La nymphe et les bêtes Side: FSide: F
「さあ! 僕についてきて。君たちがまだ見ぬ世界を見せてあげよう!」
フリーナ、と。かつて歩んだ永い永い孤独な神生と、その後の自由な人生を通し、唯一変わらず己と共にあった響きにより己を再定義した少女は、指先まで魂を込めた右手をネズミ色の天井へ真っ直ぐピンと伸ばし、高らかに宣言した。
「君たちはただ、僕という神を信じればいい」
すべての意識を周囲へと傾ければ、ほら。息を呑む音まで聞こえる。フリーナは思い通りの反応に、少し大袈裟に、笑みを深めてみせた。
目の前の小さな観客たちは、フリーナの燃えるような瞳の中にある青の雫しか知らない。いくら多くの言葉をかき集めて自然を賛美してみせたところで、生まれた頃から薄汚れた白灰色の壁に囲まれながら育ち、冷たく固い床の上で寝ることしか知らない、哀れな子供たちには想像すらできないことだろう。
それでも、よかった。むしろ、そうであってよかったとさえ思う。
だってもし彼らが本物の神を知っていたら。独力では彼らを救えないフリーナがそうでないことなんて、すぐに見抜かれてしまっただろうから。
「おねえちゃん」
「おねえちゃん」
「こらっ、神だって言っただろ?」
「だめだよ、おねえちゃん。勝手なことをしたら、怒られて、おしおきされてしまうよ」
「大丈夫。僕を信じてついてきてくれれば、どんな艱難辛苦も君たちには指一本触れさせない」
悲劇は既に始まっている。フリーナを慕う少年少女は既にあらゆるものを奪われていて、これからさらに多くのものを奪われようとしている。その泣き声を一度耳にすれば、フリーナの天秤はいつでも簡単に傾いてしまうのだ。
それに今度は、具体的な救済の方法まで分かっている。今度だって、彼らを実際に救うのはフリーナではないけれど。それでも、もう孤独ではなかった。フリーナはただ、舞台上で人々の目を集めるのみ。曰く、強い心の芯を持たない彼らには信じられる灯火が必要で……その役を演じるのに、フリーナが最も適していただけ。
フリーナは彼らを人間にしてあげたかった。そしてフリーナが思うに……信仰、というものは、人の心を持つ者だけの特権だ。神は信仰される者であって信仰する者ではない。少ない力で多くの苦難を乗り越えるために、人は信仰、もしくは願いを糧とする。そして彼らの血肉を操る力も持たない、“ただのフリーナ”にもできることといえば、それくらいだった。
遠い昔。その名前どころか、存在すら忘れられているくらいだから、きっと五万年位は前のことかもしれない。憎たらしくも愛おしい賓客たちの前で、他人のために演じた生涯と、その後自分のために演じた舞台の主役のように。消毒剤の匂いのない、本物の純水を知らぬ彼らが、再び慈雨を受けられるまで……フリーナはまた舞台上の神になる。それがフリーナの正義で……フリーナが、彼らの知り得る唯一の“神”だったから。
今のフリーナがいるのは、人体を用いた実験施設のような場所だ。ここで生まれた子供たちはここで様々な能力開発実験を受けている。そして何かしらの能力に開花すればどこかへと出荷され、開花しなければここで処分される、らしい。フリーナはそのどちらの現場もまだ直接見たことはないけれど。
ここで生まれた少年少女たちが生き残るための条件は二つ。普通の人間とは異なる身体特徴や特殊能力を手に入れていること。そして、彼らを縛る様々なルールの存在理由を知る機会に恵まれないことだ。
