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    おやかた

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    おやかた

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    あの子の瓶詰め元お題↓
    「こちらがルイ・ヴェルグラの瓶詰めになります。詰めてから一年ほど経つので、そろそろ廃棄を考えていたんですよ。プリザーブドフラワーが一緒に入っているので、インテリアとしてお部屋に飾っていただくのもおすすめです。」
    あなたがその細かい模様の刻まれた瓶を手に取ると、瓶の中のルイ・ヴェルグラは虚ろな目であなたを見つめた。



    ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓







    その日、ゼルは大変疲れていた。早く家に帰ってふかふかのダブルベッドで泥のように眠りにつきたい。その為にも手早く食べられる料理が欲しくて、寝たいと訴える体に無理を強いてサファイアアベニューを目指して歩く。

    流石のウルダハも夜遅くともなれば静まり返る。採掘師ギルドの酒場はまだ騒がしいのか時折酒瓶の割れる音や叫び声が聞こえてくるが、ゴールドコートを歩くゼルの足音はやけに大きく響いていた。



    「もし、そこのお方。宜しければお一つ如何でしょう?」



    が、その静寂に嗄れた声が一つ。思わぬ邪魔が入ったゼルが睨みつつ振り向くと、黒のローブで顔を隠している老人と思わしき人物が自分を手招きしていた。露店だろうか?女性向けの小物や小さな雑貨、怪しい色のクリスタルなんかが小さなテーブルに並べられている。

    ローブから覗く口元はまるでいいカモが掛かったと言わんばかりに歪められ、早くとゼルを急かしている。ここがウルダハで無ければ無視できるのに、と内心恨み節を呟きつつ足取り重く老人の元へ歩み寄る。



    「...悪いが疲れている。手短に」

    「この小瓶を貰っちゃくれませんか。もう1年もこうして店先に並べてるのに売れやしない。いい加減捨てようかとも思ったんですがねぇ、捨てるには惜しい品ですから」

    「小瓶って...言うと、」

    「えぇそちらの。名前のついた人形入りの小瓶です。名はルイ・ヴェルグラ、エオルゼアじゃ珍しい花のブリザーブドフラワーを一緒に詰めてるので、きっといい匂いのするインテリアになります」

    「..........まぁ、タダなら」



    何故か、断ってはいけない気がした。
    ゼルの疲労で回らない頭が必死に警鐘を鳴らす。
    手渡された小瓶の中の人形は虚ろな紫の目でこちらをじっと見つめ、ふと興味を失ったように花びらのベッドへと横たわってしまった。
    ...おかしい、老人は人形だと言っていた筈だが?



    「なぁ御老人、こいつは.........え?」



    問い詰めようと顔を上げるが、もうそこには誰も居なかった。
    あれだけの商品が並んでいたテーブルも何もかも、まるで最初から存在しなかったかの如く何も無い。
    残念な事にゼルは疲れており、空腹も限界を迎えている。自身の所属するグランドカンパニーである不滅隊に報告する、という考えに思い至れなかった。






    無事空腹が満たされ、気力を振り絞って風呂にまで入ったゼルは広いベッドの上ですっかり微睡んでいた。

    身体が全力で寝たがっている。それに意識も預けて、あと数秒で寝られるという所で腹の上に転がってきた小さな小瓶に意識を引き戻された。



    老人の言った通り良い匂いのインテリアとしてベッドサイドに置いていたのが転がってきたのだ。目を閉じたまま元の位置へ戻すが、また眠りに落ちる直前で小瓶が落ちる。



    「いい加減に...!」



    流石に我慢ならず小瓶へ抗議すると、虚ろなままこちらをじっと見つめる目から一粒、二粒と大粒の涙が流れ落ちた。人形が泣いた事にゼルは大層慌てたが、その間も涙は止まることを知らずにこぼれ落ち、柔らかなベッドになっていた花びら達が涙で濃く色づいていく。



