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「つい最近までそこにあったはずだけど...。うん、見かけたら君に教えるよ」
「あーあれね。先日創造生物を戻す時に暴れて焼けてしまったんじゃなかった?君、アゼムの使い魔だろう?見つけるの頑張って!彼ならきっと喜んでくれるとも!」
「...いや、ほんとに無いじゃないか。」
十二節の園から南にあったはずのそれは、ほんの少し石が焦げた跡を残して綺麗さっぱり消えてしまっていた。早速出鼻を挫かれてしまったが、諦める訳にはいかない。
大切なあの日まではもう時間が無いのだから。
十二節の園から戻ってアナグリノシス天測園の周りを悉く洗い出す気持ちで探し回った。行く先々でアゼムに渡すのか、アゼムなら喜ぶだろうと推されたがそもそもな話私は彼?彼女?にはまだ遭遇したことは無いのだ。曖昧に笑って否定するのに疲れた頃、アンビストマが水辺から帰るのを見て1日が終わることを知った。
暗くなれば光を頼りに見つけられるのでは?と粘ったが徒労に終わり、結局ゴブレットビュートに帰って来られたのは並ぶ家の明かりがとうに消え失せた頃だった。
それから数日はエルピスに通い詰めた。エメトセルクら縁の濃い古代人達に会うのは気まずかったから建物の密集地は避けたが、それにしたって目撃情報が少なすぎた。
1人だけ好感触だと思ったのだが、アレについての説明をこんこんと語られただけだった。つまらないとは思わなかったが、出来れば後日聞きたかったと思う。
次も、また次の日も見つからず、疲労はどんどん積もっていく。とうとうチョコボからも降りられず足の力が抜けて半ば落ちるように地面に激突した。
だが普段そんな姿を見せないからか相棒が暴れてしまい、夜遅い静まった居住区にチョコボの高い鳴き声が響き渡る。なんだなんだと顔を覗かせる近所の冒険者達に頭を下げつつ夜ご飯のギサールの野菜をいつもより多く餌場に置けば、渋々といった仕草で食べ始めた。私の目的も理解しているからこそ、仕方なく納得してくれたらしい。
チョコボの装甲を外して砂埃を落とすためブラッシングしていると、玄関のドアがゆっくり開く。そこには髪を下ろしたゼルが居て、メガネをかけているがその奥の目は眠いと物語っていた。もう日付を超えて随分経つが、まさか起きていたのか。
「やっと、帰ってきた...」
「遅くなって悪かった。ただいま、ゼル」
「おかえり........」
そう言ってくれるや否や、ゴン、と重い音。ゼルの後頭部が扉にぶつかった音だ。耳と尻尾がビン!と空へ伸びて、数秒開けたのち後頭部を抑えて蹲る。...うん、そりゃ痛いだろうな。
「何か冷やすものを探してこよう。ゼルは座って待ってて」
「あ、ありがとう...。う゛ぉぉ.......」
ちょうど鞄にアイスクリスタルが入っていた。数個取り出し、鍛冶師用ハンマーで細かく砕いて耐水性のある布で包む。即席の氷嚢だ。...今度ちゃんとしたものを買いに行かなければいけないな。
程よく冷たさの感じられる布で良かった。ゼルも心地よい冷たさだったらしく、痛みに暴れ回っていた尻尾は隣に座る私の太ももをご機嫌に撫でている。
「落ち着いた?」
「なんとか、声を出さなくても済むほどの痛みになった」
「よかった。随分痛そうな音だったから、しばらく腫れるかもな」
「最悪だ...。明日の朝痛まない事を願うよ」
もう眠気はすっかり消えてしまったようだ。冷たさが薄れた氷嚢を手でもて遊ぶゼルに、ずっと聞きたかった事がある。
「ところで、今日は随分夜更かししてるな?何かあったのか?」
そう言うと一瞬だけ耳がぴく、とこちらを向く。太ももに置かれた尻尾が私の腕に絡んで、気まずそうなゼルと目が合う。
「....ルイ、何か私に隠し事があったりしないか?」
「あー.........いや、いや....うん、無い。何も隠し事はしてないよ」
サプライズは計画している。隠し事..............ではあるが、言ったら台無しになってしまう。やましい訳は何も無いのだから堂々としなければ。