そういった点では、今のフリーナはとても優秀な“落ちこぼれ”だ。元々のフリーナ――正確には、多くの子供をより効率的に管理したがる施設の大人たちから“F-41”と呼ばれる子供は、生まれつき右腰の辺りに渦を巻く波紋のような特別な“印”を持つこと以外、ここにいる子供たちと殆ど変わらない、“普通”の……普通に不幸な少女だった。普通にか弱く、脆い四肢。健常な大人に逆らえぬよう入念に痛めつけられた手足は痣だらけだったし、よれた黒革の首輪は後ろ首に突きつけられた毒の棘を隠している。彼らはそうして子供たちに恐怖を与えることで、身を守るため特別な“力”を発現させると信じているのだ。そうして一度力に目覚めた子供は貴重な“商品”として――多くの場合、“生体兵器”、その他にも“調度品”として――店頭に並べられる。
無論、それがフリーナの知る世間一般の常識からはおおよそ考えられない光景でないことは理解している。それでも、それがこの閉ざされた空間における“常識”だった。……今のフリーナは、その常識の範疇からより多く外れてしまっているのだけれど。
フリーナはこの年まで、誰にも売られることなく、しかし即座に処分されるということもなかった。フリーナの右脇腹にある龍の鱗にも似た“印”はいつ触れても僅かに湿っていて。その艶めきは年々美しさを増していくばかりだった。成長に従い自然と剥がれ落ちた鱗は、研究者たち曰く、煎じて呑めば万病を癒す霊薬となるらしい。まるで推理小説で語られる人魚の伝説を体現するかのような水色の鱗。その上、その事が判明してからまもなくフリーナの体は少女のまま、成長を止めてしまったものだから、さあ大変。成長しないとなれば当然、鱗も落ちない。困った職員たちは様々な手段で鱗を無理矢理フリーナの体から引き剥がそうとした。けれど、鱗に触れた者たちは皆指先を切り裂かれ、その傷から体内の水分をすべて搾り取られたかのような姿で死ぬことになった。惨い。この施設では、実験に携わる職員たちですら、使い捨ての道具にしかすぎないようで、翌日にはまた別の職員が実験室へとやってきたのだが。兎に角、フリーナは誰にも触れられないが、ただ棄てるのも惜しい……おおむねそのような立ち位置に収まった。
そうしてフリーナは、さざ波のような鱗のために生かされ、同時に呪いにも似た祝福のために、どこかへ売られることも実験を受けることもなく、大部屋の奥に放置されることとなった。
そこで初めて気づいたことだったが、どうやら代謝がない分、食事も不要であるらしい。そのためフリーナは、腹をすかせた他の子供たちに自分の分の食事をすべて与えた。水やスープを数口啜る以外殆ど何も口にしないフリーナの身体は特別な排出行為を必要とせず、精々余剰な水分が目から、もしくは脇腹の印からじっとりと染み出すくらいだった。まさか昔使った言い訳が本当になってしまうとは、夢にも思わなかった。フリーナは自身がこうなってからの年月を数えることを初めから放棄していたが、少なくとも、ここにいる子供たちの中で己が最も年長であることだけは確かだった。
ここは監獄未満の、人間が考え得る限り最悪の場所だ。フリーナに対しリオセスリと名乗った少年はそう言った。これ以上の世界を知ってしまった彼は、最早自分は幸福なのだと己を騙すこともできなかったのだろう。
そしてその言葉を聞いた瞬間、“フリーナ”は再び己が生まれた理由というものを意識するようになった。有り体に言えば、前世の存在を思い出したのだ。そしてこれまでの自分の運命を影で動かしていた真の“黒幕”の姿を理解した。
それは、あまりにもいじらしく、無遠慮な運命だ。その的外れで不器用な配慮に、思わず笑ってしまった。自分が去った後も彼の頭が柔らかくなることはなかったらしい。真面目で何より。
……それにしても、また、こんなことになるなんて。自分は悉く罪深い存在であるらしい。死を遠ざけられ、秘密を抱えた永遠の少女は小さな嘆きを溢した。
フリーナは施設に残る他の子供たち同様生まれてから一度も空を、大地を、海を、見たことがない。けれど、世界に溢れる青を、緑を、赤を、すべて覚えている。フリーナは、このモノクロの世界で生まれる前の記憶……所謂前世の記憶というべきものを持っていたから。ただ、この世界にも本当に太陽が存在するのかどうか分からない。それでもフリーナは、“これ以外”の景色が存在し得ることを知っていたのだ。
