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    レイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク

    お揃い

    雑音の飽和 最初はペンだった。デジタル書類ばかりを相手にしていたアベンチュリンにとって、紙への署名というのはあまりなじみがないもので。だからそれを求められたときに、百信用ポイントもあれば買えるようなものが手元にないことに気が付いたのだ。
     失敗したな。素直にそう思った。今は主流ではないとはいえ、ここは過ぎる時間の速さも、それゆえに発展した文化も何もかもが違う。すべてが終わって招待されたパーティーではあるけれど、絢爛豪華なものの裏にどす黒いものが渦巻いているのは常である。それに普段であれば、あまり使わないペンといえど予備としてひとつはどこかに忍ばせているのだ。なくなったのは着替えのときか、それとも会場に入った後か。
     あぁくそ、何があってもいいように備えておくべきだった。愛想よく笑って少し離席して、近場に買いに行くべきだろうか。しかしその間に彼らが書面の内容を書き換えないとも限らない。今は債権回収の目途が立ってそれを約束してくれたと言えど、逆に言い換えればアベンチュリンが来なければならないほどの不良債権だったのだ。自然とそうなったのか、意図的だったのかは分からないけれど。
     であれば、持っていないことを素直に話して彼らから借りるべきだろうか。それは、なるべく避けたいところだ。この星は人に害成す方への研究が盛んで、つまりはペン一本でも武具に変えられるような技術がある。もしこれがアベンチュリンを狙ったものだとしたら、ペンを貸すことまでを想定していたとしたら。死にはしないだろうが、今までの努力が無に帰してしまう可能性はある。そもそもこんなパーティー会場で、契約を締結するには一切合切向かない場所で、こんなことを求めてくることがあまりにも怪しいのだ。
     はてさてどうしたものか。部下に目配せをして借りるか、買ってこさせるべきか。いや無理だろう。カンパニーの社員だって決して一枚岩ではない。アベンチュリンに同行しているからといって、アベンチュリンに付き従っているからといって、彼らがこちらの席を虎視眈々と狙っている可能性は十二分にある。
    「使え」
     さて他に使えるものは。もしかしたら一番安全なのは、この顔によって変な欲を掻き立てられているらしい会場のボーイかもしれない。そんなことを考えた矢先、隠した左手に何かが落とされた。紙を差し出している相手には悟られないようにただ後ろを通り過ぎただけ、聞こえるか聞こえないかの声音で囁かれただけ。ただその声に、アベンチュリンが救われたのは紛れもない事実だった。
    「……はい、これでいいかな?」
     左手でつかんだそれをくるりと回し、右手へと。アベンチュリンが使うにはあまりに落ち着いたデザインのそれを使って署名を施せば、相手の顔がひくりと強張った気がした。あぁやっぱり、これを回避できるのはまだ運が味方でいてくれる証拠なのだろう。にっこりと笑って、仲睦まじく会話をするように語り掛ける。今後ともご贔屓に、と。
     彼がこの星に来ていたのは知っていた。今回はカンパニーからの依頼ではなく、博識学会独自の研究によるものらしいということも。とはいえそれが実を結んだ暁にはカンパニーへの還元もあるのだろうから、完全に無関係というわけではないのだろうが。しかし助かったのは事実だ。お礼をしなければと思ったところで、この星の債権回収が終わってしまったアベンチュリンに時間の猶予なんてものは一切残っていなかった。ピアポイントへ帰還する遠征艇の中でメッセージでお礼と謝罪の言葉を送り、五桁の信用ポイントも一緒に送る。ペンは今度返すよ、と。しかし彼は、その必要はないから持っておけとだけ送ってきた。ついでに送った信用ポイントも送り返された。

     次はマグカップだった。余談だが石心には一人一部屋、専用の執務室が与えられている。それは人目を憚るような話がしやすいようにというダイヤモンドからの支給品のひとつで、つまり事務仕事をする場合アベンチュリンはその部屋に籠ることが多いのだ。補佐やそれ以外の社員の出入りがあるもののそこまで頻繁でもなく、故にこの執務室では容易にアベンチュリンと二人きりになれる。
    「……あぁいうのは多いのか」
