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    フォロワーさんの誕生日にささげる話
    現パロレイチュリ

    猫と一緒に暮らしていた🧂と、そこに引き取られた🦚の話

     好かれているとは思っていなかった。ここに来た時から彼らはずっと唸ったり遠巻きに見たりするばかりで近付いては来なかったし、なんなら彼らのテリトリーに入って引っかかれたこともある。そりゃ、いつもはレイシオがやっている餌だの水だのの取り替えを知らない人がやっていたら驚きもするだろう。特に小さく薄い色の方は、ついこの間まで酷い環境にいたらしいし。
     アベンチュリンがこの家で暮らし始めてから数ヶ月が経って、レイシオはついに仕事を本格的に再開したらしい。今までは「右も左も分からない子供を家に招き入れたから」とのらりくらりと逃げていたらしいが、アベンチュリンもバイトという形で仕事が出来るくらいには落ち着いたのだ。だから断る理由もなくなった、というところだろう。
     そうなってくると、問題は彼らの食事だった。アベンチュリンのではない。アベンチュリン自身は数日食べなくとも生きてはいられるし、外に放り出されても生きてはいけるだろう。まぁ、怒られそうだから言わないけれど。でも小さな彼らは違う。深い藍色を持つ彼と、淡い蜂蜜色を持つ彼。猫という小さくて、簡単に死んでしまいそうなくらいに脆い彼ら。
    「ご飯だよ〜……」
     その部屋に入れば、片方は逃げ隠れ、もう片方はまるで様子を見るようにアベンチュリンを凝視する。いつもの事だ。藍色の大きな体躯はまるでレイシオを彷彿とさせるし、名前も『教授』というらしいから驚きだ。なんでも、彼は教え子から引き取った子なのだとか。だから自分で名付けた訳ではなく、引き取った時既に名前があったのだと彼から聞いた。名前の通り、頭のいい猫であるらしい。
     もう一匹には名前が無い。そもそもアベンチュリンは彼をちゃんと見れた試しがないのだけれど、レイシオが言うには美しいネオンの瞳を持つ猫であるらしい。けれどその色がくすむくらいの酷い環境で育ち、餓死しそうな所を保護されてここにいるのだとか。
    「……酷い宿題を置いてくよなぁ、レイシオ」
     食事と水を取り換えて部屋から退散する。扉を閉めればカチカチという音がして、爪も切ってあげなければなんてことを思った。でもレイシオが帰ってくるまではお預けだろう。彼がアベンチュリンにそれを許してくれるわけも無い。とはいえアベンチュリンが部屋の中にいなければ自由に過ごしているみたいだし、食事もしてくれているみたいだからそれだけが救いだろう。餓死なんてされたら寝覚めが悪すぎる。
    「僕、自分の名前だって売っぱらってるんだけど」
     時計を見れば昼を少し過ぎた時間だった。今日は一日休みで明日はバイト、明後日の夜にはレイシオが帰ってくる。それまでにこの宿題を終わらせなければならない。分かっている。けれど、どうしたって食指が動かないというか。いや、違う。だってそれは大切なものであるはずなのだ。体を表すとも言われるそれ、願いであり呪いであるとも言われるそれ。そんなものを、不要なものだと雑に手放してしまったアベンチュリンが生み出すなんてできるわけがない。彼だってきっとレイシオに決めて欲しいはずだ。アベンチュリンよりもレイシオの方がたくさん、それを呼んでくれるはずなのだから。
     名前なんて大切な、もの。アベンチュリンが捨ててしまったもの。だってもう呼んでくれる人がいなかった。それを願ってくれた人もいなくなって、だからいらなくなって、今を生きていく金の方が重要だからと戸籍という形で保たれていたそれを売り払った。その後トカゲの尻尾の如く切り捨てられたけれど。本当に何も無くなったけれど。人ですらなくなったアベンチュリンを拾ったのは、なんともお人好しな変人だったけれど。でもそんな彼に名前を聞かれて、答えられなくて、結局最後の仕事の時に運んでいた石の名前を口にした。