「――フリーナさん。協力、感謝する」
猟犬を思わせるような常人ならざる鋭いアイスブルーの瞳。獲物を仕留めるため、己の存在感を殺す方法を熟知しているのだろう。気配なく、いつの間にか――少なくともフリーナにはそのタイミングが分からなかった――部屋へと戻ってきた黒髪の少年がフリーナを見つめていた。
右腕を覆っていた氷のナックルから薄紅色の水を垂らす他称“W-24”――リオセスリは、何にも覆われていないもう片方の腕に抱えていた幼子をそっとフリーナの前に下ろした。“手を下した”にしてはそこまで全身を汚していないから、そこまで致命的な衝突には発展しなかったらしい。氷のない方の腕は、火の中に直接腕を差し込んだかのように赤黒く焼け爛れていた。彼女を抱くため、氷を無理矢理溶かす必要があったのだろう。その痛ましい姿を見ていられず、フリーナは思わず目を逸らしてしまった。
「いや……僕は、……うん。僕の慈悲に存分に感謝するといいよ」
「はは、」
「なっ、なんで笑うんだ!」
「相変わらずだと思って、安心したんだ」
からからと笑う少年の手により、再びフリーナの元に戻ってきた彼女は眠っていて、彼の身に起こったことも、自分の身に何が起ころうとしていたのかも、知ることがなかったようだ。
フリーナは、己よりずっと細く小さな少女を抱き締めながら、安堵の息を吐く。
その光景を、左肩の後ろで煌々と光る氷の結晶型の“印”の警告を――つまり、前のフリーナがよく知る同名の男が元々神の目を身に付けていたのと同じ位置にある氷元素の“印”を――沈黙させたリオセスリが何とも言えない顔で眺めていた。
表情の理由を理解したフリーナは、即座に口を開く。
「今日の君の腕がトゲまみれだったのは僕らの努力の結果で、君の想定が甘かったせいじゃないよ」
氷の溶け始めた右拳の先は既にある程度丸くなっているとはいえ、そうなる前は鋭かったはずだ。力の源により近い左側となれば、尚更。凶器に等しい腕でメリュジーヌに比べひどく脆い人の子供を傷つけず、ここまで抱えてくるのは苦労したことだろう。少しでも長く持つよう、濡らした腕を凍結させ作った氷の皮を何層も重ねて作ったガントレットもどきは、氷元素力を解いたとしても、あの頃のように即武装解除できるわけじゃない。……この場所は、良くも悪くも潤沢な水に囲まれた前の世界を知るフリーナには信じられないほど元素の気配が薄く、物質の在り方を容易に変えることができない。つまり、何かを新しく出現させたり消滅させたりといったことが難しいのだ。お陰でフリーナは未だに従者たちと再会できていないし……リオセスリもまた、水がなければ、氷の壁一つ出すのにも苦労するくらいに弱体化しているみたいだった。フリーナは科学者ではないから、その理由までは理解できないけれど……もしかすると、神の祝福が届いていない場所であることを示しているのかもしれない。周囲の多くの子供たちが元素を操れないことや、今のフリーナたちが神の目を持たないことを考えれば、それだけでも上等、と考えるしかないだろうが。
「……流石、目敏いな」
心の蟠りを言い当てられたリオセスリは、お手上げというように肩を竦めた。
「当然だろ。演るからにはほんの少しの懸念すら残さないのがこのフリーナ・ドゥ・フォンテーヌの美学だ。それで、リネはもう外に出たのかい?」
「ああ。……ま、右手の方はあとでゆっくり溶かしてもらうさ」
既に役目を終えた凍りっぱなしの右腕と、焦げた姿のままの左腕は、彼の身体の両脇にだらりと垂らされている。もう殆ど感覚がないのかもしれないない。
彼は今回の舞台において、既に重要な役割を演じてくれた。今度は、フリーナたちの番だ。
「子供たちの面倒を引き受けてくれて助かった。お陰で今度こそ一人も置いていかずに済む」
