のぞまね計画進行中の隙間「望海さん」
電話でない声は久々だったように思う。
電子に変換されない、生の声は小さくか細いのに、直に耳に当てる受話口よりも、はっきりと望海に届いた。
「偶然ですね」
研究施設は学園から遠くないとはいえ、普段真練が出入りする建物ではない。望海の擬点が表情に出るのと、真練の微笑みが崩れるのはどちらが先だったろう。
「…嘘です。どうしても逢いたくて、来ました」
「そう…」
お互い立場上、表立つ動きは避けている。連絡も携帯がほとんどだ。
「おいで、真練」
腕を開いて迎え懐に抱き止めてやれば、ムスクのような少し重く甘い香りがする。
「望海さんの周りいろんな人達がずっといるし、あちこち行っちゃうし…」
早口に話す声は、小さく囁くようで、普段電話で聞くよりも低い。
望海の羽織ったコートの下に回っていた腕にも力が入る。
「…そうかすまないね。…顔が見れてよかった」
「いいえ…」
ふたりの身長はもう殆ど変わらない。それでも、真練が望海の肩に顔を埋めて俯いていると頭の先が見える。つむじのあたりでちょっとだけ跳ねた髪が愛らしい。
頭を撫でてレモン色の髪を整えてやる。
「いい子だね」
「望海さんが、頑張ってくれるから……」
「俺だけじゃないよ、皆がいるからさ」
そうして頭を撫で続ける。泣いた子供をあやすように。
「顔をみせて…?」
「はい」
頬を下から掬って、手のひらで包む。
はれて膨らんだ芍薬の蕾の色をした頬。その頬に乗る涙ぼくろは、溢れた水滴のようだ。
甘い砂糖のように溶ける瞳は微笑を浮かべているが、なにか堪えるように哀しげにこちらを見返す。
「…疲れてないかい?ちゃんと休めてる?」
「そんな、望海さんこそ忙しいでしょう」
疲れた顔ではないが、それでも学園で暮らすことだって緊張はするはずだ。なのにわざわざこちらを気遣う様が大人ぶっているようで、いじらしい。
「俺は…」
大丈夫、と言いかけて止まる。
この子は孤独を抱えたまま、この場所へ来たはずだ。望海には分かる。かつての、いや今の己とも、その境遇は嫌というほど重なる。
堪えている
そう、真練はわざわざ、自分に会いにきたのだ。
「……そう、ちょっと疲れてるから、もうすこしこのまま」
そう言って、頬を撫で、髪を撫で、柔らかく抱きしめる。
目の前の子が、今度こそ嬉しそうに声を溢した。