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    レイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク 16回目

    夢か現か「……アベンチュリン?」
     そう問われて、夢か、と何か納得するようなものがすとんと落ちてくる。見上げる彼の顔は至近距離にあって、先ほどまで温度を感じていたその場所をそっと指先で触れてみた。少し湿っていて、あたたかくて、それでいてかさついていなくてよかったとどこかで思った。彼のそれは、自己管理を怠らない彼らしくふわりとしていたから。
    「……さすがに無言のまま無反応でいられると、僕もいたたまれないのだが」
    「え……あ、うん。ごめんね」
     そう言えばぐ、ときれいなかんばせの中心に皺が寄る。ごめんって言っているのに。だって、何を言っていいかが分からないのだ。
     そもそもこれは夢だろう。夢とは人の願望を表すことがあるという。何を隠そうアベンチュリンは目の前の彼に、このベリタス・レイシオという人に懸想してしまっているので。分不相応だと自分でも思う。だから伝えるつもりだってなかったし、伝えたつもりも露見させてしまった記憶もない。
     だからやっぱり、これは夢なのだ。現実では絶対にありえないことをあろうことか望んでしまって、その願望が強すぎたがために夢として表れてしまった。夢ってすごいな。今触れられた唇も、その温度も、熱くなる顔や強く脈動する心臓だってまるで本物みたいだ。本物の自分は多分ただベッドの上で、身体を休めるために意識を落としているだけだというのに。そもそもこんな夢を見ている今、蓄積している疲労は回復できているのだろうか。
    「うれしい、よ。ありがとう教授」
     笑って見せれば、目の前の彼はほんの少しだけ納得してくれたみたいだった。大きな手のひらが頬に触れて、夢ならいいかとその手にすり寄ってみる。手袋越しにも分かる、温かい手だ。この手が何度もすくいあげてくれたのを知っている。でもそれはアベンチュリンだけではなくて、ありとあらゆる愚鈍な民や、何かの病気に侵された患者にも差し伸べられるのだろう。それを自分だけにと望んでしまっているのだから救えない。この身に、そんな価値なんてないというのに。
    「もう一度、しても?」
    「……してくれるのかい?」
    「君が許してくれるなら」
     じゃあ、どうぞ。そう言えば先ほども与えられたそれが、また唇を塞いでくれた。ちゅう、と触れ合わせて、つなぎ合わせて、それで離れていくだけの温度。優しい、なぁ。これはきっと夢だからで、現実のレイシオであったらそうもいかないだろう。そもそも現実であった場合、こんな風に口付けをしてくれることもないか。つまりやっぱりこのレイシオは、アベンチュリンがそうあってほしいと願ってしまったが故の産物なのだろう。
    「あはは、」
    「……笑う要素などどこにもないと思うが」
    「だって君、まるで子供みたいなキスをするから」
     む、と拗ねたような顔にまた笑ってしまう。だってこんなキス、したことない。今までは仕事としてしかやったことがなくて、それは奴隷時代に相手をさせられたときだったり、カンパニーに入ってからのハニートラップだったり。ハニートラップに関してはキス以上のことまではしなくて済んで、かつもう二度とこの手段はとらないようにと口酸っぱくジェイドにも言われてしまったけれど。まぁ結局のところ、この身の純潔は奴隷時代にもうなくなってしまっているのだ。
     本当に願望ってすごい。知らないことでもこうやって夢にできてしまうらしい。これは人の脳が作り出すものなのだろうから、すごいのは脳、ということになるのだろうか。こんな汚い身体で彼に想いを伝えることなんてできる訳もなかった。自他ともに潔癖と称される彼だ、知られてしまったら嫌われる。まだばれていないのなら今のうちか、と思ったこともあるけれど、それを一生隠し通せるわけもない。そもそも『アベンチュリン』になったとしても、結局は元奴隷の死刑囚だ。彼の隣に立つことを彼も、周りも許すことはない。
    「僕はこれ以上のことも、君とならしたいと思っているが?」
    「……そうなんだ」