「それはこちらの台詞だ。……ありがとう。僕の代わりに僕の子供たちを守ってくれて」
「俺も、あんたも、今できる最大限のことをするだけだ」
そう言ったリオセスリは、フリーナたちに背を向け、皆を適切に守る最後の一手を打つため駆け出した。
「さあ、僕らも行こう」
微笑みと共に声をかければ、部屋の奥で息を殺していた少年少女の瞳に柔らかな火が灯った。憧れ。不安。期待。信頼。興奮。三原色の入り交じった光が、彼らの主役であるフリーナを照らしている。
ただひとつの不安も残してはならない。今度こそ誰一人取り残さず、すべてを熱狂の渦に巻き込むような、究極の舞台を。これまでのフリーナはそうやって生きてきた。そして、これからも……そう生きていくだろう。己を見つめる目がある限り。
「新たな、世界へ!」
密かに中身を焼き取られ、残った錠の内側で代役を果たしながら終わりの時が来るのを待っていた氷の塊を水の鍵で削り取る。檻を開け、子供たちを連れて暗い部屋から抜け出したフリーナは、舞うような動きで黒い視線を飛び越えすり抜け、制御盤の隙間に、これまでずっと隠し続けてきた水の剣を突き刺す。奇跡を演出しながら赤色のスポットライトの外で踊るフリーナの影に隠れ、歩ける子供がそうでない子供の手を引き、余裕があれば背負った。悲劇を作り出す警報器を陰陽の光で黙らせ、遠い大人たちの怒鳴り声を波浪のように力強く華麗なアリアで上書きすれば、心の臓を握り潰すような危機は途端にドラマチックな冒険へと“成り上がる”。何層にも積み重ねられた罠は、それ一つだけでも悲劇の題材になるような悪意に満ちている。だが、それだけだ。分かりやすい悪意ほどやさしいものはこの世に存在しない。悪夢は常に善の顔をして近付いてくる。そうして足元でいきなり、大口を開けるのだ。
フリーナにとって、このような状況は恐れるほどの状況ではなかった。けれど、フリーナ以外にとってもそうであるとは限らないから。
――僕だけを見ろ!
そう、全身で叫んだ。周囲の反応に目を向けながら、指先足先の位置だけでなく、靡く髪の軌道や、吐いた息の行く末にまで気を配る。
万が一にもパニックを起こしてはならない。すべては台本通りで、自分たちはただ目の前の舞台を安全に楽しめばいいのだと、一人も残らず信じさせなければならない。
……だがしかし、それは困難だろうか? ――答えは勿論、否だ! それはフリーナにとっては一人前のパスタを美味しく茹でるよりずっと簡単なことだった。それがフリーナに与えられた役であるのなら、十二分に果たしてみせよう。何せ、一人きりの即興演劇には慣れている。……もしあの時の自分が予言の解法を知っていたなら、今と同じ気分になれていたのかもしれない。今となっては、考えても詮無きことだけれど。
フリーナの独演会を間近で見る観客の目から少しずつ不安の色が消えるにつれ、フリーナのテンションは目に見えて高まっていく。目の前の観客がもう少し知識のある人々であれば、そのまま「これぞ人生!」とまで叫んでいたことだろう。主役が心から楽しんでいるように見える劇は、特に懐疑的な観客にさえ安心と楽しみを与えるから。
そのまま笛の一つも吹かず、旗の一つも振らず……身一つですべての子供たちを目的地へと誘導し終えた自由の化身フリーナは、脱出地点で“導火線”を持つリネ――他称“L-13”――に閉幕の合図を送る。意図を悟り即座に開幕の合図を返してきた彼の傍らには、こってり絞られたのだろう、両腕を胴に布で巻きつけられたリオセスリが既に立っていた。彼はヒラリ、手を振ろうとして、身体の動きを阻害するぐるぐる巻きの布に阻まれ、指先だけ振るに留めた。
「みんな、よく見ててごらん! 一瞬の出来事だから、見逃さないように!」
大きな仕草で子供たちの目を集めたリネは、気絶させた職員たちから剥ぎ取った服を引きちぎり結んで繋ぎ合わせて作った長い布に火をつける。鮮やかな手つきでマジックの合図を鳴らせば、火は一瞬で逆の端まで届いた。特別な火の矢の一撃は子供たちを統御する機械を的確に抉り、彼らを灰色の世界から解き放つ。
