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    レイチュリ🧂🦚

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    生き残るための「死にたいのか」
     だからこれは気の迷いだった。ここで生きるということは、人の生死を常に見続けるということだ。普通の病院ではないこの場所はそれがあまりにも近い。運び込まれたころにはすでに手遅れであることも多いし、そもそも原型だって残っていないことさえある。きっと彼らもレイシオと同じで、ここで生きることを決めているのだろう。だからその幕を閉じる時、その最期がこうなるということも覚悟しているはずだ。それは分かっている。だからそれを気にしたことはない。けれど。
     その青年は他とは違っていた。毎回運び込まれる度に酷い怪我を負っているのに、ある程度治ればすぐに出て行ってしまう。そしてまた同じような怪我を抱えて帰ってくるのだ。そのスパンはまちまちで、数年見ないこともあれば数週間で再会することもあった。
    「どうして?」
    「毎回、死にそうで死なない怪我で運び込まれている」
    「あぁ……まぁ、多分あっちは僕を殺したいんだろうね」
     まるで何でもないことのように口にする彼は、本当になんでもないとは思っていないのだろう。レイシオは知っている。彼の意識があるときに治療を施すとき、その左腕が恐怖に震えていることを。誰もいない部屋の中で、いつか訪れる『死』に震えていることを。でも彼は同じ場所に帰っていくのだ。何の文句を言うこともなく、自らの意思で。
    「今回は本当に死ぬかと思ったよ。だって天井は落ちたし床も抜けたんだ。君は経験があるかい?」
    「あるなら僕はここにいないだろうな」
    「だよねぇ!」
     僕は運がいいんだ。軽薄そうに笑った彼が、そう口にする。まるでいつもの常套句みたいに。言いなれているのだろうか。運がいい、なんて言葉を。何故? でも実際、彼の怪我は『運がいい』の一言に尽きることが多いのも事実だった。普通であれば死んでいる量の毒が検出されたことがある。普通であれば死んでいる量の出血をしていたことがある。たまたま折れた骨が内臓をひとつも傷つけていなかった。たまたま折れた骨が皮膚を突き破らずに失血死までは至らなかった。そんなことが数えきれないくらいに、あった。
    「……運に生かされた命を大事にしようとは思わないのか」
    「面白いことを言うね。命を大事にって、大事に抱えて何か価値があるのかい」
     は、と息が漏れた。命とはこの世の何にも代えがたいもののはずだ。命があるからことを為せるし、命があるから未来がある。何をするにも命とは必要不可欠で、つまりは失ってはいけないもので。
    「死にたいのか、って聞いたよね。答えはNoだ」
     包帯を巻き終えた手が抜き取られる。全身を包帯で埋め尽くしたような彼が懐に手を伸ばして、黒光りするそれを手に取るのが見えた。恐怖はない。そうやって脅してくるような患者は他にも多くいたのだ。しかしながら、今まで見てきたそれとはまったく違うと頭の中で誰かが囁いたような気がした。嫌なものがぞわりと背中を這っていくのを感じる。何をするのか分からない、得体のしれないものを目の前にしたような。
    「今回、たくさんの同胞が命を落としたよ。それこそ僕を守るためとか被害を最小限に抑えるためとか。まぁ色々理由はあるんだけど……でも、なくなった命はもどらない」
    「だったら、」
    「レイシオ」
     初めて、彼がこの名を呼ぶのを聞いた気がする。知っていたのか。ただネームプレートに記載されているだけの文字の羅列を。名乗るよりも優先すべきことが数多にあって、だから自己紹介みたいな馬鹿げたことはしたことなんてなかったのに。手に持ったその鉄の塊がレイシオへと向けられて、引き金に指をかけて。そして、それが今度は彼の頭にあてがわれる。
     自分の頭に、自ら銃口を向けている。
    「僕たちは必ず仇を討つ」
    「待っ!」
     かちん。その引き金は細い指先で簡単に引かれてしまった。しかし響いたのは銃声ではない。拍子抜けするような渇いた音が一度、鳴る。
    「……は、」
    「ほら、やっぱり僕は運がいい」
     心臓が破裂してしまいそうだった。今までこんなに緊張したことも、何かに恐怖したこともない。なのにそれを一瞬で覆された。銃口を向けられた、目の前で自殺された、今までにあった普通じゃないその全てを差し置いて、その上を行くくらいの異常さだった。
    「今回巻き込まれた子たちの分は、この後きっちり清算してもらいに行くよ。まぁ多少は被害も出るだろうから……君はそれの対応さえしてくれればいい」
    「……君が、表に出る必要はないはずだ。君が死に追いやられることが最も避けるべき事態だろう」
    「言っただろう? 僕は運がいい、って」
     リボルバーが回って、流れるようにまた引き金を引く。かちん。また乾いた音。もしかして弾が入っていないのではと思うほど、あっけない音。だというのに開かれたそこには一か所を除いて、全ての場所に弾が装填されている。二度も引き当てたのだ。彼は、この唯一の空白を。
    「命は大切なものだ。それには概ね同意するよ。だから……君は、ここで『それ』をすくいあげることに尽力してくれ」
     君にはその力があるんだから。彼の立場としては正しい言葉だったのだろう。部下を思いやる立場であり、事態を収束に向かわせる立場であり。そして、時には自らを犠牲にする立場でもある。それはレイシオだって理解している、けれど。
    「また頼むよ、せんせ」
     だからといってまるで紙屑のように自分の命を扱う彼に、何を言えばいいのだろう。彼が死なないように手を尽くせばいいのだろうか。それはもちろん仕事なのだからするけれど、でも、そもそもそんな風に扱っていい命ではないはずだ。『また』なんて、つまりは今回のような怪我をすることさえ計画の内だとでも言うのだろうか。
    「……死んだ命は戻せない」
    「? うん、そうだろうね?」
    「だから……生きて、帰ってこい」
     これがレイシオにできる、ここから出ることのできない医者にできる、唯一の願いだった。レイシオが現場に行けばここの患者は助からない。そもそも患者なんて今も運び込まれ続けているのだ。彼が関わる案件だけではなく、ありとあらゆる場所の怪我人がここに集約されているのだから。
     特徴的な瞳が不思議そうに瞬いて、それから、歪む。くしゃりと崩れる。きれいに整えられた彼の、初めて見る顔。
     うん、ありがとう。そう口にした彼がここを訪れる時、どうかその身に刻んだ傷が軽いものであることを願う。傷が軽ければここに来る必要もないのだから矛盾している。けれど、どうか。レイシオはこの時初めて、いるかも分からない神に、心の中でひたすらに手を合わせていた。