    「名は体をあらわす……あはは、僕にぴったりだろ?」
     その後で、この石はとある宝石の代わりに使われることを知った。その宝石よりも安価で手に入りやすく、けれどもよく似ているからと。多分それを運ばされた先で、宝石と挿げ替えて販売するつもりだったのだろう。道端の石ころを宝石だと偽ってぼろ儲けする。よくある話だ。
    「……宿題、やらないとなぁ」
     手の甲にある引っ掻き傷を見ながら、アベンチュリンはぼんやりとそんな言葉を吐き出した。それだけで何か出てきてくれるのであれば苦労はしない。休日の特権なのだからとソファの上で横になって、その特徴的な瞳をまぶたで覆い隠した。

     その異変は夜、バイトから帰宅した時に起きた。なんだか部屋の中がくるりと回っている気がしたのだ。明日はレイシオが帰ってくるのだから彼らに食事を与えて、そして宿題を今度こそ終わらせなければならない。なのにそれをかき消すようにして、またくるりくるり、と遊ぶように視界が揺れた。
     酷いめまいだ。何が原因だ? 一度横になって落ち着くまで、いや彼らの食事が先だ。朝からバイトだったせいで自動給餌器は昼で仕事を終えているはずだし、人である自分よりも彼らの方が簡単に命を落とす。そんなの、だめだ。レイシオの家で暮らす彼らが害されるなんてこと、絶対にあってはならない。
     視界が回るせいでカップのメモリが上手く見えない。それでもどうにか食事を皿に入れて、持って行って、扉を開けて。唸り声が聞こえない。でもフローリングを爪が叩く音なら聞こえる。それくらいにはお腹がすいていたのだろうか。まずい、早くこれを彼らにあげないと。
     皿を定位置に置いて、それから自動給餌器にも餌を入れる。これは明日の朝用だ。これならもしアベンチュリンが起きれなくても彼らが腹を空かせることはないだろう。昼までには、どうにか起きるから。あぁ違う、えぇと、そう。宿題を。彼の名前を決めなきゃ、いけなくて。
     ぐら、と視界がぶれる。あ、冷たい。気持ちいい。明日はレイシオが帰ってくるからおかえりって、言わなきゃ。だってそれが一番嬉しかったことだから。アベンチュリンがここで暮らし始めて、レイシオにそう言われて、だからここに帰ってきていいんだ、って。それをレイシオにもあげたいって。だから、うん。
     君のいないこの家は少しだけ、寒い。

     肝が冷えた、というのはこのことを言うのだろう。これだけの長期間家を空けるのは初めてのことで、だから予定していた事務処理を全て持ち帰ると予定を早めてもらったのだ。まだ日が昇り切る前に家に着けたのは、今の状況を鑑みるに不幸中の幸いだったと言えるだろう。それもこれも彼の幸運のおかげなのだろうか。いや、それはもうどうでもいい。
    「君がブランケットをかけてくれたんだろう。助かった」
    「んな」
    「本当に……頭がいいな、君は」
    「ぐる、」
     褒めるように耳や首をくすぐってやれば、控えめに喉のなる音がした。頭がいいとはずっと思ってはいたけれど、それをここまで感じたのは初めてだ。なんとも頼もしい。ひっきりなしに聞こえていた彼の鳴き声も相まって、その異常事態をすぐに見付けることができたのだ。今回は彼らのお手柄である。
     アベンチュリンは今、真っ赤な顔のままベッドの住人になっている。熱は高いが咳はない。ここで暮らす前にある程度の健康診断はしていて、低栄養はあるものの病気に起因するような異常は見当たらなかった。きっと疲れが出てしまったのだ。レイシオはそう判断して、病院での検査よりも休養を優先させている。