    「君が望まないならしない。そんな短絡的な快楽に興じる趣味はないからな」
    「じゃあ、」
     僕が望んだら、してくれるってこと? 夢の中だ。もうちょっと、あとちょっとだけ望んでも許されるだろうか。そう思ってそんなことを口にした。服の裾を少し引いてみれば、その手が彼の手に柔く握られる。そして、引かれた。アベンチュリンが簡単に振りほどけるほどの力で。
     あとどれくらいでこの夢は覚めてしまうのだろう。あとどれくらいで現実の彼と顔を合わせることになるのだろう。そもそも眠る前は何をしていたんだっけ。そう、確か彼との出張の最中だったはず。ずっと一緒にいて、仕事も終わって、あとは明日の遠征艇でピアポイントに帰るだけだ。じゃあ目が覚めたらすぐに彼と合流することになるのか。夢の彼は現実の彼にそっくりで、それでいて全然違う。間違えないようにしなくては。これはアベンチュリンの願望であり、現実でこれは許されないのだから。
    「……抱いてくれるの、レイシオ?」
     手を引かれるがままに、そんなことを彼に問う。そうだと嬉しいな。だって今しかない。この優しすぎる夢はいつ終わるかも分からなくて、だから出来ることの全部とは言わずとも、可能な限りしたいなぁとも思っていて。
    「今日は抱かない」
    「そっか」
    「ちゃんと準備をさせてくれ。そもそも、男の身体は受け入れるための構造をしていない」
    「僕なら慣れてるし構わないよ?」
    「……聞かなかったことにしよう」
    「……うん、わかった」
    「第一、経験があるからといって君が必ずそちら側に回らなければならないということもないだろう。……カンパニーでの君の仕事内容に、そういったことがあった記憶はない。それより前か?」
    「そうだよ。ゴシュジンサマに命じられてね」
    「であれば余計に、いい思い出でもないだろう」
     ホテルにたどり着いて、同じ部屋に入って鍵を閉めて。そして、ぎゅう、と抱きしめられた。あたたかい。抱いてもらうことは叶わなかったけれど、抱きしめてもらうことは夢の中でも可能らしい。すごいな、その力強さも匂いも温度も、本物のレイシオみたいだ。語られる言葉もすべて、彼が口にしそうな言葉ばかりで。
    「でも僕は……君に、愛されてみたいよ」
    「……善処しよう。まずはピアポイントに戻ってからだ。お互いに予定を確認して、次の日が休みであることが望ましい」
    「別にそんなこと、」
    「僕を、ピロートークもできない無様な男にするつもりか」
     これで無理矢理にベッドへ押し倒したら、誘惑したら、彼はこの身体を抱いてくれるのだろうか。もしかしたらそうかもしれない。だってこれはアベンチュリンの夢だから。夢の中のレイシオはアベンチュリンの願望で作り上げられているから。でも、だからこそ、この彼の心遣いだって嬉しいと思うのだ。今ここで抱かれなくても、このまま夢が覚めてしまっても。
    「ん、わかった」
    「あぁ、ありがとう」
     じゃあせめて一緒に寝たい。本当に寝るだけ、なにもしないから。そんなわがままをレイシオは二つ返事で受け入れてくれた。お互いに風呂を済ませて、一人部屋だったがゆえにあまり余裕のないベッドに寝転がる。これ、寝て起きたら一人なんだろうな。どこからが夢だったのだろう。仕事が終わったまではきっと現実だろうから、その後だろうか。忘れているだけですぐにホテルに戻って休んでいるのかもしれない。きっと、そうだ。
    「ね、レイシオ」
    「どうした」
    「ぼくいま、しあわせだなぁっておもうんだ」
    「……そうか」
     ほら、眠れ。そう言われてぎゅう、とまた抱きしめられて、その温度と柔らかさに瞼が次第に落ちてくる。この幸せな時間も、もう終わらせなければならないらしい。まぁ仕方ないか。十二分に堪能したのだ。もう終わりにして、ちゃんと現実を歩いていかないと。明日起きて一人ベッドの上に残されていることに、絶望しないようにしないと。
     馬鹿だなぁ。望んでしまっては後が辛いと分かっているのに、馬鹿の一つ覚えみたいな感情しか出てこない。せめて真綿で包まれるようなこの夢がまた見られるのならうれしい。そんなことを思いながら、とろり、と忍び寄る眠気に身をゆだねる。きっともう、こんな幸せな夢は見ることができないだろうから。