今更鳴り出した警告音。ガシャンガシャンと音を立てて閉じていく非常用シャッター。けれど子供たちは最早誰一人舞台には残っていない。夢に浮かされていた少年少女が目覚めた頃には、彼らは既に舞台から降りて、観客席にいる。予定調和の公演に慌てふためく“支配者”たちの姿は、散々虐げられた庶民たちにとっての最高の娯楽たり得るだろう。何といっても、対岸の火事は面白いのだ。
そしてその面白さが、これまでの悲劇のすべてを一瞬のうちにかき消してしまうくらい……であれば良いと思う。
「はは、すべてがめちゃくちゃで、この上なく滑稽だ」
それでも……少なくとも、いつ死んだって構わないような目をしていた一人の少年を心から笑わせられる程度には良い公演だったということは確かだ。リオセスリの反応に、二人の共演者はお互いに顔を見合わせて、それから、自らを鼓舞するように笑った。
「彼らは僕らのすべてを預ける神に相応しくなかったんだ」
リネの言葉に、ブラックジョークの王リオセスリが耳慣れた皮肉を返す。
「新しく劇場の主を名乗るなら、せめて五百年くらいはあんたの舞台を観劇していて貰わないと。だろう?」
人々の心の有り様を変えるのに、儀式というのは案外重要なものだ。祝典しかり、葬儀しかり、審判しかり。大きな儀式の前後で、人の心は大きく変わる。だから、彼らが過去と決別し自由を享受するためにも、その式はできるだけ豪華で、分かりやすくしなければならない、というのが、フリーナの考えだった。
「そうだね」
青い筈の空は、ぶ厚い毒雲で覆われている。生まれて初めて目にした、厚い石壁の外にあるはずの平和と秩序は、予言などなくとも勝手に崩壊していたらしい。――否、崩壊していた、というのには語弊がある。自身の知るそれとは大きく異なる世界の有り様を、フリーナの頭の中にあるそう多くはない語彙の中から見つけ出したその言葉と結び付けるしかなかっただけ。
けれど、口が裂け、この身が溶けたって、フリーナがそれを崩壊と呼ぶことはないだろう。
だって、一足先にこの光景を目にしていたはずの二人は、今までこの秘密を守り、フリーナの夢物語を否定しないでくれたのだから。
「これが、空?」
「そうだよ」
無知な子供の問いかけに対するフリーナの答えに、霜のように冷たく、薄明のように澄んだ二対の瞳が僅かに見開かれる。
その反応に、フリーナはそっと胸を撫で下ろし、己のちっぽけな心臓の動きを整えた。
水、あらゆる土地、あらゆる民と法律の女王フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ。水の気配も薄く、自由な土地も、人々を守る法律もないこの場所で、この少女を皆の女王たらしめるのは小さな民たちの信仰だけだったから。
フリーナは今も昔も、少しだって神ではない。それでも。
――私はみんなのお姉さんだから。みんなを愛してる。
フリーナは、舞台の表と裏、劇場に関わるすべての場所で奏でられる唄を愛しているから。フリーナが己を“フリーナ”と定義し続ける限り。かの天秤はその傾きを維持し続けるだろう。
深く息を吸い、僅かな力をかき集めて生成した水の冠を被ったフリーナは、厚い雲を切り裂く流星のような頌歌を響かせる。
「僕が皆を導いてみせよう。何せ僕の詞こそ、今の君たちが奉じるべき“正義”そのものなのだから!」
それが世間一般では罪と呼ばれる行為なのだとしても。秩序も公平もいないこの舞台に再び立つことになったフリーナは、それを“正義”と呼ぶことにしたのだ。
「おねえちゃん」
「おねえちゃん」
「こらっ、だから神と呼んでくれったら!」
まあ、神という概念を知らぬ彼らには、長姉、もしくは団長という役割で十分なのかもしれないけれど。