    「なっ...どうして泣くんだ、人形じゃないのか?」



    その言葉に、人形...ルイは首を振る。こちらの言葉が届いた!とゼルは尻尾を膨らませて驚いたが、人形では無いと知って急いでコルク栓を引き抜いた。

    瞬間甘苦しい匂いが部屋中に充満する。ミコッテの嗅覚で随分キツい匂いだ、ルイも相当苦しかったのだろう。小さな口で咳き込みながら先程と同様に瓶ごと倒れてゼルの手のひらへと這い出てくる。



    「これは......ッ、苦しかっただろう。すまない...ええと、ルイ?」



    ルイ、と呼ばれた小さな生き物は、重そうな頭をこれまた小さく縦に振る。落ち着いて眺めるとルイはエレゼン族を模したミニオンに良く似ていた。...サイズは子供がままごとに使う人形よりも小さいが。

    満足に立つ事もままならないようで、ルイは今ゼルの薬指にしっかり抱きついている。もう涙は収まっているが、小さな耳をほんのり赤く染めて薬指に顔を埋めたまま動かない。

    が、ゼルの眠気はもう限界を突破している。このまま寝て朝起きたらルイがぺしゃんこに...なんて考えるのも悍ましい結果になるのはどうしても避けたい。だがルイが離れる気配は微塵も無く、なんならこの状態で寝てしまいそうな雰囲気だ。

    試しに脇腹を摘まんで引っ張るが、くすぐったそうに身を捩られるだけ。どうしたものかと部屋中を見回したゼルは、自分の額に毎日巻いている包帯を見つけた。もしかしたら代わりになるかと手繰り寄せたが、丸一日身につけていた物なのだから汗臭い。

    やはりこれではダメだと元の位置に投げ戻そうとした瞬間、ひらりと揺れる包帯の先端にルイが飛びついた。遠心力でぶんぶん振られるのをものともせずにしがみつき、指の時と同様離そうとしない。

    まさかと思い包帯ごとベッドサイドへ置くと、器用にも包帯を繭のようにして体を包み、やがて微かな寝息を立て始めてしまう。それを見たゼルもまた考えることを放棄してベッドへ沈んでしまった。







    翌朝、やけに甘い匂いで目を覚ます。ぼんやりとした右目のすぐ脇に何かが動いてるように見え、一気に意識が覚醒する。

    焦って飛び起きるとそれはコロコロと広いベッドを転がり、何故か上手く立ち上がって見せた。昨夜ゼルの指にしがみついてフラフラしていたルイとは大違いだ。

    危ないとかどうしてここに居るんだとか、色々言いたい事がゼルの頭にぼぼぼんと浮かぶ。が、自信満々なドヤ顔のルイがどうにも愛おしくて、そんな事どうでも良くなってしまった。

    何故こうも愛おしく思えるのかはわからないが、ルイが小さいからそう感じるのでは無い事だけは確かだ。ただ何物にも替え難い愛おしさが異質にゼルの中で燻っている。


    ーーーキュゥ...クルクル.......


    自分の知らない感情に意識を持って行かれていたが、聞き慣れない音がゼルを引き戻す。音の発信源は、今まさに顔を赤くして顔を覆って恥ずかしがっているルイだ。



    「...もしかして、腹が減ったのか?」



    ーーーキュゥゥ....



    本人(人なのか?)よりも正直な腹が元気に返事する度にルイがベッドに沈んでいく。やがてルイが完全に寝転がってしまう頃、やっとゼルは食べ物を探すべく鞄を漁り始めた。

    ...と言っても、そもそも昨日は買い置きの食料が無くてウルダハまで立ち寄ったのだ。今すぐにあげられる物は、残念ながらどこを見ても存在しない。素材を買って自分で作る気にもなれず、ゼルはルイを連れてクイックサンドへ行こうと決意した。







    「あら!今日は早いのねぇ!」



    朝早くのクイックサンドはとても静かで、騒がしい冒険者はまだ居らずに商人や不滅隊の軍人達がちらほら見える。店主のモモディは変わらずカウンターに立っているが、ゼルの耳は彼女の小さな欠伸を何度も拾っていた。