    「うん? あー、うん。まぁ仕方ないことだよ。この瞳が誰彼構わず誘うのがいけないんだって」
     二人きりの執務室の中で、美しいかんばせを持つ男が顔をしかめた。それでも絵になるのだから恐ろしい。なんて言えば、どの口がと罵られそうだ。落ちてしまったマグカップの破片を集めながらそんなことを思う。カーペットに染み付いたコーヒーはきれいになるのだろうか。
     さっきまで、この部屋にはアベンチュリンとレイシオ、そしてもう一人の計三人がいた。残る一人はカンパニーの社員であり、おそらく奴隷であるアベンチュリンのことが気に入らないと思っていたらしい人。そんな彼が言ったのだ。その顔と身体であれば使ってやらないこともない、抱いてやると。そんなこと、誰も頼んではいないのに。興奮しきった様子の彼はアベンチュリンが何も言わないのをいいことに、その細い身体を机の上に押し倒した。そしてそこにあるマグカップが床へと吸い込まれたと同時に、音に気付いたらしい彼が扉を開けたのだ。
    「でも助かったよ教授。穏便に済まそうと思うと変に抵抗できなくてさ」
    「それが抵抗しなかった理由か」
    「まぁ、手を出すといろいろ面倒だからね」
    「……今まではどうしていたんだ」
    「……あんまり、聞かせたくはないかな」
     扉の先に美しくも屈強な彼を見たその社員は、一目散にこの部屋から出ていった。顔と名前は分かるから上に報告だけはしなければならない。ジェイドも面倒な指示を出してくれたものである。まぁ放置すればアベンチュリンとしての仕事の妨げになり、そうなれば生み出せるはずの価値が半減する可能性もある。きっとそれを危惧しているのだろうけれど。
     大きな破片はあらかた拾い終えた。これ以上できることもないし、あとは清掃者に任せてしまって問題ないだろう。そちらへの連絡と、先ほどの社員の報告。それらを打ち込んでいれば透明な画面越し、未だそこに佇む彼の姿が見えた。
    「えぇっと、何か用だった?」
     正直、まだいたのかとさえ思った。今日会うような予定はなかったし、直近でレイシオの頭脳を借りたことも、その予定も今のところはなかったはず。であればここに来たのはイレギュラーであり、そのイレギュラーを引き起こしたのはマグカップが割れた音だろう。つまり、もう彼がここにとどまる理由はないはずで。
    「……君、明日もここに?」
    「え、うん。……あぁ、お礼がまだだったね。ちょっと待って、今送金を」
    「いらん。君、前回僕が送り返したことを覚えていないのか」
     深い、深いため息。それをこれ見よがしに吐き出したあと、踵を返してさっさと出て行ってしまった。なんだというのだいったい。いやでも、見たくもないであろうものを見せてしまった後ろめたさはある。そういえばちゃんと謝罪をしただろうか。していない気がする。慌ててメッセージでそれを投げれば、既読はついたものの返事はなかった。やっぱり気を害してしまっただろうか。久方ぶりに失敗したな、と思った。前に失敗したのはいつだっただろう。それこそ彼の言う『前』と同じ時かもしれない。ペンを持たなかったが故に訪れてしまった、しかし誰にも悟られることのなかった窮地。あのとき与えられた青ラインの入ったペンは、今もアベンチュリンの鞄の中に納まっている。
     翌日、ことんと置かれたそれに目を瞬かせた。箱に入ったままのそれの中は見えず、何が入っているか見当もつかない。アベンチュリンの手のひらに乗るくらいのサイズのそれ。レイシオの手のひらであれば軽く包むくらいならできるかもしれない。
     例えばこれが他の社員だったら、それを置いた誰かがにたにたと笑っていたりでもすれば、中身の予想はできたのだけれど。しかしそれを置いたのはそんな顔をするわけもないような、かの博識学会の教授である。
    「昨日割っていただろう」
     そう言われて、ようやく中身を察することができた。そこまではいい。しかし何故、彼が昨日割れたそれをアベンチュリンに与えているのだろうか。しかも見るからに未開封で、つまりはどこかで購入してくれたということで。何故? 意味が分からない。
    「このカップは保温性がある。君のいつ淹れたか分からないようなコーヒーであっても、ある程度の時間ならその温度を保ってくれるだろう」
    「えぇと、なんだか説得力のあるPRだね?」
    「僕も同じものを研究室で使っているからな」
    「へ」
