベンチュリンの目に、僕がどう映っているのか。全ての悲しい物語を知っている僕には容易に予測できたけれど。それを指摘する気にはなれなかった。





     2

    「はあ……君は本当に僕を心底愉快な気持ちにさせるのが得意だな」
    「面目ありません……」
     床に座り項垂れ、普段の三割くらいに縮んだ僕を見下ろすレイシオの眼差しは、風呂の設定温度からは考えられないくらい冷たい。
    「だが、少し意外だった。良い『研究発表』だ」
    「えっ!? まさか……百点とか……」
    「調子に乗るな。珍しく五点以上追加してやろうと思ったが、今ので台無しだ、マヌケ」
    「そんなあ……!」
    「プラス五点」
    「それでも五点はくれるんだ……」
     祈るように手を組み感動の涙を流す僕の眼前に、レイシオが溜め息を落とす。イマジナリー教授とそっくりな仕草から、自身の脳内再現が案外高精度だったことがわかる。というより、この人が、まるで憂鬱そのもののように、溜め息を吐きすぎなのかもしれない
    「だが、頭が痛くなるな……。好奇心のために躊躇なくそういった選択をする異端者たちの吹き溜まりだとは常々思っていたが……」
    「相変わらずひっどい言い種ですね……。『開拓者』たちのことを、好ましく思っていたのでは?」
    「ああ。好ましいと思っている」
    「なら、何故?」
    「個人的な好悪と教育的に有益かどうか、もしくは疫学的に好ましい状況かという判断は異なる。間違いなく今の列車は真っ先に治療されるべきクラスターの一つだ。好奇心は時に万病の特効薬にもなるが、多くの場合只の劇薬で終わる。……これを」
     伸ばされた手から閉じられた本を受け取る。重厚で立派な学術書も、目の前の凡人教授にかかれば忽ち長風呂の間に容易に打ち倒されてしまうような、薄く軽い読み物へと変わってしまうのだ。
    「はいはい。天才は短命って奴ですね。教授が天才でなくてよかったですよ、全く」
     彼もしくは彼女は、開けるべきではないパンドラの箱を開け、量子猫を毒ガスに晒してしまった。
    「ふん。……これまでも、これからも、『開拓』は宇宙の存亡に大きく関わる領域を司っているといえる。やはり『その席』は其らとの親和性が高いようだな。……もしくは、君の気質が『そこ』に元々近かった、と考えるべきか」
    「そこまで分かってるなら貴方が代わりに演るんじゃ駄目だったんですか、教授?」
    「そうすれば其が僕を見ると……本当に思うか?」
    「試してみる価値はあると思いますけど」
    「限られた人生の時間を些細な問題に拘泥するだけのために浪費することを選ぶのは、馬鹿だけだ。君の代わりに『Dr.レイシオ』をそこで遊ばせるくらいならラバーダックの一つでも置いた方がマシだろう」
     そう言いながら、レイシオは湯を泳ぐアヒルの玩具をつまみ上げ、バステーブルの上に置いた。
    「それを『些細』だと言ってのけられる凡人なんて、教授くらいだと思いますけどね。……待って。暗に僕のこと、ラバーダック以下の脳無しだと言ってます?」
    「この模擬実験の中心に僕を置くくらいなら君を置いた方がマシだと言っているんだ。『降臨者用の空席に別の外的存在を植え込むことで物語を強制的に進め、止まった宇宙のインフレーションを再開させる』君が提唱した理論は僕も高く評価している。増大し得るエントロピーの限界値を増やすことは、熱的死を遠ざけるために有効とされる理論の一つだ」
     列車の仲間や来訪者たちがうっかり本物の開拓者を起こしてしまうことがないよう、開拓者が熱的死を選んだ瞬間から、このパーティー車両には強い認識障害がかけられている、らしい。認識障害がかけられて以降この車両は、ここが開拓者の眠る場所だと知っている状態で既に一度訪れたものであれば容易に見つけて入れるが、一見客では見つけられない招待制マイルームとなっている。
     僕は、はじめからこの車両の存在を知っていたというのもあるが、「開拓者」の席に座ったことでこの部屋の所有者という概念を内包することになった。そして契約上僕のすべてはレイシオの財産であるため、僕が手に入れたものはすべて同時にレイシオのものにもなるのだ。
     故に、星穹列車にいながら、列車の仲間たちには聞かせたくない内緒話をするのに最適だった。例えば、この宇宙の外に関して、僕が知っていることを彼に洗いざらい話す、とか。
     そんなわけで、色々な意味で自由人なレイシオは既に、パーティー車両の二階を散々に使い倒しているのだった。特に思考の洗礼に必要なバスタブ。
     ……開拓者が今まさに眠る二階に踏み入れられるのならば、僕らが開拓者を起こせばいい、と思うかもしれない。無論、そのような基礎実験を怠っているわけがない。
     結論から言えば、僕たちでは開拓者を起こせなかった。
     僕たちが自由にできているのは、開拓者がベッドの上で瞳を閉じているために、この宇宙の殆どが「観測外」になっているからだ。しかしこのベッドだけは、未だ観測範囲内である。故に、定められた記述の影響から逃れられない。レイシオはスリープレイルのキャストに含まれていないためそもそもベッド自体に干渉できない。そして「開拓者」役である僕は眠りにつく役である。ベッドに引きずり込まれそうになった僕を、レイシオが首根っこつかんで放り投げていなければ、僕もまた熱的死まで目覚めない眠りについていたことだろう。
     開拓者を起こす方法は見つかっていない。列車の乗員たちを正気に戻せば何とかなるだろうというのも、仮説にすぎない。彼らが真に現状を認識すれば、何があっても開拓者を終わらない夢から引っ張りあげるだろうという絆に対する夢想に過ぎない。だがそれを無視するには希望に乏しいというのもまた事実なのだ。他人である僕らに可能なのは根治ではなく、彼らが自分で自分の病を克服するための道を作ることでしかないのだから。
     僕の役割は、現実の列車での欠けた役割を埋め、いつか再び進み出すその日のために「いつも通り」を守りながら、同時にこの二階のゲームブースをレイシオ――と、スクリューガムや銀狼()を含む、彼があちこちから連れてきたあらゆるデータ関係者――が好き勝手改造して作った崩壊星穹鉄道シミュレートシステムを用いて追加要素のなくなった宇宙で成し得るストーリーを再構築し、限られた資源のまま「いつも通り」を逸脱する方法を探すことだった。
     そして僕は、模擬実験でそれに成功するより前に、現実における「いつも通り」を逸脱し、この宇宙の外郭に手を掛けることに成功してしまった。
    「ありがとうございます。あの……レイシオ教授……」
    「観察を続けるように。僕は別のアプローチを試す」
    「別のアプローチ?」
    「自分の課題に集中しろ」
     そう言って列車の浴槽から上がったレイシオは当然のように全裸だ。服を着たままの僕とは違って。町のど真ん中に建てられた巨像のように立派で、完璧な黄金の玉体。最初はドギマギしていたものだが、この人があまりにも恥じる様子がないので、僕も馬鹿らしくなってきてしまった。それは神殿のように神聖なものだ。罪なき肉体に、何を恥じることがあるのか。
    「そうは言っても……時間稼ぎにしかならないと思いますが」
    「君が命を懸けて稼いでいるのは宇宙の終わりではなく君たちを襲うパンデミックの終わりまでの時間だ。次の成果を期待している」
     風呂で僅かに紅潮した顔と共に繰り出される穏やかな掌が、僕の頭に優しくも痛烈な一撃を加える。つまり、ほんのちょっとだけ撫でられた。頭を。
     うっっっっっわ。思わずドン引きしてしまった。この人のこういうところが、マジで、ほんと、一生どころか死んでも着いていきますって気にさせるのだということを、わかっているのか、わかっていないのか。
     そのまま硬直する僕を通り抜け、扉近くにかけていたバスタオルで身体の水分を拭うレイシオの動きは、来訪者のそれとは思えないくらい、手慣れている。
     開拓者が眠りに就いてから。もう僕の身長の減少がはっきりわかってしまう位の時が過ぎていた。
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    💖💖💖😭😭😭
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    Psich_y

