えに 遥か古代の出来事ーーーーー
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「あぁ良かった!ここにいらしたのですね!」
「アゼム様?ワタシたちに何か御用ですか?」
あれはそう、橙に紫、ほんの少しの青を足したような夕暮れの時分だ。
いつもと違う仮面を身につけた先代アゼム様に声を掛けられ、座を降りる事と次代アゼムの紹介...いや、あれは押し付けだろう。会話もそこそこに白いローブで旅立っていったアゼ...ヴェーネス様を、私とヒュトロダエウス、次代のアゼムで見送ったのだ。
赤い仮面を身につけた次代アゼムは、とても成人とは思えない小ささのヒトだった。いっそ子供だと思った程だ。ヴェーネス様の要らん無茶に付き合わされたと感じた私は、アゼムとなった彼女を子供扱いして元いた場所へと送り届けようとしたのだ。
...が、アイツは一言も発しないまま私の足を腰に下げた双剣の峰で殴りつけ、不機嫌そうに立ち去った。ヒュトロダエウスが引き留めるのも無視して。
それ以降、私と正式にアゼムとなった奴は職務で度々顔を合わせる事になった。
何故ならアイツの成す事が我々十四人委員会にとって看過できない程悪質な事ばかりだからだ。
子供が産み出したイデアを精査や観察する事なく、なんの躊躇も無く破壊する。
凶暴性が目立つが星にとって有用であると証明された魔法生物を勝手に絶滅させる。
挙句、それを報告せずに次の問題を起こす。
より良い世界を創造する所か、奴は殺戮の限りを尽くしていく。不本意ながらヴェーネス様に奴を託された身として、奴がアーモロートに訪れる度に説教を重ねていった。が、効果は無いどころか回数を増す毎に内容が過激になるのだ!
山1つの生物を絶滅させ、大怪我を追って奴が帰ってきたとヒュトロダエウスから連絡が入った時は、またとない説教のチャンスに飛んでいったものだ。
「やぁエメトセルク、案外早かったね?もしかしてキミもアゼムが心配...」
「........どういう了見だ、アゼム。何をどうしたら山一つ分の生物を滅ぼすに至る!?」
「................はぁ、」
「〜〜〜〜っ!!答えろ!!!アゼム!!」
「ちょっ、エメトセルク!落ち着いて.....!」
「落ち着いていられるものかヒュトロダエウス!!お前が良しとして通したイデア達を、こいつが!!全て無に返した!!それで何故お前は冷静でいられる!?」
「っ.......それ、は」
「................いいよ、べつに」
「アゼム....?」
「いつものだから、放っておいていいよ」
「ーーーーあぁ、厭だ。これならばヴェーネス様にもう一度お戻り頂いた方がマシだな」
何度言葉を重ねようと、奴には届かない。
そのうち何を言っても無駄なのだと思い、奴が何をしようとこちらから無関心を貫いた。
数週間、数ヶ月と続けば当たり前のように顔を合わせる事が無くなった。時折ヒュトロダエウスが私たちを引き合わせようと食事に誘ったりしていたが、結局はその程度の付き合いで収まった。気を揉む案件と離れられたと確信した日は、それはよく眠れたものだ。
...それは土砂降りの雷雨の日だった。
職務中、突然足元に橙色の魔法陣が浮かび上がったのだ。
当然私含め付近の職員達は驚き慌て、 私も咄嗟に飛び退こうと一歩踏み出すが、退避は叶わず視界が暗転した。
気づけば、横殴りの雨に身体を冷やされていた。あまりに信じがたい現実に周囲を見回すと、困惑した顔のヒュトロダエウスが丸い目でこちらを見ていた。
「おい、なんだこれは、」
ーーーーーーあぁあぁあ!!!!!!!