    「では失礼」
     言いたいことだけを言って彼は颯爽と去ってしまった。えぇ、どうしろというんだこれ。仕方がなしに箱を開ければ確かに、そこにおさまっていたのはマグカップだった。黒地に金と砂金石のような色のラインが施された、シンプルながらにきれいなそれ。宙にかざして見上げてしまうくらいには、なんだかそれが光って見える。
     ちょっとした出来心でそれを調べてみれば、マグカップひとつにしては大げさとも思える金額が示された。いやこれ、昨日割ったものの何倍も価値があるものなのだけれど。しかし同じ種類の中で白地に金と青のラインが入ったものを見付けて、確かにこれなら彼も使っていそうだとか思ってしまって。彼が気に入るくらいなのだから、これくらいの値が付いていてもおかしくはないのかもしれない。
     その日はいつまでたっても下がらないコーヒーの温度のせいで、飲みきるまでにかなりの時間を要してしまった。でもそれが煩わしいとは思わなかったのが不思議だ。ふぅ、ふぅとそれを冷ます傍らで、昨日の社員が解雇されたという社内通達をぼんやりと眺めていた。

     三つ目はブランケットだった。これは執務室で仮眠をとるときに、せめて身体は冷やすなと放り投げられたものだ。四つ目は歯ブラシ。不可抗力ではあるが彼の家に泊まらざるを得なくなったときに用意してくれたもので、レイシオの家に置いてきたそれはまだ処分されてはいないらしい。五つ目、六つ目、七つ目。寝巻、ボディソープ、入浴剤。もう数えるのがしんどくなってきた。なのにこの頭は律儀に覚えている。それをもらった背景まで、すべて。
     それが今、宝物だと言ったら彼はどんな顔をするだろうか。最初は決してそんな関係ではなかった。それこそただのビジネスパートナーでしかなく、彼だってそのつもりで与えてくれていたわけでもないだろう。
    「アベンチュリン?」
    「ん、ごめん。どうかした?」
     ふわ、と香る彼の香りは、アベンチュリンが渡したものだった。強いにおいは好まない彼に、あぁでもないこうでもないと頭を抱えながらも選んだのだ。自分がよく使うブランドと同じメーカーで、香水瓶まで同じものを選んで。それを彼は律儀に、一緒に出掛けるときにつけてくれている。
    「君の手袋に響かないデザインのほうがいいだろう。試してくれ」
    「レイシオは、僕がこれをつけてるって知られないほうが都合がいいんだ?」
    「アホか君は」
     こつん。小突かれたそれにころりと笑う。ペンを受け取った時の自分に、今の彼との関係を告げたらどんな顔をするだろう。二人連れだってこうやってアクセサリーを、左手薬指につける指輪なんてものを選びに来ていると言ったら。
    「君が身に着けるものはすべて『アベンチュリン』を構成するためのものだろう。それに他の物を混ぜて雑音にしたくないことくらい、僕も知っている」
    「君、絶対に身に着けるようなものはくれなかったもんね」
     彼が選んだらしい三つのリングはどれも線の細いもので、ひとつを手に取ってつけてみる。手袋をすれば完全に隠れて、その下にこんなものを隠しているだなんて分からないだろう。きらりと光るそれは力を込めれば簡単に曲がってしまいそうだ。
    「だからこれは、僕のわがままだ」
    「うん?」
    「君の中に僕という雑音を混ぜたくなった」
    「……青いブランケットも、君と同じボディソープと入浴剤もそういうことだろう? 気が付いてるよ、ちゃんと」
     まるで苦虫を嚙み潰したような顔に笑ってしまう。あの時、彼に自覚はあったのだろうか。まだ関係に名前を付ける前、付けた後でも、それはきっと彼なりの独占欲だ。そしてこれが最たる例になるのだろう。明示的に同じものを買い、身につけるこのリングが。
    「次執務室に押し入ってきたやつにはブランケットじゃなくて、この指輪を見せつければいいってことだ」
    「牽制も兼ねているのは事実だな。……おい待て、まだそんな連中がいるのか? 聞いていないが」
    「あ、やば」
     三つの中からひとつを選んだ。それが収まったジュエリーショップの紙袋を抱えて、逃げるように身をひるがえす。体格故に歩幅が全然違う彼につかまるのなんて時間の問題なのだけれど、その数瞬で彼の怒りが軽減されることを願って。
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