    SPUR ME尻を叩かせてください。
    10/27オンリー発行予定


    今世は比較的「普通」に暮らせているある子供が、喋る古代遺物と出逢って運命を知る話。

    ※アベンシオ(広義)
    ※無知転生カカワ×自分をシオだと主張する対概念級古代兵器な火
    ※現代風未来+武器精霊化パロのようなもの
    ※スク→シオの匂いがする
    「知らない天井だ……」
     カカワーシャがこうして覚えのない天井の下で目覚めるのは、二回目だった。
     慣れた様子で上体を起こし、周囲を見回す。
     不思議な紋様の描かれた白い石の壁。少し湿ったような空気。左右対称に立つ、古めかしい装飾の掘られた柱たちが示す先には、閉じた石の扉がある。何らかの呪術的な紋様が施された――それは植物文様か、巨大な鳥の顔のように見えた――扉の奥からは青紫色の光が溢れていて。聳え立つそれらは、まるで美術の教科書に出てくる、古代遺跡の見本のように見えた。当然記憶はない。記憶はないが、心当たりはある。
     かたん。慎重に動かした手が、固いものに当たった。見れば、カカワーシャが寝ていたところのすぐ傍に、透明なキューブが転がっていた。中で、扉の向こうから漏れているのと同じ、青紫色の炎が、眠っているように、緩やかに揺れている。
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