「そう、か。ならいい、いいんだ...」
ゼルの耳がへな、と垂れる。
言ってしまいたい衝動に駆られるが我慢だ。
「何、どうしたんだゼル?」
「どうした、って程じゃないんだ。ほら、君が最近疲れて帰ってくるだろう?それでその、そういうコトも.....してないな.......って、」
「あーーー.......なるほど、」
確かに今週はゼルに触れていない。アレを探すのに必死すぎて性欲どころでは無かったんだろう。
少し顔を赤らめながら、尻尾を膨らませながらもじもじするゼルに思うところが無い訳ではない。....体力さえあれば、な。
「ごめん、しばらく忙しいんだ。あと数日で片付く.....はず」
「.........そうか」
あぁ、耳がもっと垂れてしまった。いつもみたいに一緒に居てあげたい気持ちがむくむくと沸いてくる。別に無理に探さなくてもいいだろう、と囁く悪魔を脳内で殴り飛ばした。ゼルが喜ぶ顔が見たくて始めたが、ここまで来たら意地だ。意地でも見つけ出してやる。
と勇んだはいいが、気合ひとつで見つかれば連日疲れる必要なんて無いのだ。休んではいるが疲れた頭は実に馬鹿なことしか思い浮かばず、我に帰った時には外地ラノシアで焚き火の前に座っていた。どうやら丸一日を費やして原初世界中を駆け回ったようだ。途中から記憶が曖昧だが、各地で出会った友人達に悉く心配された事はぼんやり覚えている。
無駄足ついでに第一世界まで見に行った気もしなくは無いが、今こうして項垂れる自分の手にアレが無いのが答えだろう。
期限は明日の午後だと言うのに何をしているんだ私は。
もう寝ていられない。なりふり構ってもいられない...かもしれない。勢いのまま再度エルピスに飛び、何度も探した所をもう一度探して歩くつもりでアナグリノシス天測園を飛び立った。
一度探した木の根の隙間、目についた植え込みの中、ついには水の中まで血眼になって探した。
が、等々目当てのものは見つからなかった。
翌朝、もう太陽は随分高くにある。疲労とショックのままポイエーテン・オイコスのとある建物の上に降りたったはいいが、体力はあの日以上に限界だった。
またしてもチョコボから降りられなくて、地面に足が付けずに体がゆっくり建物の外へと投げ出されていく。
まずい、と思って咄嗟にナイトへジョブチェンジしたが、盾を背負った背中から落ちるだけで精一杯だ。
落下する感覚が少しあった後、襲うべき痛みは予想に反して何もなかった。無意識のうちに閉じていた目を開くと、逆さまになった視界の先にこちらに両手を向けて荒い息を吐く緑髪の古代人がいた。
「ヘル、メス...」
「びっくり、した...。君は、誰かの使い魔、だろうか...?」
そうか、彼の記憶は...。
出会った時とは違った仮面を身につけた彼に、出会った時と似た質問を投げかけられ、逆さまだが縦に頷く。それを聞いた彼は安堵するように肩を竦めて、私をゆっくり地面に下ろした。どうやら風を魔法で弄って浮かせてくれたらしい。
「所ちょ....ファダニエル様!急に走るから何事かと...」
「あぁ、すまない。今にも落ちそうな彼を見つけて、居ても立っても居られなかった」
「え?.....あぁーー!!君!あの花を探してた!!」
どうやらここ数日で声をかけたうちの1人だったようだ。ビシィッと音が聞こえそうな程指差され、ずんずんと距離を詰められる。
「良かった!僕、ずっと君を探してたんだ!!つい今朝、牙の園の近くで君が探してたものが発見されて...あ、ちょっと!?」
行かなければと逸る気持ちとは裏腹に、足がついて来なくて一歩目で崩れ落ちてしまった。またヘル...ファダニエルに、支えられてしまう。
「君、ここ数日エーテルの補充を受けていないだろう。とりあえずどこかに運んで...」
「時間が、無いんだ。今日の午後にはその花を持っていかなければ間に合わない」
「...そういう事なら、私が補充しておこう。君の主人に何か言われたら、遠慮なくファダニエルの名を出すといい」
「あぁ、ありがとう。...また会える事を、楽しみにしているよ」