    「……へ、」
     朝日が差し込むホテルのベッド。寝巻に身を包んだ自分。そしてなぜか隣に横たわる、酷く美しい彫刻のような、彼。いや、何故? だってあれは夢のはずで、だからここに彼はいないはずで。
    「ま、まだ夢、?」
    「……そんなことだろうと思ってはいた。昨日の君はあまりに素直過ぎたからな」
     目を白黒させているアベンチュリンの唇に、起き上がった彼の暖かなそれが触れる。それは昨日の夢の中と全く同じで、でもあれはアベンチュリンが生み出したただの願望で。
    「ピアポイントに戻って、君の休みを確認するように。望むとおり、僕の最大限を持って君を愛そう」
     逃げの一手を打つより前に告げられた言葉は、逃走経路のすべてを取り上げてしまうには十分だった。自分が蒔いた種。いや、そうかもしれない。そうかもしれないけれど。どうしたって逃げる余地のない現実に、目の前の彼はその様を見てただ笑って見せた。楽しそうに、それでいて愛おしそうに。こんなの、知らない。アベンチュリンが想像もしたことのない彼の顔は、つまりはこれを作り出したのはアベンチュリンの脳ではなくて、夢ではなくて。ではこれは?
     夢よ覚めろ、覚めてくれ。そう願ったところでこの夢という名の現実は、もう二度と抜け出すことができないのだろう。
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    Replies from the creator

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    DONEレイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク【幸せのかたち、さよならから始まる】

    失ったものが降ってきた🦚の話
     それは、遠い昔になくしてしまったものだった。日中は熱すぎるくらいなのに陽が落ちると途端に寒くなって、そんな中で口にする薄味のスープ。具材なんてほとんどない、いっそ湯を沸かしただけといってもいいくらいのものだ。けれどそれを飲みながら過ごす日々は決して地獄なんかじゃなかった。血のつながった家族がいて、二人でそれを飲みながら他愛もない話をする。明日がどうなっているかも分からないのに、それでも確かに満たされていた。
     地獄というのならその後、そんなたった一人の家族を亡くした時から始まったものだろう。どうして生きているのかも分からない、どうして死ななかったのかも分からない。ただこの『幸運』のおかげで生きながらえていて、この『幸運』のせいでまだあのオーロラの下には行くことができなくて。でも『幸運』以外にも、一族全員の命がこの生の土台にあるのだ。だからそれを自ら手放すなんてあってはならない。そんなことをしたら、オーロラの元で再会するなんて夢のまた夢だから。そんなことばかりを考えて、死ねなくて、ずっと生き続けて。
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    DONEレイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク【賽は投げられた、カウントダウン】

    🦚が投げた賽とその末路
     ピアポイントまで戻る遠征艇の中でアベンチュリンは頭を抱えていた。いや、確かにそれの原因を作ったのは自分だけれど。だからある程度の報復というか、仕返しというか、そういうのがあるだろうと覚悟はしていたけれど。でもこれは、決してアベンチュリンの想定内には収まらない。
     どうしよう。どこかに時間を巻き戻すような奇物はないだろうか。もしくは対象者の記憶を消す薬とか方法が落ちていないだろうか。後者ならメモキーパーに依頼すれば、どうにか。アベンチュリンなんていう石心の依頼を受けてくれるようなガーデンの使者がいるとは思えないけれど。
     本当に、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。でも仕方がなかったのだ。だって今回の遠征はそれなりにリスクがあって、だからもし言わなかったらそれを後悔するんじゃないかと、思って。ピノコニーの時はまだそういう関係ではなかったから何も言わなかったけれど、今はそうじゃないからそれなりの礼儀があってしかるべきだろう。彼という人が心を明け渡してくれたのだから、アベンチュリンも同じものを差し出すくらいの気概はある。
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