無題 朝起きると、人の感情が見えるようになっていた。
その日、宮廷服に着替え自室を出た俺を待っていたのは、頭にハートを浮かばせた人々の群れだった。武官も文官も女官も小間使いも、老いも若きも性別も関係なく、頭の上にハートを浮かばせている。
あまりの光景にそこらの小間使いを捕まえ「君は何を頭の上に浮かばせているんだ」と訊こうとしたが、すぐに思いとどまった。もしこの現象が俺だけにしか起こっていなかった場合、そんなことを訊けば「退魔の騎士発狂せし」の噂が瞬く間に広がりかねない。それなら、今日まで築いた俺の地位はすぐに崩れてしまうだろう。
それだけは避けねばならなかった。
異常事態が発生し内面の感情が昂ぶるほどに反して無表情になるのが俺という男らしい。自室の扉の前で数秒立ち止まっていた俺は、すぐさま執務室に向かった。恐らく、俺の内面の動揺など誰にも気取られていないだろう。
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