隠しきれない「いも栗カボチャだったらどれが好き?」
焼き芋を食べ終わって、誠二とラーメン屋に歩きながらそんなことを聞いた。
「そうだな……さっきので芋の株が上がったかな」
「芋なのにカブ」
「根菜類だな」
ノリが良くてありがたいです。焼き芋にも満足できたようで良かった。
ところで、
「……芋は根菜類じゃん?かぼちゃは?何類?」
「……待て、思い出す」
「調べます」
俺はスマホを取り出して、素朴な疑問の答えを検索する。ていうか、思い出すってことは知ってるのか。さすがだな。
「当てるからまだ言うなよ」
答え合わせの係になった。根菜類は根を食べるから根菜類なわけで……かぼちゃは?栗は……種か。何類っていうんだろ。信用できそうなページを探してるうちに、ラーメン屋の前に着いた。
「あ、重っ」
右手に持ったスマホを見ながら、予想より重いドアを左手で引いて開ける。
「おっサンキュ」
急にドアが軽くなったと思ったら誠二が一緒に開けてくれていた。振り返って見た誠二の顔はちょっと焦った感じだ。
……わかった。俺が左手で開けようとしたからだ。先月誠二と会った時よりもずっと治ってきてて、もう平気なのに。でも誠二の顔を見たら胸がつまって、何も言えなかった。
俺は何回誠二を悲しませるんだろう。いい加減気を付けないといけない。
……正直、誠二の心配は当たってる。傷の方はもうぴったりふさがっていて、外から見る分には少しの痕が残るくらいだ。 ただ、強く力を入れた時なんかに、中の組織が訴えるじんわりとした痛みと不快感がまだ残っていた。
それでも以前までのピキッとくる痛みに比べれば大したことないんだけど、どれも伝える気はない。
だけど誠二は知っているんだろうか。もしかしたら全部知っていて、だからあんな顔をしたのかもしれない。
「で、何類だった?」
席について、おしぼりで手を拭きつつ温まってたら、誠二が聞いてきた。クイズの気分じゃなくなっちゃったかな。
「え~っと、かぼちゃは果菜類、栗は種実類だって!意外とシンプル」
「果菜類と、種実類」
スマホの画面を見せて、漢字の変換も確認させた。誠二が繰り返し小さく口に出す。そうやって記憶を定着させようとしてるんだ。俺も忘れないようにしよう、せっかくだし。
ラーメンのおかげで身体も温まってきた頃。さっき誠二の進路のことを聞いたから、話題は自然と俺の教職の話になっていた。
「いや~でもなんとか受かって良かったなー」
合格発表は先月だったのに、まだそんな感想が出てくる。俺としてはやっぱりこのために何年も勉強してきたようなもので、だからほんと、良かったなって何度も思ってしまう。
「自信あったんじゃないのか」
「んーまあ確かに、心配でおかしくなるってことは無かったけど」
そういう図太いとこ、俺と誠二は似てる。
「でも大変なのは、実際働きはじめてからだからな~」
「すぐ教壇に立たないといけないんだろ?」
「そ!……授業もそうだけど、やっぱり児童とうまくやっていけるかってとこだろうな」
「他の教員ともな」
「それも」
受かってみて、働くことがリアルになって、今までは「なんとかなるだろう」って思ってたことが、もうすぐそこまで来てる。
「本当に、なんとかなるのかな……」
あれ。思わずため息をもらして気付く。いつもは人と教職の話をしてても、わざわざこんな弱音吐くこと無かったのに。
俺も一丁前に不安なんだな。いや、元々不安だらけの人生だけど。
「お前なら上手くやるだろ」
「……どうなんだろ?」
誠二が信じてくれるなら、本当に"上手くやる"のかな俺は。
「まあ、お前は昔から可愛いげがあるからな。きっと好かれる先生になるよ」
「……」
え、え?
……そういうこと言う?
「なんだその動き」
「や~、ははは……」
不意討ちのワードにキョトンとしたあと、じわじわ照れくさくなってなんとなく手で顔を隠してたら指摘されてしまった。動揺して挙動不審になったのと、茶化そうとしてちょっとおおげさに動いたから。
「あー、褒めるな褒めるな」
可愛いげがある、なんて誠二から言われると思わなかったし、少し冷静になったら真に受け過ぎた自覚も出てきてさらに恥ずかしい。ぽろっと、たまたま言っただけだろ……言葉選びの問題だ。
「そんなんじゃからかわれるかもな」
「うるせー」
俺は縮こまって麺を口に運ぶ。なんか鼻で笑われてるけど、視線を上げるとイケメンが少しだけ目を細めて俺の様子を眺めているのが見えた。瞳の奥が優しい。くすぐったい。ラーメンあつい。
「っ俺は!誠二こそ、警察向いてると思うぞ」
「……フッ」
真面目に言ったつもりなんだけど、今度は口の端で息を漏らしてちょっと呆れたような笑みを浮かべられた。
「あっ、待てよ?お返しで言ってるんじゃないからな」
いま疑っただろ?動揺する俺を笑うなら、せめてお前も俺の褒め言葉をちゃんと受け止めろよな。
「誠二が警察に……そこにいると思うと、頼もしいよ」
スープにレンゲを浮かべたまま続けた。
誠二から警察になるって聞かされて、驚きはしたけどあんまり違和感無いっていうか、似合う感じがする。かっこいいってだけじゃなくて、本当に……いいやつだから。誠二みたいな奴に警察になってもらえる国は幸せだと思う。
「俺はまだ受かってないぞ」
「それはそうだけど」
そうなんだけど、今の誠二からは無敵オーラが出てるみたいで、やっぱり頼もしい。
「まぁ……受かったら、その時は好きなだけ褒めちぎってくれ」
なんだそれ。
「…覚悟しとけよ?しつこいほど褒めちぎるからな」
「どういう熱意だよ」
「そりゃもう、鬱陶しいくらい」
「困ったな」
そうそう、俺が困らせてやるから。だから、またこうやって会おう。うるさく褒めちぎりたいほど、お前のことが好きだからさ。
まだ目の前のラーメンを食べ終わってもいないのに、次に会う日のことを考えてしまった。いつにするかは決めてないけど、今度はきっとまた俺が誘うよ。
「覚悟な」
「わかったよ」
レンゲで水面を押していくと、決壊して流れ込むのがおもしろい。スープを一口飲んで誠二の方を見たら、麺を持ち上げながらニコニコしてた。なんだよ、俺まで口角上がる。
ほんと、覚悟しとけよ?