    「たまにはこっちで朝食をと思ってね。今日のおすすめは?」


    「そうねぇ...。クランペットはどうかしら?特別美味しい小麦粉を仕入れたのよ!」


    「ならクランペットと...そうだな、甘くないものをいくつか付けてくれ」


    「はーい。これでおしまい?」


    「暖かいスープも頼む」


    「なら出来上がったら運ばせるから、好きな所で待っててちょうだい!」




    ひと通り注文を終えて、ポケットの中でもぞもぞ動くルイを机に出しながらゼルは1人不思議な感覚を味わっていた。

    モモディに問われるまで追加の注文をする気など無かったのに、何故かスープを頼んでいた。口が勝手に、というよりもどこか言い慣れているようにするりと言葉が出てくると言う方がしっくり来る。
    ...なんとなく、だが。何かが足りないと感じるのだ。それもこいつ...ルイに関する事で。





    「お待たせしました。クランペットにドードーオムレツ、こちらは店主からのサービスで、アルドゴードの腿の切り落としです。一応スパイスで味付けしてありますよ。そしてこちらがスープで...あ、」


    「...なにか?」



    机の上でゼルの手にじゃれつくルイを見たミコッテ族のスタッフは、耳を後ろに傾けながら辺りを見回してずいとゼルの耳に顔を寄せる。



    「その人形買われたんですね。...実は私もあちらのお客様に買わないかと声をかけられたんです。でもどれも生きてるみたいに精巧で、なんだか気味が悪くて...」


    「っその老人、どこに!?」


    「えっ、あ、あちらに...?」



    指し示された席には、憎たらしいほど優雅に食後の紅茶を飲む昨晩の老人が座っていた。傍らにはその体躯に似合わない重そうなトランクが置かれている。

    ルイが机から降りないよう願いつつゼルは老人から情報を聞き出すべく動き出す。万が一手荒な事態になる事も考えて、左手にソイルを1つ隠し持って。




    「おや、昨晩のお客様。あの人形はお気に召しましたかな?」


    「...あの人形は何処で仕入れた?」


    「何処もなにも、数ヶ月ほど前までは黒い服の仮面の男から仕入れていたのです。それが突然ぱったり途絶えましてね、全く困っちまいますよ」


    「他の人形達は?」


    「このトランクに仕舞ってありますとも。なんせ最後の仕入れ品だ、迂闊に盗まれちゃあ堪りませんから」


    ゼルは自身の尻尾が逆立つのがよくわかった。黒い服に仮面なんて、嫌というほど聞いたアシエンの特徴じゃないか。

    それに足元のトランクにはまだ小さな人が何人も閉じ込められている。英雄と呼ばれ数多くの人を救ってきたゼルは、今ここで助けられる可能性を見過ごせなかった。



    「.....その男は、何か言っていたか?」



    極めて平坦な声で老人に問う。



    「えぇ。光の戦士が掌で踊る様は実に面白いと」



    そう言って老人は、目元と違って露わになった口元をいびつに歪ませた。瞬間頭の中で全てが繋がり、ゼルの頭にかあっと血が登る。咄嗟にガンブレードを目の前の老人に向けてブッ放すが、既にそこには誰も居なかった。もちろんトランクも最初から何もなかったように消えている。



    『光の戦士サマがご執心な男たァどんな野郎かと思えば、随分と馬鹿で助かったぜ!』


    「なに、を言ってる!」


    『会えなくてヤキモキしてたぜェ?なんせ第一世界まで...ッと、口が滑った』


    「第一世界...!?」


    『はッ、じゃーなクソ野郎!精々足掻きな!!」



    突如発砲したゼルに話しかけようとモモディが近寄るが、スープを覗き込んでいたルイを丁寧に掴みそのままテレポの詠唱を始めて、彼女が引き留める間も無く第一世界へと飛んでいってしまった。







    所変わって第一世界、ジョップ砦。ルイをテレポで連れて来られた事に安堵しつつもゼルはライナの居るであろう水晶公の門を目指していた。こういった目撃情報は各土地を繋ぐレイクランドならあるのではないかと踏んでの事だ。もしここで情報が得られなければ、次はユールモアへ行く事を考えている。