     とはいえ、流石にそろそろ起こすべきだろう。シンクにある洗い物や身につけていた衣服から察するに、彼は昨日の夜から何も食べていない。きっとバイトから帰ってすぐに倒れたのだ。だというのに猫たちの食事は朝まで準備してあったのだから、その歪さに頭が痛くなる。彼らを蔑ろにしろと言いたい訳じゃない。ただ一言、レイシオに連絡をくれていればと思ってしまっただけなのだ。元々の帰宅予定は今日の夜だったのだし、このまま床に放置されていれば症状の悪化も有り得ただろう。
    「……彼はどうした? 昼食にするから呼んできてくれ」
    「なぁん」
     彼らの餌皿ふたつにそれぞれの食事を乗せて、しかし先導する教授という名の猫はいつもとは違う場所へと足を向けた。中の様子が分かるように、その異変を聞き逃さないようにと少しだけ開いたアベンチュリンの扉の前に。
    「……あはは、ゆめ、かぁ」
    「っ」
    「だってきみ、ぼくのこときらい……だもんね」
    「にぃ」
    「でもぼくきみの……なまえ……かんがえなきゃいけなくて」
     それはアベンチュリンの声だった。そしてまだ名前がない、小さな彼の声。アベンチュリンの言葉は概ね事実だ。彼はアベンチュリンがここに来た時に口にした「三十五番」という言葉に過剰に反応し、それからずっと警戒し続けていた。施設にいた時の管理番号がそれで、呼ばれればゲージから引き摺り出されては酷い扱いを受けていたのだろう。それは容易に想像ができる。「名前は?」と問うたレイシオにアベンチュリンが返した言葉がそれだった、というのも驚きだけれど、だからこそ小さな彼はアベンチュリンが敵であると判断したらしい。その番号を口にするのは敵以外の何者でもなかったから。
    「にー」
    「なぐさめてくれるの、かい? ふふ……うん、ありがとう」
    「にぅ」
    「そう……きみの、なまえ……」
    「に?」
    「なまえ、やっぱりおもい、つかなくて」
     なるほど、彼にとってはそれが負担だったらしい。あまりにも複雑な環境にいたのだから、もう少し見極めるべきだったか、などと考える。けれどいい機会だと思ったのも事実なのだ。自分の命を軽んじる彼に、その重さをひとつ与えるいい機会だと。
    「だからさ」
     ぼくのなまえ、あげる。そう口にした彼に目を見開いたのはレイシオだった。小さく控えめな、蜂蜜色の彼の鳴き声が聞こえる。そして囁かれるのだ。『アベンチュリン』ではない、『三十五番』でもない、既になくしてしまって存在しないと言われた彼の名前を。
    「祝福された、子。そういういみなんだって……むかし、ねぇさんが……」
    「にぃう、にー」
    「ねえさんが……おしえて、くれて……」
     それきり、彼の声は聞こえなくなった。扉の隙間から身体を滑り込ませれば、穏やかな寝息が聞こえてくる。その枕元には小さくなった蜂蜜色がひとつ。絶対に、レイシオが出張に行く前までは近付くことだってしなかったのに。
    「……食事だ。彼が起きるまで、また看病を頼む」
    「に」
    「なぁん」
    「朝よりはだいぶ熱が下がっている。心配しなくていい」
     そう言えばようやく、その二匹は運ばれてきた食事に口をつけた。アベンチュリン用に粥もあるのだけれど、この安らかな寝息を妨げる必要はないだろう。せめてもう少しだけ。彼が次に目を覚ます時くらいまで。
    「いい名前、だな」
     初めて聞いたその言葉を、名前を口にする。額に唇を落とせば彼ではなく、その名前を与えられた小さな彼が「にっ」と声を上げた。返事のつもりなのかもしれない。
     存外天邪鬼であるらしい小さな彼が起きているアベンチュリンに近付こうとしないのも、しかし体調が悪くベッドにいれば当たり前のように隣に丸くなることも、雨の日は彼の背中に触れるか触れないかの場所にいることも。その全てはレイシオと教授しか知らない、彼らの日常風景となった。
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