雨宿り☂︎
ほんの気まぐれで雨林を訪れた。ただそれだけ。出逢いたければ草原に行けばいいものの、俺は敢えて雨林に歩みを進めた。しとしとと地面を濡らす雨、ぽとぽとと傘を弾く雨音。現在独りの俺を肯定してくれるような雰囲気だった。 傘をさして1人で歩く。羽ばたけばいいものの、今はそういう気分ではなかった。
ふと前を見ると、ずぶ濡れになった変わり者が居る。普通の奴ならば、濡れてしまうことを煩わしいと思い、直ぐに火が灯る所や雨で濡れないところへ行くのに。そいつはじっと動かないまま、地面を見つめていた。 もうすぐしたらそいつの命も果てるだろう。暗黒竜に自ら指示し、他人を傷付けてきたはずなのに俺は彼に傘を差し出した。きっと、普段の俺なら確実にしないのに。
「ちょっと、そこのお兄さん。このままでは死んでしまいますよ。」
微動だにせず、彼はじとりと警戒するようにこちらを見つめていた。死んだような瞳、目には輝きすら持っていない。決して話そうとはせず、唇はただ震えているだけだった。
「お兄さん。俺で良ければ話を聞きますよ。此方にどうぞ、目の前で誰かが死ぬなんて夢見が悪いですから。」
手を差し伸べながら告げると、ピクリ 、 彼はその言葉に反応するかのように動いた。それと同時に、死んだような瞳は一瞬で蘇り、こちらを活き活きと見つめてくる。どこかで見た覚えのある雰囲気であったが、それも全て気のせいだろう。
「ほら、あそこに寂れてはいるけど小屋があるでしょう?そこで俺と雨宿りしませんか?あ、いきなり声掛けてすみませんね、決して貴方に危害は加えませんから。」
「…… ぁ 、 あぁ。」
手を差し伸べると彼はぎゅっと手を繋いできた。それは弱々しいものの、奥から秘めた〝情熱〟というものを俺に感じさせた。彼が今、どのように俺の事を思っているのかは解らないが、少なくとも嫌がっている様には見えなかった。
1つの傘の下、手を繋いで仲良く小屋の方へ。2人がけの椅子がちょうど合ったので、2人で腰掛けた。もし、俺が声をかけていなかったら彼は朽ち果てていたのだろうか。最悪の事態 とでも呼べる事態を避ける事が出来て良かった だなんて思えばいいのか。
「さてと、そのずぶ濡れの服をどうにかしないとね。きっと寒いだろう。俺のケープを羽織るといい。」
「あ、ありがとう…。」
ケープを彼に掛けてあげると、ぴくり と肩を震わせた。それと同時に頬を紅潮しているではないか。
「おや、顔が赤いけど。熱でも出したかい?」
「いや、その、ちが…っ。」
「ん〜…、失礼するよ。」
初対面だからと遠慮されているのでは助けた意味が無い。額に手を当てて体温を確認した。特段熱い訳でもなく、熱は出ていない様子。安堵したように息を吐いて彼の表情を見ると、呆気なくぽかんと口を開けてこちらを見つめていた。
「ふふ、俺の顔に何かついているのかな?…熱は無さそうだね。良かった。」
「別に…何もついてない…卦度。」
「あは、そっか。そうだ、俺の名前は イヴァン って言うよ。君の名前は何と言うのかい?」
「俺の名前は… 、で、デモン。」
異様に目を合わせてくれない彼の名は デモン と言うらしい。紺色の綺麗な瞳には輝き1つ見当たらない。少し勿体ない とでも言うべきだろうか。
「ところで、デモンは何故あそこに居たのだろう。」
その一言を述べた瞬間、彼の目からはボタボタと大粒の涙が。今まで押し殺してきた自分と感情というのか、それとも意志というものか、それが涙という物に変わり溢れているのだろうか。全てを我慢していたような彼は嗚咽を漏らしながらただただ涙を流すだけ。 いつも他の奴で遊んでいるから、泣いた奴の慰める方法なんて星の数ほど知っているのに、今は彼で遊ぶ気にはなれなかった。 ちょうど遊び相手を切らしたから、彼で遊ぶのはもう少ししてからにしよう。
ただ、今は彼の背中を擦るだけ。 雨の音と彼の嗚咽が混ざる音はどうしたものか、意味が分からないがとてつもなく心地好く感じた。