    しかし。



    「...誰も居ない?」



    予想に反してそこには誰も居なかった。立て掛けられていた武器も一つ残らず消えているのを見る限り、緊急の罪喰い討伐だろう。ゼルの頭がすうっと冷えていく。激情のままに此方へと来てしまったが、アシエンが関わる事態ならばまずクルルやグ・ラハを通して暁の血盟に共有すべきだった。何度も独りで戦おうとするなと怒られているのにこれである。

    だが来てしまったものは仕方ない、次はユールモアへ向かおうとテレポの詠唱を始めると、上空からアマロの羽ばたきの音が聞こえた。詠唱を止めて見上げれば、乗っている人こそ見えないものの腰に下げられたチャクラムは良く見知ったものだ。



    「良かった、間に合いましたか!」



    微かな足音で降り立ったライナはどこか焦っているようにも見えた。流れるように敬礼し、1つ大きく息を吐いた彼女は結論から話し始めた。



    「実は先月、見慣れぬエルフ族の青年がクリスタリウムに運ばれて来たんです。意識が無い以外に異常が見当たらず、最近ペンダント居住館に移されたのですが、その...」


    「...なんだ?」


    「そのエルフ族の特徴が、闇の戦士殿の想い人と良く似ている様でして。リーンさんがそう言っていたと伝え聞いただけですが、真剣な様子だったと聞いています」


    「私の...?」



    想い人...というのは、恋人、となるのだろうか。だがゼルには特定の相手が居た記憶など無く、自分が誰かを愛するとも到底思えなかった。



    「今すぐにでもご案内致しますが...如何しますか?」



    「.......あぁ、頼む」





    ーーーーー
    ーーー






    ライナに案内された部屋は薄暗く、開いた窓から優しい昼の陽が差し込んでいる。その光が当たらない位置に置かれたベッドへ1人の男性が寝かされていた。


    ゼルは一目見て最初にその身長の長さに驚いた。恐らく見知ったエレゼン族よりも頭ひとつ飛び出るほどの長身で、柔らかな病衣から覗く手には薄い痣やマメ、傷跡が伺える。彼も自分と同じ冒険者か、或いはグランドカンパニーに所属する軍人だろう。




    「......では、私はこれで。何か御用があればお呼びください」


    「ありがとう。そうさせてもらうよ」




    ライナが扉を閉めたのを確認して、服の内側に隠していたルイを慎重に机へと出してやる。咄嗟に押し込んでしまったから怒っているかと思ったが、ゼルの想像に反してルイは妙に部屋中をきょろきょろと見回しながら机に降り立った。



    「ここは第一世界...と言ってもわからないか。少なくとも、安全な場所だよ、ルイ」



    しかしルイは部屋を見回すのを止めない。それどころか、小さな手足を必死に動かして机から飛び降りようとするのだから、ゼルは何度も空中を飛ぶルイをキャッチする羽目になった。

    その攻防が2桁を超えてしばらく、ルイが突然小さな足で地団駄を踏み出した。明らかその体躯に似合わない音を響かせるルイを見て、ゼルはやっとルイの様子がおかしいと気づけた。



    ダン、ダンと机が揺れる程の地団駄を踏むルイをそっと持ち上げ、手の上に乗せてやる。昨晩から気に入っているゼルの手に一瞬擦り寄るが、違うんだと言わんばかりに首をブンブン振ってからある一点を小さな手で指差す。



    「...それは、彼の荷物か?」



    ルイが指差した先には、使い古されて色のくすんだ革製の鞄が寂しく置いてある。冒険者ギルドで希望者に配られる、そこらの品と収納量が段違いと評判のものだ。

    ルイを左手に乗せたまま鞄に近寄り、触らないように外側をぐるっと眺めてみると金具の所に小さな指輪が括り付けられているのを見つけた。それはいわゆるエターナルリングと呼ばれる、久遠の絆を結んだ者同士を繋ぐ指輪。

    つい先程までのゼルならば「自分には縁が無いな」とすぐ目を逸らしただろうが、この荷物の持ち主は自分の恋人なのだと知ったばかりだ。
    指にぎゅうとしがみつくルイを見て1つ息を吐き、恐る恐る指輪の裏を覗き見る。



