仲良しセフレ則孫続き 怒涛の温泉旅行から数週間後。
孫六の結婚相手は驚くほどあっさりと見つかった。名を詩乃と言って、落ち着いて知的な女性だと言う。
そして今日は、その噂の女詩乃と則宗が初めて会う日である。孫六は身内が居ないので、信頼している友人を紹介したいと言って今回の食事の場を設けたらしい。人並外れた外観の自覚がある則宗も、少しは堅気に見える様に一応シャツにジャケットを着て来た。
それにしても何故、つい最近まで抱いていた男の結婚相手と会食をしなければならないのか。あの夜からずっと、則宗は孫六の顔を見るだけで、心の底ががじくじくと痛み始める。
「会食などやらなくても良い。勝手に結婚すれば良いだろう」と苦し紛れに孫六に言ってはみたが、「人間では『相手の家族への挨拶』が一般的なんだ。一応やっておきたいから」と至極真っ当に諭された。僕はお前さんの家族ではないし、ならば関の義兄弟でも呼べば良いだろう、と心の中で反芻する度に、家族では無いという事実にも、また心がじくじくと痛み出してしまう。恋人だと言うには不安定な関係で、友人と呼ぶには爛れ過ぎていた。今の僕は一体全体、孫六の何だと言うのだろうか。
結婚相手など見たくもないと思う一方で、則宗の知らない所で知らない女と孫六が結婚してしまうなど、想像するだけで耐え難い苦痛であった。結婚も嫌。挨拶も嫌。だが何も知らないのはもっと嫌だった。毎日毎日、身の丈に合わぬ感傷ばかりで、則宗の感情はどうにも八方塞がりだった。
「んで、なんでこんなことになってんの?お前、俺が何つって現世に送り出したか忘れた訳じゃないよな?」
会食の会場である料亭に行くまでに、一度則宗と駅で落ち合った審神者が不機嫌そうに文句を垂れた。審神者もまた、孫六の友人役として招待された。草臥れた見た目の30半ばの審神者ならば、孫六の友人役としても適任だった。畏まった則宗とは違い、Tシャツに短パンというルーズな格好だった。普段の審神者を鑑みるに、キャラクターのフルグラTシャツを「オタクの勲章だから」とドヤ顔で言って来てこなかっただけ上出来だ。
会食の前だというのに、審神者は久しぶりの娑婆だからと、甘ったるいコーヒーもどきのなんたらかんたらを啜った。則宗もそれに倣って、季節限定だという苺の甘ったるなんたらかんたらを飲んだ。こんな最悪な日でもないと飲み下せないような甘さだった。
「さてなぁ、現世に出現する敵を排除する任務だろう?」
「それは建前だろ」
仮にも審神者がそんな事を宣っていいのかとは思ったが、則宗はだんまりを決め込んだ。つんと素知らぬ顔の則宗に、審神者は盛大にため息を吐き、顔を顰めた。
「俺はさ〜、お前らみたいな仲良しこよしセフレが本丸でイチャイチャしてると風紀が乱れるから、一度現世に行って価値観をアップデートして来いって言ったじゃん?」
「あっぷでーとしたさ。した上でこれなんだから仕方ないだろう」
「あ〜あ。孫六から結婚するって聞いた時は、とうとう則宗と本腰入れるんだと思ってたのにな〜。まさか知らん女に寝取られるとはな〜」
おちゃらけつつも的確に刺してくる審神者に、思わず声が低くなる。
「……黙らんか」
基本的に、審神者は本丸内の惚れた腫れたには不干渉を貫いていた。但しそれの対応は清く正しい関係性のみについてで、則宗と孫六のようなずるずるとした関係にはちょこちょこ小言を挟んだ。審神者としては尊敬していたが、孫六との気楽な関係に浸っていたかった則宗にとっては、専ら目の上のたんこぶだった。
「ヤニカスパチカスの乱れた主に言われたところでなぁ……」
「だまらっしゃい!最近は三池&三条で麻雀もしてるわ!」
「賭け麻雀は違法だぞ」
「法律が俺の本丸を裁けるかよ」
ハンと嘲笑った審神者が頭の後ろで腕を組んだ。久しぶりに再開した審神者と則宗だったが、以前と変わらないやりとりに相変わらず元気でやっているようだとわかった。
則宗の主人である審神者は、もとは現世でブラック企業の会社員をしていたらしい。常識があるものの口が悪く、かなり捻くれた人間で有り、刀剣たちとでも遠慮がない関係性だった。その余波からなのか、本丸では審神者が大好きな酒や賭け事が全面的に流行っていた。かく言う則宗と孫六も、本丸では酒と遊びには事欠かなかった。
「……言っとくけど俺、孫六の結婚を止めたりとかしないから」
「は?」
「早く本丸に連れ戻して、お前らにも麻雀やってほしいのは山々なんだけどね〜」
則宗からすれば、審神者は最後の希望だった。
何せ孫六は結婚相手を見つけると、早々に則宗と暮らしていた部屋を出て行ってしまった。改まって聞いたことは無いが、例の女の家に居着いているに違い無い。任務で顔を合わせるが、自分は一度関係を切られていると思うと、積もる想いも何も言えずにいた。
それに、審神者には則宗と違って上司という立場と、常識があった。主ならば何かガツンと言うべきなのでは無いのか。例えば「刀剣男子たるもの秘密保持のため不必要に一般人と関わってはならない」だとか、「そもそも任務に結婚は不要である」だとか、気の利いた事を言ってくれる物では無いのだろうか。
「言ったじゃん。価値観をアップデートして来いって」
「うん、まぁ……」
「要はお前らがちゃんと付き合える、まともな関係にしてあげたかった訳よ。ほら、孫六なんて一文字からは、なんか、ご隠居の扱いづらい愛人みたいな感じだったじゃん?」
「そうだったか?」
「なんて言ったかな……あ、思い出した若いツバメだ」
則宗は一文字の者に、改まって孫六を紹介したことはなかった。孫六との関係を隠したかった訳ではないが、なんという名前の関係で、一文字の者達に紹介すれば良いのかわからなかった。
孫六は日頃から無断で則宗の部屋で読書や昼寝をしていたため、当然ながら訪れた他の一文字たちと鉢合わせし、困惑させていた。更に則宗の部屋でもやることはやっていたため、当然気づかれてはいるだろうと思っていたが、隠居の身だし、何も聞かれないし、まぁいいかと気楽に考えていた。