もう2度と会う事の無いであろうファダニエルにそう告げ、相棒へと飛び乗る。焦ったように詳しい座標を叫んでくれた研究員のおかげで、目的の場所は案外すぐ見つかった。
牙の園のすぐ真下、水辺にそれは咲いていた。たった二輪が寄り添うように、ひっそりと。
前に見た時はもっと多く咲いていたから、今さらながら摘んでしまうのに少しばかり罪悪感が湧いてきた。
だがこの為に立てなくなるまで頑張ったのだ、摘まなければ本当の意味で無駄足になってしまう。
...摘んで帰ろう。そっと根元を鎌で切って、大事にウォーターシャードを包んだ布に差した。
帰った家には当たり前だがゼルの姿は無く、先に向かっているとの書き置きがベッドに置いてあった。
急いでシャワーを浴びて簡単に食事を済ませ、十二神大聖堂へ着く頃空はオレンジ色に染まり始めていた。知り合いや友人は招待していない。今回は2人だけで、と決めたせいで大聖堂は耳が痛いぐらい静まり返っている。
...待たせてしまったから呆れて帰ってしまったかも、なんて柄にもない考えを首を振ってかき消す。控え室で着替えてる間、ゼルならきっと待ってくれていると思う反面、手はずっと震えていた。
大きな扉をゆっくり押し開くと、そこには誰も居なかった。最悪の想定が当たってしまった、のか。
音のない式場に、私の革靴の音だけが冷たく響く。後ろ手に持ったあの花が、真っ黒になってしまいそうだ。かつ、かつ、と響くたび、気持ちはどんどん重くなっていく。
そりゃそうだ。ここ数日ずっと素っ気ない態度だったのは私で、ゼルの心配も自らの意地で蔑ろにしてしまったのだから。
「.........ふ、ふはっ」
ここに居ないゼルの声まで聴こえてくる始末だ。自分がどれだけ彼に惚れているかを思い知らされたようで、尚更惨めな気持ちになっていく。
「あー...もう無理だ、我慢できな...はははっ!」
足音がひとつ増える。勢いよく振り返ると、尻尾を振るわせて笑う、白いタキシードに身を包んだゼルがいた。
「なんっ、ゼル、いつから」
「ずっとだよ。君が来る前に隠れてようと思って、すかすかの座席に座ってた」
「.......はぁぁぁ..........よかった.....」
一気に気が抜けて、ゼルが座っていた場所のすぐ隣に座る。きっと隠していたあの花にも気づかれてしまっただろうが、構わず座った場所の後ろにそっと置いた。
「本当、遅くなってすまない...。」
「大丈夫。ルイならきっと来るって信じてた。...君の面白い姿も見られた事だし」
「あれは!ー、見なかった事には、」
「なる訳無いだろ。あんなしょぼくれたルイは初めて見た」
「うっ.............もう、忘れてくれ.....」
顔がどんどん熱くなる。それも恥ずかしくて手で顔を隠したが、耳までは隠しきれないから結局隠していないのと一緒だ。
「で?遅くなった理由、聞いても?」
「....そうだな。ゼル、君にこれを」
差し出す手は震えていないだろうか?たった二輪だけのそれを、まるでプロポーズするかのように差し出す。
もし喜んで貰えなかったら、と思うと、ゼルの顔が見られない。
返ってきたのは、息を呑む音。
「赤....いや、ピンク色の、エルピス...」
「ピンク、なのか今は」
「あぁ、とても鮮やかなピンクだ」
この花について聞かされた時、示す色についても聞かされていた。明るい色は嬉しい気持ち、暗い色は悲しい気持ち、この世界のエルピスはどれも純白を保ったままだと。
でも、たった一度だけ見たのだそうだ。恋仲になったばかりの2人がその花の側を通った時、花は淡い桃色に光ったのだそう。
つまり桃色は愛の色だと、熱弁されたのだ。
ゼルと目が合う。いつも通り穏やかなその目が、私を射抜く。
...愛おしいな。エルピスの色がまた濃くなる。
「この色の意味は......ううん、ありがとうルイ。最高のプレゼントだ!」
たった2人だけの静かな大聖堂の時間は、穏やかに過ぎていく。神父も居ない、讃美歌も無く、木々のざわめきだけが2人の未来を祝福していた。