    ーーLouis Verglas
    Xell'to Farak



    「...ルイ、ヴェルグラ.........」



    その名前は、奇しくもあの小瓶に書いてあった名前と綴りまで同じだった。
    指輪に刻まれた名前を指でつう、と撫でる。


    と、瞬間ゼルを激しい頭痛が襲った。
    左手にしがみつくルイを振り落とさないよう、なんて気遣う間も無く意識が何処かへ引っ張られる。越える力が発動したのだ。



    ーーーーーーーーー


    「本当に、あいつはその場所に居るんだな?」

    「あァ、嘘は吐いてねェよ」

    「...わかった。覚悟はとっくに出来ている」

    「はッ!馬鹿な野郎だ」

    「......なんとでも言え、クソ野郎」


    ーーーーーー


    「帰った...!?その、原初世界に!?」

    「はい。サンクレッド...、皆さんの魂を持って、つい数日前に」

    「.......そうか。いやなに、突然すまなかったな」

    「いえ、そんな!......あの、貴方はあの人の...ゼルさんを、知っているんですか?」

    「あぁ。...私の愛する人、だよ」



    ーーーーーー



    「あ〜あァ。これじゃ契約不履行だぜお兄さんよォ?お前があいつを殺すッてんで俺は手ェ貸してやったんだぜ?」

    「私は殺さなくて安心した。...契約はここで終わりだ。そうだろう?」

    「..........い〜や、ダメだ。お前一人こっちに寄越すンだって苦労したんだ。殺す相手が居ませんでした、ハイ終わり!で済むワケねェよなァ?」

    「...何が言いたい?」

    「お前の記憶と〜、そうだなァ、あいつの中のお前に関する記憶を頂く」

    「ッ!!」

    「おっと、焦んなよ。条件を満たせなかったら、の話だ」

    「...聞かせろ、条件とやらを」

    「次の満月から原初世界の時間で3日。3日であいつがお前との記憶を1つでも思い出せたら五体満足で原初世界に帰してやンよ」

    「上等だ。ゼルならきっとやってくれる」

    「...契約成立、毎度ありィ」



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    「ッ、今のは」



    今朝クイックサンドで出会ったアシエンと一緒に居たのは、紛れもない、ルイ...、と、認めるしかないだろう。静かに眠る彼が自分の名を呼んで、愛する人だとその口で語っていた。


    ゼルよりも先に第一世界へと召喚された仲間たちが何年もの時を過ごしたのと同じ原理で、ゼルとルイはすれ違ってしまったのだ。



    ...なら、この小さなルイはなんだ?



    相変わらず左手、しかも薬指にしがみついて離れてくれない。
    ゼルが見つめると同じように見つめ返し、視線を逸らすとまた手にしがみつく。まるでそこに何かがあるのを訴えるように。



    「...!そうだ、私の指輪か!」



    ルイの鞄に指輪があるならばゼルも指輪を持っているはずだ。ゼルのその言葉に、やっと指から離れたルイは満足気に大きく頷き手からひょいと飛び降りた。器用に鞄の上へ着地したルイは、小さな体をいっぱいに動かして鞄を開けようとする。が、もちろん開くわけも無く、ゼルが手を貸す羽目になった。


    大きな木製のボタンを外し、中のスナップも外す。持った限りでは軽かった鞄の中身は、案外自身に引けを取らないレベルで色々な物が仕舞われていた。いそいそと飛び込んで行ってしまったルイを潰さないように、そっと中身を改める。

    大量の生野菜にマテリア、ランチボックスに詰められたスモークチキンなんて物まで入っていて、ゼルは気が遠くなる思いでとりあえずランチボックスだけは部屋の隅に隔離した。先程見た映像ではどれだけ時間が経ったかわからないが、下手をすれば数ヶ月前のものの可能性だってあるのだ。