突然辺りに響いたその悲痛な叫び声は、数える程しか聞いたことのないアゼムの声によく似ていた。
声のした方ーー遥か上空を見遣ると、空を飛ぶ猿のような黒く巨大な生き物が何かを片手に握りしめていた。
...その手から見える黒い布は、握られているものがヒトだと、アゼムなのだと告げていた。
瞬間、全身の血が沸騰するかのような怒りが身を襲う。
持ち慣れた杖を握る暇も惜しく、素手のまま魔力を練り巨大な猿を漆黒の針で串刺しにする。
アゼムはヒュトロダエウスが転移させたようで、腕の中で力なく横たわるアゼムへ必死に声をかけていた。
決着は一瞬でついた。
が、アゼムの容態は最悪だった。いくらエーテルを注げども、注いだ端から漏れていく危険な状態だ。丸ごとアーモロートへと転移させ、早く医療設備の整った場所へ連れて行くようヒュトロダエウスの背を叩いた。
奴が目覚めたのは、それから数ヶ月経ってからだ。
常ならば怪我の回復を優先させる為安静なのだが、奴の起こした事について問いたださなければならなかった。あの瞬間現場に居合わせたヒュトロダエウスを連れ立って、私は奴の待つ病室へと訪れたのだ。
奴は両眼を潰されていた。白い包帯を両眼に巻き、私たちのノックに酷く怯えているようだった。
腰に手をやり、双剣が無いとわかるとシーツを両手で掴み顔の前へと掲げる。
「...だれ、だれが来たの」
「ーーー、ワタシだ、ヒュトロダエウスだよ。エメトセルクも一緒さ」
「ヒュトロダエウス、エメトセルク........」
正体が判れば大人しくシーツを下ろす。
少なくとも知るヒトだ、安心したのだろう。
「.......早速で悪いが、この間何があったかを聞かせてもらおう。お前は何故あの猿に襲われていた?どうやって私たちをあの場に呼んだ?」
「.....................」
「はぁ.......まただんまりか?」
備え付けられた椅子へと腰を下ろし、腕を組む。重苦しい空気に耐えかねたヒュトロダエウスが何かを話そうと声を紡ぐが、それを手で制する。
今は奴に話させなければいけない。
たっぷり時間を使ったのち、奴が渋々といった雰囲気で口を割った。
「...........................あの創造生物は、幼い子の願いだった。両親に妹、みんなを抱えて空を飛べるような、かっこよくて強い創造生物を作りたかったんだ」
「...それが、どうやったらあんな凶暴な大猿になる」
「見た目が怖くて妹が泣いてしまったらしい。じゃあお前はいらないと否定して、森へと捨てたんだ。あの辺りは強い創造生物が多かったから、大猿も適応するのに必死だった...と思う。僕を見て『あの日捨てた子供だ』と襲いかかるぐらいには」
「襲われてた理由は」
「だから言っただろ、僕を見た...」
「違う。お前があの場所に居た理由もだ」
「...............元々、その子の親からの依頼で討伐するつもりでいたんだよ。でも大猿の蹴りが顔に当たって、仮面の破片で眼球が潰れて、後は君たちの知るままだ」
よく話す奴だと、率直に感じた。あれだけ語らなかったのが嘘のように、奴の口からは言葉がまろび出る。
簡潔に、しかし内容のある報告を終え、いつの間にか離席していたヒュトロダエウスが持ってきた紅茶を一口飲む。
しかしこちらから遠ざけていた相手と会話などできる筈も無い。静かな病室はまた重い空気に包まれようとしていた。
が、ここまで空気扱いされていたヒュトロダエウスがやっと出番だとばかりに私の肩を叩いてきた。
「......そう言えばエメトセルク、キミは彼女が話さなかった理由を知っているかい?」
「まっ、ヒュトロダエウス...!」
「まぁまぁアゼム。で、知ってる?」
「知るわけないだろう。大方自らの行いを後ろめたく思っての事か、」
「それは無い」
「なっ...!?」
「ふふ、ははは!違うよ、エメトセルク!それはね......初めてあった時に君が子供扱いしたからさ!」
「............は?なんだ、そんなことか?」
それ以来、遺憾ではあるが度々トリオとして扱われるようになる。遺憾だが。
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...そう、あの成りそこないを見た時、そんな事を思い出したのだ。奴よりは小さく、奴と同じ獲物を持つあの女だ。
あれならば手を取る道があるやもしれない。全ての統合が済めば、元に戻るとすら思った。まるで産まれたての赤子のような小ささだが、しばらく過ごせば慣れるだろうとも。
ーーだというのに、あれはなんだ?
狭い世界1つ程度の光すら受け止めきれず、あの魂は既に罪喰いへと変容しかけているではないか。
...あぁ、厭だ。奴に期待した私も、面影を残す成りそこないも、失望した。
もはや分かり合える道は無いだろう。ならばこの手を持って、奴に引導を渡すのみだ。