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    DONEレイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク【幸せのかたち、さよならから始まる】

    失ったものが降ってきた🦚の話
     それは、遠い昔になくしてしまったものだった。日中は熱すぎるくらいなのに陽が落ちると途端に寒くなって、そんな中で口にする薄味のスープ。具材なんてほとんどない、いっそ湯を沸かしただけといってもいいくらいのものだ。けれどそれを飲みながら過ごす日々は決して地獄なんかじゃなかった。血のつながった家族がいて、二人でそれを飲みながら他愛もない話をする。明日がどうなっているかも分からないのに、それでも確かに満たされていた。
     地獄というのならその後、そんなたった一人の家族を亡くした時から始まったものだろう。どうして生きているのかも分からない、どうして死ななかったのかも分からない。ただこの『幸運』のおかげで生きながらえていて、この『幸運』のせいでまだあのオーロラの下には行くことができなくて。でも『幸運』以外にも、一族全員の命がこの生の土台にあるのだ。だからそれを自ら手放すなんてあってはならない。そんなことをしたら、オーロラの元で再会するなんて夢のまた夢だから。そんなことばかりを考えて、死ねなくて、ずっと生き続けて。
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    DONEレイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク【賽は投げられた、カウントダウン】

    🦚が投げた賽とその末路
     ピアポイントまで戻る遠征艇の中でアベンチュリンは頭を抱えていた。いや、確かにそれの原因を作ったのは自分だけれど。だからある程度の報復というか、仕返しというか、そういうのがあるだろうと覚悟はしていたけれど。でもこれは、決してアベンチュリンの想定内には収まらない。
     どうしよう。どこかに時間を巻き戻すような奇物はないだろうか。もしくは対象者の記憶を消す薬とか方法が落ちていないだろうか。後者ならメモキーパーに依頼すれば、どうにか。アベンチュリンなんていう石心の依頼を受けてくれるようなガーデンの使者がいるとは思えないけれど。
     本当に、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。でも仕方がなかったのだ。だって今回の遠征はそれなりにリスクがあって、だからもし言わなかったらそれを後悔するんじゃないかと、思って。ピノコニーの時はまだそういう関係ではなかったから何も言わなかったけれど、今はそうじゃないからそれなりの礼儀があってしかるべきだろう。彼という人が心を明け渡してくれたのだから、アベンチュリンも同じものを差し出すくらいの気概はある。
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