    いくら保存性が抜群の鞄だろうと安全とは言い切れないだろう。長期間放置するなんてルイはしないだろうが、起きたら一言文句を、



    「言って、どうする」



    ルイが目を覚ました時、ゼルに記憶が無ければきっと彼は酷く悲しむだろう。賭けの結果をゼルに委ねられる程の信頼を、今のままでは返す事すら出来ないというのに。

    やるせない気持ちを持て余すように尻尾が床を撫でる。鞄の中身を見る気も失せてしまって、未だ荷物の中を進み続けるルイを眺める。何かを一心不乱に探しているのだろう、頭に絡まった小さな葉っぱも払わず、沢山ある内ポケットを一つずつ覗き込んでいた。


    そんな姿をぼうっと眺め始めて数分が経った頃、やっと目当てのものを見つけたのかルイが手のひらに収まる程の箱を頭上に抱え上げて鞄の中から飛び出てきた。


    ゼルの手に箱を置くと満足したのかそのまま体を登り始め、しおらしく寝かされた両耳の間に座り込むみ早く開けろと急かすように耳を引っ張るものだから、ゼルは焦って箱を開けた。


    そこには、ルイの鞄に括り付けられた指輪と全く同じものがあった。裏を見れば先程とは順番が逆ではあったが、ゼルとルイの名前が刻んである。恐る恐る左手の薬指に嵌めてみると、そこにあるのが当たり前のように馴染む。



    「..........あぁそうだ、ギムリト戦線で壊れてしまったんだったな...」



    思い出すのは第一世界に来る直前の事。アリゼーとたった2人きりになってしまったギムリト戦線で、ゼノスとの戦いの最中で石を嵌める台座が歪んでしまった。ルイにその事を話したら「直すから1週間だけ預かる」と言われ、預けてそのまま第一世界へと渡ってしまい突然の事で連絡もできずに罪喰いやアシエン達との戦いに忙殺されて先日やっと原初世界に帰って来たのだ。


    この記憶を皮切りに、一つまた一つとゼルに記憶が戻ってくる。そのどれもが忘れられる筈のない記憶ばかりで、どれだけルイに心配させていたかが痛感できた。

    これも全部、指輪を探してくれた小さなルイのおかげだ。



    「ありがとう、小さなルイ。君が...ん?」



    耳の間にいた筈の小さなルイに手を伸ばすが、空を掴む。尻尾で背をなぞるが何かに触る感覚は無い。
    また勝手に動いたのだろうか、机の上やルイの眠るベッドの下を見るが、やはり何処にも見当たらない。



    「......、」



    瞬間、何度も聞いた声が聞こえてしおらしく寝ていた耳がぴんと立つ。長いまつ毛を震わせて目を開いたルイは、すぐにゼルを見て優しく微笑む。



    「.....おはよう、ゼル。無事でよかった」


    「ルイも、ルイこそ無事で本当に良かった...」



    枕元に膝をついたゼルの頭を力の籠らないルイの手がゆっくり撫でる。耳も尻尾も動いてしまうが、今はそれで良い。互いの無事を確かめるように軽いキスをして、また嬉しさで動く耳を優しく撫でられる。会えなかった期間を埋めるような幸せな時間だった。


    どれくらい経っただろう、ルイの手が頭から離れてベッドへと沈む。疲れさせてしまったかと聞けば、小さな声で腹が減ったと返ってくる。

    と、同時にゼルの腹も派手な音を立てて鳴る。そういえば朝から何も食べていない。...そういえば、頼んだ料理をそのままにクイックサンドを飛び出してしまったんだった。何故そんな事をしたのか覚えていないが、後日珍しい食材か酒を持って謝罪に行くことを頭の片隅に置いておく。



    「...なら、彷徨う階段亭に食べに行こうか。立てるか?」


    「.........いいや、無理そうだ。おすすめの物をいくつか頼む」


    「わかった。...無理せず寝ててくれ」



    後ろ手に扉を閉めてペンダント居住館を飛び出す。
    空いた時間を少しでも埋めるために走る。やっとルイと一緒にいられるのだ、今は1秒だって止まりたくなかった。

    ルイに食べて欲しいものは全部買っていこう。タルトが売っていれば、それも。
    それともう一つ、暖かいスープを買って帰ろう。







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